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(1998/05/01 Fri)
歴史小話日本におけるアラビア数字の受容
歴史小話梅文鼎(1633-1721)
歴史小話爵位制度の祖形
受講ノート『1410年代の党派争い』
がでてました。特に受講ノートがよくできています。
一昨日の休日は光合成のページをせっせと書いていました。こういうの書いてるの時間の無駄かと思ってたんだけど、書き出すと疑問はわいてくるし、論文をこまめに見るようになっていい効果がある。で、今日は空き時間に論文を読んでいました。でもやっぱりいそがしくなったのには変わりないか。
ベルクはシェーンベルクのもとでの音楽の勉強を終えてオーケストラを作曲した。三つの管弦楽曲op 6である。この曲は前奏、輪舞、行進曲の3つの部分からなり、とても聴くのが難しい曲である。1914年夏完成
アドルノでさえ師に「きっとシェーンベルクの管弦楽曲(op 16)とマーラーの第九交響曲をいっしょに演奏したような曲になるでしょう。といったくらいである。
この曲にはマーラーの第六交響曲のエコーが重々しく鳴り響く。ハンマーである。ブーレーズはマーラーの第六を演奏した時のインタビューで、マーラーの第六にはベルクが参考にしたオーケストラ語法がたくさんあることをよろこんで語っていた。ブーレーズは若き頃ベルクの事をぼろくそにいってはいたのだが、見事な転向者でもあった。だがブーレーズはそのことを率直に認めていて、あのころは若くて勉強をそれほどしていなくて見誤っていたとどこかでいっていた。
それはともかく、マーラーの重要性についてはベルクは「『第六』は『パストラール』の他には1つしかありません。誰のであるかは言うまでもないでしょう」と語っていることからわかる。
シェーンベルクとの関係はシェーンベルクの管弦楽曲を聴いたことと、シェーンベルクが性格小品を書くようにすすめてくれたことがきっかけになったという。
まだ12音技法が考案される前のことで自由な無調の曲である。とくにリズム面の統一化が著しいようである。
(1998/05/02 Sat)
SNさんのサイト(4/28付け)から毎日新聞にいく。高校での国旗掲揚などの問題が一般読者からとうこうされている。
投稿で気になったのは民主主義。
民主主義が達成されなかったため、とか民主主義ではないとか。民主主義には義務がともなうなど。民主主義がバラ色の投稿が目立った。
民主主義はバラ色だろうか?たかだか200年の歴史しかない近代民主主義。20世紀初頭には民主主義であったはずの国家がどんどんおかしくなっていったのをみてきたではないか?そもそも民主主義を一番はじめにうちたてた国家こそ皇帝を生み出したではないか。なぜ民主主義がいいといえるのだろう?これこそ戦後教育がうまくされた証明ではないか。
そして義務などという恐ろしいことばなんて使いたくないのである。
ホイジンガの「朝の陰の中で」でもっとも歯切れがわるく、もっとも著者の悩みが伝わってくるのは国家が兵隊を義務として個人に課してきたときどうするか?というものであった。第二次世界大戦前の時代である。
彼は口ごもりながら、書き連ねる。
戦争を支持するわけではない。平和主義者だ。だが国家が兵役を求めてきたら義務を果たさねばならない。。。(本が手元にないので思い出しながら書いています。不正確でしたら後日改めます。)
国家と義務はおそろしい。答えられない問題を持っている。それぬきで義務をはたせといえるのか。。。。
そもそも民主主義はフランス革命時に大量虐殺をしたために可能になった野蛮な産物に他ならない。正当化のためとはいえフランスは未だにそのころのことを取り上げて議論している。
日本はそういうのなしでやってきた賢いんだかどんかんなんだかよくわからない国である。例えば、なんで戦後天皇陛下への信用が下がらなかったのだろうか?
私が60才以上の人にきくのはその点だ。だがきいたひとはうまくせつめいできない。というかそんなこと思いもしないそうだ。もちろん思想家としてそういうことを主張してきたひとはたくさんいる。だが意識にのぼらないそういうことを意識しなかった人々のそういう価値観の分析に興味があるのだ。
私?めんどくさいのきらいなんでメタな議論で逃げているだけです。ではよい週末を。
(1998/05/03 Sun)
ボードレール全詩集(阿部芳雄訳、ちくま文庫)を読みはじめた。これは衝撃的な詩だ。私は11ー12世紀のロマネスクのサイトを作るためにゆっくりとではあるが歴史の本であるとかキリスト教の本とかも読んでいる。ボードレールの悪の華はそれら中世に発するキリスト教の考え方への意義申し立てであり、無効化を歌っている。これは恐ろしいことだ。私の背後でがらがらと価値観が崩れる音がする。ニーチェも同様な役割を果たしているかもしれない。だが私にとってはよりスマートでより衝撃的であった。それは内面的な訴え方を基本においているせいかもしれないが。
もともとこの詩集を手にとったのはご存じアルバンベルクの叙情組曲という弦楽四重奏の最終章につける構想があったためであるが、これはベルクの不倫相手への愛の告白でもあり、その不倫相手であるHFロベッティンにささげたポケットスコアにしか書き込まれていない。
その印象がつよくてボードレールの詩は恋愛的なものを美しく歌った詩であるとか倫理的なものを破棄するような詩であるとかこれまでに思っていただけに今回読み初めて驚いてしまった。うけとめるこちらの方もヨーロッパの歴史であるとか中世の神学の一端でもかじりはじめたからこそ何を歌っているのかがわかったといえる。
ボードレールは1821年生まれ1843-44年にほぼ書き上げていて、1857年に刊行された。このとき36歳。1867年没。
なおベルクが引用した詩(ドイツ語訳はシュテファン・ゲオルゲ)は以前こちらで紹介した。
(1998/05/04 Mon)
山本君の京都・奈良旅行記
浄瑠璃寺(真言律宗)(後編)
宝池をはさんで東方浄土の教主薬師佛と西方浄土の教主来迎佛である阿弥陀佛とが向かい合う。まず東の薬師佛に苦悩の救済を願い、その前で振り返って池越しに彼岸の阿弥陀佛に来迎を願うのが本来の礼拝の形であるという。
法成寺(藤原道長造立)の場合は東に七体の薬師如来を祀り、西の九体の阿弥陀佛と向き合わせた。奈良法隆寺金堂では南面に東に薬師、中央に釈迦、西に阿弥陀の三如来が配置される。
脇待仏の光景は、無彩(茶のみ)宝相華文が彫られているがこれは当初のものだろうか?
吉祥天女(鎌倉)は、彩色がすこぶるよく残る。典型的な唐美人といえるだろう。色の白さ、ふくよかなほほ、涼しげなまなざし、上品な口もと、上腕のふっくらした肉付き、きゅっとしまった手首、細くしなやかな指先。衣服(瓔珞、あかね色の上衣、棕櫚彩色のそで、白い帯)の絵画的魅力もさることながら、彫刻的に自然な比例がこの作品の豊かさを引き立てている。しかし、この比例は生身の人間のものではなく、理想化されたものである。
厨子と扉の絵画(現在は模写)空間、扉絵は芸大の資料館にある。今日も快晴、境内は桜、木蓮、菜の花。
(1998/05/05 Tue)
シェーンベルクの評伝がでていました。
「シェーンベルク」エーベルハルト・フライターク著/宮川尚理訳 音楽の友社、1998年 2400円
ソフトカバーでこの値段は高いです。1500-1800円が妥当じゃないでしょうか。内容は順当。えらそうですが、シェーンベルクについては日本語で読めるものについてはかなり目を通していますので。それらの多くの本が絶版になっていることを考えるとまあ、今のうちに買っておくか(笑)。それらと比べて新しい見解があるかどうか。ただモーゼとアロンについては独立した章があてがわれており、この巨大な未完のオペラの背景を知るのに役立つ。そして白黒ではあるが写真が豊富なこともいいかもしれない。
でも帯の「12音技法とはなんだったのか?」にはまったく答えていないように思います。
「リヒャルト・ワーグナーの楽劇」C・ダールハウス著/好村富士彦・小田智敏訳 音楽の友社
ワーグナーって私どうも相性があわないというか。指輪をみても全然退屈で頭の中????だったし、パルシファルはやっと少しづつみて(半年かかったか?)やっぱり何これ?で、さらに一昨日のNHKでのローエングリンの抜粋。これもだから何?
やたらストーリーの進行がのろいし、ストーリーの伏線同士の関連とかわかりにくいし、ストーリーの収束した点もつかめないのです。
しかし、ワーグナーのドイツロマン派への影響を考えると無視するわけにもいかず、目をこすりながらいつも見ています。こんな私にワーグナーがいいと思える日は来るのでしょうか?
で、この本がいろいろ書いてあったので買ってきたのですが、即行性はなく、やっぱりダメのようです。まあ、2年くらいはトライしつづけて見ましょう。
Apple Powerbook 1400 cs/166 (603e 166MHz/RAM 16MHz/HD 1.3 GB/3.1 Kg/FSTN) は安いですね。21万弱。おどろき。
(1998/05/06 Wed)
山本君の京都・奈良旅行記 1989年4月
興福寺
十大弟子、八部衆像、天平時代、乾漆。
光明皇后が母、橘三千代の追福のために西金堂を建設、諸像を安置。
脱活乾漆
心木に土をつけて像の形を塑像し、麻布を漆で貼り重ねる(5〜6枚)。後頭部、背面を大きく長方形に切り取り土をかき出し、心木、木枠を組み入れ、切り取った部分を再び縫い合わせる。像の表面に、乾漆(麦漆に木粉)を全体に塗って仕上げる。白鳳時代の遺品には当麻寺の四天王寺がある。脱活乾漆は麻布を貼り重ねるわけであるから塑像の場合と違い仕上げに鋭さが出せない。
十大弟子
諸像は州浜座と呼ばれる岩をかたどった台座の上に立っている。
(富僂那)
弁舌に巧みであったといい、説法第一人の人とされたらしい。手の仕草も顔の表情も何かを語りかけているようである。体は痩せており胸に見える骨筋、目じりの皺も彼の年齢を高く見せる。左手から流れ出る衣文は像の緊張感と統一感を高める。大衣の膝下あたりに後補のあと(?)が二箇所ばかりある。緑青と朱の跡が部分的に残っている。
(つづく)
(1998/05/07 Wed)
今日は日比さんの新しい連載を覚悟を決めてアップロードした。モーツアルトについて。モーツアルト聴く人には是非読んでいただきたいですね。ちなみにロゴの絵はスイスのベルンの時計台の写真で、私が撮影したものです。
そして私の連載は光合成、今回は光合成色素がどのように光を吸い込んでいるのか、色がみえるとは、ということを書きました。なかなか光合成タンパク質にいけないのでちょっといらいらしていますが来週は光を吸い込んだ色素分子の話しで、その次はタンパク質をアミノ酸から簡単に書くということをやっていてなかなか進みません。
文章は比較的すぐ書けるのですが絵を書くのが結構しんどいですね。
明日はロマネスクです。今回は息抜きでマルセイユの写真。いい景色です。写真をみながら10年前はここにいったのだと思うと時の流れるのははやいですね。
今は地下鉄にのってwebの日記を書いています。こういうことするからインタネットマニアといわれるんだろうな、と思うのですが、いったんノートブックをもってしまったら最後、手帳のかわりにスケジュールを見たり、文章を書いたり写真をいじったりもできるようになるんだから、手放せない。モバイルがはやりじゃなくて根付いてほしいものである。そうすれば特別視されないから。
むかーしむかし歯医者さんの受付の女の子にふられてから歯医者にはとんと御無沙汰していたが、奥歯がむずむずするので歯医者にいった。噛み合わせを調整してもらって歯石をとってもらったらかなりよくなった、奥歯に虫歯はなさそうである。でもほかのところにあった。とほほ。
突然思い立って表紙をすこしかえました。左のアイコンをそれぞれ項目別に作ろうと思っていたのですが、そんなことしていると全然できないので、とりあえずこれでいきます。ページをかえた目的はもちろんページを軽くするため。そしてその分更新情報をのっけるため。なんかとりあえずのデザインばっか。
(1998/05/08 Fri)
以前よりサイトを準備してきたToriちゃんのサイトを送りだすことができました。Toriちゃんは高校の後輩ですが、ネット上でのおつき合いです。原稿をメールで送ってもらってイラストは郵便で送ってもらったものをスキャナで取り込んだものです。内容は書評です。
『ニホンゴキトク』 久世 光彦(くぜ てるひこ)著 講談社
『今はもうない』 森 博嗣 著 講談社
『地名の由来を知る事典』 武光 誠著 東京堂出版
の3冊です。
アクセスして感想を送っていただけると幸いです。
同じレイアウトを採用しているのにイラストや図でこうも画面が違ってくるのかとがくぜんとする私。
実はこのToriちゃんroomを私のindex.htmlにはりつけるために表紙を軽くする必要があったわけですね。データ量は7割り程度までへったので読み込み時間は短くなったと思います。
中山 元氏の
フーコー入門 ちくま新書
はフーコーの解説記事としてたいへんすぐれています。私にとってのフーコーは具体的な権力の分析で、アドルノのように理性が理性を批判するという構図ではなくて人種という概念や優生学や真理の産出、国家の自己目的化という描きかたが気にいっています。上記の本は社会学的な意味を読み取ることに集中していて、「フーコー権力論入門」山本哲士 著(日本エディタースクール)よりも見通しはいいかもしれません。また、フーコーの最晩年の思想へと導いてくれます。
マックの新型コンシューマー向け製品iMacみました?Hello, Againだって。スケルトンボディを採用。いかにもJobsらしい製品ですね。1000ドルマックをめざしているというのがうれしいですね。日系マック この値段なら人にすすめられます。
私は小形マックの方が気になります。来年になっちゃうのかな。
(1998/05/09 Sat)
昨日のこの欄でロマネスク旅行のページを更新したことをお知らせしたことを忘れていました。1988年のあの日は夜行でパリからマルセイユへぬけて疲れててきた体を休ませようとわりかしいいホテルにとまりました。
この夜行に乗った日の昼間は往復24キロも歩いてベズレーにいったのです。
なお、後日ある人からきいたことによると、バックパッカーの日本人の男2人がツインルームで部屋を借りることが多いのでパリの宿屋さんは日本人にはおかまさんがおおいんだなあと驚いていたそうです。他の国の人の男二人組は普通はシングルを別々にとっていたそうなので。
今回はマルセイユの風景の写真を3点入れました。
ベルクのピアノソナタOP 1(1907-1908作曲 1910出版)はシェーンベルクのもとで作曲の教授をうけているときにかかれたもの。通常ピアノソナタは3楽章制なのですが、この曲は一楽章しかない。第ニ楽章以下をかこうとベルクが悩んでいたが、続きがちっとも思い浮かばなかったのでシェーンベルク先生に相談した。シェーンベルクは「それならばこれだけで、言うべきことを全部言ってしまったのです」ということで一楽章となった。曲の演奏時は聴衆の暴動があったという。たしかに転調が続くので(無調とはいえないそうだ)、調性音楽をきくつもりでは聴けない。
和声の処理では4度音程および7度音程の多用
旋律の面では全音的あるいは半音的な声部の動き
初演 1911年4月24日 エッダ・ヴェルンドルフ
(1998/05/10 Sun)
昨晩はインターネット上でロマネスク建築の関係で知り合った日埜さんと飲んだ。私は建築についてはほとんど何もしらないが、日埜さんはプロである。エンジニアではなくてデザイナーで、建築行程の全体のとりまとめなどをしているそうだ。
日埜さんとは話題がよく一致して驚くほどだ(たとえあわせてくれていたとしても)。ただ私の不見識が災いしてつっこんだ話題を展開できなかったのが残念だった。
話題はロマネスク建築、ゴシック建築、城、身の回りの建築、建築と記憶、構造物と建築デザイン。建築家が著作するとは、中世の教会の屋根って落ちない?、フーコーの本、評論するとは、中世の論理、磯崎氏、ブーレーズのマーラー、アドルノの新ウイーン楽派評論、リゲティ、エヴァンゲリオンとB級サークル(?)の集団療法、ジャズの構築感とアドルノは60年代ジャズを聴いていない!、群像、etc
ほとんどがここですこしは取り上げた話題でもあったわけで、たてつづけにそういう話題ができた経験は他ではない。現実の世界の身の回りの人と話があうという以上に、初対面でいきなり話題がとぎれることなく続くというのは奇妙と言えば奇妙、あたりまえといえばあたりまえか。
日埜さんのサイトには建築関係の本の書評がきちんと述べられています。また、BBSがあって濃い建築の話が続いているが、建築と私達を取り巻く空間についてかなり発見があって、興味深いBBSです。
今日はおきぬけに建築家 磯崎 新 氏のNHKで放送されたドキュメントをみた。10分みたがその内容にはぐいぐいひきこまれていった。しかし、いったんこれを書くために中断。また後日レポートできるかもしれません。
群像6月号に日比さんの弟の日比勝敏氏の新人文学賞受賞作品が掲載されています。「物語の外部・構造化の軌跡 −武田泰淳論序説」