新着情報 飯田のHPにもどる | 過去の新着情報

 1997/10/31

naMaCoさんのホームページはアイヌの神謡集で知ったのだけれど、実はホームページのトップページからリンクを辿るのは非常に難しい。そんな中で、naMaCoさんのことがよく理解できるページを掘り出した。多感な青春時代、それはおかしい!ということがまわりにおさえこまれることがままあると思いますが、そのとき感じたことをうまく言葉で言い表しています。ドラマ化、ストレスというキーワードをうまくつかっています。

私の場合は中学生のころなぜ勉強しなくちゃいけないか?というものでした。高校生ぐらいには、なぜこんな”役に立たない”科目を勉強しなければいけないのか?と高校の数学、英語、物理、古典、等々一時期いっさい勉強せずに試験の順位が下から数えた方がはやいということもありました。

いまはよろこんで古典を読む私でしたが当時は「枕草子」なぞ非論理的なものを読んで解釈して一体全体なんの役に立つの???といきまいてました。愛読書は史記でした。論理的な中国古典こそ勉強する価値のあるものだと思ってました。(これもそのうちそうではないことに気がつく)

それでも赤点なんぞとりゃ、先生がいったいどうした?などど心配するし、めんどうなことが噴出してきたので、おとなしく勉強してやりすごせばめんどうなことはおこらないな。と思ったものでした。そういう感じをみごとに思い出させてくれました。という高校時代ですがこんな私が高校の同窓会のホームページを作っているのです(爆)てかんじですよね。私の場合、とにかく理科系の勉強を大学に入ってやりたいと考えたものですから、えんえんと大学にいて、果ては研究者になり、高校時代の友人にあうと、そのままやんけ、といわれることもあります。

マックでサイバードッグとことえりをお使いのかたはこちらもどうぞ。ことえり2とサイバードッグ2がぶつかる件でMacsBugのレポートです。


1997/10/30

カノッサさんのページにジャンヌ・ダルクが出ています(modified)。[「アベラールとエロイーズ」届きました。ありがとうございました。] サンドリーヌ・ボネールが主演した映画「ジャンヌダルク」をみようとビデオに録画したものの、まだ見てない。サンドリーヌ・ボネールはパトリス・ルコントの映画「仕立てやの恋」でヒロインをやった女優だ。この映画のショットやシチュエーションはあちこちでまねされたようだ。この映画の音楽はマイケル・ナイマンで、彼はなんとブラームスのピアノカルテットOP25の第4楽章の一部をピアノとバイオリンだけに編曲して、テーマ曲としている。この曲はシェーンベルクも編曲している。こちらはオーケストラ版。第4楽章はジプシー風ツィガーヌで、彼がわかいころどれだけみずみずしいロマンティシズムにあふれていたかを知るにはいい曲である。

この原作の文庫本もでていたが、訳者のコメントで映画よりも女の子が、はすっぱに描いてあるとあったので買うのはやめてしまった。あの映画はとても美しく切ない映画だった。ボネールは輝いていた。ルコントの映画はあれがはじめてだったかもしれない。「髪結いの亭主」とどっちを先に見たのだろう?どちらも男の女への願望にほかならない。

ボネールの出た映画で「君と一緒に幾日か」という映画もあった。また見たい。男(ダニエル・オートゥイユが煮え切らない奴だけど(不能で妻もいる。しーん)。あれも最後のシーンなんぞ男の願望の最たるものだろう。

今帰宅して「ジャンヌ・ダルク」始めのほう少し見る。だめだ。彼女じゃ19歳という感じがしない。みつづけると全部見るまでねれなくなるので切る。ブチ。

今日はあさからモーツアルトの弦楽五重奏があたまについてはなれません。この間はシューベルトの死と乙女でした。

マックのページが崩壊している。なおすのめんどい。なんか表紙もひどいなこりゃ。

中世・ルネッサンス期の楽器を見ることができるページをみつけた。またCDの紹介も豊富。中・ルネ音楽の小部屋。CD を集めて見るかな>どこに金がある。

そしてもう一つ古楽のおすすめホームページ。 EarlyMusicInformation


1997/10/29

今日はマックに関していい情報がはいった。サイバードッグはことえりとぶつかってるかもしれないという情報をえました。サイバードッグを使う上でType 10のエラーが出る方は要チェック。

上の件に関してはただいまチェック中です。

中世ロマネスクの世俗歌といえば、トゥルバドールが有名ですが、これはポール・ヒリアーの紹介。Proensa (Paul Hillier) ECM New Series JOOJ 20301

このCDは当時の写本に記された曲の復刻演奏。

ギョーム9世(1071-1127)
ギロー・ド・ボルネーユ(1165-1210)
ライモン・ド・ミラヴァル(1185-1213)

など 8曲が収録されている。

トゥルバドールはプロヴァンス地方の恋歌なのですが、ここではギョーム9世(ギョーム・ド・ポワチエ)の歌詞を引用しましょう。

本当の空っぽについて

・・・好きな女は俺にもいるが だれなのかは知らない
まだ会ったことがないのだ 信じてほしい
俺を悦ばせることもなく悲しませることもない。
そんなことはどうでもいいさ
・・・俺はこの詩を作ったが なんのことやら
分かっちゃいない
そこでこの詩をあいつに送りつけよう
そいつには 人を介してこの詩を
ポワチエの方におくることにしてもらおう
そしてあの箱を開く鍵を
おれに渡してほしい

と結構意味深なことが歌われている。

今日は飲み過ぎたのでここまで ;-)


1997/10/28

よわった。今日は忙しくて更新のことを考えてなかった。いざとなると思い付かないものだ。なにを書こう。書きたいことはいくつかあるが、まとまってないので書き出せない。しかも資料もないので触発するものもない。

Journal of Physical Chemistryに光合成の光収穫系タンパク質のworkshopがでていた。光による測定がメインで理論ともに非常に難しそう。いくつかは雑誌会形式でレポートしたいが、いつになるやら。

ある程度論文をここに紹介しようとおもいつつ、それをばっさり職場にわすれた。>わざとか?

しょうがないので音楽の話題で昨日書ききれずに不正確になったところを調べてみる。ロマネスク、ゴシック期の音楽よりも近代の音楽に親しみを感じるので、ここでは20世紀の立場からそこらを覗き込んだ記述を引用する。

20世紀の作曲(ヴァルター・ギーゼラー著、佐野光司訳)音楽の友社:

調的和声の崩壊は、すでに最初から音の継時的秩序と同時的秩序、線と和声、旋律的な法則と和声的な法則との間の矛盾に内在していた。これに関する興味ある兆候は、とりわけ19世紀における対位法と和声法の解体である。この矛盾は、おそらく、作曲上の極めてわずかな例でしか実際には解決されていなかった。たとえばJ. S. バッハの<<フーガの技法>>におけるきわめて自由にとり扱われた対位法と、それへの緊密な和声的結合が思い起こされよう。

 いずれにせよ、次の時代には、調性的和声のトニック-ドミナントの図式が、グレゴリオ聖歌やネーデルランド楽派の音楽がもっていた自由な旋律法の発展を遮り、むしろそれを束縛しているような多くの作品例と出会うのである。・・・・

ということらしい。さて、世紀の変わり目のころ古い音楽はじつは研究されていた。マーラーが後期の交響曲に突入し始めたときバッハの全集が刊行され始めマーラーはそれを読んでいたという。ブラームスは交響曲の4番の終楽章でパッサカリアを採用した。アマオケのひととここを聴きながら、すでにその方は演奏会でこの曲の経験があるにも関わらず、それほどパッサカリアに気をとめなかったが、改めて聴いてここまで厳密とは、、、といっていた。そしてウエーベルンである。かれは20世紀前衛の礎である。シェーンベルクとベルクはブーレーズによって断罪されたが、ウエーベルンは持ち上げられた。そのウエーベルンは12音技法による作曲をしていたころ、このネーデルランド学派やルネッサンスの音楽を研究していたという。ただこれも資料がないのでそのうち見つけたい。ウエーベルンは何を学んだのだろうか?ちなみに上の本は前衛のめずらしい楽譜をいろいろ見ることができて爆笑できる。図形楽譜とかあって、厳密な楽譜ではなくて、ただの写真だったりする。それをみて好きなように演奏しなさいということらしいが、それってどこまで意味があるのだろう???????????????

 というわけで今日もまとまってないがお許し下さい。

カデンツァさんに新しいタイトルが出ていました。私は泣ける音楽って苦手なんです。多分それを見られるのが恥ずかしいからというだけで、ほんとは音楽を聞いて泣きたいのかも。高校生の頃ブラームスの交響曲4番の出だしで泣いちゃったことあるし(カルロス・クライバーの指揮)。

カノッサさんがアベラールとエロイーズを見つけてくれた。これでぼろぼろの本を気を使ってよまなくてもすむ。

winNTの弱点を暴くとして同じML(Happy mac)内の鬼生田さんが講演されたようです。

mireiさん私のマックOS8 サイバードッグを終了する以外は安定ですよ。サイバードッグも途中でとぶことは滅多になくなりました。マシンは2400c/180です。

うーん今日もこのwebの記述に一時間かけてしまった。


1997/10/27

ゴシック期の音楽 後編は前日のうしろに

水野さんにシェーンベルクについて語っていただいた。シェーンベルクのディスコグラフィとコメント付き。インタネットの力は絶大である。


1997/10/26

(ゴシック期の音楽 前編)

ヨーロッパの音楽というのは記譜してあるという点でまったく画期的ではないだろうか?ローマ法のような記述があるようなローマでも音楽は再現演奏可能なようには記述してないのではないだろうか?アリストテレスか何かにギリシアの音楽が述べられているらしいがそれも曲の記述ではなくて音程のことについてだったと思う。ただギリシアではリズムが独特だと聞いている。

故山本君は「ヨーロッパの時間論」で中世の音楽から時間の記述への転換について書いている:

・・・独立した計量的時間観念は中世以来発展させられた西洋音楽のポリフォニーの記譜法理論と楽曲の実際の演奏というモデルを因子としてもたらされたというのである。

・・・十二世紀から十三世紀というのは、ヨーロッパの骨格が定まっていく時代でもある。リズム・モードに関していえば、<<リズムという語の語源はギリシア語のrhythmosから来ており、しかもこの語はschema(形・図式)という語と密接な関係があったことを知ることができる>>
リズムのシェーマ性--つまり幾つかの音を一つの纏まりとして捉えていく考え方--が最初に現われた時代として記憶されるべきである。しかし同時に、当時のリズムが声楽を基準にして考えられていたことを忘れてはならない。

・・・当時のまだ農耕のリズムで生きていたヨーロッパ世界の中で、自然のリズムとは独立した一定のスケジュールに従って規則正しく生活や労働を行うという習慣は先ず修道院で成立した。元々は東方で発生した修道院は四、五世紀の頃に、西洋に入り、その後、各地でその数を増やしていくにつれて、自らがいわば「大時計」となって六世紀の半ば”過ぎ”に整えられたサン・ブノワの修道会会則規律の従う生活習慣を広め、先ず修道院を、ついで教会を「様々な活動に対する恒常的な運動の場」(J・アタリ)としていく。すなわち、中世の初期の時代に、修道院では既にして己の「外」にむしろ喜んで従うべき外在的時間を戒律として見出していたのである。この生活態度が各地に広まっていくためには当然のことながら時間がかかるが、ほぼ確立される頃に多声音楽(ポリフォニー)が成立するのである。

われわれはラッキーなことに古楽が1960年頃から浸透し始めたおかげでこの中世の音楽をありのまままに聞くことができる。いちばんさかのぼった音楽はたぶんグレゴリアンチャントだとおもうが声楽があまりすきではない私はまだきいていない。これはずっと歌われつづけたようだ。一方器楽曲はどんどん発展したためにそのままの形ではのこってない。私の手許にはARCHIVレーベルのDavid Munrowの「ゴシック期の音楽」がある。このCDの原盤は1976年発売で、いまではこのころよりも文献調査がすすんでおりいろいろ変化した部分も多いと思う。このCDをきいていただければ、音楽性の高さがわかると思うがみみなれない和声進行がでてきて結構奇妙にきこえるというコメントをきいたことがある。

このころの音楽は旋律を重ねてポリフォニーを作り上げていくので意図した和声の進行と旋律の重なりが強制する和声とがちぐはぐになり、調性的にはいまの感覚でいうと破たんしているようにきこえるらしい。山本君が言及するように旋律をたしてポリフォニーを形成しそれでよしとするなら、それでもいいのかも知れないが、その後バッハによって機能和声とフーガのようなポリフォニーとは高度な技法によって結びあわされている。ただ、バッハが終着点である必要はこれっぽっちもない。ゴシック時代にはこのころの音楽があったのだから。

いにしえの頃の演奏を当時の楽器で演奏する試みが開花するのはこのマンロウの働きがおおきいそうである。ただマンロウはこのレコードを出したあと30代の若さであっけなく死んでしまう。あとをついで有名になった人の一人にクリストファー・ホグウッドがいる。この人はすごい。続々とCDを録音した。ハイドン、モーツアルト、ベートーベン。バッハも出してるはずだが残念ながら聞いたことがない。また、私のしらないもっと古い音楽のCDもだしているはずだ。

  後編(1997/10/27)

 私自身は古楽器でベートーベンの交響曲5番をホグウッドの指揮のものをきいて気に入り、古楽器派だった。当時の音楽を再現するのに当時の楽器をできる限り用いて演奏するということは極めて妥当だおもっていたが、あまり聞かない人はこれもイロモノと見なすことも結構ある。

なにしろ、音程が半音あまり低かったりする。弦楽器はあまり発達しておらずバイオリンもあごあてがなく演奏しにくく、ゆっくり目がおおい。で、和声の色彩感は現代楽器ではまるでことなる。たとえば古楽器でのおきにいりのCDはモーツアルトの弦楽五重奏をensamble 415(harmonia mundi)できくが、現代楽器でのアルバンベルクカルテットできくのとは印象がまるでちがう(もちろん根底にある音楽観が違うせいもあると思う)。

半年くらい前は現代楽器での演奏と古楽器での演奏があれば迷わず古楽器のものを買っていたが最近はそうでもなくなってきた。

マンロウに話をもどすがこの「ゴシック期の音楽」は2枚組だがダイジェストで一枚でも手にはいる。(POCA-2568)

  • ノートルダム学派 (1160-1250)
  • アルス・アンティクワ(1250-1320)
  • アルス・ノヴァ(1320-1380)
  • に別れている。

    ノートルダム学派についてパンフレットからの引用:

    当時パリに住んでいたイギリスの音楽理論家は以下のように書き残している。「レオルヌス師はオルガヌムの最高の作曲家であり、礼拝を盛り上げるために、<<ミサと聖務日課の聖歌によるオルガヌム大集>>を書いた・・・。ペロティヌス師は、<<地上のすべての国々は>>や<<かしらたちは集まりて>>のような、豊かな色彩をもった音楽技法による、最高の4声オルガヌムを書いた。

     私自身は「アベラールとエロイーズ」のはじめの舞台ともなったパリのノートルダム学派について興味がある。「アベラールとエロイーズ」にはいまのところ音楽に対する記述は見つけていない。

     ここにでてくる<<地上のすべての国々は>>の歌詞を書いておこう(パンフレットからの引用)

    地上のすべての国々は、われらの神による救いをみたり。
    全地よ、主を賛美せよ。
    主はその救いを知らせ、その正義を、諸人の目に示し給えり。

    このCD以外にゴシック期の音楽は出ているようだが、どれがいいかとか調査ができていない。そろそろグレゴリアンチャントを買おうかとも思っているが、器楽曲がすきなので、まだ敬遠気味である。

     器楽の発達はもっと後世である。ルネッサンスくらいからではないだろうか?しかし、ヴィオールは12世紀ころからあったようでフランスのロマネスク教会のモワサックの正面彫刻には黙示録と24の老人としてすでに表現されている。

     このマンロウのクレジットを見てぎょっとしたのはジェイムズ・ボウマンがのっていたことだ。このひともまだまだ現役で活躍中である。マイケルナイマンのような現代音楽でもコラボレートしている。そうか、このころから活躍していたのか。このひとはカウンターテノールをうたっている。これはカストラートの代わりに歌う声部である。おととしくらい映画であったカストラートはボーイソプラノを保つために声変わり前に男の部分をとりさってしまった歌手である。当時は多かったらしい。いまはカウンターテノール(裏声テノール)で代用している。もののけ姫にもでてきた米良氏もその一人である。

     男の部分を切り取られたといえば、ヴォスヴィオ火山で地下に一瞬のうちにうもれたポンペイはローマ時代の富裕層が集まっていて、そこにはヴィラ・デ・ミステリというのがある。ここはローマ時代の性の営みが壁画としてのこっている。もちろんノーカットである。そしてイタリアであるにもかかわらず一般公開してないそうだ。この時代のこういった壁画が今は残ってないということはキリスト教時代に破壊されてしまったのだろうか?日本でも浮世絵の好色絵ではばっちり描いてある。あのような大切な部分の誇張もポンペイの壁画ではえがかれていた。いつの世も男のものはなにより大きいのがよしとされていようだ。

     このポンペイでは、男の大事な玉を抜いた男のさおはたちがよく射精がないので婦人方には重宝されたという記録があるそうだ。映画カストラートでも女と交わるシーンがでてくるが、あれは薬品でおとこでなくさせたのでどんな形態なのか私はしらない。

     去勢者は神に愛されないと聖書の旧約部分では記述があるそうで、12世紀の神学者で性器を切り取られたアベラールは大いに悩んでいる。このあいだ記述した癩病と同じカテゴリにはいると認識していたらしい。

     またも音楽から話がそれた。古楽といってもゴシックとバッハ、モーツアルト、ベートーベン、最近ではブルックナーまでひろがるので話が不鮮明になるのでまた、どこかにしぼって書き直します。古楽器のロマネスク期のものあるのだろうか?御存じの方は教えてほしい。

     グレゴリアンチャントは数年前のクリスマスにはやった。今はともかく当時はひねていたので当然買わなかった。今なら買うかもしれない。どれがおすすめだろうか?

     このグレゴリアンチャントは単旋律聖歌でありの記譜法つきの最も古いものは9世紀末だという。これ以前は聴覚で聞き伝えてきたという。また、これは13世紀初頭まではほとんど変型されなかったが、この後廃れていき、当時うまれつつあるポリフォニー音楽にとってかわられたようである。

     もう一つ余談。たしかシギスバルド・クイケンだとおもうが、古楽器をやるにあたって当時の文献をよみあさっていたそうだ。なにしろクイケンも古楽器を復活させた一人でこういう分野には師はいない。当時の文献を読むしかない。それで、彼は大学でドイツ語の授業のときに指名されて、答をドイツ語で先生に答えた。ドイツ語の先生はいった。

    「君のドイツ語は古すぎる!!」

     最後に:故山本君の「中世の時間論」より

    哲学者ライプニッツによれば音楽は「魂が知らず知らずのうちに数を数えること」にほかならなかった。
    またキルヒャーによれば音楽は鳴り響く数であると同時に鳴り響く幾何学でもある。<<カノン>>の旋律の厳格な幾何学的秩序はバロック式庭園の整然たる秩序になぞらえることができる。

    補遺

    補遺2(ポールヒリアーのトルバドゥール)


    1997/10/25

    インタネットのHTML文書の管理法にはほとほと悩まされる。毎日拡張していくがページごと拡張していくとページを統一していかなけりゃいけない点とか結構めんどい。しかもトピックスにつき結論までふくめて完結したものにしようとするとどうしても一日ではかけない。それでこの新着情報に書いていって、項目ページからアンカーリンクを張ることにした。これがページそのものを書かずにすむ一番簡単な方法。時間軸だけではどこになにがあるかわからないので、やはり項目の整理は必要と感じる。この方法では項目のページ自体が数週間で崩れ始める。音楽のページがはじめにくずれた。ロマネスクのページはさいしょからヒエラルキを意識してつくったので崩れにくいようだ(書き込むことがすくないという批判があるかも)。光合成のページはどうにも書き足しにくいのでそれは免れている。専門だと、やっぱり、学会で発表するときに、(あ、ひでーホームページ書いてた人だ。)と思われたらどうしようと思ってそれなりにまとまらないと書く気にならない。専門の細分化は恐ろしいもので、専門を日々時代遅れにならないようにするだけで精一杯なのに、よその専門まで学ぶ時間はなかなかない。(この文章だって、アクセスログでごく数人だけが読んでるから書ける)ネガティブになってしまった。趣味の部分はアマチュアだから気は楽だ。だからいいものかけないんだよ。という批判もあると思う。

    話がそれてしまった。超整理法という本があるが、それにしたがうなら項目ごとのインデックスは必要がないと言う結論かもしれない。ところがあの本の方法は私の場合、一日で崩壊した。あれは現実の世界のファイル整理法を書いたものだったが、時間だけでの整理は、重要だがペンディングのものとかがどんどん後ろにいってそれをみつけるのはあっというまにできなくなった。ではメールの管理もハンドラを使わずに一発検索でいくのがいいかも知れないが、ハンドラの要望は高いはずだ。

    その点HTMLはいい。ひとつのデータベースとみなせるから、トピックスを異なる概念で別の形で結びあわすことができる。Cadenzaさんはそれをやっていたので私はうれしくなった。もちろん完全にデータベース化することも可能ではあるが、それは個人の適当に書き足してるだけのHPではなれてるなら別として、そこまでやることもないだろう。梅津さんはそうやってるようだが。

    日比さんからメールがきてベートーベンの森の続編はシューベルトにしたいとのこと。さあ、みなさんシューベルトをきいて予習しておこう。日比さんは白鳥のうたとかすきだからきっとそこらへんがでると思います。

    今日は外部との研究打ち合わせがあった。

    さらば。


    1997/10/24

    今日は研究者同士の交流会がありちょっと酩酊状態。ふ〜。つかれがたまっていてねむい。ぐ〜。でだらだらリンク周りをする。いつも検索してあちこちさがすのだが、それも歴史系はうちどめ。光合成系は大学の科研費の転載がおおいのでなかなかこれと言うのがない。ベートーベン系もなかなかない。fjでも話題になるがクラシック音楽系が一番こい気がする。逆にないのが絵。カンディンスキー、パウルクレーと検索しても、これは、と思うのがなかなかない。

    今日はリンクページからいいのを探そうと思った。歴史系は以外とゲーマーがいる。のけぞる。私はゲームやらないのでいまいちついてけん。

    カノッサ氏のリンクからかなりふらふらしてたどり着いたところがここ「やっぴらんど」歴史の先生がわかりやすくスポット的に歴史をまとめてらして好感がもてた。ヨーロッパ中世もわかりやすく書かれている。今後あちこち関係部分にサイトをリンクする予定。とりあえず、挨拶メールをだす。

    しまったわすれてた!お昼はちょっと専門を書こうとおもって、光合成と量子コンピュータという文献の紹介をした。光合成サイト久々の加筆(笑)。だって毎日論文書いたり(英語で)、研究報告書かいたり、研究提案書書いてるんだもの。あんまりかきたくないわさ。>それでも研究者か!

    というわけで今日はここまで。あつい。


    1997/10/23

    北高のホームページを更新しました。北高生はそちらもどうぞ。北高の写真をたくさん入れました。

    今日はうっかり職場に電源アダプタを忘れてしまった。このノートパソコンのバッテリは2時間。この原稿を書く以外にも論文をしあげなきゃいけないのでどれだけかけるか。しかし必然的に早く寝ることになって体にはいいかも。

    またもうちわねたになるが、

    webでなにがたのしいっていって、さまざまな人々とリアルタイムで情報交換できることだ。私がしばらく探していたアベラールとエロイーズというフランス12世紀の往復書簡は私は大阪で見つけることができた。同時に東京でもカノッサさんに探してもらっていた。まだ見つかってないらしい。私が手にしたアベラール・・・は昭和24年の本なので紙がぼろぼろで、もうすこし紙質がよくないともって歩くのに不便である。それで引き続きカノッサさんに頼んでいるのである。でもカノッサさんも欲しくなってきたそうである(笑)。もしあったら、カノッサさんが所有して下さい。3冊めを探しましょう。上のページに書いてあるルネッサンス小ばなしのジヨットの、聖母マリアの旦那ヨゼフの小ばなしにはわらった。信者でもそういうこというんですね。ちょっと驚き。当時はいまよりずっと宗教的にはきびしかったと予想されるのに、、、、そういや昔読んだ本にフランス革命のころのことわざに、ばかには3とおりあって、その一つに「神を信じること」といわれていたというのを読んで驚いたことがある。

    もう一つは日陰者ジュードというハーディの小説が映画化され、その予告編をみて小説を読みたくなったが本屋には見つからなかった。今朝minamiさんから、岩波でたしかに復刻されているよと教えてもらった。注文しよう。お二人には感謝。

    ハーディはテスという小説でも有名だがそれも映画化されたはずだ。たしかナスターシャ・キンスキーが主演女優。だが見てない。というよりそのころ中学生だったので興味はもてなかったというところだろう。そのころは推理小説とSFが好きだった。いまではどちらもほとんど読まない。SFの好みは物理や化学の本をよむことでとってかわられたし、推理小説は単に読まなくなっていた。

    ジュードはいとこと愛し合ってしまった男。いまならそれほど問題ないだろう。だが、19世紀の物語である。二人でいとこどうしすむのは村びとに気味悪がられ村からおいだされたり、ホテルもとめてくれない。といった悲惨な話らしい。さらに、男には過去があり、つまがいたという。ああ、続きが知りたい知りたい。そう、私は物語が大好きなのである。メロドラマ系は特に好きだ。見始めると止まらない。だから普段はドラマを見ないようにしている。昨年(一昨年?)、ロンバケの総集編が食事の時間にやっていたが、当然話題になっているのは知っていたが、見たことはなかった。それでついつい3〜4時間みてしまった。しくしく。どのみち納得いかないのは分かっているのに見てしまうのである。先日も、土曜日にふと殺人事件もの(宮沢賢治がkey wordのやつ)をみはじめてしまい、ついつい見てしまった。こんな時間があったら。。。しかしその本質はなかなか全文検索でいいのにあたらなくても続けてしまうwebのぐるぐるまわりと同じかもしれない。

    さてハーディはショーペンハウエルの思想に強く影響されたらしい。ショーペンハウエルはペシミズムだ!といいきれるほど僕は読んだことないのだが、ショーペンハウエルの読書論の「読書とは他人にものを考えてもらうことである」という箴言は私が高校時代にぐさりときた言葉だ。当時は読書はいいことだと思っていたからだ。いまでは他人にものを考えてもらってそれをひきだせるならそれでもよしと感じる。いまならさしずめ「読書とは現実逃避」である。

    読書が世間で言われているほどいいことではないのはショーペンハウエルの高みから見れば確かかも知れないが、もうすこし積極的なものとしては、本居宣長の家訓は学問をするべからずだったと聞く。それは学問をするとエロイーズの指摘がなくとも金がなくなる。これは洋の東西を問わないようである。私も学会で金を使ってしまう。しくしく。しかも、本人は悪いことだと言う意識がなく、したがって、改めることもないからこまったちゃんである。ということらしい。

    というわけで今日もくだらないことをだらだら書いてしまった。

    最後に今日のお言葉

    ”私はなにがなんだかもうわからなくなっている”-----> 信じる

    ・・・ここで信仰するということは、もちろんあれやこれやを真実だとすることではなく、信仰するということはいつでも私の生存をかけていることを私が成し遂げようと決心する、ということである。

    (ヴェルナー・ハイゼンベルグ)[量子力学の創始者の一人]


    1997/10/22

    このホームページをつくり出した一つのきっかけはなくなった友人への追悼である。それでいよいよ、私の側から見た山本君を少しづつ綴っていきたい。

    山本君と私のフランスのロマネスクを中心とする教会めぐりツアーはもう10年前のことである。

    その山本君が書いた旅行記はこちらにある。ここでは私が覚えていることをつらつらかいていって気が向いたらまとめる。とりあえず書く。おつき合い下さい。

    フランスのディジョンには10年前には2泊した(Hotel Bosee)。パリからディジョンへはTGVで移動した。

    たしかディジョンではその日はサン・ベニーニュ教会にいった。そして、街を歩いた。

     この日はスーパーで食料品を買い込み宿で飲んだ。このときヤギの発酵チーズをたべた。チーズをわるとなかからどろどろとクリーム状のチーズが出てくる。最初は楽勝と思い、口に入れた。はじめはうまいと思った。カマンベールやロックフォールのにおいのきついやつぐらいのことで。そのご、おえー。なんだこれは?くさってるんじゃないか?というくらい臭かった。それでほとんど食べずにワインをのんだ。サンドイッチを生ハムとパンで作って食べた。

     ちなみに私はこのヨーロッパ旅行前にはカマンベールチーズ、ロックフォールは食べることができたが納豆はたべられなかった。帰国後、納豆は好物の一つになった。

     つぎの日はリヨン行きの電車にのりマコン経由でベルゼラヴィルに行った。ちいさな建物?だったがよく覚えていない。本をみてもあまりここはのってない。そこではビザンチン風のきれいな壁画をみた。かなり古い壁画である。この写真は天井の上の方である。したから差し込んでくる光は窓である。

     ディジョンにもどり、おいしそうなレストランが広場にあったので、そこで、食べることにした。たしかメニューはなにかサラダとエスカルゴ、チキンのワイン煮、ヨーグルト、コーヒー。ワインは赤だったと思う。当時はまだ、それほどこういうものを美味しいと思わなかったが、それなりに美味しく食べた。

     エスカルゴを注文するとき、何個か?ときかれたらしい(当時フランス語はまったくだった)それでうっかり一ダース食べるか?ときかれてウイといってしまった。私はエスカルゴなんて食べたことなかったのでとても不安に思い、半ダースにしたらといったが、いまさらよう言わんとのことで、果たして、一ダース出てきた。あれを食べたことある人はいるだろうか?うまいんである。

     とぐろをまいたカタツムリの貝が12ヶほかほか湯気をだしていた。その貝の入り口からはにんにくのにおいがする。にんにくの風味が好きな人は絶対お勧めである。エスカルゴはにんにくバターとバジリコ風味の貝だと思えばいい。イタリアンだがスパゲティのジェノバソースのようなものかもしれない。しかし、オリーブオイルがいくらさっぱりしたあぶらでも、やはり12個食べるのはきつかった。このあと、メインの鷄(coq)があったのだ。ワインを飲みつつ、それも平らげた。フランス伝統の重いソースであった。その後、チーズの盛り合わせなんぞ食べたかったが、でてきたそれは、ヨーグルトだった。しくしく。でもこっちのがカロリーすくないぞ!?このころ山本君はアルコールが程よく回って、さらにまわるまわる世界はまわる、トイレにダッシュ。トイレにはいったところであげてしまった(食事中の方ごめんなさい)。彼は宗教上の理由でアルコールは飲まないようにしていたのだが、このころはまよいがあったようで、飲んでいた。といっても彼は下戸だった。私もぜんぜん飲めないがかれはもっとひどいようだった。レストランをあとに並木道をあるいたが、かれはそこでももよおしてしまった。

     その日はのんびり?たべて宿にもどったが、シャワーの時間がおわっていた。あなかなし。

     つづく(不定期だけど)

    マイケルナイマンの協奏曲集(EMI)を買った。ひさびさにシリアス系。そのうちレポートします。

    今日は論文作成時にモーツアルトをきいた。感動。論文もはかどった。まさか音楽治療のせい?


    1997/10/21

    毎日だらだら書いてると結構ファイルが大きくなるのでびっくり。といっても画像なんかよりずっと小さいけど。

    内輪ねたを二つ

    Merci beaucoup. カノッサさんが私のweb上での「パリの一市民の日記」に対する公開質問状に対して答を用意してくれた。感謝です。歴史とは関係ないことだけど子音を伸ばす伸ばさないはisoとjisでも表記がことなるようです。なぜならjisではインターネットだけどisoではインタネットとかくようです(ごめんなさい聞いただけでメモ取ってないので不正確かも)。これも歴史とは関係なくなるけど、フランスのディジョンというブルゴーニュの都市はマスタード、エスカルゴ、牛肉のワイン煮、チキンのワイン煮で有名で、そりゃもう今思いだすだけでよだれが。。。。もちろんフィリップ・ル・ボンの塔にものぼりました。

    ちょっと前にSite Norioさんのサイトアドルノの記述があることを発見し、リンクをはったが、SNさんは、私が使った検索エンジンinfoseekについて御存じなかったようで、その後調べてレポートをしておられる。ただ、全文検索エンジンの場合、登録する人がいなくてもだれかのページからリンクを張られていたらサーチされますよ。そうされないためにはrobot.txtを書いておくといいらしいですが、検索してほしい私はそういうことはやってないので具体的なことは知りません。ほかにも全文検索エンジンはgooとかalta vistaなんてありますが。

    SNさんはアドルノについては御専門ではないので検索エンジンにSNさんのHTMLと大学のシラバスとがならんでしまって恐縮しているようですが、私としては、さらにあの続編を書いてほしいなどどと思っています>自分でかけよ。

    SNさんせっかく相互リンクしてメールも交換したのですから”飯田さんという人”というのはちょっと寂しいです。

    わたしは自分の専門のことはあまりHTML化していない。というのはアクセスログを読むと結構読まれているのだが、コメントがぜんぜんないので面白くないから。全部読むならメールも下さい>光合成のページを読んだ人。

    自分の専門のことをしっかり書くことがwebの豊かさをまねくのだろうか?

    専門のことはwebをやってる最中はわすれてしまいたい。という気持ちはわずかにある。と同時に一番いいものをいまなら書けるという気もする。

    光合成のことは論文が終わったらまとめて書くつもり。

    今日も半分はお昼休みにかいてのこりは終電のなかで書いた。モバイル野郎をきどってます。

    Merci.

    Au revoir !