Tenebroso 飯田のHPにもどる | 過去の今日の話題

今日の分はもっとずっと下。

(1998/05/21 Thr)

今日はロマネスクの教会、クレルモン・フェランにあるものを故山本和寛君の日記でお届けする。クレルモン・フェランでとれる石は真っ黒でそれが建築に使われると当然真っ黒。で、真っ黒なロマネスク教会。この教会の内部は以前このページで紹介した。タンパン彫刻の天使像に注目。また、ゴシック教会とともにステンドグラスがうまくとれてて気に入っている。このクレルモン・フェランのレヴューは企画していますがなかなかほかにも書きたいところがあるのでしばらくかかります。

 →クレルモン・フェランの旅行記

 スモークというアメリカ映画ごらんになったかたいるでしょうか。あの映画の中で主人公の男が友人の家で友人が取りためた写真(その友人は毎朝自分のタバコ屋の写真を取るのが趣味だった)を見せてもらっていると、そこになくなった奥さんを見つける。主人公のその男は奥さんが亡くなったあと作家としてスランプにながく陥っていたのだ。そこで映画の表現コードの1つとして泣く。主人公はウイリアム・ハートだ。そしてその友人はハーヴェイ・カイテル。ハーヴェイ・カイテルしぶすぎ。

 私も亡くなった友人と一緒にいったヨーロッパ旅行での写真をスキャナで取り込んで加工中にそれまで全然気がつかなかったところに友人の姿を見つけたことがある。1つはコンクというフランスの田舎の写真。もう1つはイタリアで。すごく動揺した。

 →山本和寛君について

(1998/05/22 Fri)

日比さんのモーツアルトの第3章をお届けします。後編にはオペラ「魔笛」の「夜の女王」の解釈が含まれています。

  僕の初めてモーツァルトに出会ったのは確か雪の降る十一歳の晩冬だった。さらさらとした粉雪は窓硝子を弾いて僕の眼球から次々に遠ざかったあの朝、モーツァルトのファンタジアはトランジスタラジオのアンテナから聴こえたのだった。無論、それ迄モーツァルトは何度か僕の耳を訪れてはいたがその美しさに身震いしたのは初めてだった。続き→ 

明日はTori's Roomの更新もできそうです。→Tori's Room

表紙をいじりはじめたらまた止まらなくなってしまった。

形而下の話になりますが、歯医者での治療は全て終わりました。といってどこもけずってません。歯がいたく感じたのは歯茎が弛んでいたからのようです。ブラッシングのおかげで今はどこもいたくありません。3回ほど歯医者にいきましたが、そこの助手のおねーちゃんが最後まで私にはとても無愛想なのに、こどもにはばいばい〜とにっこりわらっていうのです。私にもにっこりわらって「ばいばい〜」といっておくれ(爆)

(1998/05/23 Sat)

Toriちゃんの新作をお届けします。

『「中国人」になった私』   松本 トモ 著  PHP研究所

「中国人」になった私・・・・・・。夫の顔を見ながら、姑のグチを聞きながら、街行く人々を眺めながら、心の中で反芻するうち、なんだか愛着が湧いてきた。不思議なものだ。いいじゃないか。

(はじめにより)

 児童文学作家・日本語教師と二足のわらじを履き、中国人であるだんなさんと共に、現在は中国の杭州で生活されている松本氏のエッセイです。

 中国での7年間の生活のなかで、ご主人との結婚について、中国人の考え方・感じ方、街の風景などが、松本氏の目を通して、楽しげに書かれています。

 私は個人的に、中国や韓国などのお隣の国々に興味があるので、この手の本を見つけると、75%の確率でまず買ってしまいます(笑)。続きを読む→

昨晩も飲み会でした。2250円という安さ。で、2次会もなし。物足りない気もします。

(1998/05/24 Sun)

昨日Webernのピアノ変奏曲Op 27のスコアを購入しました。Universal Edition No 16845でなんと初演時にWebernがピアニストPeter Stadlenに指導したメモ書きを赤と緑で清書して示してあります。これを見ながら12音を追っかけてみたいのですが、能力不足ですね。

私はふだん美術館にあるような作品しかいわゆる芸術作品(絵画など)を見ないのですが、骨董品としての皿、掛け軸だって美術館にあります。で、これらは美術館にあるときは値段が付いてないのですが、市場にでているものは値段がついているのです。美術的価値に値札がついているというのは私のなかではそぐわないのですが、美術館にならんでいるような作品も、かつての職業芸術家がそれで食べていったわけですし、じゃ、現在市場にでていて将来にのこるような作品をみつけることができるかどうかといった場合、全然自信ありません。すでに他人が認めた作家についてうんぬんいってもそれはそういう権力空間のなかでのみ意味の持つ安全な言説なのかもしれません。まあ、それもごちゃごちゃいわずに美術年鑑なんかで作家と相場をしればどうでもよくなるのかもしれませんが。でもそういう工芸品の箱がそろっているかとか、材質はなんだとか、誰が(すなわち相場)書いたのかが重視され、書かれている内容だとかそういうのは無視されているのを間のあたりにすると憤飯物。あ、そうそうテレビのなんとか鑑定団なんてのは見たことないんです。

今日の名古屋は雨です。皆様のところはいかがでしょうか。

(1998/05/25 Mon)

かねてより予告してきました、ポリーニのシュトックハウゼン演奏会のレポートをKondo Fumi様よりいただきました。ありがとうございました。Kondo様にはWebernのピアノ変奏曲のアナリーゼも送っていただきました。(昨日のスコア購入はこのためなんですね)

 →Kondoさんのページをどうぞ。

今日は連載用の原稿をいくつか書いていました。今週末は高分子学会が京都であるので連載のを一切更新しないかもしれません。(にかこつけて息を継ぎたいというのがある)このページは飲み会で寝こけた時以外は更新すると思います。でもいくかやめるか迷ってるの。実験もしたいことがあるし。

(1998/05/26 Tue)

SN氏の日誌で5/24付けでKondo Fumiの音楽レポートの今後を期待しているとコメントいただきました。ありがとうございました。SN氏はロシアものに詳しく氏からはチャイコフスキーのバレエ音楽のすばらしさを教わりました。がチャイコの交響曲とショスタコーヴィッチはまだまだです。要今後の努力。

 SN氏の同日の日誌にはソフィー・マルソー主演の「アンナ・カレーニナ」の評論が掲載されています。映画を題材にして氏が興味をもちつづけているバックグラウンドミュージックとシリアスミュージックの関係が述べられています。この映画時間がとれたら私もいきたいと考えていたものです。

  Site Norio"SN氏" <http://www.dtinet.or.jp/~norio/index2.html>

今日は同僚が印刷品位が気に入らないとして、760 dpiでA4サイズをスキャナで取り込んだ画像をマックで印刷しようとしました。ところがRAMも80 Mでは足りないし残りのハードディスクも120MBをくってしまっても、まだハードディスクの容量が、画像の印刷、解像度の低下およびファイルのフォーマット変換に対して足りません。

 結局なんとか印刷はできないけれど解像度をいじるメモリ割り当てをさがし、解像度の低下を200dpiまで下げました。プリンタはPM700Cです。カラリオですね。この設定できれいにでました。

 同僚は300dpiでとりこみしていたにもかかわらずプリンタがうまく設定されていなかったようで760dpiまで上げていたようです。結局システムをいじまわして無駄な時間を過ごした1時間とプリントまでの実時間1時間が消え去りましたが、私のもってるシステムでスキャナでとりこみ印刷するのにどうしたらいいかまた1つスキルが増えて満足。

 でもこれってwinNTみたいにメモリプロテクションを積んでいたら最初から悩む必要無いような気がします。なんでNTあるにもかかわらず使わなかったのかって?NTのペンティアムが60MHzしかないから使う気がしないの。。。

 このwebを作成するには最近は150 dpiでとりこみ30-40%の縮小をかけプレビューを作成します。web作成ツールはAdobeのページミルです。ワープロと変わりません。

(1998/05/27 Wed)

Toriちゃんからイラストが届く。さっそくスキャナで取り込んでおいた。画像の加工はまたあとで。

今日もメンテナンスモードです。明日はサンジール教会と日比さんをアップできそうです。今週末にむけて更新するものの準備をしていました。そうしないておかないと学会中だとエディットもしてられないから。ってそういう時くらい休んでもいい?光合成のページはお休みにしました。たとえ寄稿者の分がエディットだけだとしても連載を毎日やるってしんどいときもあります。

ホームページは時間順で追加していくものとカテゴリ別で追加していくこととの競合であるように思える。追加のページをつくっていくのとそれを体系的にリンクをして、それぞれのページから意味をもたせるようにリンクするのも結構骨が折れる。例えばロマネスクのページのサンジールのページに一ページ追加したとしよう。

iida

 -romanesque

   -st gilles

     -追加ページ

私の今回の作業では追加ページを追加するとその上のページすべてに変更が加わる。

すぐ上のst gillesをリンクするのは当然として、その上のロマネスクのページは一週間ごとの更新なのでトップページとしての紹介機能がある。そしてiidaのページも更新したことを日替わりで目立たせるためにアイコンまたは写真を毎日かえるようにしている。毎日連載があるということは毎日3〜4ページをいじりつづけるということでもある。

 これがしばらくするとどうなるか。付け加えによってデザインが崩壊するのである。付け加えが計画どうりであれば問題ないが2月もすると計画なんて変わってしまう。現在ロマネスクページ、光合成ページ、日比さんのページ、水野さんのページ全部きにいらない。

 日比さんのページはほぼiidaのページのようなデザインで作り直した。水野さんはまだ沈没中。たぶん同様な形になると思う。が同じデザインはいや。全部同じデザインというのは避けたい。なぜなら上にあげたiidaのページだけyahooに登録してなくて後のページはしてあるの。だからそれぞれ独立したページとして機能させるには独立したデザインとするべきだから。

 Toriちゃんのページは書評なので各論で体系的なものではないから時間順だけが問題これはしばらくよさそう。Toriちゃんのイラストのおかげでこのページはつくっていてめちゃめちゃたのしい。

 Kondoさんのはアウトラインプロセッサ風でまとめてみた。いまのところ項目が少ないのでこれでよし。このインターフェースは結構気に入っている。

 ということで最近作ったページと旧来のページを比較すると私の感じていた体系的というのは表紙からいちどにすべてのページにアクセスできないほど肥大化したことであるということがわかった。かといってどういうふうに展開していくかわかんないしなあ。

 また、ディレクトリもめちゃくちゃになる。ロマネスク旅行記としてはじめたロマネスクサイトはロマネスクの教会別にもディレクトリをつくるようになった。そしてそのディレクトリにもおさまらなくなって、その下の項目別にディレクトリをつくっている。そうすると同じ教会のs写真でもあっちのディレクトリとこっちのディレクトリに分かれてくる。だんだん頭が混乱してくる。

 以上問題点の指摘だけです。解決策はときどきまとめてなおすしかないだろうなあ。あ、リンク管理はサイトミルというソフトにおまかせしてときどきチェック入れているのでだいじょうぶでしょう。

 

(1998/05/28 Thr)

ロマネスクのページは無事送りだすことができた。サンジールの残りの部分の紹介。鐘楼と地下。鐘楼は後世の作なのだがそれにかこつけてサンジールの簡単な歴史を書いておいた。また、地下の写真は不本意ながらサンジールのパンフレットより転載した。地下はお墓になっているので重要な空間である。ロマネスク特有の柱頭彫刻もなく、簡素なアーチしかない(しまった。このこと書くのわすれた!)。

 サンジールをひとまとめして見ることができるようになったので、次はテーマ系である。タンパンをはじめとした彫刻のイコノグラフィをもっとくわしくとりあげていきたい。これは他の教会との彫刻表現の違いなどの考察も含めたいのだが、その前に故山本氏の卒業論文を掲載してファイナルを迎えるようにした方がいいかもしれない。ここら辺は今後の展開。

 →サンジールの新作を見る →ロマネスク

 それよりも今後の展開で悩むのが光合成。いよいよタンパク質の性質の説明を書き終わっているのだが来週にまわした。これは今後の方針がいまいち決まらないせいでもある。光収穫系タンパク質と光反応中心については別の章にすべきかどうか。私の研究も紹介したいのでそうしたいところ。要再考。

今日(28日)は京都の高分子学会に出席しているはずである。今回も有給で自腹なので、学会にいかずに遊びにいくことになるかも。京都の国際会議場。2、3年前に地下鉄が開通していきやすくなった。あの建築デザインはだれでしょうか?

 

(1998/05/29 Thr)

日比さんのページ モーツアルトを更新。

 生という或る瞬間、それは死を感じることに始まる。モーツァルトの音楽はその過程に於ける最も清潔な体験である。人間の体験し得る限りの最も美しい生という或る瞬間なのだろう。続き→

表紙デザインをiidaのページと同じにした。というより同じになってしまった。これで今週アップ分を読んでくれる人が増えるのではなかろうか。

予定通り今日は高分子学会に出席。いろいろ聞きたいことをきいてきた。主にポスター会場をまわった。何をきいたのかとかは内緒。今何研究しているか明かしているようなものだから。

 学会は今日で2日目。明日でおわり。高分子学会は3日間。発表を申し込んでおかなくて悔やんだ。2件くらい今の手持ちのデータで話せたのに。

ウェーベルンのピアノ変奏曲をスコアをみながら聴く。その後、ウェーベルンの交響曲を聴く。そしてウェーベルンの初期の弦楽四重奏op5をきく。スコアを片手に読むといろいろ発見があって面白い。その後シェーンベルクの「ワルシャワの生き残り」。最後の曲は歴史的な事実の圧倒的な精神による音化。文字どおりユダヤ殺しから生き延びてきたユダヤ人(男)の証言をもとにした曲だ。ガス室で号令で人数を数えさせられるユダヤ人「一、ニ、三・・・・その番号は、どんどん速くなって最後にユダヤ人の聖歌の合唱に変わった。」ユダヤ殺しを間近にきいてシェーンベルクの精神がずたずたに壊れたことを雄弁に証言している曲である。もはや芸術は心地いいことを音化するだけではないのだ。第二次世界大戦の精神世界に与えた影響は非常に大きい。

  →ウェーベルンのページ

  →シェーンベルクのページ 

 

(1998/05/30 Sat)

Toriちゃんの新作 「湖畔」をアップロードします。表紙イラストも変わっています。是非御覧下さい。

『湖畔 (久生十蘭全集 (第2巻)より)』 久生 十蘭 著  三一書房(1998/05/30)

 久生 十蘭をご存じの方って、割と少ないかも・・・。

 推理小説・犯罪小説・歴史物・恋愛モノ・実録物etc...、いろいろなジャンルの作品を残し、世界短編小説コンクール1位、直木賞受賞など輝かしい軌跡を残しています。 でも、なぜかマイナー。

 物語は、主人公が自分の2歳になる息子に宛てた手紙・・・という設定で書かれています。物語はこう始まります。

「この夏、拠所ない事情があって、箱根芦ノ湖畔三ツ石の別荘で貴様の母を手にかけ、即日、東京検事局に自訴して出た。」続きをよむ→

ニーチェの「ツァラトウストラはかく語りき」(岩波書店)『山上の木』を読む(大阪→京都の電車の中で)。この一節は日本語で読んでも美しい。つまり気合い入れて美しく訳したということだ。そして、ドイツ語では詩的な原語の美しさがあると予感させる。

 以前ニーチェについてはホイジンガとの関係でとりあげた。ホイジンガは義務という概念を非常に重要視する。ホイジンガは平和主義をなのりながら戦争にいくのは義務だというのだが、ニーチェの影響を強く受けたフーコーは「性の歴史 真理への意志」以降でこの”義務”をどのように国家が作り出しているのか、そのメカニズムを明らかにしようとしている。

  →以前書いたホイジンガによるニーチェ。アドルノとニーチェ

学会はいろいろ収穫ありました。すでに一件申し込んであるのですがもう一件申し込みたいな。。。

 

(1998/05/31 Sun)

SNさんのサイトで高橋悠治氏の「開発と地域の音」から抜粋が掲載されていました。民族音楽と「音楽」の関係がジャワのガムラン音楽の現場に近いところからの発言がなされています。

-SNさんのサイト<http://www.dtinet.or.jp/~norio/index2.html>
    -高橋悠治氏の「開発と地域の音」から抜粋
      <http://www.dtinet.or.jp/~norio/takahashi_y01.htm>

昨日は大坂城に行きました。大坂城は改築したばかりです。お城をみていて気がついたのですが、あの金のシャチホコ。あれだってヨーロッパ教会にもあるような怪獣です。シャチホコがあのようなデザインで屋根に置くいわれは水の神様でしたっけ?よく知らないのですが、いずれにせよ戦闘用(あるいは権力誇示用)のお城にあのような物が装飾としておいてあることには興味を覚えます。だれがどうして置くようになって、どのように伝播していったのか。

 鎧なんぞも見ていたのですが、14ー16世紀のものです。ヨーロッパで騎士が鎧に雅びやかさをもとめたようにやはり日本でもデザインは洗練されていくのと、ヨーロッパからの輸入品の鎧も見ました。兜なんか手をくわえて使ったりしていたようです。14ー15世紀ったらヨーロッパでは(美術史的には)ゴシック時代で遠い過去のような気がするが日本では身近に感じるのはやはり日本の歴史の刷り込みが大きいせい?

 ところで私は歴史ドラマってあまり好きではないのだが、それはいつも、それは根拠のあることば?それとも作者の脚本?とかおもうと歴史ドラマって逆に疲れるのです。頭固いんでしょうね。

マックお宝鑑定団によるとマックのコンシューマーポータブル(99年発表)は10万円代で発売したいとのことらしい。だが、web作成に耐えるモデルだろうか?つまりCPUと液晶の広さの事だ。

         マックお宝鑑定団<http://www.tcp-net.ad.jp/danbo/>




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