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2009年07月06日

音楽〜奈良

友よ。

学生のころ君と二人で奈良に仏教美術を見に行った。
奈良の仏像を見に行くのにローカル線を選んでしまい、なかなか
奈良につかなかった。

その間僕らの会話はレヴィーストロースやらバッハなんかの話題だった。

レヴィーストロースが孤島の島のぶつぶつ交換と女の流れが対称であることを
見いだしてそれを郡論にあてはめて説明したことを、
君はうれしそうに話していたが、これまで未開の文明は原始的で野蛮であるのに
対し、文明はこれだけ進んでいる、という話を根底からくつがえしたというのが
先進国文明にすみ他の国々からの搾取でわれわれがなりたっているひけめを
ごまかして話していたような気がしてならない。


構造主義はそれほど「構造」だったわけでもなく、というか理論化がそれほどされたわけでも
なく、ポスト構造主義もなんだかさらによくわからない、むしろ文学理論との結びつきが
つよくなり考えるということを考える哲学からはずれていってしまった気がする。

当時私が夢中だったフーコーだってだんだんずれていって、履歴をさかのぼりながら
歴史や解釈においてたしかにさまざまな提案があり、私は今もその影響力の中に
あるのだから無駄ではなかった。

友よ。

哲学は神学の婢。

かつて音楽とは鳴り響かない宇宙の真理をあらわすものであった、と。

僕らがバッハに感動するとはどういうことか、
僕らはそういうことをえんえんと語り合った。
スコアでもみながら話をするならまだしも
漫談の域を抜けなかっただろうけども僕らにはそれで十分楽しめた。

バッハの音楽がぼくら東洋の人間でも感動できるのはなぜか?
感動の種類が違うのか?キリスト教でもないのになぜ、
宗教曲を音楽として聞くのか?聞けるのか?

フルトベングラーの感動はいったいなにか?
ドイツでの終戦間際の神がかった伝説の演奏と、
戦後の演奏はいったいどう違い、どう受け止められていたのか?

バッハやモーツアルトの曲がすばらしいとして、それは繰り返しきいたからすばらしく
聞こえるのか、本当にすばらしいのか、聞くだけでわかるのか、

そんなことは今だってよくわからないし、今となってはそれらの傑作音楽はすでに
知ってしまっているのではじめて聞くということ自身がなかなかないような気もする。

友よ。

私の娘が大分前に、「バッハはすごい」といった。
私はなぜ?
「バッハは子供にひけて大人も聞くから」

私は演奏は相変わらずしないが子供のバッハの演奏を聞いていたからかもしれないし、
まわりの大人もバッハはyはり別格で教えていたからかもしれない。

君が好きだった音楽家はガーディナーとモンテベルディ合唱団。
君がうきうきと何かのレコーディングがされたことを手紙でくれたね。

君がなくなってからガーディナーは古楽器だけでなくだんだんロマンの曲も
とりあげるようになってきた。

今では私もあまりフォローしなくなってきたので、しらないのだが。

君は美術なので怒濤のような美術運動が起きた1910から30年にかけての
前衛運動についてよく話題になった。
僕はそのころカンディンスキーにひかれていたけど、
ずっとあとになりシェーンベルクの音楽を好きになって調べていくと
やはりそこらへんの運動と強くリンクしていたことに気がついて、
なるほど、たしかに表現主義だ、と納得した。

君と一緒にいった奈良の寺巡りは写真はとらなかったのだろうか、
残っていない気がする。
何を見に行っただろうか?
新薬師寺、薬師寺、東福寺あたりだっただろうか。
和辻哲郎の本を読みながら。

そういう日本の中世の建築物を見た記憶はそのままヨーロッパのロマネスクへと
引き継がれる。

僕はロマネスクを見てからの方が奈良のインターナショナル性に気がついて
面白くなった。
ギリシアの神殿のような作りの記憶やプロポーショナルな
作りを無視した特徴を抽出した仏像や鬼、
仏も神もごっちゃになってまだ教義がすっきりしていない頃の
美術だ。

室生寺は君といっただろうか?
思い出せない。

平城京跡については僕らはあまり時間をとれなかった。

また近いうちに足をのばしたい。

たしか1年生に奈良に行って、2年生に京都にいったのか?
それで3年生にヨーロッパにいったのか?

今行くとまたあらたなことに気がついて楽しめるだろうか。
京都も時々行くが学会やら研究会合でなかなか観光を
深める時間もとれない。

君といくときはいくはずもない、太秦映画村には子供を連れて行った。
そのときは子供の反応も今ひとつで今の方が喜ぶかもしれない。

先日京都に会合に出かけたとき君と京都、奈良を回ったことを思い出したのだった。
ひときわ奈良への電車の中での音楽について話したことが、内容ははっきりしないが
なぜか一生懸命はなしていたことが印象的なのであった。


投稿者 iida : 2009年07月06日 23:00

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