Tenebroso 飯田のHPにもどる | 過去の今日の話題

今日の分はもっとずっと下。

1998/12/11-20

(1998/12/21 Mon)

先週末は自分の時間が数時間とれた。でもずっとほったらかしにしてあったバックアップ作業に2ー3時間とられ実際になにか論文を書くとかこのページをつくるとかできたのは3時間づつかな。ずっとほったらかししてあった新ウィーン楽派のページもすこしつくった。

新ウイーン楽派のページでベルクの曲の紹介を書こうとレヴァイン指揮で3つのオーケストラ管弦楽曲をきく。この演奏はさっぱり。たぶんきれいすぎていまいち、なにかベルク特有のむねにせまってくるものがない。というのがアバド指揮のものをきいてわかった。こちらのほうがいかにも従来のベルクらしい。しかし音のクリアなのはレヴァインなので聴き慣れた後きくとレヴァインのほうがいいということもあるかもしれない。この傾向にはブーレーズもあてはまる。

 ブーレーズといえば彼がむかし録音したピエロをきいてみた。これを聴くと今回の新録音がいかにクリアにあますところなく音楽表現になっているかというのがわかる。旧録音でおどろいたのはグレの歌のワルタウベ(?)の歌のオーケストラ伴奏のみずみずしさ。これまでほとんどこの曲に興味がなかったのが非常に面白いと感じた。ただシェーンベルク自身は過去の様式だとしてこの方法による音楽の再生産はあれだけ評価されたにもかかわらず行わなかった。えらい。

 モーゼとアロンも聴いたのだが、ブーレーズの新録音でのみごとな演奏でようやく私の耳にも残響がのこるようになってきた。この曲は大変な曲である。色彩感も表現主義のころのようにぎらぎらしているし、リズムのもりあがりもよい。残念ながら12音のモチーフを人物とむすびつけて考える程音楽の知識はないのだが、楽しんできくというのはまだまだこれから。クラシック音楽のいいのは何度きいてもまた新たな発見があるということだ。

MACOS 8.5.1Jのアップデータがでた。なんでも8.5のアップデータをかけてからかけろって。おいおい、いい加減にしろよな。で、これまでにない安定性があるという。ほんとか?それって今までが不安定なまがい物を提供してきただけなんちゃうか?

(1998/12/22 Tue) 7562

東京吉祥寺で12/26日に【『バラの騎士』の夢】松本智勇+岡田暁生が開催されるそうです。『バラの騎士』はもちろんリヒャルト・シュトラウスです。岡田先生による講演会とLD鑑賞です。関東在住なら是非いきたいのですが。

日比さんのページ更新します。今回は裕仁天皇について。日比さんのページのカウンタは現在一日40-50まわっています。すごい。

(1998/12/24 ) 7584

ロマネスクのページを更新

なんのために**するのか?

 **はweb更新だったり、読書だったり、エンターテイメントだったり。たいして仕事をしているわけでもないのに、いつも読書とかしていると、こんなことしていていいのか?と思う。

 自分がしていることすら満足にできないのに他人がしていることについて考えることは意味があるのか?

 他山の石っぽい話になるのだが、家人が世界経済がなぜおかしく?なったかについてスキーム的に語るのだが、それははたして?意味があるのだろうか?スキーム化していくまとめの作業の検証には興味があるのだが、ではそれをしって自分(家人)はどうするのだろう?もちろん常識としてしっていないとまるでおかしいのだが、そういう一般論を語ってどうするのだろう?

 例えば資本家が金をひきあげたというとき、資本家とはなにものか?かれらはどのようなときどのように金をどれだけひきあげたのか?彼等はどこでそれを決定したのか?どのように情報を得たのか?それで資本家が金を引き上げたからバランスがくるったんだな。といってもそれって意味のある言葉なんだろうか?

 自分に話をもどそう。論文をかかなければいけない。ではこのページはなにか?このページをまとめるのにはまとまった時間の思考が必要だ。さらにリファレンスを読む時間も必要だ。そんな時間があれば論文を書いていた方がむくわれるのではないか?論文の英語をまともにすべく他の論文を読むべきではないのか?

 結局のところ時間の問題と現実の問題解決とのバランスに行き着くのだが、具体的にはどう配分したらよいのか?

 この問いはメタな問いでもある。そういうことを考えている暇があったら論文かいたり、webをつくったりすればいいのだ。

クルミ割り人形のバレーをみてきました。素敵、きれい、みたいな。

キーロフバレー。オーケストラはへた。音をはずすなっちゅうの。プロなんだから。バレーはわからない。いままでテレビでもそれほどみたことないので。見ているのはおもしろいのだけれど実のところ私の場合、オーケストラがききたかった。そして音楽がつけている踊りもみたかったと言う程度。しかしチャイコフスキーのこの音楽はまったく楽しさとともに物悲しさももっていてたしかに全然ききあきない不思議な曲。私の場合、楽しい曲ってなんというか、ほとんど興味をもてなかった。

 そうそう、なんでこんなにえらそうに他人の芸術についてかたれるのか?

 そう、お金とひきかえだから。それについてはアドルノがその問題点をすでに指摘しているということにとどめよう。「お楽しみを提供する店で本当に楽しめるのか」

(1998/12/25 ) 7605

なにか書こうとしたら昨年の卒研生がやってきて、どお?会社は?「こんなもんじゃないですかねえ」なにそれ?「ははは」

なんて会話をして彼は研修があるのでといってさっていった。また昼御飯にくるらしい。

 来週月曜日にももう一人の卒研生がやってる。なんだか年末はいっぱいやってくるのでたのしい限り。

で、やっぱり何書こうとしたか思い出せないので、思い出すまでこのまま(笑)はやくもぼけたか。

そうそうそれはともかく、MacOS 8.5.1はたしかに非常に安定。メモリリークが私のソフトではおこらない。サイバードッグが落ちてもほとんど全体に影響しない。これが7.6くらいからだったら。。。。。索引インデックスつくるのもかなり高速化された。

(1998/12/26 )

アベラールとエロイーズ

最初のキリスト教の集団は、今日修道士達がそれを模範として再現しようとしているような様式のものであったことが明かである。すなわち各人は、何らの所有をもたず、彼等の間には富者も貧者もなく、財産は欠乏者に分配され、彼等の時を、祈りと聖詩の朗読と説教とに捧げていた。事実、ルカの伝えるところによれば、エルサレムの最初の信者達はこうした生活をしていたのである。

なんだかこれ、昔教科書でよんだ共産主義のありかたに近いね。共産主義には祈りなんてないんだろうけど。

そうじ

 私は不精な方なので掃除が苦手である。なにかしながら掃除するというのは本当に苦手でちらかっていく。でも掃除をはじめたら掃除はする。で、研究室の床をマジックリンでふいたらすごくきれいになって満足。学生君とふたりでやったの。で気をよくして実家の店のテントもふいてみたらまあまあきれいになった。これはもうすこしきれいになることを期待していた。

Mac OS 8.5.1は今のところフリーズがない。今までサイバードッグやネットスケープやIEがおちたときOSも道連れだったが、それがなくなった。どうやらキャッシュをブラウザが捨てる時に落ちていたようだ。これをうまく処理している。

サイバードッグから移行しようかとFTPの他のソフトを使いはじめたがFetchやNetFinderには満足できなかった。メールのアウトルックイクスプローラーもなにか違う。

Appleの新しいモバイルマシンのうわさが画像とともにながれていて話題になっているようだ。これはたぶんガセだ。なぜかというといまだに6色リンゴだから。Appleの新型はもう6色は使わないだろう。そしてこれはDuoや2400のデザインだ。いまさら古い。

(1998/12/27 Sun ) 7626

シェーンベルクのページを更新

シェーンベルクの紹介をさっさとすすめたいんですけど、なかなか文章がかけませんね。

グレングールドがシェーンベルクについてかたっている中で「複雑」ということをうまく説明しているので引用しておこう。

・・・芸術においてもっとも複雑な仕事とは、理性的決定の過程が直観的過程と密接に連結されている仕事なのではないでしょうか。「グレン・グールド バッハからブーレーズへ 著作集1 みすず書房 p172」 

(1998/12/28 Tue ) 7648

祝 我が家にISDNを引いた。そしてルーターはYamahaのNet volante 。非常にはやくおどろきます。いままでは56K modemだったの。

(1998/12/29 Wed)

12/30付けにしちゃいましたが日比さんのページ更新しました。今回は「赤い薔薇と氷針」というタイトルです。

Newton MP2000は購入して下さる方がきまりました。どなどな〜といいながら送りました(涙)

(1998/12/30 Thr)

さていよいよ、暮れも押し迫ってまいりましたがいかがお過ごしでしょうか。明日は大晦日はやいものです。ホームページを作成しようとしてもう2年たつわけです。

「諸君!」という雑誌は以前はよく読んでいたのですがバブルが終わった頃からなんかたいこもち記事ばかりということに気がついて読まなくなったのですが、坂本竜馬の記事がのってるってんで久々に買いました。まあ、どれ読んでもそれらしくはまとめてありますがどうでもいいといえばどうでもいい。家の掃除をしたほうがどれだけ時間を有効に使えるって、、、、

まあ、それはさておき、件の記事は中村彰彦氏によるもので、「坂本竜馬は大政奉還のプランナーではなく”パシリ”だった」という記事で、大政奉還は幕府にいた大久保一翁が文久3年(1863年)に打ち出していたとのことです。そしてすでに親しかった勝海舟へと竜馬をつかって書翰を送った時とのことです。この後の竜馬は後藤象二郎を経て山内容堂へ伝えられたとしています。

 私自身は坂本竜馬ファンでもないし、幕末に興味があるわけではなかったのでまるでつぎはぎに情報が増えていっているのですが、討幕の密勅の真偽などどうも幕末期の歴史の再構成の作業はまだまだ問題があるようですね。どうせなら慶喜みておけばよかった。

 私としてはより興味をそそられたのはカサノヴァの記事。いつか「回想録」を読んでみたいものです。

(1998/12/31 Fri) 7671

さて今年も最後。今年もいろいろありましたが、このページが存続できたことは私としちゃ嬉しいです。皆様もありがとうございました。来年もよろしく。

 Newtonというハンドヘルドコンピュータの導入で一時的にこちらではなく自分用に文章を書いていました。いまでも実はそちらがメインだったりします。だってここのページにはさすがに重要なプライベートなことは書けないでしょ。

従軍慰安婦

従軍慰安婦についてもほとんど常識程度のことしかしらなかったが、このサイトに当時の体験談がまとめてあり、ついつい全部読んでしまった。このサイトは上の昨日の中村彰彦氏をシャーロックにいれたらでてきたものの一つです。なんというか、いままで隠されてきたものがようやく噴出したのでしょうね。よく話題になるゴーマニズム宣言は読んでないです。

 私がおどろいたのは、慰安婦制度が中国人一般女性への暴行事件を期にはじまったこと。コンドームが使用されていたこと。兵隊へも性病チェックが行われていたこと。慰安婦にならぶ兵隊の人数。将校用、兵士用というヒエラルキー、そして差別の実体。

”従軍”慰安婦はいなかったという主張はアリエスの”子供”は中世にはいなかったというような概念上の論述のようだ。ここで読める(歴史教科書論争)。このサイトも充実している。”従軍”だったかどうかということと”教育”ということの2点にしぼっています。こちらのサイトはまだまだ見始めたところ。

今年最後の曲はですね。今年はムーティのベートーベン交響曲全集で決まりですね。でもちょうど12:00には何がながれているんでしょうね。ムーティのベートーベン。特に注目したいのはバスの歌わせ方。ベートーベンの求心力ある音楽が浮き彫りにされながらも、非常に濃い演奏で、すばらしく感動しました。昨年の12/31


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