第3章 〈決死隊〉の楽曲分析 その2 ここまでは曲の細部について分析してきたが、次に全体的な楽曲の構造について見て行きたい。メゴード Maegaard はこの曲をソナタ形式であると分析している(注7)。彼は冒頭のパッセージを「冒頭主題 Hauptthema 」の呈示部、11小節目からを「第1主題」の呈示部、18小節目でBモチーフが表れる所からを「第2主題」の呈示部と捉えて分析しているが、この主題設定の方法がおかしいために、特に再現部以降の分析はかなり強引な感じになっている。この分析では、「冒頭主題」、「第2主題」、「第1主題」の順で、主題が再現されるような格好になってしまっている。さらに「第2主題」の呈示部がたった4小節であったり、呈示部と全く楽想の違っている59小節目からを「第1主題」の再現部と分析していたりするのだ。しかも70小節目からは、こここそ「第1主題」の再現と言わんばかりに11小節目の楽想がそのまま表れているのだ。これでは無理にソナタ形式であると結論付ける必要は無いのではないだろうか?そもそも、これらの混乱の原因は全てテーマの設定にある。実はこの設定を適性に行えば、この曲はソナタ形式をもとにして構成されていることが、より自然に分析できるのだ。
以下に私の分析を行う。
まず、第1主題の呈示部は冒頭から始まる。この主題呈示部はさらに2つの小部分に分かれていて、それぞれを「第1主題x」、「第1主題y」とする。第1主題xは冒頭から、第1主題yは歌い出し(3小節目の裏拍)からそれぞれ始まる。第2主題は11小節目 (Etwas ruhiger) から始まる。メゴードの分析では第1主題よりも第2主題の方が力強い性格を持っているので伝統的なソナタ形式の枠組みと矛盾するが、私の分析では動的な第1主題と静的な第2主題という伝統的な枠組みと一致する。しかも第2主題は第1主題に含まれるaモチーフの逆行形と反行形から構成されている。そしてBモチーフによる経過部を経て再び第1主題が呈示される(22小節目)。ここでは冒頭から10小節目までの音楽がほとんど同じ形で繰り返され、32小節目から11小節目と同じように第2主題が再呈示されるかに思われるが、この第2主題は半音階上昇するフレーズへと変奏され、展開部への経過部として機能する。36小節目からは展開部であり先に述べたようにここまでに登場したB以外のモチーフが多様に展開される。そして49小節目から再現部になるが、シェーンベルクの他の作品と同様に、かなり呈示部から変化させられている。まず49小節目から第1主題xが再現されるが、呈示部ではニ短調であったこの主題がニ長調に変化し、呈示部と違った発展を示しBモチーフが何度も表れる経過部に達する(53小節目)。その後、57小節目で、かなり変奏された第1主題yの再現部に移る。そしてBモチーフによる経過部(64小節目 Langsam から)の後に70小節目から第2主題の再現部が始まる。ここでは第1主題の場合と異なり、歌唱声部が省略されていることを除けば呈示部をかなり忠実に再現している。77小節目からは小さなコーダの様になっていて第1主題xの短い回想が行われこの曲の結尾を飾る。以下にこの曲の構成をまとめて示す。
呈示部 1小節目〜35小節目
第1主題x 1小節目
第1主題y 3小節目
第2主題 22小節目
Bモチーフによる経過部 18小節目
第1主題x 22小節目
第1主題y 24小節目
展開部への経過部(第2主題) 32小節目
展開部 36小節目〜48小節目
再現部 49小節目〜80小節目
第1主題x 49小節目
Bモチーフによる経過部 53小節目
第1主題y 57小節目
Bモチーフによる経過部 64小節目
第2主題 70小節目
結尾部(第1主題x) 77小節目
以上の分析で、この曲がソナタ形式を意識して作曲されていることが良く分かるであろう。
この曲の作曲される約10年前の歌曲〈感謝 Dank, Op. 1-1 〉もソナタ形式をもとにして作曲されているが、この2つの歌曲におけるソナタ形式の取扱い方の違いを分析することによってシェーンベルクの調性に対する考え方を窺い知ることができる。〈感謝〉のおおまかな構成は以下の通りである。
呈示部 1小節目〜38小節目
第1主題の呈示 1小節目〜
第2主題の呈示 21小節目〜
展開部 39小節目〜64小節目
再現部 65小節目〜75小節目(結合された2つの主題の自由な再現)
コーダ 76小節目〜85小節目
この曲の調性はニ長調であり、当然第1主題はこの調で呈示される。第2主題はソナタ形式の公式通り属調のイ長調で呈示される。展開部はト短調で開始し、かなり幅広い転調を繰り広げる。主なものを抜き出すと、ト短調〜ホ短調〜イ短調〜嬰ヘ短調〜嬰ヘ長調となり、それぞれの間にも一時的に、更に違う調の領域に入っているので、この部分での調性はまるで宿のない旅人の様な感じである。再現部以降はニ長調が支配的である。
これに対して〈決死隊〉の方は、展開部以外はこの曲の主調であるニ短調が支配的であり、展開部は非常に自由で複雑な対位法的書法のために、調性を決定することは殆ど不可能である。
この2つの曲の展開部を比較してみると〈感謝〉では転調によって、〈決死隊〉では調性の枠組み自体を拡大することによって主調とのコントラストを生み出している。逆にそれ以外の部分では、今示した比較では一見〈決死隊〉の方が調性が安定しているように見える。しかしこの曲は、拡大された調性の様式で作曲されていて、たった一つの調性の中であっても多くの転調を繰り返すよりも更に多様な調性の色彩を示しているため、調性感は希薄である。こうした理由から、展開部においてこれ以上の和声的コントラストを表現するために、調性の枠組みを打ち破るような試みがなされているのである。
第3章〈決死隊〉 終了