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1997/10/20

「ベートーベンの森」の執筆者、日比さんは、じつは重度の障害者である。あの手記を読んでくれればそれは分かるのだが、それだけでは具体的にはっきりしない部分もある。そのことについて少々書いておきたい。

 日比さんは脳性マヒらしい。年は40くらいである。車椅子にのり、ほとんどそこから動けない。手も足もほとんど自由に動かせない。顔も斜め上を見たきりである。声もほとんど意味がとおるようには発声できない。では、原稿はどうやってうつのか?

 指一本だけがなんとかコンピュータ操作を許しているそうである。そうしてあの長大な原稿ができている。

 私がこれをいままで書いてこなかったのは、このサイトを訪れる読者にただ、最初からあの文章にすなおに向き合ってほしいからであった。では、今なぜ、こんなことをかいているのか?アクセスログをよむとリピーターのかたが増えてきたからである。そういったかたには日比さんが、いまさら、障害者だと宣言してもイロモノとは思わずにすんなりと受け入れてもらえると思ったからである。

 日比さんの文章を障害者のある方の文章として売り出すのは私はあまりすきなやりかたであるとは思えなかった。私は日比さんの文章がそのような範疇の中でのみ成り立つものではないと考えているからだ。

 私がいうのもおこがましいが、日比さんは知性の人である。日比さんとは1997/8/24に会った。日比さんが名古屋の友人Nさん宅を訪れたのだ。日比さんはその前に私の友人の文章に共感したとメールをくれたのだ。とくにニーチェに関して興味をもったらしい。

 それで、外でアルコールをやりながらバーベキュウをやりながら話をしたのだが、介添えの方の助けをかり、ニーチェ、アドルノなどの哲学者の話からはじまり、彼等に一番関係の深いワーグナーのオペラや新ウイーン楽派の音楽、指揮者やピアニストの話、歌手のフィッシャー・ディスカウの話でもりあがった。ディスカウとは面会もしたそうである。

 もちろんそこではベートーベンの森についてもいくつか話がでた。それらのコメントはこれまでにも私がここで書いてきたことだ。そしてリルケ。われわれがともにベートーベンやクラシック音楽に興味を持つようにわれわれは二人ともリルケへの興味を高く持っていた。

 たぶん共通してもっていたリルケへの興味は「マルテの日記」にみられる内面化の記述を美しさとともに記述できているその精神ではないかと思う。それは個人的な苦しみの表出ではなくて苦しみがともなう美的精神の表出なのである。マルテの目をとおして外界がえがかれ、彼のむねにわきわがってくるエピソードが累積されるにつれじょじょに世界ができあがってくるその過程にひかれているのではないかと思う。雰囲気だけのマルテははなもちならない憂鬱屋で、夢想しがちな現実乖離した詩人である。その形がどう美しさに昇華されているか。

 だから造形面をふくめての興味が共通してあり、こういう興味は感情とともに知性が必要な作業なのだ。だから、わたしは日比さんを知性のひとだと書いた。けっして感情面が欠除しているわけではない。それはベートーベンの森を読めば解ることだ。

 日比さんの著作「言葉在る風景」は今も手にはいる著作だ。新書館発行。その序文は梅原猛氏にいただいている。氏は日比さんとの対談の感想をつぎのように述べている。

・・・私は日比君の精神の反応の早さに驚いた。短時間でこんなに充実した対話をしたことは、私の生涯でもあまり例がない。

・・・日比君ほど言葉というものを真剣に考え、そこに多くの意味を与えた作者はいない。私は日比君の作品をよんで、改めて人間にとって言葉が何であるかを考えた。

梅原氏は二度目の癌を克服されたそうである。日比さんとの往復書簡をまとめようというはなしもあるらしい。日比さんは1983年より、氏の京都市立芸術大学での講議に聴講生として通ったそうである。

 私ははじめ日比さんが障害のある方ということで、どのような話の展開になるか非常に不安であった。しかし、そんなことは会って10分もはなせばすくなくとも私の方は夢中になって話し合っていた。このようなカテゴリに入る会話なんてそうそうできる人は少ないのである。音楽と思想。およそ高級と考えられ、敬遠され、身近に親しんでいる人がそうはいない分野のことである。また、どちらかならば話が合う人もいよう。この両方フォローしている、あるいは興味を抱いているひとはそうはいない。しかも、重要な本と考えるものが共通している。すぐにでも話の内容が深まる条件はそろっていた。

 日比さんは、詩もかく。それをそのとき2つほど朗読した。そして簡単にコメントしたが、それは気に入ってもらえたようだ。その詩を書いた20年前に日比さんはNさんに曲をつけてもらい、コンテストで賞をもらったそうだ。そのNさん宅でわれわれはあったのである。日比さんは手記を読めばわかるように京都在住である。

 凝縮された表現。その一文からどれだけの意味をくみだせるか?

 この文章が日比さんの「ベートーベンの森」の解説になっているとは言えないがコメントしておきたかったことである。

 コメントを歓迎する。日比さん宛て、と同時に飯田にもccしてほしい。


1997/10/19

カノッサさんのサイトで道具箱として「パリー市民の日記」が出ている。まだ年表だけのようだが項目は多い。1409年〜1449年の日記のようです。このころは”こんにちは”は、すでにボンジュールといったんだろうか???

私が特に興味をもったところは以下のところ

ここからリンクはって作成するんでしょうか???大変そう。

ところでフィリップお人よし王って、フィリップ・ル・ボンのこと?

今日入手の本:12世紀ルネッサンス みすず書房 3200円。

指をくわえた本:ユダヤ人迫害史、リルケの書簡集、異端思想の歴史

カノッサさんおすすめの「中世が見た夢」はようやく注文できました。

マックパワー11月号もかった。MacOS 8 Tips集が載っていた。

前からだけど全然新着情報じゃないね。特に最近は。

今入った情報。音楽関係(M様より)

ラサールカルテットの1980年代中盤のリリースでCD復刻されてないもので

ベートーヴェン 「弦楽四重奏曲ヘ長調」

(ピアノソナタ ホ長調OP14−1 の編曲)

モーツァルト 「弦楽四重奏のための四つの前奏曲とフーガ」

(バッハ 平均律 からの編曲)

が出ているそうです。中古屋をあさるしか手に入れる方法はないようです。わたしとしては後者の曲に強く興味を持っています。


1997/10/18

イエスが生きていた当時、癩病患者はユダヤ社会でどのように思われていたかというと、

不具者や病人、とりわけ癩病者は、そのような状態にあること自体が、彼等自身の、あるいは、彼等の先祖の犯した罪に対する神罰と考えられており、健全者が彼等と接触することは、不浄の故に、戒めによって禁じられていたのである。(イエスとその時代、荒井 献、岩波新書)

癩病患者は隔離されて、社会の底辺として生きざるを得ず、そしてキリストは(解釈は別として)癩病患者を直す奇跡を行った。

このことはキリスト教信者である遠藤周作の小説「私がすてた女」のなかでの女主人公が癩病と誤診される設定に強い影響を与えていると考えられる。いつかは忘れてしまったが、癩病患者が隔離されねばならないとした旧法は数年前(昨年?)撤廃されたそうである。今は特効薬もあり、感染もほとんどないそうである。

 こんなことを書いたのは「私がすてた女」という小説が映画化されたという話をきいたからだ。映画はともかくこの小説は大衆小説だと思っていたし、解説にもそう書かれていたが、私自身は結構印象に残っていた本だ。ロマネスクのことを調べているうちに上の事実を知りそういうとらえ方だけでもないと思うようになっていた。彼にとっての癩病のイメージとたぶん我々がそこに求めるメロドラマ的な要素とは相容れないゆえにあの映画が、ちゅうに*新聞(とうき*う新聞)でのコラムで短く紹介されたのは不幸な気もする。そしてあの小説のモチーフはやはり、迷いであり、罪の意識の告白、そして告白する主体が主人公なのである。

 女主人公は癩病が陰性であることが判明したのちもサナトリウムにのこる。そこで可愛がっていた子供の患者がなくなってしまう。彼女は修道女にいう。

 「あたし神様など、あると、思わない。そんなもん、あるもんですか」

彼女の不幸な事故死ののち、修道女は男主人公への手紙にかく

 「人間が苦しんでいるときに、主もまた、同じ苦痛をわかちあってくれているというのが、私達の信仰でございます。どんな苦しみも、あの孤独の絶望にまさるものはございません。自分一人だけが苦しんでいるという気持ちほど、希望のないものはございません。しかし、人間はたとえ砂漠の中で一人ぽっちの時でも、一人で苦しんでいるのではないのです。私達の苦しみは、必ず他の人の苦しみにつながっているはずです。」

 こののちの描写がまさにプロの小説家とおもうのは、ここからが、この小説の極点であり、転換点として設定されているからだ。

 12世紀のアベラールもまた、神をたたえるために著作した本が、異端とみなされたとき、神に裏切られたと感じ同様の苦しみがあったことを独白している。アベラールはその後、キリストに愛をみいだし、この点でトマス・アキナスに200年先んじたという。

 付記:遠藤周作がカトリックかプロテスタントであるかで、最後のパラグラフの意味がちがってくるかも知れない。氏がどちらかは私の手持ちの本には書いてなかった。


1997/10/17

今日のおことば、マルクスアウレニウス「自省録」神谷美恵子訳

外から起ってくる事柄が君の気を散らすというのか。それなら自分に暇を作って、もっと何か善いことをおぼえ、あれこれととりとめもなくなるのをやめなさい。

今日は高校(名古屋北高)の同窓会の役員会でした。

故山本君と私は1988年の夏に二人でヨーロッパをまわった。私はついていくだけで美術品の解説つきでたのしむことができた・・・はずであった。ところが彼はロマネスクの彫刻にうかれ、ただでさえすくないローカル線を乗り継いでいかなきゃいけないのに、そういう面倒をぜんぜん考えてくれなかった。それで効率的にフランスの田舎をまわるには私がトーマスクック時刻表をみなければいけなかった。その電車の少なさといえば一時間に一本というのが一番よく走っている時間帯で、つまり朝と昼。あとは数時間に一本。おまけに夏はバカンスで混んでる線もある。一等のチケットをもってても、ぜんぜんすわれないこともあった。(通常は一等なんてがらがら)

 かれの行き当たりばったりの性格は、私も元来そういう性格なのに、連れがそうだと、こちらはそうはいかなくなってしまう。私はロマネスクの彫刻のはなしをそのときにどれだけ聞いたか?と自問するといまだから後悔するが、ほとんど聞き流していた。しかし、教会のような美術品があるところにいくのは好きだったから、それはそれで楽しめた。日本でも彼とふたりで京都・奈良をまわったものだった。

 彫刻の昔の様式をみると今日の美的感覚とは離れていると思わざるを得ない。しかし、われわれは不遜にもアフリカ美術にプリミティブ美術といってそれなりに知っている。呪術や信仰のはいった美術は今日でいえば美術とはいいにくいかも知れないが、逆に我々は美術にたいしその程度の許容力しかもってないと言える。たしかにギリシア美術のような厳密性を追求したような美術もあるが、日本だって、はにわ君なんてほとんど今日からみれば美術品にならない。そうそれで質問。美術品とはどういう定義をしたらいいのか?その背後にある文化のレベルとリンクして考えているだけの制度でしかないのではないのだろうか?そして文明は進化すると、いまでもわれわれはそう考えているのだ。美術という概念が意味を持つ制度をヨーロッパは作り上げたのである。

 美術というと高級なもののような気がするがそれはまちがいだと思わないととてもじゃないが、鼻持ちならない。しかし、芸術の相対化、価値下落をさけび、ダダのようなものをつくってみても、それが美術館の中にあってしまうことこそスキャンダルではないのだろうか?すくなくともロマネスク美術はいまも教会の中にある。そして信仰を今もあらわしているのである。日本のお寺もそうだ。それはあるインテグレートされた建築/装飾なのである。それらが機能的であればこそ、そこは優れた場といえるのではないだろうか?

 故山本君がロマネスクをみて興奮していたことがいまならよくわかる。私もいまならすくなくとももっと楽しめた。表情、石の曲線、そのプロポーショナル。非常に独特で特にその不可解さはゴシックとは一線を画する。本を含めて非常に資料も限られている。すでに研究された写真をみていては研究なんてする気がおきないものだ。他の人の言及してないところをさがさなけらばいけない。いまなら彼をゆるそう。ただし、今二人でいっていたらどちらが旅行計画をたてるのだろうか?やっぱり、きっと僕だろうな〜。


1997/10/16

今日は仕事でなれないことをしたのでくたくた。

最近の検索エンジンで気に入っているのはinfoseek、なぜかgooよりいいページが最初に出てくる気がする。

アドルノについて書いてあるページを発見。「不協和音」についての書評

SiteNorioさんのページアドルノ『不協和音』から

ほかにwwwの情報論、日記などがあります。ロシアのクラシック音楽が好みのようです。

サイバードッグのMLでお世話になっている三沢さんのHP

ブラームスの交響曲4番、レヴァインがふったのすきだったんだけど、Cadenzaさんによるとダメらしい。さらに、さらに、ベートーベンの交響曲9番、シノーポリがふったCDもきにいってたのに、ダメらしい。でも説得力ある文章です。私の雑文とはグレードがちがいます。

シェーンベルクもいい解説をみつけた。bogomil's CD collection

  • シェーンベルク:管弦楽のための変奏曲/20世紀の古典
  • シェーンベルク:《ワルシャワの生き残り》/良楽は耳に苦し
  • 音楽すきなかたのwebページって他の分野よりも気合いがはいってますよね。


    1997/11/15

    講演会のお知らせ

    名古屋市工業研究所主催の講演会

    “インタネットの明日を創る”

    ― 多言語処理と認証技術 ―

    インタネットにおける多言語処理の動向

    講師 電子技術総合研究所 戸村 哲氏

    インタネットと認証技術の展望

    講師 電子技術総合研究所 田代秀一氏

    パネルディスカッション ”インタネットの明日を創る”

    インターネットマ*ジンによるといい加減なことをHPにかくなという。じゃ僕もかけないじゃん。いわく、工事中ということばをいいわけにして中途半端な文章をのせるのはよくない。はいはい。ごめんなさい。いっぱいのせてます。いわく、検索エンジンへのリンクは余分。ブラウザがそのボタンをもってるから。はいはい、たくさんつけてます。ごめんなさい。でもサイバードッグにはついてないんです〜(ビルダにはついてるがあれは立ち上げない人だっている)。いわく、公共の空間だから。はいはい、でもそんなにアクセスないんですけど。それにプッシュ技術でまき散らしているわけではないし、こちらにきてもらうものだから、、、ただし検索エンジンにとうろくすると自動的にデータベースにまきちらすことになるのか。私のページに有名サイトへのリンクを書くとする。それはつまり全文検索エンジンでそのキーワードでひっかかってくることだ。私のホームページにはたいした情報がなくてもひっかかってくることだ。では全文検索エンジンのS/N比を上げるために自主的にそういうことをかかないようにするのか?いや、全文検索エンジンにもうすこし意味のある解析をしてもらったほうがよさそうだ。いわく、HPの内容はあたらしいこと、価値があること、などなど、はいはい、私のホームページにあることは本の2次情報でしかありません。それからロマネスクは歴史を扱う以上すでに千年前のものだし、リファレンスだってふるい。だいたいドイツにすんでる人なのに英語でなんとかというページを書いているのが納得いかん。そういや、ドイツ語、フランス語、英語、日本語を同時に書きたいのだがそれが可能なホームページエディタってあるんだろうか(できたらMac用)?ブラウザはイクスプローラが対応しているらしいが、あれはセキュリティが、、、そういえばact*veXでゼーンブハードディスクを消すことができるというあの問題はどうなったんだろう?それから、Unicodeとブラウザの関係はどうなっているんだろう?しょうがない、上の講演を聞きにいくか。

    今日のおことば:

        シェーンベルク

    「私としては、まるで波浪の逆巻く大洋に落ち込んだように感じておりました。しかも泳ぎ方もそこを逃れ出る他の方法も知らずにです。私は手と足を働かせてベストをつくしました・・・。私はけっしてあきらめませんでした。というのも、どうして太洋のまん中であきらめることができたでしょうか?」(シェーンベルク、C. ローゼン著、武田明倫訳、岩波現代選書、1984)

    ああ、僕なんて沈んでいっている。すこし体制を整えなおそう。

    真・窓と林檎の物語の新作でてました。え?もうしってるって?

    akkoさんページデザインあいかわらずかっこいい。


    1997/10/14

    カノッサさんのホームページのstar dustのページのおわりにでてくる

    「アベラールとエロイーズ」は私が頼んだものです。(カノッサさんどうもでした)

    私は「アベラール・・・」を古本屋で見つけて「あ、あった。」とさけんでしまいました。(そいだけ)それからマーラーを聞きにいったのです。

    アベラールについては情報がインタネット上ではいろいろあります。その一例

    永嶋哲也先生のホームページをここで紹介します。中世論理学の紹介がしてあります。もうすこし読んで消化したら、しかるべくページにリンクを記述します。

    コンクについてページをみつけました。

    それから、これはwisconsin大学のカリキュラム。

    University of Wisconsin-Madison Department of Art History

    ロマネスク


    1997/10/13

    日比さんの『ベートーベンの森』いよいよ完結です。みなさま読んでいてくれたでしょうか?ベートーベンの音楽に興味のない方には読んでもしょうがないかもしれませんが、私はベートーベンのピアノソナタをはじめてまともに聞きながらこれを読んでいるのです。私はもちろんベートーベンの音楽には興味があるのですが、それはいくつかの交響曲と弦楽四重奏曲にかぎられていました。それでピアノソナタにはそれほどの興味がなかったのですが、これをきっかけに親しめることができました。私はベートーベンの後期の曲に興味があります。交響曲の第9と弦楽四重奏曲。ベートーベンは音楽的な着想があるとピアノソナタをまず作曲し、それからそれを交響曲で拡大し、最後弦楽四重奏にまとめたと、どこかで聞いたことがあります。それが真偽の程はわかりませんがそういった観点からベートーベンのピアノソナタを聞いています。そしてそれはいまベートーベンの森の取り扱っているところでもあるわけです。

    日比さんは書いている

    ・・・『ピアノソナタ第三十二番ハ短調』の懐に活発に運動を繰り返しているのは既に全盛期のそれではない。幾度も病んだ者の回復に向かう肉声に他なるまい。しかしそれは以前の健康を思い出しているのではなく新たなる健康を愉しんでいる。

    ・・・観念的且つ比喩的な言い方をすれば、此れはまさしく彼の生涯の総決算であり更にベートーヴェンという独りの人間の戦争(第一楽章)と平和(第二楽章)だと言えるだろう。レフ・トルストゥイの小説を僕は何も揶揄する気は無いが、トルストゥイのそれよりも或る意味ではベートーヴェンの『ピアノソナタ第三十二番ハ短調』はその名に相応しいのではあるまいか。

    ・・・幾度も病んだ者の回復した健康とは美しい死を飾り付けることだと。

    ・・・そして彼も又そういう美しい死を、最後のピアノソナタに飾り付けたのではあるまいか。Xマスツリーを飾る幼い子供のように、彼は戦いの後の平和に満たされ乍ら此の最後のソナタを書いた時、三十一曲のソナタでは云い切れなかったもののバリエーションを此処に創造する。

    私にはこの比喩が正しいかどうか判断できる程聞き込んでいない。みなさまはいかがだろうか?

    私が思うのはこのようなある種のインスピレーションにもとずくことばが鑑賞態度を変えてしまうことがしばしばあり、私は、そういう手助けをもとによくわからない曲をきくようにしてきた。たしかにクーベリックは初夜権はわれわれにあるといっているがそれは楽譜をよめるひとだけだ。私は演奏を聞くことから始めるしかない。

    ・・・ノイズを全く遮断した処に彼は自らの魂から湧き出る音楽のバリエーションに心傾けるのだった。否、遮断したのはノイズだけではなく彼は人生の全ての物を遮断して仕舞い乍ら、最後のピアノソナタのバリエーションに熱中した。

    ・・・伝わり切れなかったもの達の為に幾度も病んだベートーヴェンのアリエッタはまだ鳴り止まず。

    これで完了です。日比さんに応援メールを出したら次回作があるよ。きっと。メールはこちら


    1997/10/12

    昨日11日は芦屋交響楽団でマーラーの交響曲第3番をきいた。CDでしか聞いたことがなかったのでとても楽しみだった。指揮は飯森範親、アルト独唱 郡 愛子

    第一楽章はさまざまなマーチ?が飛び交う楽章でこれだけで30分程度あり、通常の交響曲一曲分の内容もある。どうでもいいが長い。でも聞き場がいっぱいあって退屈せずにすむ。第二楽章は可愛らしく始まるがすぐに鋭い音色がはいってきてマーラーらしい曲に変ぼうする。しかし、全体の雰囲気はやはりリリックといっていい部分だ。第一楽章はマーラーにしてはいささかあかるく大騒ぎだが、それにくらべるととてもデリケートだ。音響面では第一楽章の方がマーラーらしいかもしれない。第3楽章はバックステージのホルンが印象的な楽章。第4楽章は歌曲でもあり、美しい声を聞くことができた。第5楽章はピンポンピンポンという有名なフレーズで始まる楽章で合唱がきれいだ。ところどころソロの部分があるのがよくわかる。第5楽章はひたすら詠嘆的にうつくしく曲がすすんでいく。第6楽章では歌はない。この楽章の美しさはマーラーの第5番のアダージェットを思い出すかも知れないが、あちらは弦楽合奏だけだがこちらは管楽器もある。

    マーラーの管楽器というのはたいてい凶暴な音色をもたされ弦楽器にアタックしてくるように感じるが、それは管楽器が軍隊のマーチとかの象徴になっているからだ。これはボヘミヤなど東欧でのブラスが盛んな地域に彼が育ったせいだという。

     マーラーは第2-4交響曲で歌をつかっているが、それらはベートーベンのように一部でしかも終わりの楽章の方である。ずっとうたわれつづけられる曲をマーラーが書くのは歌をいれずに作曲した第5-7交響曲を経てからだ。この第8交響曲はゲーテのファウストからとった歌をつかい「さいしょからさいごまで歌われる」。

     ここでの歌詞はニーチェ!からとられしかも「ツァラトウストラはかく語りき」(パンフレットより引用)

    おお人間よ!心せよ!
    深き真夜中は何を語っているのか?
    「私は眠っていた、私は眠っていた-
    深い夢から、私は目覚めたのだ。
    世界は深い。
    そして昼が考えていたよりも深い。
    世界の苦痛は深い-
    快楽は-心痛よりもさらに深い。
    苦しみは語る、過ぎ去れ!と。
    しかし、あらゆる快楽は永遠を欲する-
    -深い、深い永遠を欲するのだ!」

     マーラーの若い番号を持つ交響曲は共通しているのが自然や牧歌である。第3番では自然を描写している。ワルターがマーラーのすむ別荘にあそびいき、自然の風景を眺めていたときに、マーラーは”もう見る必要はないよ。すっかり作曲してしまったから”といったという。第1番のでだしは自然のおとだという。

    マーラーの交響曲はビジュアル面でもみるところがいっぱいあって、どこをみたらいいかわからんということもありえる。音楽は対旋律が多く複数の声部が同時に流れる。今回目についたのはオーボエがそのラッパを客席にむかってつきだして演奏しなければいけないところとかバックステージでのホルンのひびき、これらとともに通常のオーケストラも演奏されている。ホルンのときは私のとなりに座っていたおやじはどこから音が聞こえてくるのかとおもってきょろきょろしていたのでおかしかった。

    このように音楽がいっぱい同時に流れるのを見てしまうと、映画とか映像をいかに一つしか展開していないかがよくわかる。音楽でいえば単旋律。このあいだのグリーナウエイは、みるところがいっぱいある?なんどでも見てくれ!といっていたがまさに映画もその時代に突入しつつある。文学ではすでにミランクンデラがこころみている。

      演奏は第2、第3楽章のおわりでアンサンブルのみだれがあったようだが、集中力もつづき、感心した。こちらの方がつかれてきてしまうくらいだ。協奏曲風トップのソロ奏者はいずれもうまく、楽しむことができた。私は第一楽章もよかったが第2楽章の音色の変化部分、第3楽章のポストホルンが歌う中の全体の表情づけ、ソロの歌とオーケストラのからみ、ぴんぽんぴんぽんのかわいらしさ、第6楽章の陶酔的な表情。いずれもうまくできていて、おわっても拍手もそこそこ反芻していた。いい曲だ。巨大で繊細で、複雑でありながら透明、こころに直に訴えてくる強い音色。やっぱりマーラーはCDの名演をきくより生が一番だ。

    このコンサートにいく前に古本屋で目的のものをみつけた。

    アベラールとエロイーズ。500円。なかなか面白い。ついつい夕飯をたべながらだらだらよんでしまった。

    ほかにはリルケの”ドゥイノの悲歌”

    マニアックに ユーカラ、金田一京介

    音楽分野: ベートーベンの生涯(ロマンロラン)

    歴史分野:ルネサンス書簡集(ペトラルカ)

    アベラールとエロイーズの抜粋(岩波文庫、畠中尚志 訳)

    第一書簡よりアベラールの手紙より

    ・・・本は開かれてありながら學問に関するよりは愛に関する言葉が多く交わされ、説明よりは接吻が多くあった。私の手はますます本よりは彼女の胸に手がいった。・・・

    12世紀?の手紙独白でこんなこと書いてるし、研究者や学者の考えることや生活とかなんだかまったくおなじ。わらってしまう。

    フェミニズムがいかに最近の概念かわかります。

    つぎはエロイーズの手紙より

    ・・・そして妻という名称はより神聖に・より健全に聞こえるかもしれませんが、私にとっては、常に愛人という名前の方がもっと甘美だったのです。いっそ思い切っていって申しますが、私は妾あるいは娼婦という名でもよかったのです。・・・・

    さすがフランス。絶句。このころからラマンがあったのね。。。。

    いままで石とキリスト教あいての中世だったのが急に人間くさくなってしまった。アベラールとエロイーズ?さしずめこんなところか←の解説

    新着情報ですこしずつレポートしていくつもりです。。。。


    1997/10/11

    ベートーベンは書いている

    おまえの芸術にのみ生きよ!今はおまえは[耳の]感覚のために大きい制約を受けているが、これがおまえにとって、唯一の生き方なのだ。(ベートーベン、音楽ノート、小松雄一郎訳編、岩波文庫、102節)

    ベートーベンは難聴だった。耳のきこえない音楽家。それは取るに足りない音楽家ではなくてその後の西洋音楽のあり方をある部分できめてしまった音楽だ。みなベートーベンのジャンルでは競合しようとしなかった。交響曲ではなくて交響詩、ピアノソナタではなくて幻想曲、弦楽四重奏ではなくてピアノカルテットなど。

    ベートーベンは挫けそうなある時期、インドの神を信仰目的かどうかわからぬが調べていたようだ。

    神は非物質である。だから神はどんな概念をも超絶している。神は目で見ることができないから形はない。しかし、われわれは神のなせるさまざまの業にあずかることができるので、神は永遠であり、全能であり、全智であり、普遍であると結論できる。・・・(同 76節)

    このころ(1810年頃)インド哲学の本がドイツでは出版されていたのがなんか不思議。でもシューベルトもインディアンの本をよんでいたらしい。

    ベートーベンの不滅の恋というのがほんとうにあったことがこの音楽ノートを読むとわかる。

    Tについては、神におまかせするほかはない。(同 117節)

    それでもTにたいしてはできるだけやさしくすること。たとえ、彼女に愛着をもっても、おまえにとって好ましい結果が生じなかろうとも、それは永久にわすれられない。(同 121節)

    いつのまにか移気した?

    愛だけが-しかり、愛だけが、おまえに最も幸福な生活を与えることができる。-ああ、神よ、私の徳性を固めてくれる女性を、わたしのものとして与えられた女性を、最後に見させたまえ。

    バーデン、7月27日 Mが馬車でとおりすぎた。そして私の方を見たと思う。(同 179節)

    最後に

    森の全能なるものよ!私は森の中にいると、喜びにあふれ、幸福です。-どの樹木もおん身を通じて語る。おお、神よ!なんたる壮麗さ!こういう森のなかに、丘の高みに、やすらい、やすらい、神に仕えるやすらいがある。(同 81)

    このベートーベン音楽ノートはアベラールとエロイーズをさがしていたときに見つけたものだ。岩波文庫で絶版らしい。

    今日はあちこちのページをメンテナンスしてました。


    1997/10/10

    ロマネスクのページ、yahooに独立して登録したらすごい勢いで訪れるかたが増えた。がそのほとんどは一ページめしかみてくれない。よっぽど面白くないんだろうか?私のめざす作り方はだれにもわかりやすく、というより、実際に興味あるひとと意見交換できるようなものをつくりたかったんだけど(私の勉強のために)。。。。それをいいわけに適当に作っているというのもなんなので。。。。もうすこし親しみやすくできるように再構成してみました。これだけで一時間以上かかってしまったのこれで更新です。