第3章 〈決死隊〉の楽曲分析 その1 〈決死隊、Op.12-2〉は、冒頭のピアノの左手に出てくるリズミックな5音のモチーフの展開によって全曲が構成されている。このモチーフを「Aモチーフ」と呼ぶこととする。譜例6の冒頭の旋律線を見て分かるように、このAモチーフがピアノによる前奏部分において、同じリズムで3回繰り返されているが、音程構造は微妙に変化している。
● 譜例6へのリンク
1小節目のAモチーフの音程構造は、m3↑-m3↓-M2↓-M2↓(注5)、2小節目は、M3↑-M3↓-M2↓-M2↓、3小節目は、M3↑-M3↓-m2↓-M2↓となっていて、3度上行-3度下行-2度下行-2度下行という枠組みの中で、半音単位で音程が変化している。Aモチーフは、8分音符のアウフタクトに導かれる3連符のリズムで特徴付けられているが、別のリズム形でも表れる。例えば、4小節目の歌唱声部では4分音符4つのリズムで表れる。(ここでは、モチーフの最後の音が省略されている。)これと同じような処理が58小節目と60小節目のピアノ声部にも見られる。
さらにこのAモチーフは、1小節目に出てくる形で言うと3連符の部分に当たる、3音から成るモチーフ(f-d-c)がこの曲の中で重要な役割を果たしているのであるが、このモチーフをaモチーフと呼ぶこととする。このaモチーフは主要な動機として、Aモチーフから独立して単独で何度も曲中に表れるが、この動機の展開技法には、シェーンベルクがのちに開発することになる12音技法へつながる要素が見られる。12音技法とは、非常に簡単に説明すると、基本となる12音からなるモチーフ(セリーと呼ばれる)の4つの変化形のみから、楽曲を構成していく作曲手法である。この4つの変化形とは、それぞれ、基本形、逆行形、反行形、反行形の逆行形である。この曲では、この3音から成るaモチーフが、あたかもセリーであるかのように、この4つの変化形によって展開されているのである。aモチーフとしての独立した形では、まず10小節目の歌唱声部に見られるが(基本形)、すぐ次の小節では、ピアノ声部にこのモチーフが、逆行形及び反行形で表れ、18小節目には歌唱声部にaモチーフの反行形の逆行形が表れる(譜例7)。
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ここで、aモチーフの音程の構造を整理しておこう。
基本形 3度下行-2度下行
逆行形 2度上行-3度上行
反行形 3度上行-2度上行
反行形の逆行形 2度下行-3度下行(譜例8)(55頁へ続く)
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12音技法を使った作曲技法においては、例えば、長3度上行のパッセージの反行形は長3度下行、といったように音程が厳密に規定されているが、この曲においては同じ3度でも、場所によって長3度になったり短3度になったりと、半音の範囲での変化が見られる。
aモチーフの展開に際して、リズムの要素は全く自由に取り扱われているので、このような音程による様々な部分の連関は気が付きにくいかも知れない。また、「aモチーフ」とは言っても、2度や3度といったよくある音程の組み合わせなので、譜例7(52頁)で取り上げたような音程の連関は、たまたまそうなっているだけで、こうした分析はこじづけであると思われる方もいるかも知れない。しかし、36小節目以降の動機展開の分析を行ってみれば、aモチーフの展開によって楽曲が構成されていることを否定するのは難しいであろう(譜例9、53〜54頁)。
この部分ではこれまでと違い、aモチーフが対位法的に複雑に絡み合って表れる。この部分は歌唱声部とピアノの右手、及び左手の3声部による対位法になっているが、リズムもポリリズミックな関係になっていて、この部分の音楽構造をより複雑にしている。aモチーフはこれまでと同様に4つの変化形で表れるが、譜例9をよく見てみるとaモチーフの変化形の選択にある傾向が見られる。それは、このモチーフの2度音程は短2度音程で使われることが多いと言うことである。例外として、冒頭の2小節間、22〜23小節目、42〜43小節目、51小節目(譜例10)、77〜78小節目(譜例11)などにおいてだけ長2度が使われている。
● 譜例10へのリンク
● 譜例11へのリンク
特に42〜43小節目(譜例9、53〜54頁)では、この長2度を長3度と組み合わせることにより、印象的な全音音階のパッセージを生み出している。その他のほとんどの場所でも、このモチーフによって全音音階的な響きが強調されている。例外は冒頭の1小節目とその再現である22小節目である。また、この曲は全体で80小節あるので、42〜43小節とは、この曲のほぼ中心に当たる。また、22〜23小節目は冒頭の再現、51小節目は冒頭の変化した再現、77〜78小節目はこの曲の最後の部分であり、冒頭の回想のような表れ方をしている。まとめていえば、曲の冒頭(及びその再現部)、中心、結尾といった特別な場所でaモチーフで長2度が使われていて、和声的には、ほとんど常に全音音階と関連を見せているのである。
aモチーフで長2度が使われているところがもう一つある。17小節目のピアノ声部において新しいモチーフが表れるが(このモチーフをBモチーフと呼ぶこととする)、この、h-a-fの部分が長2度を用いたaモチーフ(反行形の逆行形)である(譜例7、52頁)。このモチーフはaモチーフと違って、和声付けも含めて常に同じ形で表れ(例外、20小節目)、最後の登場(66小節目、半音上で登場)を除いてはオクターヴ以外の移高も行われない。
以上のことから、aモチーフは特殊な場合を除いて、M3↓-m2↓あるいはm3↓-m2↓の音程構造で表れ、これをセリー的な手法で展開していると分析できる。
aモチーフ程重要ではないが、さらに別の音程的連関が見られる。それは力強く完全4度下行するモチーフであり、これをQモチーフとする。このモチーフはまず、歌い出してすぐの5小節目にピアノの右手に表れる(譜例6、51頁)。このモチーフはしばしば、転回音程である完全五度に変化しているが(qとする)、歌唱声部のフレーズの終わりによく表れ、一種の音楽的脚韻のように扱われている(例えば、7小節目、49小節目、63小節目など)。また、bモチーフの中に多くのQモチーフが含まれていることも注目すべきことである(譜例7、52頁)。このbモチーフは常に同じ形で表れるので、非常に耳につきやすく、Qモチーフの力強い性格を受け継いでいる。
そして、Qモチーフにはaモチーフとのわずかな連関がある。aモチーフがm3↓-M2↓またはM3↓-m2↓(及びその変化形)で表れる時、1つ目の音と3つ目の音とは完全4度下行の関係にあり、当然これはQモチーフである。aモチーフが、Aモチーフの一部分としてあらわれる場所は、4小節目(譜例6、51頁)のように多少変化された形も含めると、19箇所であるが、そのうちの16箇所はaモチーフの1つ目の音と3つ目の音は完全4度下行の関係にあり、aモチーフとqモチーフの連関を示唆している。また、aモチーフ単独で表れる時も、基本形で表れる時はM3↓-m2↓またはM3↓-M2↓の形で表れるが、後者の形は、先に述べたように全音音階と関連する特別な場合であるので、基本的には前者の形で表れるといって良い。この形での1つ目と3つ目の音程はやはり完全4度下行である。
以上をまとめると、この曲は、A、B、Qのモチーフの展開によって構成されているが、これらのすべてのモチーフはさらに、3度下行-2度下行という音程構造を持つaモチーフから作られていると言える。
このように、音程構造の面でかなりの工夫が見られるが、リズムや和声の面でも創意が見られる。
先にも述べた通り、Aモチーフは3連符を含む特徴的なリズムを持っていて、この曲のリズム的な統一感を生み出しているが、このリズムは譜例9(53〜54頁)にあげた部分で、変形されてリズムモチーフとして展開されている。これを譜例9では rm として示している。Aモチーフのリズムと rm の関連については譜例12(注6)に示されている通りである。
● 譜例12へのリンク
なお、ここに rm' というリズムモチーフがあるが、これはほとんどの場合 rm モチーフを呼び込むために使用されている。また、このリズムモチーフ rm は譜例9であげた部分にしか表れないので、リズム的にも他の部分と強いコントラストを形作っている。そして特に45小節目からの数小節間は、歌唱声部、ピアノの両手の2声部を合わせた3声部での rm モチーフによるカノンになっている(譜例9ではそれぞれの声部をC1,C2,C3と表記している)。旋律的には半音階で下行する音形が優勢であるが、時々短3度上行していることにも特徴がある(譜例13)。
● 譜例13へのリンク
この部分の和声構造をまとめたものを譜例14に示すが、増3和音が半音ずつ下がっていく和声進行になっていて、神秘的な雰囲気を醸し出している(+を付けた和音のf音は、歌唱声部のe音とges音を結ぶための経過音)。
● 譜例14へのリンク
先に、この曲のいくつかの場所の全音音階が使用されているパッセージについて簡単に触れたが、これらのパッセージは以前のシェーンベルクの作品と同様に増3和音との関連から生まれているので、このカノンの部分と和声的な関連性があると言える。この他にも増3和音の活用されている部分が沢山あるが、添加音が加わったり、自由な経過和音として使用されたりしている。しかし最も注目すべき箇所は57小節目からの部分である(譜例15次頁)。ここでは2つの増3和音が組み合わされ、全音音階のすべての構成音を含む和音が使われているのである(譜例15の四角形で囲んだ和音)。
● 譜例15へのリンク
同様の例は《ペレアスとメリザンド》にも見られ、経過和音として非常に慎重に取り扱われていたのに対し、この曲ではより積極的に使用されている。ちなみにこの部分のピアノ声部は3小節目からのフレーズのグロテスクな変奏であり、59小節目からは歌唱声部による46小節目からのフレーズの回想が加わる。
その1 終了