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2007年05月29日

業務連絡

K様 

ゲラ修正のメール届いたでしょうか?
実はあるメールが
DNS Error: Domain name not found
で帰ってきたのでメールおくれていないかもしれないので。

確認メールくださいな。

投稿者 iida : 00:37

政治の行方

現内閣になってから政治は楽しいものではなくなった。
以前は衆愚政治といわれようが選挙の争点ははっきりしていたし、人民に痛みをともなう政策でも
この痛みをのりこえたらいいことあるかも、とおもわせてきた。
小泉さんが間違った政策をしたのか、どうか、評価はこれからだろうし、
他にいれたい政治家がいなかった、というか野党もうちょっとなんとかしてくれ、
というのが正直なところだった。

しかし今は政治は見えないし、楽しくない。

朝日新聞の記事

自民党の舛添要一参院政審会長は「死者にむち打つわけではないが、悪口を言う人は『自殺したというのは黒だったんですね』ということになりかねない」と語る。その松岡氏を首相がかばってきたことの意味は重い。

ということですので黒を徹底追及してくださいな。
辞任した後にも追求される確信がったからこその自殺でしょう。

追求は年金問題も。

今選挙だったら民主党いれるよね。まだましそうだもの。

投稿者 iida : 00:24

2007年05月26日

能力主義、成果主義は大嘘

ほとんど経費をさげるために導入される。
またねたみの感情も大きい。

国立病院の医師「バイト収入」、3カ月で933万円

とするニュースはどう受け止めるべきだろうか。

専門分野で成功した人はこのようないい報酬がある、と報道、あるいは国会で
紹介されるべきである。またそのようなことが可能なように、実態に合わせて
ルールを変化させていく必要がある。

このニュースも暗いものになっていく気がする。

専門分野の知識を執筆、講演して「アルバイト」などどいわれたら本人激怒だと思います。
議員さんたちも国家公務員だと思いますが講演料や原稿料はたっぷりいただいているのではないでしょうか。


投稿者 iida : 22:28

2007年05月22日

潮干狩り

5/20は大潮。潮干狩り日和でした。
20070520_shiohigari_before.jpg
場所は蒲郡。竹島までまだ潮があります。

20070520_shiohigari.jpg
が潮が引くとこんなになってしまい。
ちょっと沖(だったところ)まで出ればざくざくアサリが採れます。
大粒なのを選別して食べれる分だけもって帰りました。

20070520_redwine.jpg
赤ワインで蒸されて


20070520_bongore.jpg
ボンゴレビアンコでおいしくいただきました。

投稿者 iida : 06:07

2007年05月19日

庄内緑地公園でボート

20070519_shonairyokuchi.jpg

庄内緑地公園で自転車練習をしているとボートに乗りたいと子供たち。
30分500円でした。

風がつよくて流され気味、なかなか思った方向に進みません(涙

しかもハンドルは長男がいつもくるくるまわしているのでなおさら。

もちろんしばらくしたら適当にあそんでいたのですが。

ガチョウさんや亀さんがいたりして子供たちも大喜びでした。

投稿者 iida : 20:55

シャチ

先週5/13名古屋港水族館でシャチのトレーニングを見た。

20070513_shachi.jpg


でかかった。巨体でもなんとか水面からジャンプする。3メートル程飛ぶそうだ。
子供たちはイルカショーで大喜び。

投稿者 iida : 20:46

2007年05月13日

20070513_1.jpg

ちょっと前までツツジがみごとだったのだが、先日の雨で今はほとんど散ってしまいました。

20070513_2_kaki.jpg

柿の木が伸びてきたので剪定。
花芽がついています。
もうすこし高い枝を落として、実を低いところにあるやつにつけさせないと秋になって
はまりそうです。

庭のした草むしりなどしてかなりもっさりしたのをきれいにできました。

松の剪定をどうやってやったらいいかわからず、本を参照したい気分。

投稿者 iida : 06:07

2007年05月11日

音楽によってひき起される感情の起源は何か?

バッハをはじめとした瞑想あるいはなにか超越したものを突きつける音楽がひきおこす感情は西洋文化(キリスト教を含む)がセットで提供した感情なのか、普遍的な感情なのか、昔友達と議論したことがある。

決して答えのでることではないのだが。

当時私たちははレヴィーストロースなどの「現代」思想の本をよしとしていた。

西洋文明から遠く離れた人々がバッハを聴いたらどういう気持ちになるのか、音楽といえるのか、
その逆にそこの人々の音楽を私たちが聴いたら彼らの感情を私たちが追体験できるのか、
そういうことは実証できるのか、だれかが検証してレポートしているのか、

とうじはいろいろ考えた。

最近そういうことをバッハの二つのバイオリンの協奏曲を小学生ー高校生の子供が演奏したものを
きいて思い出した。
この曲の第二楽章はきわめて深い瞑想を必要とする。
そう私が知ったのは20年も前のことだが、聴けば聴くほどさらに深い感情がひき起されることが
自分の体験でわかった。キリスト者でない私とはキリスト者ではやはり受け取り方はちがうのだろう、
だけどもそれを言語化して1000人の証言をまとめたら面白い本になるだろうな、とか思う。

昔、友人と京都から奈良まで寺院見物にいく電車でこのようなことが問題になった。
だから友人は私にいくつかの手紙をまとめたのである。
バッハのカンタータおよびニーチェのツァラトウストラのキリスト教(前編)
バッハのカンタータおよびニーチェのツァラトウストラのキリスト教(後編)

バッハは音楽の父であるとともに教会音楽家であったのでキリスト教の問題がかなりついてまわる。
モーツァルトだって、フリーメイソンなどの側面がかなり厄介だ。未完のレクイエムはどうか。
ベートーベンになると普遍啓蒙主義っぽいところでかなり宗教とはきりはなして考えてもよいかもしれ
ないが、ミサ曲などある、いままで聴いたことないので私はよく知らない。

また、聞く側がごちゃごちゃいうほか、演奏する人のいい分も全く違えば、そういうこと考えなくて
書かれた音を演奏すればよい、といういい分もあるし、たのしければなんでもいい、
さらにはバッハを聴いていれば音楽を好きである、というステータスを得られる、というものまである。

いずれにせよそれぞれいい分があるので他のいい分がうまく言語化されている場合は私の音楽聴取には
役に立つ。それは間違いない。

バッハの瞑想的な祈るような音楽は私自身が20年経過することで受け取り方が違ってきている。
チェリストのアンナー・ビルスマは以前は歌うように無伴奏チェロを演奏したが今は語るように
演奏したいとかつて語っていた。

朝の支度をするのでまた後日書きたくなったら書きます。

投稿者 iida : 06:31

2007年05月05日

昨日は浜松に

070504_1.jpg


昨日は浜松に凧揚げ大会に行きました。
浜に出てみると久々の日本海。昔よくこの海を見にきたことがあります。
子供と海で足まではいって遊びました。

凧揚げはさすがにでかいたこをみなであげています。うまくあがらなくて一般人のところに
落ちたことも。

屋台ではフレンチドッグ、ポテトなど買いました。

投稿者 iida : 20:19

2007年05月01日

長女のバイオリン発表会

昨日は長女のバイオリン発表会でした。曲はバッハのメヌエット。正式版なのか、簡略版なのかはわかりませんが。
3人でひきました。次回の発表会からは一人での演奏になるそうです。
長男もでました。まだ構えてリズム、という課題曲をやります。

発表会の最後はカルメン幻想曲など取り上げられていて華やかです。

バッハの二つのバイオリンのための協奏曲も
ペアを3組で一曲ひいてくれました。
3楽章目止まってしまいました。この楽章は協奏的でアンサンブル難しいですね。
第2楽章もなかなか。この楽章は曲想が難しい。
第1楽章が一番うまくひけた。他楽章からすればシンフォニックですね。

モーツアルトのバイオリンとピアノのソナタト長調もあって清涼剤。

義父義母、母、妹も聞きにきてくれてイベントおつかれさまでした。

投稿者 iida : 06:50