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2004年09月06日

ロシアのテロ

ロシアのテロには言葉を失った。
あらかじめ改修中の図書館に武器弾薬を運び込んだ上での用意周到なテロ。
いかにテロが組織立って冷静に仕組んでいたかがわかる。決して頭の切れた狂人のすることではない。

チェチェンでのプーチンがどういうことをしているのか実はしらない。
チェチェンではあれくらいやって当然だ、プーチンはもっとひどいぞ、ということなんだろうか。

こういうときに養老先生の提唱するモンテーニュの常識とかは意味があるんだろうか?
人間なら普通そうでしょ?それで解決するか?しない?
チェチェンでは人間なら普通プーチンにテロするよ。当然だろ?と思っているんではないのか?

自分の子供が学校に行ってあのようなことになったら、と思う。

こういうニュースのあった時に、日本は武器の輸出について今まで一律禁止だったのが各論で議論しようとかいうことになるのだとか。やめてほしい。

日本ならでは外交で戦争を解決してくれたらいいのに。
日本も50年前は戦争をしていて今は恨まれるようなことを50年はしていないのだから。
それがどんどん崩れる。それが国際感覚のある政治といっていいのだろうか。

テロとの戦い、とか言う前にテロを起こさせないような社会の形成は可能ではないのだろうか。
そんなきれいごとをいっていては生きていけないのだろうか?

一神教宗教観の対立の場合、宗教が違えば人間とは見なされない。そりゃそうだ。神が違えば、よその虫けら神様をおがんでいる人間なんて虫けらである。昔中世でのカノッサの屈辱という事件でなぜキリスト教会の破門がこわかったか、疑問に思わなかっただろうか?今だったらはあ?というところである。
そういう宗教観なのだ。

同じ宗教だって国が違えば戦争して殺人してもいい。国際法上の戦争のルールがある。国内では人を殺しては行けないが、戦争で国外の人間を殺すのは正しいことである。そのうちテロにもルールができるだろうか?

ロシア革命の頃テロの理論が発展したが、それは無差別テロでなく重要人物の殺害だった。

せめて国内ではテロがおきないことを願うのは虫のいい話なんだろうか?
日本もどこかしらないうちに搾取をつづけ不幸な国をつくっていないか、だいじょうぶだろうか。

投稿者 iida : 2004年09月06日 21:59

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