琴線の共鳴 飯田のHPにもどる
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今日の分はもっとずっと下。
(1988/08/14 Sun)
ロマネスクの追記。この日はフランスのベズレーにいった。ベズレーの教会サンマドレーヌには12世紀ごろの第一級のタンパンがあるのだ。(あらたにスキャナでいれた写真も5〜6点入ってます。)現在の視点から補筆がしてあります。
8時ごろ宿を出て11時ごろセルミゼール・ベズレー(駅名)についた。ホテルはコンプレ(満室)で今晩はどこか寝るところを探さなければならない。
ベズレーへはバスが出てないことがわかった。やはりアバロンから行くべきだったか。タクシーも日曜日なので走ってないという。
山本君がサン・マドレーヌ寺院にはどういったらいいか駅員に聞く。駅員は7キロだというので、あるくことにした。荷物はカフェにあずけた。
とにかく、暑い、暑い、暑い。かんかん照りだった。喉がかわくもわずかなミネラルウオーターしかもっておらずあっという間にのみ干す。
ヒッチハイクをしたかったが二人とも度胸がわかずできなかった。
しばらく行くと駅員が7キロといっていたがじつは9キロとでていた。7はフランス語でセット、9はフランス語でナフなので間違えるはずはないのだが。。。。おいおい、山本君しっかりしてくれよ。
小高い丘が見えてきてのぼりはじめる。すでにかなりつかれている。小高い丘の上にはサン・マドレーヌ寺院がある。
ここは十字軍への奮起をシトー派の異端宣告人クレルボォーのベルナールが1146年3月31日に説教した所だ。かれはいやいやだったらしい。しかも失敗したし。。。
ようやくたどりつく。山本君は狂喜乱舞である。私もいまだったらそうだろう。当時はぼーっと見てただけだ。
真っ白な教会。美しい。ここのタンパン(jpg)はキリストが中央にいる。このキリストは右手(jpg)(むかって左手)をさしのばしているがここから光線がでている。これはキリスト教を伝道しなさいという指令らしい。
タンパンの説明など明日につづく。
(1988/08/14 Sun)ベズレーに行った日の日記の後半
このタンパンの周りには耳の長いやつら(jpg)とか馬面のやつら(jpg)とかがいて、12世紀当時ヨーロッパの外にはこういう人間がすんでいたと信じられていておかしいのだが、わらっちゃいけない、われわれは火星人がタコ人間だと信じていたではないか?いまだってUFOがやってきて人間をばらしてしまうとか信じている人だっているのだ。(ほんとかもしれないが(汗))
キリストの左手(向かって右)にいるのは書記らしい(左写真)(jpg)。またタンパンの外周部にはゾルディアック(黄道12宮)(jpg)が、ほられている。
1997年に振り替えればここでくやしかったのは、このベズレーには当時5つ星のフランス一番といわれる料理人がいるのだ(今はどうか知らない)。当時は大学3年生で工場で布地を運んだり乾燥させたりして文字どおり汗水たらしてかせいだお金だからそんな贅沢は知っててもやらなかったと思うが。(いまだって真面目に働いています)
教会の中(jpg)にもはいる。中はロマネスク様式なのにあかるい。これはゴシック時代に少しいじられたせいかも知れない。
山本君は写真を取りまくっていた。上のキリストの右手の写真はかれの部屋にかけられていた。私はその遺品をいただいて私の部屋にかけているが、ここでスキャナでとりこむまで実は全然このベズレーのものであることを知らなかった。ずっと毎日見慣れていた写真をスキャナで思いきり拡大して見つけたときはそれはもう息がとまる気がして突然友人のまなざしを感じた。写真をスキャナで拡大して見るというのは写真というものの見方を変えた気がする。
Site Norioさんのページに小室ネタとショスタコーヴィッチのオペラ「鼻」の視聴記が載ってました。オペラは1991年に日本初演された時には大変な話題作でしたが現在は上演者および観客ともにルーチン化してしまったようで、氏はそれを嘆いています。実は私、氏のホームページのコラムでunder constructionの小室試論の完成をまってるんです。
Cadenzaさんのホームページの新作クラリネット奏者のカールシュテファンのjazzとクラシックのCDの演奏評でした。先週おすすめモーツアルトのクラリネット協奏曲買いました〜。第一楽章の演奏スピードがはやい!大変気に入りました。クラリネットでジャズの人がクラシックといえば、グッドマンがバルトークに書かせてましたっけ?
今月は2年ほどまえにでていたシェーンベルクのラトルが演奏した「期待」、「室内交響曲第一番」なんぞも買うつもり。
日比さんのページ第一章その2を更新しました。シューベルト聞く方はどうぞお読みください。またシューベルトについて熱く語りたいあなた!bbs をご利用ください。昨日とうとう「冬の旅」ディスカウ&ムーアをかいました。昨日はつごうわるくてまだ聞いてません。
Ade!
寒くなりましたね!私は寒いのは苦手です。
現代音楽の話ですが、スティーブ・ライヒという作曲家がいます。彼のCDにディファレント・トレインがあって、ジャズギタリスト、パット・メセニーとのコラボレーションがあります。耳に心地いい曲です。ライヒはリズムをパートごとにかえて作曲するのがすきですがこれはテープ音楽の音の重ね合せから始まったと思います。
パット・メセニーとライヒのコラボレーション”エレクトリック・カウンターポイント”はマルチトラックレコーダーにインプットされた10本のギターと二本のエレクトリックベースの音と同時に演奏するというもの。これはシリーズ3作目らしい。なんと2作目はクラリネット奏者のリチャードストルツマンとコラボレートしているらしい。
このテープを聞きながらの即興音楽は結構はやってノーノなんていう12音楽のおっさんもバイオリニスト、ギドン・クレーメルとやっている。それぞれ作曲家の個性が出ておもしろいようだ。ノーノの曲ははっきりいって苦痛以外の何者でもなかったが(いまは好きである。不思議なものだが)これは聞きやすい。ギターの音がフェードインーフェードアウトしながらメロディが二つか3つでてくる。3部目はベースの音が強調され、前半のきれい系サウンドとはちょっとちがうかな。
この手の音楽がはたしてメセニーが自分で語るようにあるいは評論家が語るように時代の要請に沿ったものかどうかは私にはさっぱりわからない。これは時代か歴史が決めることだ。作品というものは存在した瞬間から歴史に洗われるのである。
ちなみにあるインタビューでメセニーは”jazzとはなんですか?”の問いに、”アドリブを意味します”と答えている。このインタビューで、
現在では「ジャズ」のカテゴリに分類される商業主義的な音楽がたくさんあるでしょう。でも、実際のところ、これらの音楽にジャズの実質はほとんどないし・・・・・、ジャズの意気込みがほとんど感じられません。・・・・つまり、若手ミュージシャンの一人として、手にはいるあらゆる手段を取り入れはしますが、それをジャズ風に利用するんです。(インタビューフラッシュ文化編1、アルク)
残念ながら私自身はjazzは聞かないが、このCDを聞いてメセニーのCDを買いにいったかというとそうせずに作曲家のライヒのCDを買ってしまったんである。
Site Norioさんのページに、小室論の展開が行われています。私が催促したことになってます(笑)。私自身は実はポピュラーミュージックはほとんど聞きません。ではなぜ、それを待つとメッセージをいれたかというと、安室奈美恵(漢字あってます?)が異質性の代表としてもふるまえるのに小室ミュージックは同質性の作用が与えられている。というようなことを読んでその根拠やそれにともなう状況の分析に興味を持ったからです。具体的な疑問としては
安室奈美恵が異質性の担い手であるというときの根拠?カリスマ性があるということ?
小室氏の同質性の論理が押し付けられたとき同質性と異質性はどのように同居しまた反発したか?具体的な発言やショウステージでの演出など
どうせなら普段テレビをみないおやじ化した私が家族と一緒に年末テレビをみながら、いや〜安室ってさ〜、とか、小室の音楽は〜なんていっちゃって、家族がなにいってるの?とかつっこんできたらいや、だから〜なわけでさ〜とさも訳知りなことをいってみたいとか、普段学生に世間知らずといわれているのでそれをカバーするためというそれだけのことだったりして。
とまあ、冗談はさておき、SN氏の読書ノートを読んで、たとえばアドルノや、フロム、ボードリヤールを読んでいる人ならばそれをふまえた興味深いディスカッションになるだろうと予想がつくからです。(こういうのってぷれっしゃーだな)すくなくとも年内に原稿ができたら年末年始のテレビで音楽番組も見ると思う。SNさんの原稿にレスポンスをするためだけだとしても。(しつこくなってきました。ごめんさい。じつはショーペンハウエルのレスポンスもしたかったのですがぼつにしました〜)
渡部美里の「My revolution」は友達が好きでよく聞いていたので私もすっかり覚えています。そうか〜あれも小室氏の曲だったのか〜。
青春説教師でしたね。彼女の歌。私は歌詞を重視するタイプですので、聞く気がなくてもじっくり聞いてしまい、どうもあの手の歌詞は性にあわないんです。。。。
そうそう、普段私はテレビもほとんど見ないし、スポーツもほとんど見ないのを学生君が知って、世間知らずと私をからかいますT_T。ちなみにかれに私のwebみられたらなんていわれるだろう?
もう木曜日どうなってるんだ。毎日がはやすぎる。
シューベルトのBBSもよろしく。
山本君の旅行記にでてくるエティエンヌ・シュバリエってどんなひとかよくわからんかったけどカノッサさんのサイトにあった。灯台もと暗し。でもこのページに出てくるアニュスソレルはなかなかだいたん。かたほうのおっぱいを出していたそうです。愛用ということは絵のモデルのときだけでなくいつもおっぱいぽろりということですよね。う〜ん。(さいきんこわれてきたなあ)
今日(12/04)は同窓会の会合でした。そのあとは忘年会。今週はめちゃいそがしい。来週日月火と大阪で学会です。そのため、ますます内容が薄くなります。ごめんなさい。
デジタルカメラでカラリオを試す機会があった。高校の同窓会のページのスタッフページを見ていただければその結果がわかる。僕も写っていたりする。ノートパソコンもってる男ね。(だからリンクははっておかない(笑)。)でもサイズは小さくしてあります。うつりは結構満足だけど、コダックの百万画素のほうに興味をもっている。
うつり以前に電池の消費がすごい。10〜20枚とると単3電池が4本もいれてあるのになくなる。これはだめだ。電源アダプタは別売になっていたのでこのときは電池しか使えなかった。おもわず、私は地球にきびしいデジタルカメラとつぶやいてしまった。
いつもは週末にホームページねたを仕入れるのだが、あすからの学会にひきつづき研究報告会、講演会となにかといそがしい。おちついて本もよめない。
1時間ほどアドルノ、マーティン・ジェイ(著)、木田 元&村岡晋一(訳)岩波書店同時代ライブラリでもよもうかとおもったのだが、選んだ本がまずかった。一時間くらい読んだくらいでここにかけるようなまとまったねたにはならん。いつもまとまってないが、まとめようと努力はしている。この本ではその努力がおきん。とはいえこの本はいい本である。手持ちのアドルノの「プリズメン」と「美の理論」の解説をしてくれている。何年勉強しても、ドイツ語でこんなの読めんだろうな。
ウェーベルンについての投稿をいただいたので連載にしようとたくらんでいる。表紙をつくったりして時間切れ。仕事に戻ります。
というわけでFTPするのがおくれて、しかもなにもかけなかったいいわけでした。
ちょっと前に萌え萌え〜なんてやっていたがカノッサさんにパソコンの草の根ネットのころからのことばとおそわる。ありがとうございました。あれ、内緒だったりして。
萌え萌えと他のページで使おうかともおもったけどどうもページ全体の雰囲気のコントロールができないのでつかってない。
win95の方からのメールはほとんどがBecky!です。人気ありますね。私の職場の隣人もつかっております。
昨日お伝えしたウェーベルンの連載木曜日あたりに開始します。ウェーベルン知ってる?(笑)
職場の左隣りの方がアンプをやすくゆずってくれたのが届く。今日とりあえず配線して聞いてみる。今日から僕はオーディオマニアさ!
アンプの値段がもとのものが定価5万円、今回やってきたのは定価が25万円?くらいのAVアンプYAMAHA avx2000 dsp(旧モデル)。
スピーカーを4組つなげてドルビーサラウンドができるが当然スピーカーは一組しかもってない(泣)。でもドルビーサラウンドで遅延サウンドをデータとして付加する方法はあまり気に入らない。だって録音のときにクラシックはホールの残響音も録音していれちゃってるし、最近の録音は直接音と間接音のマイク間の遅延の位相差をなくすようにしてるはずだ。マルチスピーカーでイコライザーと遅延データを付け加えたらわざわざ音をにごしているようなものではないかと思う。
ではなぜ買ったか?アンプの一番安い奴を新規購入するよりこの高級品を譲ってもらったほうが安かったから。気が向いたら2本目のスピーカーもかってみたいが、それならハードディスクかCPU、CDとLD、本と決まっている。
このアンプで聞くと低音が豊かだ。ティンパニがふっくらと聞こえる。それからトライアングルもマーラーの交響曲6番でこれだけ弦楽器と絡んできれいに聞こえたのははじめてだ。しかしブレーズの演奏で音よりも曲にすぐのめり込む。マーラーの音楽の端正さと美しさが表されている。決して音楽はロマンチックな感情をあらわすだけのものではないのだ。
パーセルのチェンバロもすごくきれい。これだけちがうのかと思う。
ちなみにスピーカーはBOSEの101なのでスピーカーは負けてる。このスピーカーはかれこれ15年まえに買ってもらったもらったものだ。当時のデッキとアンプはもうおしゃかになっている。
いいわけ:忙しい忙しいとわめいておりますが、音楽はながらぞくで、アンプの接続は30分でやってあとは散らかし放題です。明日の学会は昼から大阪です。第一回ペプチド工学国際学会です。通産省主催。感想などは明日以降レポートしよう。3日間英語。
最近手にいれた本:ヨローッパ中世の心、今野國雄 著、NHKライブラリー、結構気にいった設定。いろいろ紹介できるかも。
ちょろっと書くつもりが長くなってしまった。これがいつもやらなきゃいけないことをあとまわしにしてしまう正体だろうな〜。
12/07は第一回ペプチド工学国際会議。ペプチドというのはアミノ酸が比較的短く結合したもの。長いとタンパク質といわれる。これらの物質が機能を持つ場合、単にタンパク質というよりは酵素といわれる。それらの区切りは話すときに明確に分けたほうが伝わりやすい。
ペプチドも生命っぽい考え方から物質的な考え方までいろいろあって、簡単にはいいにくい。まあ、いろんな人がいろんなもちい方をしている。
私が研究しているのは光合成のポリペプチドであるがこれは集まって複合体を形成する。この際緑色の色素(バクテリオクロロフィル)を結合する。この色素を組織立てることにより光合成機関中で光合成に使われる光の流れ方を最適化している。葉緑体というのはこれらタンパク質が多数あつまっできているものである。
この光の流れを最適化しているその秘密はなにか?というのを直線二色性スペクトルというもので色素の角度を測定したものが今回の発表。私の発表は火曜日なのでまだ間がある。
昨日は大阪工業研究所(国の研究機関)のかたがNEDO(New Energy and Industrial Technology Development Organization)といわれる組織より予算をとって共同研究を行った、その成果発表会。私は残念ながら関係ない。大阪工業研究所ではペプチドの構造安定化や、非天然アミノ酸の導入、金属をかむペプチド、ヘムを導入できるペプチドを重点的に研究しているようだ。これらのペプチドは医薬や分子素子に役立つという。
この分野は基礎的な領域で将来性があると考えられているために最近大学や国の研究者が増えている。企業ではいわゆる大企業の先端研究センターがとりくんでいる。これらは国の予算の枠組みでは将来の日本の産業となるべき材料と考えられている。
この分野の研究が盛んになってきたのはペプチドをアミノ酸のレベルから全自動でマシンに作らせることができるようになってきたことと、最近光合成をはじめ材料として興味深いタンパク質の構造があきらかになってきたのでそれをまねてアミノ酸から合成およびおりたたみを検討することができるようになったからである。
今日は日本人ばかりの発表だったが、明日は半分以上が外国の招待された方たちばかりである。あしたも楽しみ。懇親会もあるし。もちろん懇親会代は自腹です。念のため。
光合成のページを読んでみる(ただし生化学を専門でやってる大学院生クラスの知識を前提にしています)
一般向けの話しはお正月以降となりそうです。光と物質。
今日は昨日書いたように懇親会の後も飲み会でいい気分。でも明日発表なのでちょっと考えておかなければ。
今日の講演はすべて招待講演だった。ヨーロッパ人が多い。英語はみな比較的わかりやすかったが興味のない講演はつい寝てしまう。会場が暗いためこういうときは眠りに引き込まれやすいのだ(といばってどうする)。
今日はペプチドの基礎的なふるまいの解析が多かった。NMRや、そうそうコンピュータシュミレーション(SGIクラス)も最近ようやく意味のあるデータをはじくようになってきたようで、これもこの分野の発展に寄与している。
いくつかポスター発表の演者に質問して情報を得た。ただこの分野は境界領域の分野なのでこの分野にいる限り新しい領域のことは知りえない。この分野でそれを知った場合自分はそれができない(もしくはやりにくい)ということだ。
というわけで酩酊状態で今日は(も?)おわる。日比さんのページの更新も明日にします。
ではおやすみなさい。
ウェーベルンのロゴをつくっときました。表紙をみておいてください。
今日は学会3日目。お昼に発表、知り合いが何人かききにきてくれた。これは更新されたwebを見にいくのと同じである。実験すすんでる〜?これ新しいデータです。・・・・
光合成の知り合いと、ペプチドの知り合い。それから外人3人。外人さんは関連分野な人だったので聞きたいところだけ聞いてくる。
ちなみに化学思想とかを学会なんかで論じることはまずない。化学が現象論で記述されてきたせいかもしれないが。ヨーロッパ人が科学はヨーロッパで現われたとかいう議論もあるがそういうことは科学をやってるひとはほとんど意識していない(と思う)。
アメリカ科学会の偉いさんへのインタビューで「アメリカが科学が強くなってそれを維持できてきた理由は?」と聞かれて「精度の良い測定機を開発してきたから」と答えていたのには笑ったことがある。科学思想が西欧人のものだからとか、そういう教育をしてきたからとかメタな議論にならずに即物的で現実的なこの答えなのである。
それはともあれ、接着性のアミノ酸配列(貝が岩に張り付いているタンパク質のアミノ酸配列をまねたもの)を金基盤にパターン配列し、単細胞を接着する。これによって細胞間の情報とかのやり取りが可能になるという。細胞として脳細胞を使えばバイオコンピュータが実現できるという話しが面白かった。MITのZhan教授。
TASPといわれるテンプレートを用いてサイトクロームbcのアミノ酸配列のペプチドをバンドルしたサイトクロームbcのモデルを話したHaenel教授。(この人が聞きに来た)
その3 シューベルトは僕の幾つもの湖に音楽という肉体を与え
そこから歴史を呼び起こしたのだった。歴史とは永劫にして未知なる
音楽の鼓動である。
ポリーニ+ロマンティシズム+流離人
SNさんのページに高橋悠二氏の記事がでていました。この人ってたしかオーケストラの曲を一曲書くと会場からなにからなにまで金が動くので、それをきらって伝統的なオーケストラの曲の作曲をやめてた時期があったようですね。そういえば一枚だけ自作自演のCDをもってた気がする。出張からかえったら聞いてみよう。あとはジョンケージのソナタとインターリュードの演奏はCDを借りて聞いたけど感動した。マックを使って作曲と音にエフェクタをかけたりした(わざわざフランスのIRCAMで)。
氏はクセナキスという確率的な音群をとりあつかう作曲家に師事していたはず。クセナキスの音楽はギリシアでのナチスへの抵抗を体験的に音楽にしていたと昔読んだことがある。クセナキスは音の遠近法とか、さらには数学的、建築的というふれこみの音楽家。でもやっぱりきいてて楽しくないよね。(最近楽しさを重視する私)