海の碧 飯田のHPにもどる | 過去の新着情報

今日の分はもっとずっと下。

(1997/12/21 Sun)

昔話7

高校の修学旅行は四国の松原と倉敷だった。ここでフォーカスされるのは倉敷の大原美術館である。美術作品を山本君と見てまわるのはこれがはじめかどうか実は覚えていない。我々の高校は標準的?に高校2年生の時に修学旅行にいく。いまだったらかわいい子にちかずくために利用するかもしれないが(まるでセクハラオヤジのような態度)、当時はそういうことはできなかった(好きな人はいたが)。倉敷はいい雰囲気をもったところだった。もちろん川のまわりに集まっている旧家もみることができた。そこでクラスメートの美人の女の子がどこかの写真家にモデルを頼まれた。そこに居合わせた山本君と僕は彼女の荷物をあずかっていろいろ話していたのだ。いまだったら?僕はその女の子の写真を撮っているにちがいない。いや、その子の写真をとるのではなく、その子といっしょに写真におさまっているに違いない。

 山本君とその倉敷で大原美術館を一緒に見た。彼はすでに大原美術館では何が見どころか知っていた。彼はいろいろ解説してくれた。ムンクとかもあったが私が興味を感じたのはジャコメッティである。ご存じだろうか?ジャコメッティは針金のように引き延ばされた塑像を作った作家である。なぜ彼はこのような表現形態に到達したのだろうか?実はフォローしていない。しかも結構印象に残っているわりにはいつの人かもしらないし全然しらべた気配もない。これは後の課題として残すとして、他にロダンのレプリカもあって地獄の門も庭にあった(気がする)考える人もあったかどうかよく覚えていない。比較的美術に興味を持っていた私がこの程度の認識ということは他の人はあまりおぼえてないだろうな。高校生時分にこれの前後に展覧会にいったかどうかは覚えていない。(つづく)

サイト循環日記

カノッサさんのサイト:この間好色オヤジよろしくおっぱいだすのをファッションにしていた中世の女性がいると私が大騒ぎ?していたアニェス・ソレルについて追加情報をいただきました。ありがとうございます。あいかわらずこちらから貢献できないですがこれからもよろしくお願いします。MLも書き込みの努力はします。あ、ロマネスクのページにも宣伝だしておきますね。

 ロマネスクのページの関連サイトにカノッサ氏のバナー使わせていただいております。連絡してませんでした。お許しください。

SNさんのサイトノボシビルスク・フィルハーモニー管弦楽団のレポートを読みました。最近ロシアの作曲家もレパートリーに入れようかと思い始めています。といってもロシアの作曲家のCDはほとんどCDをもってません。

そんなばかな?チャイコフスキーの「悲愴」とかあるでしょう?・・・もってません。

なぜ?・・・ロマンチックすぎるから。この意味でバーンスタイン指揮のマーラーは私には全然きけないんです。もしバーンスタインがシェーンベルクをやったら?きっと壊れていたにちがいないと思います。

ではショスタコーヴィッチは?マーラー好きなら聴くんじゃない?・・・ロシア当局の検閲がとかいうのをよんでややこやしそうなのでやめてしまいました。でも弦楽四重奏には興味あったのですが全集を買い損ねてそれきりです。

 ということで全然さっぱりなのです。クラシックファンよりも一般にまでその名を高めたラフマニノフはチャイコフスキーの路線ときいてやめてしまいました。

 いまロシア音楽に興味をもっても家と職場の往復以外できないのでCDも買いに行けません。年末の最後には買いに行けるかも。音楽はながら族ができるので買ってきてもきくだけは聞けますよね。

mireiさんのbbs:自転車をちゃりんこなんていってるようじゃまだまだ。名古屋人のわれわれには「けった」というすばらしいネーミングが(爆)>minami氏。かきこみたかったんですが。週末は書き込む余裕がないのです。ごめんなさい。そういえばMacPower の1月号の林氏の記事268ページにBlakeの記事でてましたよ。Open Docで一番欲しい機能はHTMLエディタです。webをエディット中に画像なんかをらくらくいじれるはずだったんですよね。。。。

そろそろ卒論の準備といっても私の学生君達のだけど。どうせなら彼らと競争しようと毎年英語の論文を書き出す私でした。でも今年のデータはまだ満足してないの。それはともかく学生君達と飲みに行きたかったんですが時間がとれない。ごめんよ。

今はマーラーの「大地の歌」シノーポリを聴いています。以前報告したようにアンプを代えてますますこの演奏気に入った。陶酔的な調子がすばらしい。マーラーの歌曲をシューベルトとウエーベルンとどう位置づけるかが最近の関心。

みなさまアクセスありがとうございます。アクセスカウンタが1000を越えたようです。よかったよかった。昨晩の爆睡のせいで越えたのをしりませんでした。>おしらせありがとうございましたSNさん。

昨日はよく寝たので体調は復帰しました。今年はまだ風邪ひいてません。

昔話8 はじめに光ありき。(1)

たぶんこの修学旅行前後僕は自分の勉強と称して量子力学を独学し始めた頃である。高校のころこういう理系の勉強に強く惹かれたのになぜ、哲学とか歴史とか文化系の学問に興味をもったのか、どんなバックグラウンドで山本君と対話したのかを述べたい。すこし科学の話が続く。そして科学史にもふれたい。中途半端ですがご意見・質問ありましたら気楽にどうぞ

 この間書いたように量子力学は20世紀初頭にいままでの物理を変革した物理である。それまでの物理は巨視的なものをあつかうには都合がよかった。たとえば惑星の運動とか。リンゴがおちるとか。電磁気学もつまるところは巨視的な電磁気学であった。

 ところが原子を扱うにはこの二つをくっつけなければいけない。最初のボーアモデルは水素原子でおなじみのプラスの陽子の周りをマイナスの電子が回るというものであった。陽子と電子はそれぞれプラスとマイナスなので引力がはたらく。惑星の運動が万有引力にもとずくことから、アナロジーによって(アナロジーも中世のころからの概念だよね)一見ただしそうである。しかしそれまでの理論的枠組みではプラスの電場の中をマイナスの電子(これはマイナスの電場をもっている)が回ろうとすると、ブレーキがかかってしまいマイナスの電子は光を放射しながら落ちてしまうのだ。そして陽子と電子はくっつくはめになる。これでは惑星モデルは物質を安定に保てない。ではなぜわれわれは存在している?

 ボーアはこのモデルに量子仮説を導入した。量子条件というものをさだめてそれが満たされるときだけこの周回運動が安定に存在できるという(上の図をクリックしてね)。量子条件を満たさない軌道ははじめから存在できないのでそこには電子はいくことはできない。そして量子条件は整数値で特徴づけられる。そのため光エネルギーがはいってくると非連続的に次の順位に電子が移るとした。

 これは惑星の運動でたとえると水星に十分エネルギーを与えると金星の軌道まで移動するということだ。ところが万有引力だけの古典物理では水星と金星との間でもつりあいさえとれれば、回転していいのである。

 ところが量子論の場合は軌道が定まっているから光のやりとりはきまったエネルギーに固定され原子とやりとりできる光のエネルギーはこれで決まってしまう。このためやりとりできる光のエネルギーは非連続なのだ。これは奇妙なことである。これが光をエネルギーをもった粒子として扱うと都合がいい振る舞いである。

(つづく)

(1997/12/23 Tue)

昔話9 はじめに光ありき。(2)

昨日の続き

 この軌道概念。今考えればそのとき得られていた実験データにモデルをフィッティングしているだけだが、なにかしら神秘的な作業ではある。このころの実験データとしては原子状態の水素に光を入射していったん光を吸収させたのち放出させるとなぜかでてくる光のエネルギーが連続光(白色光)とならず不連続だという不思議なことが知られていたのである。

 連続光とは可視光でいえばプリズムで太陽光を分けたとき連続光として紫から赤まで分布していることをご存じだと思うが、とびとびであるとはこれが連続ではなくてぽつりぽつりと色があり、途中には色がない状態のことをいう。

 エネルギーの高いところから電子が落ちればその放射光は紫や紫外線で、エネルギーの低いところからおちれは、赤だったり赤外線だったりする。

 この放射光の分布をもっと厳密に数学的に納得できるように示したのがハイゼンベルグである。これは得られた実験データだけを行列をもちいて操作して基本的な行列セットを見いだすものであった。だから行列力学といわれた。計算はかなり面倒。20世紀初頭のころである1924年頃じゃなかったかな(ちょっと今確認とれません)。僕たちは高校で行列なんぞをならうので、あれは昔からあったかのごとく考えてしまうが、このころはまだ数学の専門家以外はそれほどなじみのある手法ではなかった。ハイゼンベルグとヨルダンはこれを数学的に展開してもいった。天才というのはまさに結果で、かれらはこういう数学でこれらのことを解くことに着目し自分で道具立てを学んでいって次々と問題を解決していったのである。(無限次元の行列といったら驚くでしょ?)数学の取り扱いについてはさらに厳密に発展して行くが。

 このころシュレーディンガーというまたもう一人の天才がこの量子力学を波動の面から計算していってうまく水素原子のスペクトルを出すことに成功した。ところがこれはエネルギーはうまく出せたものの物質の従う関数に波動関数という意味不明のものを導入したので、計算は行列力学よりは簡単そうなもののこの波動関数についてはずっと議論が続いている。これは電子という”粒子”を”波”として取り扱った方がいいという例である。ではものの本質は粒子か波か。もはやそういう議論は意味がなくなった。

 さらにこの量子力学は人間の意識に大きな変革を加えた。なぜなら量子力学は確率解釈しか許さないのである。「神はサイコロをふらない」とはアインシュタインの弁である。もちろんアインシュタインが光は粒子だ。なんていって量子論の口火を切ったのではあるが。

明日はこの話題をもう少し詳しく述べる。

(続く)

日比さんのシューベルト「魂の野道」第二章その1をFTPしました。お読みください。ブルックナー、ゲーテ、ミケランジェロが語られています。

(1997/12/24 Wed)

昔話 10 はじめに光ありき(4)

 これはなぜおこるのだろうか?じつは小さい系では測定しようとすると測定手段そのものも同じくらいのエネルギーなので系をみだしてしまうのだ。測定系が原子で測定方法が光となればどちらも同じくらいのエネルギーなのである。

 たとえば車が走っている速度をねずみ取りのときにスピードガンを使って光をあててはかるが、これは光があたっても車はなんともないために測定としてなりたつ。量子力学の世界でのエネルギー比を例えるとこの光がバイクだったり車だったりするのである。車のスピードを測るためにもう一つの車をぶつけてやってはかる!交通事故がおこる。これでは元の車のエネルギーが変わってしまうのだ。

 これが不確定性原理である。このようにお互い乱しあうセットが理論的にはわかっている。時間とエネルギー、座標と運動量。ところが似非科学はこの不確定性原理を比喩的に用いたりするから気をつけてください。

 つまり原子をはかろうと光をあてると原子の状態は変わってしまうのである。これでは決定論を遂行できない。決定論は初期条件だけをきめればあとは最後が一意に決まる系である。ところが決まったかどうか、測定しようとするとその系は乱れてしまうのである。それで我々は確率で計算する。これこれの事象になるのに何%、それそれでは何%・・・。アインシュタインはこれに異議を唱えたのである。

 猫のパラドックスをご存じだろうか?放射性原子を用意しておく放射線がでたら青酸カリの瓶のふたをあけるようにしておく。そしてこの箱に猫をいれておく。どうなるか?我々はある時点で猫が生きているかどうか確率しか知らない。しかし、中を覗いてみれば猫が生きているかどうかわかるのである。では確率はどこにいったのだろう?実際に起きていることをわれわれは確率でしか記述できないのだがそれを知った瞬間にその確率をしめしている波動関数はかわったのかどうか?理論はいつ猫が死んだのか予言できるべきではないのか?

 これは認識論にもかかわってくることで僕はここから哲学の分野に興味をもっていったのである。認識するとは?人間の認識方法そのものについて。ここらのことをもうすこし書いておけば、いまだに結論はでていない。物理というのはなぜ?という問いにある意味では答えない。記述を与えるのである。第一原理はこれこれ、だから、この現象はこうなるでしょう。と。ではだれがその第一原理を決めたのですか?・・・・ひいてはこの物理定数はどのように決まったのですか?

(つづく)

(1997/12/25 Thu)

 これに関しては「コスモス」で有名なカールセーガン博士が本の中でエピソードをあげて結論している。つきつめていって最後にわからないところに到達したら

「神がそう望んだ。」

「ではその神はどのようにできてきたの?」

「それはだれにもわからないんだよ。」

どのみち最後はわからないんだったら神を持ち出さずにわからないといえばいい。と。

 だから僕は突き詰めていった先をどう説明するか神とか宗教にも興味があった。物事を理解させる枠組みにおいてある意味で科学も宗教と同じである。科学はそれらしく世界のものの現象を記述してくれる。

 でも、第一原理こそ神である。ハイゼンベルグは科学は神のいないキリスト教であると指摘している。また、科学は技術と結びついてわれわれに幸福をもたらしてくれるという物語を持っている。

 科学技術によってわれわれは病気を克服できたし、世界は小さくなり、身の回りにはエアコン、冷蔵庫、テレビ、パソコンなどがおかれるようになった。(ただしここをよみに来てくださる2人がエアコンないということを私は知っている。)日本も技術を輸出してしか食べていけないと指摘されている。持続可能な社会の構築をしなければいけない時期なのである。我々が今の社会を維持したいならば。維持したくないのであれば別であるが。

 科学も世界を説明する物語であると割り切ってしまえば(だって宇宙の始まりとか、クオークのはなしなんて十分神話だ。それに生物の話だって)そういう人間の物事の認識論にも興味がわいてくるのは当然である。これが山本君と話が続いていったもう一つの源泉である。おりしも構造主義とかポスト構造主義なんてでてきてたし。後年私がアドルノに興味をもつようになったのは合理的な話は合理的な社会をもたらすと考えていたのが覆されたためである。

こういう前提で山本君とはニーチェのことなどをやりとりしたのである。私自身は大学で大衆論の本を何冊か読むようになったが。

山本君がくれた手紙を読む。バッハとニーチェ

(はじめに光りありき終了。さらに分子の話を加えて再登場予定。)

カノッサさんに同人誌を分けていただきました。ありがとうございました。また。作成お疲れさまでした。コミケで売れるといいですね。

 同人誌は百年戦争年代記とパリの一市民日記です。

 いづれも中世ヨーロッパに関連した話です。内容はオンサイトでも読めますが、「日記」については本になって縦書きとなり読みやすくなりました。お昼の休み時間によんでいます。私は全然歴史に詳しくないので、困難はxx国のhogehoge 何世で、誰々の叔父だとか、そういうのが全然覚えられんということです。私のレベルが低すぎますね(T_T)。

SNさんのサイトでインタネット上でホームページを開き個人のページを読みにいくことについてふれてあったので私の場合を述べておきましょう。

 私の場合、私が興味をもちこのサイトで展開していることはリアルワールドでは全く趣味を分かち合う人がいません。ただ、「埋没」までいくとどうかな?というところです。

 アドルノを読んだことある人ってどれだけいると思います?それからヨーロッパ中世、クラシックの現代音楽、現代美術などはほとんどリアルワールドには話し相手はいませんよね(想像つくと思いますが)。

 ポイントはそれらに私の職業と関係するものが入ってないということです。

そうそうNaxosのショスタコーヴィッチはいいでしょうか?

今日はクリスマスですね。私が訪れたフランスとイタリアの教会もミサとかやってるんでしょうか。海外旅行いきたいな(ぼそっ)。

(1997/12/26 Fri)

私は毎週日比さんと水野さんの寄稿をエディットしてFTPする作業に喜びを感じる。音楽や文学などの嗜好の好みがよくもまあネット上では出会えるものだと喜んでしまうんである。

 それで今日は水野さんのウエーベルン。いよいよ曲の紹介になってくるのだが今週はまずウエーベルンの作曲のキャリアを大まかに見ていただく。そしてこれは資料として貴重だが彼の作品一覧。来週以降はそれぞれの曲の説明などにはいる。

 かくいう今きいているのはウエーベルン指揮のベルクのバイオリン協奏曲。水野さんの後半に実は記述がでてくるのだが、ウエーベルンの録音が残っているのである。なんと1936年の録音かな。もちろんモノラルの嵐の中対岸のコンサートを聴いているに近いものはあるのだが、あんな曲ばかり書いていた彼がひとたびオーケストラをふると雄弁なんである。ベルクもウエーベルンもシェーンベルクに師事しているがそれとともにマーラーの重要なシンパでもあった。ベルクの曲はところどころマーラーがエコーしているがそういう響かせ方はウエーベルンはうまい。ウエーベルンはマーラーの交響曲6番をよく演奏していたようだが録音が残っていないことがくやまれる。

 僕はもしヨーロッパで戦争があそこまで壊滅的にヨーロッパの音楽事情を破壊しなければこの新ウイーン楽派の路線は残ってたんじゃないかと夢想する。第二次世界大戦後の音楽は厳しく僕にはちょっとついていけない。この親友ベルクの遺作となったバイオリン協奏曲をきくと音楽の厳しさと官能性がみごとに演奏であらわされている。これこそベルクの特徴なのだ。ベルクの叙情組曲。いまだに前衛的手法のもつ厳しさと特に音色による官能性の表出は古びていない。日常のドラマが音楽に凝縮されているのだ。見事な文化の凝縮。1930年代のヨーロッパの磁場の極になっている。ベルクの曲の特徴は調性を12音音楽に復活させたことである。そしてそれは引用でもある。

 引用によってわれわれは一つの世界を味わいながら同時に違った世界を味わうことになる。

 叙情組曲ではタゴールの「そなたは我がもの、我はそなたのもの」そしてワーグナーのトリスタンとイゾルデ。

 引用による作品の楽しみ方はロラン・バルトのような評論家を待たなければここまで積極的な楽しみ方は得られなかった。

 いきなり叙情組曲に話を移してしまったがこれはバイオリン協奏曲の次の曲で今それを聴いているからだ。この曲は僕の好きな弦楽四重奏の編成。

 ドイツ表現主義は一種ノイローゼの表出でもあるのだがどうしてヨーロッパのドイツ〜ウイーンではこのようになってしまったんだろうか?シューベルトのような歌謡性はどこにいったんだろうか?

 マーラーは歌曲にニーチェの詩を用いていて近代という感じがする。ここらの文学作品を含めて読み解かなければ僕の疑問は消えそうにない。

 マーラー以前ではブルックナーという作曲家がいるが、彼の曲には中世のコラールが響いていると同時に和声はワーグナーからひきついだものである(とバレンボイムがいっていた。)。ワーグナーの三和音サイクルを一小節に押し込めたのがシェーンベルクだ、と、かのグレングールドは分析している。もうすこし調べてみたいが、私は全然楽譜を読めないので時間がかかりそう。

水野さんのウエーベルンを読む

無事講演をすませました。あ〜つかれた。

(1997/12/27 Sat)

アクセスカウンタ2000問題。つい昨日までアクセスカウンタが1000をこえて喜んでいたが、職場のコンピュータ20台に私のホームページを広げておいてコンピュータの調子を試したのちほっておいたら、同僚のOG氏にカウンタをひたすらたたかれた。要はいたずら。厳重に抗議。でもちゃんと読んだとのこと。でも僕のページは1000ページはないで(関西弁風)。ちなみにそのコンピュータルームにはその人以外は通常はいない。というわけでちょっとごきげんななめの私。Torideサーバはちゃんとrobustでしたね。同僚のOG氏は職場のネットワーク管理者の一人でネットワークデザイナーをしている。もちろんUnix, NT, Macを混在させて実験している。きっとそのいっかんでNTをテストしたと言い張るに違いない。

年内の重要なことがらはすべて終了。今後を決定する実験もすべりこみでうまくいった。12月は泣きそうにいそがしかった。なにしろ学会発表一つと研究所内の研究プレゼンテーション一つと外部の講演会一つと研究所内研究発表一つと論文仕上げと実験計画の策定と実験、4回生の卒論の指導、と考えるとよく働いたもんだと思う。ふー。今うまくいった実験で論文の構想も練っている。が今週末は完全にオフだ〜。みたいな。あとは年賀状だけか。

職場の飲み会で部長と戦争中の話になる。部長は当時小学生くらいだったらしい。もちろん私はねほりはほり聞いた。なにしろ、その情景描写だけでなくてそのときどう思ったか、に興味があるのだから、ただでさえこういう話は饒舌になるのに、私が輪をかけるものだからなかなか終わらない。今読んでる「パリ一住民の日記」ではどう思ったかが語られるが、それをトランスポーズしたようなものだ。でも歴史上の出来事に質問できるとはなんと幸福なことだろう。でもたかだか50年前のことなのだ。戦争体験をリアルに聞けば聞くほどそこには信じられない世界が待っている。

今日の現代音楽のCDはブレーズの自作自演「プリ・スロン・プリ」。マラルメにインスパイアされて作曲したもの。マラルメはちょっと最近気になる詩人。Eratoレーベルのもの。ブレーズって結構いい曲書くのにCDそんなにでてないですね。ブレーズなしの演奏が難しいのでしょうか?それともブレーズにチェックされるのがこわいとか。この曲って水野さんも好きだったんでしたよね。

なんとCDをかたずけていたらむかーしむかーしショスタコーヴィッチの交響曲5&9をNaxosレーベルでAlexander Rhabariの指揮でもってた。これはいまからゆっくり聴くとしよう。

今日はオフモードなのでこれくらいにします。今週末はちょいと休憩。でも更新はつづけます。みなさまは帰郷したりしてコンピュータ環境から離れてしまう方もいるんですか?私はフルアクセスです。

(1997/12/28 Sun)

ようやく時間が出てきそうだったのでアベラールとエロイーズの続きを読み始めました。いまは修道院の起源について論じているのですが引用だらけです。結構読むのしんどい。

非専門の研究分野についてコメントするのは恐ろしいことである。なぜなら専門分野でどれだけ注意して言葉をえらび発表をしたり論文をまとめたりしているのか、ということを考えるとそれだけの作業をせずになにがしかの判断めいたことを書くのは恐ろしいんである。

ということをここでかいたのはふとホイジンガの「朝の影のなかに」の第8章「批判意欲の減退」の最後のディスカッションセッションで、「批判的判断の水準低下というこの事態には、フロイトの名を冠して呼ばれる思想的傾向がかなりの程度関係しているとわたしは思う。」ではじまるのだが、これはまさに心理学テストと称して心理学用語をばらまき、さもその人間の本性を分析したかのような唾棄すべき(ただしちょっと前までは女の子と仲良くなるには最適な話題の一つ)状態が描かれているのです。

ただしホイジンガはそれらの人々は「知的訓練をうけていない人々」についてのことがらであると書いていますが、そうではなくて現代の日本ではそれはまさしく知的訓練をうけた(ことになっている)人々の間でもそれが成り立つということです。そして私がここでちょっとなにがしかの本を読んで得た知識をまとめた場合、それはやっぱり「このあわれむべくもなげかわしいおしゃべり」している状況に近いのです。ああ、怖い。ちなみに、この本は第二次世界大戦前に書かれた本です。

そうそう昨晩はCD屋さんでショスタコーヴィッチの弦楽四重奏全集をボロディンカルテットのCDを輸入盤で購入しました。6千円ちょっと。メロディアレーベルです。まだ半分しか聴いていません。初期のものはバルトークの音色とか雰囲気にかなり影響をうけているように思われました。後期のものはかなりベートーベンを意識しているようにおもいました。特に感情を手探りで探し当てていくような進行は共通点があると思います。ただベートーベン的な感情の発露はないようですが。ショスタコーヴィッチの交響曲全集がロストロポーヴィッチの指揮で全集があったので欲しいと思ったのですが、好きかどうかまだ判断できないのに一万六千円はだせません。

シェーンベルクのラトル指揮のものはその店にはなかったのでまた別のところで見つけたら買います。このあいだ見つけたのですがそのときはお金がなくて買えませんでした。

昨日は12月をふりかえり自己満足におちいりまたしても昼までねてしまった。でもあたらしいwebページを完成させようとそちらの作業を続けていたのですよ。いまそのためのイラストをつくっているところなんですが、昨晩は家人にワインをのもうとさそわれ、一杯だけのんでそのまま昼まで寝てしまいました。

このページは日記形式でいろいろ興味あることがらをまとめているつもりですが当初はここで書いたことをまた編集してきちんとページを作るはずだったのですが、実際は毎日書く量が増えていくだけでエディットの時間をとらないのでまとまっていきません。困ったものです。

(FTP 13時ごろ)

(1997/12/29 Mon)

アベラールとエロイーズ、前半と違って後半はキリスト教の教義とかの引用ばかりなので結構つらいものがあります。聖書の引用があってもそんなところあったかな〜という感じです。

アベラール(12世紀の修道士)によれば修道生活の3つの核心は

貞節(禁欲)、無所有(清貧)、沈黙

これは

腰に帯し(ルカ伝12の35)、一切の所有を退け(ルカ伝14の33)、無益な言葉を避ける(マタイ伝12の36)

に当たるそうです。それぞれ該当個所をみてみました。

ルカ伝12の35:腰に帯を締め、あかりをともしていなさい。・・・人の子は、思いがけないときに来るのですから。

ルカ伝14の33:そういうわけで、あなたがたはだれでも、自分の全財産全部を捨てないでは、私の弟子になることはできません。

マタイ12の36:私はあなたがたに、こういいましょう。人はその口にするあらゆる無駄な言葉について、裁きの日には言い開きをしなければいけません。

アベラール自身も自分の先生を論破して恨みをかったからね。 

引用を確認しながら読むと大変だ。

修道院の態勢については:

修道院の区画の中には修道生活にとって必要なものが皆含まれているようにするのである。それは庭園、泉、製粉所、パン製造所とパン焼き窯、それから姉妹たちが毎日の仕事をする広い場所などである。

今日はここまで。

ショスタコーヴィッチの交響曲、SNさんによると、ブラチスラヴァ放送交響楽団とラジスラフ・スロヴァーク指揮によるものがなかなかよいとのこと。こんどCD屋さんいったら買ってみるかもしれません。最近はすっかりシューベルトとウエーベルンとショスタコーヴィッチになってしまいました。でも知らない曲をつづけてきくのもなんなのでときどきマーラーやシェーンベルクを聴いています。今はバッハのヨハネ受難曲。

そういやNaxosのベートーベン弦楽四重奏全集への取り組みはどうなったんだろう。とまってるのかな?

先ほどテレビをつけて華原朋美のハーモニカの曲を聴きました。なんだか曲想も歌詞も10年前の渡辺美里のマイレボルーションのころとそんなに変わってませんね?でもこの歌詞ってTKと歌手の娘との関係をうたったような気がするのは気のせい?君のために苦労してるよって。このあと安室奈美恵も予定されていたのですが、アベラールとエロイーズを読んでいて8時半頃にテレビをつけるはずがふと気付くと8時50分。おわってた。なんとか紅白歌合戦でフォローできるといいのですが。そういや今日お店で彼女の歌がかかっていました。

(1997/12/30 Tue)

今マーラーの交響曲の10番のアダージョ楽章のトーンクラスターが鳴っています。この第一楽章は人間の限界を超えている。晩年のマーラーと新ウイーン楽派の関係を探るには最適な曲だ。ここまでくると「寂しさ」「憧憬」といっても心を共有する時間というのはない。シューベルトはこれらを共有する歌曲ではないかと最近思うようになってきた。シューベルトの冬の旅についてはようやく作品像が結びついてきたところ。

SNさんのサイトでCDのランキングをみる。ポピュラーもクラシックもあるのだが衝撃を覚える。僕はポピュラーは聴かないので仕方ないとはいえクラシックもそのコミュニティに入ってなかったのだ。クラシックもブラームスやチャイコフスキーといったメジャーどころを聴かないという意味ではマイナーな趣味だと思っていたが事態はそれ以上だ。このランキングはクラシックというよりもイージーリスニングというべきものではないのか?

愛唱歌集というのもどうにもついていけない。作品のある部分から切り出したものをある文脈におきいれるというその作業自体が納得できるものならいいのですが、これらのCDは優れた企画ものなのでしょうか?チェックしてないし興味もなかったのでよく知りませんが。カラヤンのアダージョとかもどうにもついていけませんでした。私がおかしいのでしょうか?すくなくとも完結した作品をいくつか並べるのならいいのですが。

ショスタコーヴィッチの弦楽四重奏と交響曲5&9を聴いていましたが音色が灰色ですね?他の交響曲ではどうなんだろう?よく交響曲に対して弦楽四重奏曲は作曲家の心の内面を表していると位置づけられますが、そうしたらショスタコーヴィッチはモノクロのモノローグですね。ショスタコーヴィッチについては全然聴き方がわからないのでまた急に感想がかわることもあると思いますが。

先日部長から戦争のことを聞いたと書いたら、それを読んでいただいた松本様より堀田善衛著の「若き日の詩人たちの肖像」がよいと情報をいただきました。ありがとうございます。私の肉親では祖父は兵隊にいって体が弱かったので1週間で帰ってきたそうです。父は疎開先に爆弾がおちて逃げまどっていたそうですが、父はそれほど多くのことを語りません。一区切りしたら取り上げるテーマとして興味深そうですね。

東京のコミケ、カノッサさんの本は売れてるでしょうか?

日比さんのシューベルト「魂の野道」第2章その2になりました。マーラーの交響曲やダビデ像をめぐってわき上がる想念。音楽とその情景という点からとてもインスパイアされます。みなさまいかがですか?

1997年果つる日 (Thur)

今年も今日だけとなった。アクセスしていただいた皆様にはほんとにお礼を申し上げます。来年もよろしく。1月1日から通常どおり書き込みます。

このページを始めたのは更新情報だった。なぜ今は日記と化したかと考えてみるとなんていうことはなくて更新したモチーフとか書いているうちにあっというまに日記やら手記風になってしまった。

さらにこのように雑多になってしまった日記はマルテの日記の影響は大きい。こういう形式があると知らなければ多分日記のなかにいろいろなイメージとか昔話を書き込む気はしなかったと思う。もちろんあの手記のような文学性はここにはございませんが。

そしてまた、このページではどうやってコメントしてやろうかと考えているミランクンデラの小説の一つについてはまだなにも書き始められない。

このホームページ自体はもともと光合成の研究紹介と、私の亡くなった友人の追悼企画を始めたつもりであるが、なんだか初心を忘れたようなページ作りではある。特に光合成は書きにくい。私の専攻であるので追加情報はいろいろあるものの、専門的すぎてかえって書きにくい。論文の抄録にしようかとも思ったが、そんなのに労力を費やしても満足できそうにない。だってそんなの読むのは専門家だけだろうから。今日の専門性はとても細かく、よほどの大家でない限り広範な情報はあつまってこない。そしていくつかの実験事実だけでは論文は書けても一般向けにアピールできるような結論はだせない。  

友人の追悼というものも友人のプライバシーにふれるような部分は削除してある。私宛にかかれた手紙で抽象的な性格のものをいくつか掲載したが全体にはほど遠い。来年はこのページの労力の半分をそちらにあてために意識的にこのページを短くするかもしれない。

ロマネスクについては10年前に友人と見に行って初めて理解し始めたようなものだ。当時の美意識を探るのは歴史的な興味もあるが、むしろフーコーのような全く違う考え方で考えてみる契機になればと思うが、そう考えれば考えるだけいかに自分の今の考え方で考えることが楽かわかる。本としてはロマネスクのころの意識について調査する目的でアベラールとエロイーズが手に入ったので(きれいな本をカノッサさんに見つけていただいた。)継続して読んでいる。当時の「本性として・・・」とあたかも自明の理である事柄はおかしいことがおおい。ロマネスクについては末永く続けていくつもり。

私がクラシック音楽を好きであるというだけの理由でこのページはクラシックのことが多い。それは聴きながら論文を書いたりするのでそうなってしまうのである。本を読みながら論文は書けないもんね。音楽については日比さん、水野さんに寄稿していただいてそれを連載することができたのが望外のよろこび。私がもちっとシェーンベルクのことをかかなきゃいけないのですが。

またいくつか興味の共通した、内容も興味深いサイトをみつけ、明示的あるいは暗示的にせよサイトオーナーとやりとりできたのも楽しかったです。お互いに来年も続くといいですね。

ここまでは、研究所で測定の合間に書いてきたんですがそうは思えないんじゃないかと自分でも思いながら、測定の方が逆におろそかになってるんじゃないかと、指摘されるとうろたえたりするかもしれないけど、とにかくクリスマスにうまく実験データがでてこれこそクリスマスプレゼントだと思ったサンプルを測定しておかないと劣化するかもしれないからと思って測定して、生データを一時間かけて分析もして7時が近づいてきたので、そろそろ大須の電気街にいって私のマックにラムを64メガバイトほど食わせてやって48メガから80メガにしてやれば、マックもハッピーマックで年が越せるかもしれないなと思いながら、実験ベンチによいお年をと、さすがに投げキスまではしなかったものの、挨拶をして、地下鉄に飛び乗り、大須につきさっそくおねーちゃんにラムの入れ替えをお願いしたがあいにくもうすぐ店が閉まるので今日ひきとって明日お渡しします。なんていうので、それじゃ明日来ます。といって、ラムを取り置いてもらって、大須の電気街を足早に歩きながらマックには動的にメモリを割り付けたりリリースする機能がなくてプロテクトメモリはwinに比べて弱い機能だよなと思いながら、最近ネットに接続中に立ち上げるソフトが多くなってきたからラムがいるんだよな〜といいわけを一人ごち、次のターゲットであるパルコにむかい、CD屋さんにはじめにはいったのはいいものの昨日の今日で入り口にベスト50が飾ってあり通常2100円前後のものが1790円なのだが私の聞きたいものはそこにはなくて、今日はなぜかバルトークのピアノコンチェルトを聴きたいと思ったので、sonyのものがあったんだけど、naxosでイエネー・ヤンドーのピアノであったのでそれにして、そういやnaxosといえばショスタコーヴィッチのスロバーク指揮のがいいんだよなと13番をとり、いよいよラトル指揮のシェーンベルクの室内交響曲・期待・オーケストラのための変奏曲も手にしてレジに向かうときに、ああ、ブーレーズ指揮のベルリオーズの幻想交響曲が安い!とばかりそれも手にして結構な出費になったなと、二つ下の階の本屋にいって堀田善衛著の「若き日の詩人たちの肖像」をさがすもちょうどなくなっていてがっかり、そしてもう一つ、まえから本屋で見つけることのできなかったものをようやくみつけて地下鉄のなかからずっとよんでいたのは金井美恵子著「軽いめまい」。

というわけでようやく彼女の本を手に入れました。金井氏のようにセンテンスの長い文章を書くのは私には難しいですね。他にNHKの中世ものの画集とかあったんですがなぜかフランスロマネスクのセクションがなく満足できなかったので買いませんでした。でもいずれ買いに行く予定。

ではよいお年を。

ps. 今年最後に聴く曲はシェーンベルクの弦楽四重奏2番にします。今日一日考えた結論です。これはシェーンベルクが無調に向かったように私が来年なんらかの方向付けをひらけることを期待しつつという意味を込めています。

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