第3章 幾つかの注目すべき歌曲に関する考察 〈警告〉の改訂について 〈警告、Op.3-3〉には2つの稿があるが、初稿は1899年に作曲された(注1)。この歌曲の歌詞はデーメルの『女性と世界 Weib und Welt 』という詩集の中から取られているが、1899年にはこの詩集に含まれる詩に基づく作品が多く作曲されている。この作品群に含まれる代表的な作品としては、Op.2の中の3曲の歌曲や、《浄夜》が挙げられ、シェーンベルクがこの詩集をとても気に入っていたことが想像される。〈警告〉の初稿は、この後大幅に改訂されてOp.3の中の1曲として出版されるが、この曲がいつ改訂されたかは不明である。
フリッシュ Frisch は、1903年の秋頃、すなわちシェーンベルクがヴィーンに戻って来た直後にこの曲が改訂されたと推測している(注2)。彼の仮説によると、シェーンベルクはOp.2を〈警告〉を含む、全てデーメルの詩集『女性と世界』を歌詞とした歌曲集にする計画であったが、〈警告〉の初稿の完成度に満足できず、Op.2の出版直前にこの曲をJ.シュラーフの詩による〈森の太陽 Waldsonne 〉に差し換え、〈警告〉は大きく改訂されてOp.3の中の1曲として出版された。Op.2の出版が1903年の10月、Op.3の出版は1904年の4月であるから〈警告〉の改訂はこの間の期間であると推測され、さらにOp.3に含まれる別の2曲の歌曲が1903年の11月に作曲されている事実を加味すると〈警告〉の改訂はこれと同じ時期であるとほぼ断定できる。筆者はこの仮説に妥当性があると感じるが、この仮説を作曲技法の面から補足したい。
まず両方の稿のそれぞれの冒頭を比較してみよう(譜例1初稿、譜例2改訂稿)。
初稿に較べて、改訂稿におけるピアノパートのバス声部の動きが明らかに雄弁になっているのが分かるであろう。
別の部分も挙げてみよう(譜例3初稿、譜例4改訂稿)。
前半の部分は先程の例と同様であるが、後半の展開に着目していただきたい。初稿では前半の部分をほぼそのまま繰り返しているのに対して、改訂稿ではカノン風な展開になり、より緊張感を高めている。
また改訂稿の後半の部分では初稿にない新しいパッセージが見られる(譜例 5a)。この曲の冒頭部の和声の根音の進行は、es-b-f-cという完全4度ずつ下行していく特徴的な進行(譜例2参照)だが、この譜例のパッセージはこの根音進行の反行形から作られていると分析できる。別の角度から見るとこのパッセージは完全4度和音の分散和音形であるとも言える(譜例 5b)。
改訂稿の特徴として、以上の様なバス声部の充実、対位法的な嗜好、4度和声を示唆するパッセージが挙げられるが、これらは、第2章で分析したとおり「ペレアス以後」の作品の特徴と一致する。
従って、この〈警告〉の改訂が1903年の秋に行われたというフリッシュの仮説を、作曲様式の面からも裏付けることができる。
石田一志氏が、この曲の出版された稿が1899年に作曲されたという間違った前提からにも関わらず、次の様に述べていることはとても興味深い。
[6曲からなるOp.3の中で]先に書かれた3曲に較べると、後の3曲注3は拡大された調性語法、或いは不協和音の解放の意志が極端な激しさを見せ、表現性の著しい高揚と書法の複雑化を示している。もっとも、最初に書かれた〈警告〉は、詩への共感の深さの故か、抑制された語法、書法にもかかわらず、その内部から激情とでもいうべきものが放出されており、すこぶる印象的だ (注4)。