雑念 飯田のHPにもどる
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今日の分はもっとずっと下。
いつもながら内輪ねたになるかもしれませんが(もしくはホームページストーカーとか)カノッサ氏のホームページで東京でのポンピドゥーのレポートが掲載されてました。それから氏の一面をみせる一級資料も!?
ポンピドゥーの図鑑作って欲しいですね。(いつも他力本願な私)でも他も忙しそうだし。絵のことについては昔ちょこっとだけ書きました。カンディンスキーとパウルクレーのルーブルのサイトのurlを記述してあります。ここも増強しなきゃいけないな。
職場のサーバがペンティアムチップのバグ対策のために一時停止してました。バグ情報はこれかな?よくわからん。
xコード芸術とかのCD批評よりウン百倍もおもしろいカデンツァさんのサイト。今週はモーツアルトのクラリネットコンツェルトのレポートでした。カール・ハインツ・シュテファンのクラリネットについて述べてあります。でもCDのレーベルとか指揮者については見つけることが出来なかった。
モーツアルトの音楽はばかばかしいくらい楽しいのが欠点。ぼくなんて本当に大好きだ。だって楽しくって、細かくきけば聞くほどいろいろ仕掛けを見つけることができる。どのようにクライマックスをつくっているか、どのように変奏を展開していくか、展開したあとのモチーフ間の連結。私のような素人でもきちんとアナリーゼの本を読んでみたいと思わせるに十分。シェーンベルクがガーシュインの「モーツアルトのような単純で美しい曲を書きたい」といったのにたいして激怒ったときは「あんな難しい曲はないんだ」といったのだった。
僕はガーシュインよりもはるかに音楽を知らないに決まっているので、これをここに書いて彼を笑っているわけではない。いいたかったのはシェーンベルクがおこるほど、そしてガーシュインが「単純で美しい」と感じるその両方をあじわえばいいということだ。こういう作品こそがわれわれを磨いてくれる。芸術作品にもし意味があるとしたら私は芸術によりインスパイアされて自分と対峙できる瞬間こそ意味があるんではないか?と感じている。
それはともかく、カデンツァさんの耳と詳細なレポートにはいつも驚かされる。冒頭のレxード芸術のマンネリ批評にも驚かされたが、あの雑誌は一年かってやめてしまった。ただし、レコxド芸術の音楽家のインタビューはいまでも切り抜いてとってある。私のように言葉でかかれたものを愛するものには彼等音楽家が音楽をかたることにより、私自身でその真価を見い出せない曲もずいぶん聞くレパートリーにいれることができたし、それなりに理解できてきた気がする。
今回はカデンツァさんはオーケストラの中でのクラリネット奏者と他の管楽器の奏者間や、指揮者との違いも書いている。ここまでわかるなんてすごいですね。同じお金かけてもどれだけ情報をひきだしているか、私はただ聞いているだけ(笑)そうそう、あまり意識したことないけどこの曲って寂しさをききとらなくちゃいけないんですね?それも課題だな。ドホナーニのは楽しいだけだった気がする。
モーツアルトのクラリネット協奏曲は私はドホナーニとブリュッヘンのしかもってません。うーんモーツアルト好きとしては買おうかな。あ、それから、このCDの評をレコーx芸術の評とならべてみようかな(爆)。
クラシック音楽が楽しい音楽という側面を公然と切り捨て始めたのはワーグナーのシリアスオペラのせいですかね。
昨日予告したように私のところに来ている学生君達と飲み会。うち一人が気分悪がり公園のトイレにたてこもり、その後、公園の木にうずくまり、xxまくっていた。その学生の手が冷たくなりやべーとおもってあるかせた。意識ははっきりしていたようだ。例の私のパリのレアルでかった皮のジャケットは彼が寒がるので着せることになった。かれはそのジャケットにお茶をこぼすなど粗相をしてくれた。しくしく。ああ、不安。そしてかれはいえに帰れないということで近くの親戚にむかうこととなった。そこまでは同僚がついていってくれた。飲んだ量はたぶんジョッキに3杯くらい。彼はカクテルを家でつくって飲むらしい。どーして、そんな彼が?その親戚に我々がむりに飲ませたと思われたらどうしよう。そんな私も家帰ってばたんとねてしまい。今(am3時)おきたところ。頭いてー。のんだところは鶴舞の串太郎。名古屋のあなたは場所ご存じですか?生中2杯と日本酒2杯でもうへろへろ。僕は飲めないんです〜。
昨日のレコードx術に文句を言った件。この雑誌の気に入らなかった点は批評欄以外では演奏者について述べることばかりで作曲家とか曲についての情報が少なすぎてバランスが悪いことだった。このことを友人たちにいったら、そんなのを望む読者がすくないからじゃない?とのことだった。
でも曲の構造とか技法に興味あるのです。音符も読めないくせに。
カデンツァさん情報によると協奏曲の批評をしているN氏の批評はいいらしい。
いつも私の興味の持ち方はいささかストーカー風である。たとえばある曲について興味をもつ。するとその作曲家の他の作品を聞きたくなる。その作曲家の書いた手紙やら本を読む。当時の歴史を調べたくなる。どうせすぐ飽きるのだがそういう作業にはいっていってしまう。中世ものもまさにそのパターン。中世の教会について調べ始めたとき、じゃ、そのころどんな音楽がながれていたのだろうか?からはじまって中世の音楽をきくようになった。もともと音楽でも絵でも私の興味はせまくて19〜20世紀にしかなかない。いまの望みは中世の写本のファクシミリでもみながらその曲をきくことかな(笑)。
音楽の歴史をちらちら見ていると近代では聴衆というのはいる必要がないと思う。曲が生き残るのは演奏家と他の作曲家に評価されたときであると思う。バッハ、ベートーベン、マーラー、シェーンベルクなどはその典型ではないだろうか?たとえ聴衆がいやがっても演奏家はそういう曲をとりあげてきたし、作曲家はそういう曲を書いてきた(特に20世紀の前衛)。もちろん聴衆が好むものも含まれるが、それは付随したことにしか過ぎないと思う。いまでこそシェーンベルクをのぞいて聴衆に受け入れられているが。もちろんこういうことは興業とのからみもあって具体的につぶさに個々の事例を調べていかないと一概にいってもいみがないのだけれど。
リルケの記述した「マルテの日記」はここのヴァーテックス(結節点)である。私がこのwebをはじめたときどうしてもこの本のことを書きたかった。そして「ベートーベンの森」、「魂の野道」の日比さんもリルケが好きだ。前者の中でも取り上げられるし、シューベルトでもでてくる。逆にリルケのマルテの日記中にもベートーベンの記述がでてくる。そして私にとってはアベラールとエロイーズをどうしても読みたくなった原因でもある。
マルテの日記には抜粋にウェーベルンが曲をつけており同時代の魂の共鳴を感じることができる。ウェーベルンはシェーンベルクの弟子で、後の友人でもある。そのウェーベルンはシェーンベルクの12音音楽を発展させ戦後前衛の基礎となった作曲家でもある。この作曲家はまた、水野さんが好きだそうで、休みの日には全集をきくこともあるそうだ。
ウェーベルンの独唱歌曲作品8(1910年)がこのリルケのマルテの日記の抜粋につけた曲である。いままでどの部分かわからなかったのだが今日ようやく見つけることが出来た。岩波版(望月市恵氏訳)で244ページにでてくる。このシーンは文中劇で、サロンにあつまったときに居合わせた女の人が歌を歌うシーンである。ここで”僕の知らないドイツ語の歌であった”。ということばがあったのでこの歌われる詩はだれか実在のうたであると思っていたので気がつかないのであった。
このシーンはアベローネのことを主人公マルテが理解したというモノローグで始まるシーンなのだが、さっぱりわからん。このあと最後にかけて何度も読んでいるが何を理解したのかぜんぜん理解できない。だれかヒントでも教えて下さい。
そしてこのマルテの日記には中世のエピソードが出てくる。たとえば、その一つに剛勇シャルル(1433-77)の最後が出てくる(188ページ)。リルケがなぜ中世の物語を引用しているか私はまだつかみきていない。ヨーロッパ人であればこういうことはつらつらと思い浮かぶような出来事なのだろうか?親が子供に語るような寝る前の物語のように。ここらのことはいつもおじゃまするカノッサ氏のページで読むことができる。そして何よりカノッサ氏には「アベラールとエロイーズ」を見つけてもらった上に、やはり、マルテの日記に出てくるクリュニーのゴブラン織のタペストリー、一角獣と貴婦人もさがしてもらった。
またホームページのタイトルとしてマルテの日記(現マルテのコラム)をつけていらっしゃる先生のところもエッセイをしばしば読みに行く。アクセスログを読む楽しさはこの先生に教わった:-)
というわけで都合5人が関係し、私自身がそこから派生した事柄をホームページネタにしていれば一つのヴァーテックスといえるだろう。強力な芸術作品には大きな広がりがあってそれがこんなところでも広がっている。
私は高校の同窓会のホームページも作ってたりする。それで今日は同窓会のほうで海外へ引っ越しするというメールを頂いた。お返事をかいてそれをwebに書いた。同窓会のホームページよりも私自身のホームページのほうがまだアクセス数はおおい。まだ私の知り合いくらいしか見てくれてないようだ。以外と書き込みがすくない。
以前高校のみんなを集めて飲み会を開いたとき、私自身が高校の思い出にしがみついているような気になってどうにも気分がわるかった。私は確かにノスタルジックな性格ではあるが今のことがとても楽しい。決して過去に浸るつもりはない。でもやはり根底には高校生のころを求めているのかもしれない。それはわからない。
昨日はダニエル劇をみた。先週も少し書いたがじっくりみることにした。ビデオである。ストーリーは旧約聖書を元にしている。時代はキリストが生まれるずっと前のことである。初演は10〜11世紀パリの北近郊のボーベェ。ロマネスク時代の演劇である。興味津々。
ストーリー:ユダヤの預言者ダニエルはバビロン?の王様に王の館の手と文字のなぞを解くようにたのまれる。ダニエルはそれは王の神への不敬から神の怒りをかい王の滅亡を意味していると解釈した。そのとおりに新しい王がやってくる。次の王はダニエルを重用したが、まわりのそれをねたんだものたちが、王が神である、王に祈らないものをライオンの谷におとすという法律を制定した。かくしてユダヤ人のダニエルは人間なぞにいのるわけないのでさっそくとらえられライオンの谷につきおとされる。なんと天使があらわれライオンはダニエルになついてしまう。そして食物もハバフクという登場人物によって運ばれ彼は生き延びる。王はそれをみて”そうなったのはおまえの神のせいか?””そうだ”。それで仕組んだ悪人がとらえられ、ダニエルはまた重用される。
音楽:最近中世の音楽で耳をきたえたのですごく楽しめた。台詞はうたわれ舞台で笛やリュートが実際に演奏される。考えてみればオペラでは舞台に楽器を持ってきても実際には演奏しないな。歌は基本的に単旋律でききとりやすくなっているようだ。10〜11世紀の音楽なのでまだポリフォニックな音楽自身登場していないはずだが。前王が滅びることを預言されたときにそれを悲しむシーンでのリュートをかきならすシーンの音楽はすばらしかった。さらに、バグパイプ、リコーダーの大きいのとか、太鼓がつかわれる。中世の音楽は聞くだけだと不思議な音色だが実際に楽器がみえるとそれなりに安心する。楽器は写本をみて作ったそうである。だが、ほんとにそういう音がしたんだろうか?
明日は美術と疑問についてのべる。
ダニエル劇(後編)
美術:奇妙きてれつである。美術も当時の写本から抜き出して作成したという。実際、王様のきていたマントは実際にエミール・マールの「キリスト教の美術・上」(岩波文庫)に出てくる鷲(pp114)とそっくりだ。この鷲の絹織物はオッセールのサント・ユゼーブ聖堂につたわるものらしい。これはオリエントのものがつたわってきたものだという。それから王様の冠も奇妙だった。色は紫色。けっしてわれわれが思い浮かべるような金の王冠ではない。王妃の冠にいたっては小麦の穂がたくさん刺さっている。最後のダニエルのシーンは私のホームページでレポートしているベルゼ・ラ・ヴィルの聖堂の壁画そっくりの色彩でダニエルのポーズも同一だった。また衣装だけでなく舞台装置の模様などもロマネスクを思い出させるに十分だった。
疑問:これらの中世劇は15世紀ごろ廃れてしまったそうである。なぜだろうか?代わりになにが始まったのだろう?ルネッサンスが流入したせいなのだろうか?モンテベルディなどはこれらをどの程度知っていたのだろう?また、これはクリスマスに上演されていたらしいが他にはどんなものが上演されていたのだろうか?典礼劇については上掲書のpp48にすこし記述を見つけることが出来たが情報不足である。
中世ものの音楽をきいていて頭がもとに戻るよう要求したのか、今日、研究発表のレジュメをかきながら聞いていた音楽は
ノーノ:断ち切られた歌、クラウディオ・アバッド&ベルリンフィル(DGG)
シェーンベルク:モーゼとアロン、ブレーズ&ロイヤルコンセルトヘボウ(DGG)
マーラー:交響曲第7番、ブレーズ&クリーブランド交響楽団
ベルク:弦楽四重奏のための叙情組曲、ラサール・カルテット
日比さんの「魂の野道」アップデートしました。
今日は本だなに本を戻していたらフーコーの解説本、「フーコー権力論入門」(山本哲士 著)が出てきた。この本は私にフーコーの本「性の歴史、一巻、知への意思」を4回は読みなおさせその結果ようやくいみがつかめるようになってきたありがたい本である。
ところがこの本、よくわからんところがあって、第4章には中国の天安門事件のことが語られる。それはそれでいいんだけど、権力論の捕え方を現実に合わせて変えていくべきだというようにいう。古い権力論と新しい権力論の衝突だとかいう。
ところがフーコーの提案する権力論の適用はいつの時代にも適用できるモデルになっているのではないのだろうか?実際フーコーは19世紀にブルジョワジーがどのように健康と性を結び付けてきたか、とか昔のことを分析している。
理科系の私は偉大な理論家がつくった式を現実に適用して現実をどれだけ予想できるかとかそういう発想をする。ところが世間にある偉大な思想家の解説本(かなり専門書と見受けられても)はまさに解説に終始して、その思想を適用するとこれこれはこのように見えるとかの適用はほとんど見られない。さらに専門論文を読めば書いてあるのだろうか?たとえばフーコーの権力論を他の社会科学現象にあてはめるとこのように考えられる。たぐいの論述。
上に上げた本はここのところがごまかして書いている。(p162-164)これが一番なっとくいかん。こういうもんすか?
ここのHPにいったらモバイルで実際にレストランにノートをもちこんで携帯につないでいるところがおもしろおかしくレポートされていた。
私自身はこのノートパソコンを地下鉄、ココ一番(カレー屋さん)や職場近くのうどんやさん、街の大衆食堂、居酒屋、アマチュアクラシックコンサート会場でひろげて、うちいくつかは実際にこのページを作ったりした。さすがに携帯ではネットにはつなげていない。でもグレ電でアクセスはしょっちゅうだったりする(笑)。
周りの目が気にならないかといわれればはじめはじろりと見られるがその後は見られないようである。いやーん、もっと見て、的な欲求が実はあるのだろうか?
などと書いていたら学生時代の後輩に地下鉄であう。ノートパソコンを買ったそうである。私が小脇に抱えていたのをみて潜在的な欲求に火がついたらしい。かれはシャープのメビウスを買ったそうだが、そのすぐ後、SONYの1.3kgのVAIO(綴あってたっけ)がでて悔しがったそうである。液晶がTFT, Modem,CD-ROMとつめていくと当時発売していたサブノートでは満足できなかったらしい。私もなぜこのマシンまでノートパソコンを買わなかったかというとAppleが軽くて速いノートパソコンを出してくれてなかったからだ。
今このマシンは180MHzだがこんどお金をだしてかうなら乗り換えもふくめてover 200MHzしか買う気はない。2kg以上のDos/Vノートはようやく200MHzになってきたようだ。新発売のvaioはまだ133MHzである。軽い点では文句がないが食指が動かない。
Appleはすでに春くらいから240MHzのノートマシンを出していたが60万こえていた。買うわきゃないよ。いくらなんでも。このマシンは3キロをこえてとても重い。が、最近値段が下がってきたそうだ。Appleのノートパソコンのしばらくの動静は速かろう重かろうである。アメリカではそのほうがいいらしい。こまったもんである。
このノート2400c/180の後継機種はしばらく出そうにないらしい。かわりといっちゃ何だがサードパーティーからアップグレードカードが提供されるらしく私はそれをまっている。2倍近いスピードアップらしい。まちどおしい。
ハンドヘルドのマシンも魅力的にうつるがweb制作にはつかえないだろう。その意味では射程にもはいらない。(所有欲としてはpalm pilotとかZaurusとかnewtonとかほしいよ〜とわめいている気がする。)
それはともかく今日あった彼とはなしていたのだがノートパソコンだとパソコンが身近になるという点で意見が一致した。パソコンのある位置にいくのではなくパソコンを自分がいる位置でつかえる。この間はちょっとした料理をしながらキッチンでこのページを書いていたくらいだ。これはわらっちゃうことのように聞こえるかもしれないが、いつもキーボードで何か書いてる私にしてはとても自然なことなのだ。ただ、これはこういうページを持っているからかもしれない。
今日はここまで。
あ、やおい になってしまった。ごめんなさい。
音楽のページディレクトリを一個上にあげました。
今聞いているCD:シェーンベルク、期待、ブレーズ、Sony Classical
カノッサさんのサイトでいよいよパリ一住民の日記が終了したようです。おつかれさま。カノッサ氏がbbsでも述べているようにたしかに一ページがおおきいですね。私としてはヘッダの項目の文章を読んだあと、項目へすぐ戻れるようにバックボタンをつけてほしいと思うのですが、わがまま?(おまえも自分のページの整形をまともにやれよ、と言う声が聞こえてきそう)
とはいえ一番ひっかかったのはジャンヌダルク。この日記の著者は彼女にかなりシニカルなまなざしを向けている。彼女は魔女だ!異端だ!と決めつけて、死刑で当然といった義憤もみられません。ひたすら傍観者です。この著者はお坊さんだと思ったんですが、それならなおさら、彼女の異端ぶりを非難するような記述でもいいと思うのですが。かれはどうおもっていたんでしょうね?それからジャンヌをみにきた住民たちも。こらこらどこみとんじゃ、われ。
結構この記述って、ジャンヌに対するイメージが変わったと思います。すいませんドシロートのコメントで。
さむくなってきたら鍋。鍋といったらフグ。フグといえばいまここのbbs(mirei&minami)で盛り上がっています。九州にはフグ茶漬けなるものがあるそうです。そしてフグを鶏肉の代わりになべにいれるとは!私はフグ鍋を二回食べたことがあるだけですT_T。
「萌え萌え」
あなたは萌え萌えという言葉を知っているだろうか?え?知らない?見せてあげよう。ここをクリック。好きなページを見てくれ。そう。美少女系ゲーマー&オタクの基本タームである。もちろん私は今日まで知らなかった。知らなかった。知らなかった。知らなかった。知らなかった。知らなかった。とこういうことをやっちゃうページが多かったりする。ここもそれになってもーた。T_T
この手の言葉の対に使われる言葉はプニョとかプニとかである。さらにいえばよく使われる(爆)がさらに強力になって(激爆)とかになってたりする。爆撃じゃないんだから(汗)。
いままであまり免疫のなかった私にはちと刺激が強すぎた。ま、それはさておき、私のとなりの研究員がfjとかjapanとかのニュースオタク(失礼)で
「最近萌え萌えという言葉がはやっている。知っているか?」
もちろんかれは知らなくて聞いたのである。で私が検索して二人でいくつかサイトをみて
「(い)ふーむ、どうやらオタク系ロリコン美少女サイトでよく使われているようですね。」
「(T研究員)うーん、気になる」
「なにが?」
「萌え萌えの語源、どこから来たのだろう?うーん、そうだアニメオタクのO研究員に聞こう」
「(O)知らない」
「またまた」
「ほらほら(といってwebをさす)」
「なんじゃこれ?」
と異常な盛り上がりをみせた。
でなんで、こんな事書いたかというと、単におどろいたからかきたかっただけなんである。というのは、それなりにオタク系ホームページには見慣れていたのでオタク系ホームページには違和感を感じなかったのが、萌え萌えという言葉がこれほど増殖していて気がつかなかったのがショックなのである。ちょっとショックのあまりたとえばエロイーズに萌え萌えというのは正しい用法なのだろうか?それからサイバードッグに萌え萌えとか。
それはさておき萌え萌えという言葉、うまい言葉ではある。なぜか?”萌え”は若いことを意味する言葉である。もえぎいろ、とか。ロリコンが連想のひとつに容易にはいる。わすれてはならない。ロリコンは若さという意味だけでなくこれから成長していくという意味をもっていることも。もえぐとはこれからわっと緑が成長していくその最初期を示しているのである。源氏物語を読むひとなら紫の上を想像できるはずだ。
さらに音(おん)をとると”燃え”という意味がかさなり何かに夢中になっているというかはまっていることを連想してしまう。これらが二回繰り返されることで意味を強めている。さらに、この繰り返しの効果のもう一つとして、もやもや、むらむら、という欲求不満をあらわす言葉と類似性が高くなる。(ここらへんのディスカッションはT氏のアイデアを元にしている)
したがってこの言葉は、これらのロリコン系サイトのなかに埋め込まれることによって極めて雰囲気を強めることのできる言葉なのである。(偏見のかたまりですが、これらのサイト以外には重要用語として萌え萌えは使われていないようだ。という私の判断)
ということはおいといてあなたも今日から、萌え萌え、ぷにっ!(何かちがうな)
たとえば朝地下鉄でおはよう、調子はどお?ときかれたら、萌え萌えだよ。とこたえる。そのとき振り向いたそいつらはロリコンゲーマーだ(笑)。だれも振り向かなかったらその友人にむかって、プニ、といってみる。こんどこそ。友人は驚くかもしれないが、そのときはいや、意味不明(爆)といっておこう。ただし、最後の(爆)をわすれずに。
最近は廊下での立ち話があるときにわれわれはそれをオフ会という。学会にいくというのもオフ会にいくという。つまらない洒落をだれか言ったら、ばく、とだれかがつっこむ。かなり異常な社会ではある。
最後にいっておく私はアニメオタクを蔑まない。なぜなら、趣味の違いであると考えているからだ。まわりにごろごろいる以上、私はそう思うようになってしまった。君も十分アニメオタクだよ、と私にいうならば、そうかもしれない。ウテナの薔薇が画面の4すみで回転するのしってるし。(笑)
そうそう、萌え萌えの語源しってるひと教えてください。
一昨日くらいにAppleのモバイル製品で正規のものとしてはいいのがないとなげいてしまったが、Macweekに同様のコラムがでていました。原稿作成などではpalm pilotは向きそうない、ミニノートも同様に使えそうにない。などの論点は同じでした。
この記事のなかで近々登場し、候補にいれるものとして、win CEマシンのSharp Electronicsの「Mobilon HC」シリーズやNEC Technologiesの「MobilePro 700」がよいとありました。
win 95マシンとしてはMitsubishi Electronics Americaから近日発売されるPedionが233MHz Pentiumと12.1インチのTFTディスプレイを装備していて、重さも1.4kgほどしかないのですぐれているとのことでしたが値段がなんと$6000だそうです。高くて買えませんね。
Epsonの宣伝かなんかでノートでは物足りないというのはひとえにPenIIがノートにまだ乗らないためにスピードがでないことに起因しているわけね。と最近なっとく。
小型コンピュータのハードの外見としてはこれを縦型にしてほしい。ホントのノートや本はどのように読むか。ノートパソコンは90度回転しているではないか。昨日地下鉄のなかでノートを広げていたときふと90度回転させて持ち直してみたら、文字は読めないが気持ちが妙に落ち着くのを発見。どこかつくってくれんかしらん。
(1988/08/14 Sun)
ロマネスクの追記。この日はフランスのベズレーにいった。ベズレーの教会サンマドレーヌには12世紀ごろの第一級のタンパンがあるのだ。(あらたにスキャナでいれた写真も5〜6点入ってます。)現在の視点から補筆がしてあります。
8時ごろ宿を出て11時ごろセルミゼール・ベズレー(駅名)についた。ホテルはコンプレ(満室)で今晩はどこか寝るところを探さなければならない。
ベズレーへはバスが出てないことがわかった。やはりアバロンから行くべきだったか。タクシーも日曜日なので走ってないという。
山本君がサン・マドレーヌ寺院にはどういったらいいか駅員に聞く。駅員は7キロだというので、あるくことにした。荷物はカフェにあずけた。
とにかく、暑い、暑い、暑い。かんかん照りだった。喉がかわくもわずかなミネラルウオーターしかもっておらずあっという間にのみ干す。
ヒッチハイクをしたかったが二人とも度胸がわかずできなかった。
しばらく行くと駅員が7キロといっていたがじつは9キロとでていた。7はフランス語でセット、9はフランス語でナフなので間違えるはずはないのだが。。。。おいおい、山本君しっかりしてくれよ。
小高い丘が見えてきてのぼりはじめる。すでにかなりつかれている。小高い丘の上にはサン・マドレーヌ寺院がある。
ここは十字軍への奮起をシトー派の異端宣告人クレルボォーのベルナールが1146年3月31日に説教した所だ。かれはいやいやだったらしい。しかも失敗したし。。。
ようやくたどりつく。山本君は狂喜乱舞である。私もいまだったらそうだろう。当時はぼーっと見てただけだから。
真っ白な教会。美しい。ここのタンパン(jpg)はキリストが中央にいる。このキリストは右手(jpg)(むかって左手)をさしのばしているがここから光線がでている。これはキリスト教を伝道しなさいという指令らしい。
タンパンの説明など明日につづく。
ベズレーについて(以前書いた説明)