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2009年04月26日
補正予算と定額給付金
定額給付金が支給されるところまでこぎつけた、ということと
小沢さんの自滅で、麻生さんの方が支持率が上がっているらしいのだが、
すくなくとも麻生さんは投げ出しそうにない、という意味でよいのではないか。
国内の不安を海外へ向けさせることで目をそらさせたりしているようにも
思うし、財政危機に公的資金をつぎ込むことで日本はますます社会主義に
なっていく。国と企業の契約が強くなっていけば、経済規模のコントロール
がされれば立派な社会主義である。
社会主義といえば民主党の2/3が残党らしいので、ここらで
政権交代すれば民主党としてはしてやったり、ということではない、のか?
それはともかく定額給付金である。
一人ずつなんの根拠もなくあるだけお金をまくのであれば、
補正予算で研究プロジェクトにもお金を投入するのは
目に見えている。
というわけで大学やらあちこちから補正予算の提案書を作れという
声がちらほら聞こえてくる。なんでも15兆円の補正らしい。
これまで準備を何年もかけてなかなかとおらなかった
プロジェクトは出しがいがあるのではないか、と思う今日この頃。
みなさんのところはどうでしょうか?
このようなばらまきが経済的に効果があるのか、ないのか、
よくわかりませんが、ステークホルダーとしては
両手を差し出して水をすくうようにお金をすくわなくてはいけません。
こういうときビニール袋やトイのような集金装置をくめる機関はいいなあ、と思います。
2009年04月22日
どうまんまる
「天地人」の先週の会で、どうまんまるがかごで影勝のもとへ出発後、味方に
やられてしまったらしい、件。
華姫が絶句して「さっきまでここで遊んでおったではないか」と。
ドラマ見たときは気の毒な、と思ったきりだったのだが、
仕事立て込んで残業が続いてちょっと疲れたとき、帰りの電車でその場面を思い出し、
家の子供を思い出して涙がでてきそうになってしまった。
自分の子供が交通事故にまきこまれたら、やっぱりそういう台詞をいうのだろうか。
新聞をひらけば自分の身に起きていないだけでだれかが事故でなくなっている。
身内の突然の死はつらいことだろうと想像する。
そのうち自分の番になるんじゃなかろうか、と思ってしまうことがある。
帰宅して寝ている子供の顔を見て安心する。
私は平和主義者で反戦主義だったはずだが、おとなりで核武装してミサイルこっちむけて
いるんだったらそうもいってられないんじゃないかと思う。
仕事いって、戦争が発令されて、ミサイルが撃ち込まれて家族バラバラ、
生きて再会なんてできないかもしれない。
ガザとかみていると明日は我が身なのかも、と思う。
だって60年前には祖父や父の世代が空襲を受けていた。
当時は死体の中にげまわるのが現実。
世界ニュースをみればどこかで戦争。
日本の平和を維持するのはどういう国家戦略が必要か。
また、あわせて経済が危険域に達したときに過去の国家は
他国に目を向けさせ戦争をしかけたという事例もある。
こういうときに北朝鮮を出汁に、国内の問題から目をそらさせるために
海外の戦争ネタをだしているのかもしれない、
これは後からしかわからない。
今は大きな岐路を迎えつつあるのだろう、と不安を感じている。
2009年04月06日
花見
犬山に花見にいきました。

昨日5日犬山祭りに行きました。
犬山祭りには山車が6台ほどあるらしく、
もちあげてくるっと(じっさいはががががが)まわす様はすばらしい。


犬山城は40分待ちの行列とのことでしたが実際は15分くらい。
「天地人」の影響で子供達も実際のお城を見たいと。

弁当はもちろん私が作成。といってもおにぎりをひたすら握って、
サラダはマカロニゆでてコールスローに。
ハンバーグは先日私が手作りして冷凍したものを
解凍して焼いたもの。
これ4人でたべてもさらに屋台でバナナチョコ、アイス、キューリあたりを食べて、
たべすぎじゃないのか、、、、
子供達は袋つりを屋台でやって、空気銃やポケモンの人形をもらい大喜びでした。
2009年04月04日
ある経済学者グループ
自由を標榜する経済学者グループのいい分は
1)OECDでも日本の正規雇用の解雇条件は厳しすぎる
2)解雇条件をゆるめて非正規雇用と正規雇用の差を小さくすべき
3)解雇条件をゆるくして衰退産業から成長産業への人の移動を容易にするべき
ということであるが、どうもよくわからない。
→ならば昨今の非正規雇用の大量失職の人が「成長産業」へ移動すればいいのだが、
結局のところ「成長産業」があるにしても失職の人の受け皿になるほどはまったくなさそう
という現実はどうしてくれるのか?
3)ケインズ風ばらまきは効かない、
4)実証研究として過去の生産性のグラフを見せる。
→ばらまき後のプラスへの転換がないといっても
ばらまかなかったときの比較データがとりようもないので
実際のところきいたのかどうかよくわからない。
また、経済が悪いところへばらまきがおこなわれたので
プラスへの転換がないというよりも、
ばらまきをしたのでさらにマイナスにならずにすんだ、という
ことにすぎないのではないか?
結局のところ厳密な比較対象例を作りようがないので、
議論は平行線である。認めたくない人には認めなくてすむ。
これと同じ議論が
小泉元首相が格差社会をつくった、のかどうか、であるが、
小泉さんの前から「指数」は増え続けて小泉さんのあとも変動は
かわらない、というグラフなのだが、これはつまり、
小泉さんがそこで格差を食い止めるべきだったのに、
そのままにしてしまった、という避難でもある。
というわけでわかりやすいと思っていた話も
よくわからない、解釈次第なんだなあ、と思い始めた次第。
投稿者 iida : 07:39