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今日の分はもっとずっと下。

(1998/05/11 Mon)

山本君の奈良・京都旅行記 1989年4月

興福寺 (下)

 羅ご羅 (らごら)

 釈迦が出家前にもうけた子。戒行(密行、忍辱)第一の人。頭部、胸部に黄土の美彩、朱の僧祀支の色彩がよく残る。目を閉じ、眉をひそめる瞑想組、求心的な衣文、表現、耳から顎にかけてのモデリングははっきりしない。

 須菩提 (すぼだい)

 解空第一の人。右手で袖の端を持つ。童顔であどけない。ふっくらとしたほほ、小さな鼻、切長の一重の目、眉はわずかに起伏するのみ。

 阿修羅 (あしゅら)

 かなりの細身、胴は長く手、足も細長い。六本の腕は左右対称、合掌し、手を仰ぎ中空で前方に向けられる。M先生は祈りの情景の造形という。合掌する腕のもつ求心性が中の両腕の中空に浮いた不安定な力の流れをうけとめ、上腕の二方向へ分岐させ、祈りの情念を上空に発する。

 体に比して小さな頭部は三面というプロポーション上の調和の問題を考慮したものであろうか。

 沙か羅(さから)、迦楼羅(かるら)

 武具をまとうがいかめしい感じはなく、沙か羅(さから)は童顔で迦楼羅(かるら)は鳥頭でどちらもかわいらしい。迦楼羅の左手首は欠損しているが、漆皮と心棒のつくりが断面状でよくわかる。五部浄は上半身のみ。中空構造がよくわかる。懐中電燈紛失。

 八部衆

 仏教以前のインドの神々。阿修羅以外甲(よろい)を着ている。諸像のひだのまとめ方は、容姿の老若や表情に応じている。

  →興福寺(上)

  →山本君にささぐ

(1998/05/12 Tue)

日曜日に建築家 磯崎 新 氏のドキュメント番組をみました。

悲劇を建築にするとは(タイトルも含め以下は記憶によってまとめているので記憶違いがあると思います。御指摘は遠慮なくメールにて下さい。iida@toride.com

【水俣病のモニュメント】

 氏がモニュメントの審査委員をつとめたとき、垂直で権威主義的モニュメントはふさわしくないように思い、水平を生かした平面の上に108つの金属球をおいたものを採用したという。これは夜になると金属球がてらされ漁り火のようにも見え鎮魂にふさわしいと考えたという。

 ここでiidaが感銘を受けたのは水俣病の被害者の自宅での対談。

 被害者(たしか緒方氏といったような)自分はチッソの被害者だと思っていたが、ある日、自分もまたチッソなんだと思うようになった。

 自らも今の産業形態のなかに組み込まれ、そのなかで生きているのであれば海や、自然に対して加害者である、ということに気がついた時、被害者運動から離れていき一人で石から仏を掘り出す、チッソの前まで歩いていきなにも要求せずにすわりこむ、などの運動にてんじたという。

 自分もまたチッソなのだということを当面関係のない我々がいうのは簡単だがかつての被害者がそれを認識していったということに対して感銘を受けた。

 この体制の中外という問題から、氏は以前の経験を思い出す。

 かつて磯崎氏は大阪万博では心情的に反体制派の言い分に共感を覚える一方、建築家としての自分は建築を完成せねばならなかったことに体と心を壊してしまった。

この時の体験から建築としてはもっとも空間が希薄になるように建築をした。反建築。

【阪神震災】

 心理学者との対談で震災の記憶は忘れられるだろうか?

 心理学者の指摘では身の回りに死者がいた場合、忘れられないものになるだろう。

 磯崎氏自身はコンペにこの震災そのままの瓦礫を出品して賞を獲得したが批判もあった。震災後の復旧提案なきままに瓦礫を出品をするのは責任放棄では?

 だが何ができるのか、という解答はだれにもないのだから問題提起しかないのではないか?(磯崎氏)

【広島】

 原爆ドーム

 原爆ドームは年月を経るうちに廃虚だったのが廃虚風の建築にかわったか?

 広島出身の作曲家細川俊夫氏との対談

 広島をモチーフとした作曲活動をめぐって広島の自然をとどめた音楽、子供の頃の広島、原爆以前の広島を音楽にとどめる。

 磯崎氏自身は戦後の自分の故郷の瓦礫と重ねてみていた。

【ユダヤとHIVについて】

 浅田彰氏との対談

 ワシントンでのホロコーストミュージアムとベルリンでのユダヤ記念館。

 現代美術の表現法を参考にしたディスプレー(磯崎氏のものではない)。パスポートを受け取るとそれは死へのパスポート。

 ベルリンでのユダヤの文化を抹殺したことによる歴史的な空白。それを建築に表現。

 歴史の断絶、切れ込みを空間に表現。

 HIVではメモリアルキルトと劇俳優の高橋氏に言及

【磯崎氏設計の中央図書館 (所在地失念)】

 30年で新築することになり古い建物(磯崎氏設計)は壊す予定だったが展示空間としてよみがえることになった。

 磯崎氏はここに集まる人の記憶に建築は残っていくことを実感したという。

【まとめ】

 悲劇を記憶している人々から巧みに言葉をとりだし自らの建築表現の思考を形成していく過程としてドキュメントは進行していった。

 磯崎氏の活動をしるならこれはあらかじめあったエッセーや論文の中をふくらましてインタビューを付け加えて作成した、いわば自作自演といったものかもしれないが。

 建築家の表現への欲求と貪欲に表現形態をとりこむ手法を垣間見ることができた。

 私自身は建築にはほとんどかかわりをもたないが(ふだんそれに取り囲まれているくせにそれらについてはかんがえたことはほとんどない)、建築というもののもつ空間表現というものに最近興味をもちはじめているので、とりあえずそれはロマネスク教会と向き合う時にwebサイトの表現設計にかなりのアイデアを注いでくれた。

(1998/05/13 Wed)

今日は光合成。エネルギー移動と電子移動について。ここら辺はブルーバックスでもあんまり説明ないと思います。この次はバクテリオクロロフィルのダイマーの話で光合成タンパク質の心臓部に迫ります。その後はタンパク質の構造形成。さらにタンパク質中での光合成色素。それからLHとRCの各論で、専門的なことをわかりやすく提示できたら今までの説明が無駄にならないはずです!

明日はロマネスク、明後日は日比さんのモーツアルト

プラジャーク・カルテットの叙情組曲(PRAGAレーベル)やシェーンベルクが今日のお気に入り。

(1998/05/14 Thr)

今日は南フランスのロマネスク教会サン・ジールの写真を入れました。この教会も12世紀頃のものなのですが、キリスト教教会といっても怪物が刻まれているのです。これは歴史の本によるとキリスト教以前の神々がキリスト教に征服された時に敗者として怪物化されて記憶に残されたと考えられています。ゴシック建築ではこの怪物はぐっとへります。せいぜい排水口のやせた悪魔くらいでしょうか。

 ロマネスクではこの怪物達や動物のようにくねくね生い茂った植物(しばしば動物と植物は融合している)が強調されています。それはキリスト自身がまだ恐るべき神の1つとしてえがかれ(モワサック、ヴェズレー)、地獄がなまなましく描かれていること(コンク、サンラザール)にも対応しています。

 今回は取り上げていませんがサンジールでも聖人の列柱へのうめこみにおいては足下になにかライオンのような怪物をふんずけています。似たようなことは日本の奈良での仏教美術で12神将がふんずけている怪物たちを思い起こさせます。征服したものをふんづけるという快感は洋の東西を問わないということでしょうか。

 今回はこのキリスト教以前の神々の記憶が彫刻として表現されているいわば「異形のものたち」をとりあげてお送りいたします。サンジールではこの異形のもの達は教会正面の彫刻群の最下層に位置し、あたかも土着の民族の記憶の底にしずみこんでいることを表しているかのようにもみえます。なお写真は5〜6点ほとんど新規に入れたものです。

 次回はクレルモンフェランという教会の山本君の日記に写真をいれてお送りする予定ですが、それまでに教会の内部空間を感じるような写真を集めているのでここで簡単にドラフトとして紹介できるかもしれません。

   →ロマネスク教会のページ

 

(1998/05/15 Fri)

今日は日比さんのページの更新。モーツアルト「金色の針=独りぽっちの音楽」の第二回目です。日比さんはモーツアルトの曲の音1つ1つに意味をよみとるのですが、それはアドルノのウエーベルンについて述べた文章を思い起こさせます。

    →日比さんのページを読む

 私はモーツアルトの曲は弦楽五重奏の4,5 &6あたりが好きです。また弦楽四重奏では20番のアルバンベルクカルテットの演奏と21-23のプロシャ王のセットが好きです。

 交響曲はジュピター(No41)が元気になれるので好きです。No 40はそれほど。

 モーツアルトのドンジョバンニをレーザーディスクでようやく半分みました。なかなか笑えます。魔笛はレーザーディスクでレヴァインの指揮のものを見ました。フィガロもなかなかよい。モーツアルトのオペラはオペラブッファと呼ばれ、エンターテイメント指向が強いと考えられています。それには劇の台本がなんだかよくわからないけど笑える台本であるのと音楽が軽く聴こえるせいだと思います。ワーグナー全盛のころはモーツアルトのオペラは人気なかったようです。

光の共鳴、空間的な広がり、狭さ、暗さ、差し込む光、輝く光

(1998/05/16 Sat)

今日はドラフトを2本

はじめは昨日のキーワードのイメージの種明かしから

空間的な広がり(ベズレー)|差し込む光、暗さ(クレルモンフェラン)

のこりは明日。

実はロマネスク建築の内部なんですね。

もう一点はベルク

作曲家アルバン・ベルクの生涯の前半の簡単な紹介

1885年2月9日 コンラート・ベルクとヨハンナ・ベルクとの間にうまれる。

 14才の時から歌曲を作曲し始めたという。シェーンベルクのもとでの教授は1904年から。このときシェーンベルクは「浄められた夜」から「ペレアスとメリザンド」あたりか。

 15才から喘息の発作が出始めた。ベルクは生涯を通じてこの発作に悩まされることになる。

 シェーンベルクはベルクの実家の家が傾きつつあることを知り無料で教えることにした。ベルクの兄がベルクの歌曲を持ち出して見せたのである。

 シェーンベルクの授業の目的は作曲の手仕事的なものをすっかりおしえることで、和声と対位法のような理論とフーガ形式とソナタ形式のような作曲の両方を教えた。また、バッハからブラームスまでの過去の傑作の分析を一緒におこなった。

 シェーンベルクの指導は必要性と強烈さを要求した(マックスドイチュ、「新ウイーン楽派の人々」による)

 エルヴィン・シュタインによればシェーンベルクは人に考えることを教える。自分がこれまで問題となってきたことを調べる最初の人であるかのように目を見開かせ考えることを要求したという。重要なのは絶対的真理ではなく真理を探究することである。

 シェーンベルクのもとでは親友をみつけることができた、生涯かわらぬ友情を保ちつづけたアントン・ウエーベルンである。

 ベルクからウエーベルンへ メードリンク1926年10月8日

「私の弦楽四重奏曲(叙情組曲)は出来上がりました。目下のところ清書に取りかかっています。・・・それがおわったら、ついにあなたに全曲を見せることができる楽しい瞬間がくるのです。」(DGラサールカルテットのパンフレットより)

 ウイーンの精神という意味ではカール・クラウスの熱狂的な信者だったという。文学への興味は後年オペラを作曲した時に台本の選定や作成に大きな影響をおよぼしていると考えられている。

 前半生ではむしろアルテンベルク歌曲集での詩の叙情性そのままの伴奏オーケストラが見事。これは巨大なオーケストラを駆使してさまざまな音色を用意した一瞬一瞬には室内学的な音響と透明性を確保しようとしたまさにマーラーのオーケストレーションを思い浮かべさせ、それは作品6にも明白に現れている。このようなマーラーとの親和性もまたはベルクが後年まで忘れなかったことだ。

  →シェーンベルクの生涯と音楽

  →水野氏ウエーベルンを語る

(ドラフトですのでしばらく加筆してmizunoさんのサイトで展開します)

(1998/05/17 Sun)

昨日の続き

教会の内部(クリックすると大きな写真になります)

狭さ(クレルモン・フェラン)

輝く光(ベニーニュ教会?)

光の共鳴(クレルモンフェラン)

昨日のものもふくめて一番気に入っている写真はまん中のものと右のものである。まん中のものはディジョンのベニーニュ教会だと思うがはっきりしない。この教会はロマネスク期の代表ともいうべきクリュニー教会のすぐ近くだけあってはやくに建立されたが地下をのぞいて後年のたてものである。それでロマネスク教会のサイトでは紹介がしにくかったのだ。ここではただのギャラリーだからいいだろう。

 このまん中の写真の像は天使だか聖人だかよくわからないのだがこのこぼれるばかりの光と手前のアーチの石の表情とが対照的な世界を作り出し気に入っているのである。

 これに対して左の写真はクレルモンフェランの内部でやはり光が差し込んでいるのだが、それを台無しにしているのは私がたいたフラッシュである。だが建物の石の積み方ははっきりわかる。とくに中心にみえる天井の石積みの処理および窓わくの石の積み方は教科書の題材になるようなロマネスクの処理である。

 最後に右の写真。これも気に入っている。私にはどうみえるか。ステンドグラスがまん中といくつか広がりを見せている。まん中のステンドグラスから差し込んだ光があちこち反射しているように私には見える。だから光の共鳴とした。だが同時にそれが外の世界と中の世界をつなげる光でもあり、壁の位置を表しているのでもあり、このことが空間の存在を主張しているのだ。

 ロマネスク教会の当時の石積みの手法ではクレルモンフェランのように暗い教会しかできなかった。石積みによって強度を確保する方法がまだ大規模に展開されていなかったからだ。このため窓を小さくするしかなかった。また透明性の悪いステンドグラスしかなかったはずだ。このことはゴシック時代には技術革新のネタの1つとして現れてくる。ゴシックの教会の中は光に満ちあふれ、巡礼地ではなく、都市にある教会として神の栄光をあらわしていたのだ。この点ロマネスクの方が神をうやまうような光ではある。昨日しめしたベズレーも後年ゴシック様式で手が入っているらしい。このためロマネスク教会の中の雰囲気で話をすすめにくかったのでようやくその紹介の一端を示すことができた(いいんだろうかこんないい加減なこと書いて)。

  →ロマネスク教会のページ

(1998/05/18 Mon)

山本君の旅行記1989年4月

東大寺

 金剛力士像修復中。治承の兵火による焼失後の再建は勧進上人重源によって推し進められ、宗の鋳師、陳和卿をまねいて大仏の鋳造に当たらせた。陳和卿は木工事にも経験が深かったと見え、重源は彼を惣大工とした。

 7, 8世紀以来、中国の影響を受けることなく進んできたわが国の建築界に再び中国の様式が入った。

 宗様式(天竺様)-大仏様という

       |-法華堂(正堂)
  奈良時代−|-転害門
       |-正倉院宝庫    

       |-南大門
  鎌倉時代−|-法華堂(礼堂)
       |-二月堂付属の建物

 奈良YHは設備が大変立派。研修の団体が数団来ている他、ホステラーは僕を含めて2.3人。僕は個室をあてられた。4人部屋なのだが僕一人。奈良は京都と比べるとやはり田舎という感じがする。

 花の種類をもっと知っていればと思う。

 鳥の種類をもっと知っていればと思う。

        -以下省略-  

   →山本君にささぐ

(1998/05/19 Tue)

大学による。後輩に買っておいてもらった本を受け取る「光・物質・生命と反応(上・下)」垣谷 俊昭 著 丸善株式会社。物理と化学の方法論で生命の現象論を解析しようとした本。各論は数式が多く凝縮して書かれ研究するヒントが多い。数式見た方がわかることも多いのだ(理科系の方は知ってるとおもいますが)。最終章には光合成タンパク質について量子力学的描像での解析を通して描き出されている。

かつて共著で論文を出したLoach教授の論文のコピーも入手。私の職場にはBiochemistryがないの。。。

合成のポリペプチドを用いて光合成色素と再構成をおこない、ペプチドのアミノ酸残基の役割について調べたもの。

1. Meadows KA, Parkes-Loach PS, Kehoe JW, Loach PA. Reconstitution of Core Light-Harvesting Complexes of Photosynthetic Bacteria Using Chemically Synthesized Polypeptides. 1. Minimal Requirements for Subunit Formation. Biochemistry 1998;37:3411-3417.

2. Kehoe JW, Meadows KA, Parkes-Loach PS, Loach PA. Reconstitution of Core Light-Harvesting Complexes of Photosynthetic Bacteria Using Chemically Synthesized Formation and Thier Implications for the Structure of the Subunit Complex. Biochemistry 1998;37:3418-3428.

上記は光合成のページにも転載します。

光合成のページの連載がきつくなってきた。というのはアップデートぎりぎりまで直していて次の原稿に取り組めないため。といつつあと3章は書いてあるのだけれど、図の仕上げってやっぱりしんどいです。

ジョイスのユリシーズ(伊藤 整&永松 定 訳 新潮社)のいよいよ最終章。爆笑。艶笑劇というべきか。ポルノとまでいうべきか。当時(1921年)だったらやっぱりポルノだろうな。女房が昼浮気をして夜うとうとしてくるところに亭主がかえってくる亭主は昼に情事が行われていただろうことを察してはいる。女房はぼやーっと昼間の情事を具体的に思い出しながら亭主の顔を見ながら、どこかでいいことしてきたんだわこの人フェティシズムでへんたいだってあのとききがつかなかったのはなぜなんだろういつだったか手袋をほしがってあげたらおおよろこびはじめてデートでちゅーをしたのはいつだったかしらあれは丘の木のこかげであのひと(亭主ではない)が舌をいれてきて・・・(勝手にわたしが今ふうに書いてみました。)というおげれつな意識の流れがとりとめもなくながれる。

 これが20世紀文学の変換をうながしたのは読書子であればご存じのはず。後年ジョイスはさらに過激なフィネガンズ・ウエイクをものする。

 ユリシーズは意識の流れを取り入れその日のダブリンの人々の意識を文面化することによって掘り起こすと同時に、その全体の形式はギリシア神話のオデュセイアーに沿って展開したという。本そのものをよむより種明かし本を読む方が間違いなくおもしろい不幸な文学書のひとつである。

 後年ポストモダン文学理論なんかでかならず方法論の限界を試すために使われるという不幸な役目ももつ(といわれているのだがその原論文をみたことはない)。

 こういうことはとっても面白いのだが、私にとってもおもしろいのは、本文中でシリアスな話をしながら、あ、パンチラ見のがした、とか、かもめにえさをやったとか、実にくだらないことを書き留めた意識のポリフォニーともいうべきその雑多さ。もう3年くらいちまちま読んでいるからもとをとったというべきだろう(爆)。というわけであと20ページ。次は英語版を読むぞ(嘘)。

(1998/05/20 Wed)

昨日は寄稿が2件あり、とてもうれしい。1つはTori' roomの原稿ともう1つは以前高橋悠治氏についてメールをくださったKondoさんである。なんとポリーニによるシュトックハウゼンの演奏会のレポート。そこのあなた、よだれがでてきたでしょ!いずれも週末にHTMLに加工します。

 クラシック音楽のよい本をみつけたので紹介しよう。興味ある部分だけ立ち読みしてみるといいとおもいます。たぶんレジに直行しているでしょう。

音楽史17の視座(音楽の友社)田村和紀夫、鳴海史生著

<<古代ギリシャから小室哲哉まで>>

譜例が多く、アルスノヴァなどの12ー3世紀の記譜法もかいてある。ちょっとした疑問などに答えてくれ、なにより、譜例の多さがその該当部分の曲を聴きたくさせる。

光合成のページアップデートしました。息切れしそうです。一週やすもうかな。それはそうと、高校生以上なんてぜったいむり、かなり難しくなってきました。4回生レヴェルかそれ以上になってきました。まあ、しかたないか。とりあえず書きたいように書いてそれからまとめ直すのも手かも。って論文書けよ。。。

 今週は光合成色素が向かい合ってニ量体をつくるのですがそれの構造と機能です。光があたってどうなるか?を先週からの引き続きでタンパク質中での話でまとめてみました。生命って不思議なんだよなあ。どうしてこんなに巧みに進化してきたんだろう。

 というわけでキャッチフレーズで1+1=∞としましたが近くの人に意見をもとめたらオヤジきゃっちだよといわれた。しくしく。

  →光合成のページ

明日のロマネスクは先日紹介したクレルモンフェランへの山本君の旅行記です。彼はサンジールを研究したんですが、途中で亡くなってしまったわけで、ロマネスクのwebが実は光合成と対になるように展開しているのご存じですか?って両方よんでる人いないと思いますが。こういうシンメトリーを考えながらwebを構成するのって面白いですね。

 サンジール教会についても卒業論文をいれて本格的にやっていきたいと考えている今日このごろ。でも時間が。。。学会発表の申し込みの時期がきているのでなかなかまとまって考える時間がありません。

 →山本君にささぐ

 →ロマネスク


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