Tenebroso 飯田のHPにもどる | 過去の今日の話題
今日の分はもっとずっと下。
(1998/11/04 wed)
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昨日家の整理をしていたら10年ほど前に山本君が送ってくれたコピーがでてきた。否定弁証法 アドルノ著 三島憲一 訳。
「・・・偶然にアウシュビッツの魔手を逃れはしたが、合法的に虐殺されていてもおかしくなかったものは、生きていてもよいのかという問題である・・・」
「・・・自分はもはや生きているのではなく、1944年にガス室で殺されているのではないか、現在の生活全体は単に想像の中で営まれているにすぎないのではないか、20年前に虐殺された人間の狂った望みから流出した幻想ではないのかという悪夢である。・・・」
ヒットラー政権下のドイツでは優生学にもとづきユダヤ人は遺伝的に劣っていると証明され、社会学的にはヨーロッパ文化をいかにけがしてきたかということが証明され、ユダヤ人撲滅は正しいことになった。真理の産出の病的な症状である。
我々が真理だと思っていることが異常ではないか?と考える事、思考について思考するというのは哲学にしか領分はあるまい。これを私自身の思考に当てはめていくと。。。
山本君の書いたアドルノについての手紙を読む(昔アップしてあるものです。未読の方どうぞ。)
(1998/11/05 thr)6787
アドルノは10年前にはまったく読めていなかったが現在では5%位は読めているようである。上の文献を読みつづける。
「・・・アウシュビッツは文化の失敗をいかなる反論も許さない形で証明しつくした。アウシュビッツのあのようなことが、哲学、芸術、そして啓蒙的な幾多の学問の伝統の只中で起き得たということ、それは、こうした伝統が、つまり精神が人間を捉え、変革することができなかったということであるが、実はそれ以上のものを意味しているのである。すなわち、哲学、芸術、そして学問といった個々の枠組みのなかに、つまり、そうしたもの自律した自給自足的なものであるという激しい自負のうちに実は非-真理が潜んでいるということである。アウシュビッツ以降の文化はすべて、そうした文化に対する切なる批判も含めて、ごみ屑である・・・」
私がシェーンベルクの戦後の作品に興味をもつようになったのはアドルノもそうなのだが亡命した後も強じんな精神を持ち続け書き続けたことにある。シェーンベルクのオード、生き残りなどは直接にアドルノがとりあげそうなものだが以外とない。全然評価していなかったのだろうか?それとも彼の耳にはおためごととしか聴こえていなかったのだろうか?
(1998/11/10 tue)6859
受難伝のフリーズは続いて三つのエピソードを展開させるが、これらの諸場面は互いに様式が異なっており説話的連続性からいっても不規則な配置である。すなわち『ユダの裏切りへの報酬』[Pl. 15]および『神殿を浄化するキリスト(右写真)』[Pl. 16]のニ場面はいずれもアーチ装飾を背景とするが人物の肉付け、衣褶の表現にかなりの差が認められる。また、四福音書のすべてが『ユダの裏切り』を『神殿浄化』の後の出来事として記述しているのに、ここではそのような配置になっていない。続く『キリストに懇願するマリアとマルタ』[Pl. 17]と『ラザロを復活させるキリスト』[Pl. 18参照]からなる一組の主題にいたってはエルサレム入城以前のものとされている。
物理的にも中央扉口のフリーズは脇扉口のそれと比較して明らかに変則的である。フリーズブロックがまぐさよりも約10 cmほど縦に長いうえに横の厚みが極端に薄い。つまり脇扉口のフリーズが力学的に建築構造を支える要素であるのに対し、中央扉口のフリーズはR.ハーマンのいう「化粧張りとして壁面に張り付けられた長い石板」[13]という様相を呈している。このようにフリーズ・ゾーンには図像配置および建築文脈上の不規則性がすくなからず認められる。これをファサードの成立過程においていかに説明するかが従来の学説の焦点であった。
‥‥‥‥‥
写真をとりこまねばいけませんね。
(1998/11/13 Fri)6892
Toriちゃんのページを更新しました。(11/10)
ニュートンMP 2000の予備機をてばなすことにしました。興味あるかたはメール下さい。
急に寒くなってきましたがいかがお過ごしでしょうか。最近更新がとまりがちですが、これは家族の肖像をかこうと思ったためで、その原稿に注力しています。家族がそのときなにを考えどのようにしたのかということを追求するするのもミクロな歴史として面白いです。これこそ究極的な内輪ネタなのですが。
土曜・日曜は東京です。
(1998/11/16 Mon)6934
東京でSNさんにあいました。なんか僕ばっかりいい気になってはなしていた気がしますが、おゆるしください。アドルノや、シェーンベルクやショスタコーヴィッチやチャイコや、あれこれ話しました。またあいましょう。
友人の結婚式の料理は帆立貝の海老巻き ケッパーソースがおいしかった。
東京都現代美術館のマンガの時代展はすごくよかったです。おすすめ。特筆すべきはバカボンの原稿をみれたこと。あれは反則だよ。。。
Newton MP2000でのLily Language Kitについてメモを書いておきました。あ、それと先日になるけど、JobsがNewtonについて1996年にインタビューで答えたことと、ザウルスを買ったということも。
(1998/11/17 Tue) 6968
故・山本君の奈良・京都旅行記。もうすぐコンプリート
1996/4
室生寺
駅からバス停へ行く間にしとしと雨が降り出す。室生寺行きのバス停はちょうどバスが出るところであった。自動販売機でしるこを買って飲む。あと緑色の雨傘を400円で買った。この辺の田舎までは修学旅行の学生もこないから、いたって静か。観光客とおじさん、おばさん連れが多い。大野寺のあたりはしだれ桜や、えにしだがとてもきれいだった。帰りによってみたいと思う。
金堂
国宝、平安前期、檜皮葺き、三間の須弥壇だから、当初は三体の佛が祀られていたはず。
薬師如来像(伝釈迦如来)
榧材、一木造、古様(薬壺[やくと]をもたない)の薬師如来。肉身部黒漆塗(もと黄土彩)。法衣表、ベンガラ彩。同裏緑青彩。衣褶に切金線(中国唐代の彫刻、現在のものは後補)。板光背、七仏薬師、唐草文寺を彩画。
-中略-
Newton MP2000でHWCR(日本語手書き認識ソフト)をつかうとリスタートを要求されるときについて。いままでのNewton MP 2000についてまとめたページ
(1998/11/18 Wed) 6976
MIzuno氏によるベルクのCDレヴューをおとどけします。今回は「室内協奏曲」他でブーレーズ氏による演奏です。
室内協奏曲はわたしはどうもなじめないのですがMizunoさんも同じだったんですね。聞き込むのにしんどい曲だと思います。
日比さんのページ更新しようと企画しているのですが、段落区切りをしているところです。もうすこしお待ち下さい。
2400cのメインをMac OS8.5にしてみました。なかなかいいです。ネットワークコピーもはやくなったし、格段に安定になりました。
ソフトが小さいのばっかりだからかな。サイバードッグともいよいよおわかれです。outlook expressを使ってます。これってIMAP4をつかわないとメールのフィルタリングできないんでしょうか?
Newton MP 2000はなかなか売れん。しょんぼり。高いからかな?
(1998/11/19 Thr) 7002
ぐはー実験失敗。どうしよう。もうすぐ学会のもうしこみ時期なんだけど。
Newtonで手書き認識ソフトHWCRをつかうときのこつをまとめてみました。
7000をこえました。みなさまアクセスありがとうございます。
Toriちゃんのページあした更新するね(きっと)。ごめん今日やるつもりだったんだけど。
(1998/11/20 Fri) 7027
Toriちゃんのページを更新しました。
ヨーロッパ中世では死についてかたるとき、死は身近だという。近代になって死は身近ではなくなったという。アドルノもそういうことをかいている。
「かつては人間達に死を耐えられるにしていたであろうもの、つまり、完結していた人生との叙事的一体化という感情は、さまざまな社会的変化のために人間からうしなわれてしまった。・・・現在の社会化された社会においては、内在的なものがいかなる出口もなくぴっちりと編み合わされており、人間達が死を感じるその感じ方といえば、それは死を自分達にとって外的な、そして疎遠なものとして感じるだけである。」否定弁証法 三島憲一訳