2003年04月26日
大人は皆イカサマか?
村上春樹訳でサリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(ライ麦畑でつかまえて)を買って読み出した。
村上氏の訳は今風の若者の訳で、野崎氏訳のものよりかなり言葉が今風のせいと村上氏独特の世界でかなりぼーっとした世界が描き出されています。
これってノイローゼ気味の青年の物語だったんですねえ。一回目読んだ時はそう思わなかったのですが。
私の友人はこの本は大学生時代に今しか読めない本だよ、おそいかもしれない、読んでおきなよ、と進めてくれた。読んだのはすでに大学院生だったのですが。
今回の訳で改めて感じたことは私が大人になり(?)超リアルで書いたような状況での感想になるのですが、アメリカ人は大人になる社会と一般にいわれていたが、大人になりたくない人もいるんだ、ということでした。もしくは大人になることがまったく受け入れられない人がいる。まさに今の日本の大学生くらいの多くと共通しているかもしれません。
主人公はまさに脱落者になっていくのですが、潔癖で大人の偽善がゆるせず、自分はどうしていいかわからず、ただうろうろしています。作者の物語外からの干渉力は厳しくて主人公にむかってまわりの大人が大人になれと説教したりします。
それに対して、かれは、人生がゲーム、って大人はいうけれど勝ち組に属していたらいいけどずっと負けっぱなしでしかも勝つ見込みもないんだからゲームどころじゃない、といいます。
そのとおり。わたしも負けっぱなしです。
大人の偽善に対して寛容になれと、大人はさとします。でないと大人になったときにいい職につけない。だけそんなの彼の「」知ったこっちゃない。
今の私にいわせれば、独立していないからそんなこといっていればいいわけです。所はお金なくなれば妹のところにもらいにいっているわけだし。
だからといって彼の感じていることを私たちもかつて感じていたという記憶が人気作品たるゆえんなのでしょう。そして気が付くと読者が大人の論理を彼に押し付け、読者自身の子供のころそれがやはり受け入れがたかった、というジレンマにしびれる読者が結構いるような気がします。そういう意味では大人のための本かも。
それでも現実的になってしまった大人には面白くない子供のころの話でしょうし、逆に「自分探し」に迷い込んでしまった人にはまさにはまる作品だと思います。
というわけで学生さんの将来が見えなく先送りしてしまう教育をなんとかするのが先ではないかと思うのですが。私もたくさん先送りしましたし(爆)。ただ、私の場合は、高校生のころから夢も志もありました。科学にたいしてですが(汗)。今でもまだそれらをもっていて、駒をすすめるにはどうしたらいいか苦しんでいます。ですからやっぱりホールディンには感情移入しきれないんだな。こういうだめなやつっているよねっていいたくなる気持ちもありながらついつい読んでしまうのは私もまけっぱなしなのは同じだから。
投稿者 iida : 18:43