2004年12月20日
オニババ化する女たち
女性の身体性を取り戻す
三砂ちづる
この本は今年読んだ本の中でナンバーワン。
私のような男ですら助産院での出産のインパクトは大きかったのですが、立ち会い出産した男性と話してもかならずしもそういう印象ではないわけです。これは病院で立ち会いだったら女も男もかなり出産の印象って違っているんですね。驚きました。それと同時に家人が出産に感じただろうポジティブな感情は私にも伝わっていて、私も感動しているのです。
この本では病院での出産は医療介入というんですね。たしかに助産院のなんにもないところで自然に生めばいい、という状態と、促進剤やなにを切ったりとかの違いは大きいです。助産院は助けるだけでなにもしません。でもちゃんと子供は生まれる力をもっている。
私は長女の出産でかなり人生の見方が変わりました。
1)生命は不思議なことがいっぱい。バイオの研究は何が何でも続けよう
2)子供は私の遺伝子が発現している他の生命体
3)子供に関与すればするほど私の遺伝子は発現するのではないか(笑
4)逆に仏壇にいくと遺伝子の元がならんでいる
5)子供を独立させたらほっておこう。介入しないけど、私の遺伝子が何するか楽しみ。
などがあるでしょうか。私は純粋にはバイオの研究者ではないのでバイオの方に上記のことをいってもあまり相手にされません(笑
さて、長女が生まれたときたまたまそのとき牛胸腺DNAの原子間力顕微鏡像を撮影しました。DNAで生命がつながっている不思議さ・実体としてDNAを感じたことが私にとっては大きなインパクトでした。
医療はたかだか200年の歴史しかない。その中で出産という過去ずっとおこなわれてきた世代間の知恵の伝承はほとんどきれてしまっているとか。
思想的にはジェンダーや身体というのはフーコーではそのものテーマなので実にわかりやすい、というかフーコーが考古学で掘り起こしてきた方法論とフィールドでの活動が半々という感じでしょうか?性に対するあり方が近代社会がどのようにつくりだしていったのか、そいうことが個人の考え方、行動、身体にどれだけ影響しているのか、というのはフーコーを読んでいて受け皿があったわけです。
なお、参考文献にはイリイチの名があがっています。
とあれこれ書いてきて、家人の選択は正しかったんだなあ、と感心。でも彼女はアクティブバースの信奉者じゃないし、古い伝統あることが好きなので、それでよかったのかな?明日聞いてみよう。
投稿者 iida : 2004年12月20日 21:06
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