第2章 モチーフの対位法的展開 先にも述べた通り、シェーンベルクの歌曲における最も大きな特徴は、その極めて対位法的な構造である。シューベルトは、歌詞の持つ様々な要素を効果的に表現するために、かつて無い程入念に考えられた伴奏音形を生み出し、歌曲におけるピアノの役割を大きく拡大したが、純音楽的な視点で見ると歌唱声部とピアノ声部が完全に対等となっている訳ではない。それは、音楽がモノディ以来のホモフォニックな構造を基本的に持っているからである。簡単にいえば、根本的には「主要旋律と伴奏」という構造から抜け切れていないのである。これはシューマンやヴォルフの歌曲の大部分についても同様である。シェーンベルクにおいても、Op.1やOp.2の歌曲では華麗なピアノ書法とは裏腹にこの傾向が残っていたが、1903年頃からの「ペレアス以後」の歌曲においては、対位法的な考えがだんだん顕著になって来た注31。このことは外面的にはピアノのバス声部を見るとよく分かる。「ペレアス以前」の歌曲(Op.1、Op.2及びOp.3の一部の歌曲)ではバス声部が比較的長い音価を保って、あまり旋律的な動きを見せなかったが、ペレアス以後の歌曲ではこのバス声部がバスの役割から解放されて、上声部と違いの無い旋律的な動きを見せる場面が多くなる。しかも多くの場合これらの旋律的要素は楽曲の基本的な動機に基づいている点で注目される。こうした例を〈興奮、Op.3-2〉から挙げよう(譜例16、17)。
ここでは8小節目から、冒頭のピアノの上声部の6小節目までの旋律を、バス声部が要約した形で模倣している。この時にその他の声部との間にリズム的コントラストが見られることも注目される。
こうした対位法的な思考は同時に、精緻な動機展開による楽想を生み出す。こうした作曲の方法論は、J. S. バッハ J. S. Bach のフーガなどなどにおけるそれを思い起こさせるが、直接にはブラームスからの影響が大きい。
シェーンベルクのブラームスに対する尊敬は様々なところに見られるが、それは彼の《ピアノ四重奏曲第1番》をオーケストラ用に編曲したり(1937年)、「革新主義者ブラームス」注32という文章を書いていたりしている事実にはっきりと表れている。特に後者の文章では、ブラームス晩年の歌曲の名作《4つの厳粛な歌 Vier ernste Gesa:nge 》の中の〈おお、死よ O Tot 〉を取り上げている。シェーンベルクは、この曲が冒頭の歌唱声部の3度下行によるモチーフによって全曲が構成されていることを詳しく分析している(譜例18、3度下行をa、3度上行をbとそれぞれ示した)。
その中で特に注目されるのが6小節目のアウフタクトからピアノ声部と歌唱声部がカノンの関係になっていることである。ここに、それまでの歌曲における「主要旋律と伴奏」という図式から逃れようとするブラームスの心理が感じられる。つまり、ここでの歌唱声部とピアノ声部との関係は、カノンの関係にある対等な2つの声部であり、これらの間には歌詞がついているかどうかという違いしか存在しないのである。
もちろん器楽曲においては、あるモチーフの展開(当然対位法的な手法を使ったそれも含めて)によって楽曲を構成する手法はベートーヴェンを始めとして様々な作曲家にとって自明なことであった。しかし歌曲において、歌唱声部とピアノ声部の双方に共通したモチーフを徹底的に展開し、かつ各声部が独立性を保つように作曲することは、ブラームス以前の作曲家においては、まず有り得ないことであった。ブラームスの歌曲においても、この〈おお、死よ〉の様に、モチーフの徹底的な展開によって構成されている作品はそれほど多くない。このような歌曲の作曲技法は、ブラームスが最晩年にようやく手に入れたものなのである。ブラームスにおける、こうした徹底的なモチーフの展開技法のことを、シェーンベルクは「発展的変奏 developping variation 」注33と呼んでいるが、彼は器楽曲、歌曲のいずれにおいても同様に、この手法を展開していった。シェーンベルクは、モチーフの発展的変奏をブラームスにおけるそれとは比較にならないくらい、より徹底的に行ったが、このことを可能にしたのは徹底的な対位法の使用である。19世紀の作曲家の心の中から「対位法」という言葉が消えたことはなかったかもしれないが、対位法の純粋な本質を理解し実践した作曲家はほとんどいなかった。シェーンベルクは《ペレアスとメリザンド》においてJ. S. バッハ以来忘れ去られていたこの純粋な対位法の概念を復活させ、この概念はそれ以後のシェーンベルクの基礎的な作曲理念となった。つまり、この《ペレアスとメリザンド》という作品においてシェーンベルクの創作活動は一つの大きな転換点を迎える。先に述べたように、和声の面においても《ペレアスとメリザンド》でいくつかの重要な革新が行われたが、それ以上にこの曲では対位法の面での革新の意義は大きかった。この対位法の取扱いにおける革新は、この曲の後に書かれた歌曲の中で明確に反映されているので、シェーンベルクの歌曲の作曲時期を「ペレアス以前」「ペレアス以後」という括りで大きく分けることができるのである。
それでは、これより「ペレアス以後」の歌曲における対位法を駆使したモチーフの発展的変奏について具体例を挙げながら述べる。
まず、〈練習を積んだ心、Op.3-5〉の冒頭部分を見てみよう(譜例19)。
2小節目のピアノの上声部に表れる3音からなる2度づつ下行するモチーフ(Aモチーフとする)がこの曲の全曲にわたって表れるが、このモチーフ自体は冒頭の3音の半音階下行(fis-eis-e)から派生している。従って冒頭は「3音の半音階下行〜Aモチーフ」の連なりによる旋律であるが、この旋律はバス声部でリズムを変形した形で上声部と同時に表れている。Aモチーフは歌い出しの旋律ともなっているが、同時にピアノの伴奏音形を形成する重要な要素となっている。そしてこの音形は6小節目の途中から反行形となってさらに展開している。さらに同じ場所で、ピアノのバス声部で歌い出しの4音の音形(Bモチーフとする)を2度模倣している。さらに複雑な展開がこの後に表れる(譜例20)。ここでは特に、27小節からAモチーフが原形と同時に反行形で表れることが注目される。またこの曲に限ったことではないが、あるモチーフが展開される時にしばしばリズムが変形されていることも大きな特徴である。
〈ガゼール、Op.6-5〉からの例を見てみよう(譜例21)。冒頭の半音階上行する音形の反行形から歌い出しの旋律線(Cモチーフとする)が生み出され、シャコンヌの様に何度も様々な声部で繰り返されている。この旋律はリズムが拡大された形でバス声部に表れたり(譜例22)、半音階下行の部分が抽出されて伴奏音形(cモチーフとする)となり、そこにCモチーフのカノンが重なったりと(譜例23)、かなり凝ったモチーフ操作が行われている。
シェーンベルクの歌曲における対位法の使用で最も手の込んでいる手法は、転回対位法の使用である。転回対位法は《弦楽四重奏曲第1番》で徹底して使用され、その作曲技法のすばらしさは前述したベルクの論文にも記されているが、その作曲直後に書かれた〈すべてのもの、Op.6-2〉ではこの転回対位法が巧みに取り入れられている(譜例24、25)。
25小節目からのパッセージは、2小節目からのパッセージの変奏された再現部となっている。歌唱声部で呈示されたパッセージが、再現部ではピアノのバス声部に、ピアノの上声部は歌唱声部に、ピアノのバス声部はピアノの上声部にそれぞれ交換されている。ここで大事なのは、この転回対位法が歌曲の作曲において使用されていることである。器楽曲ではこうしたことは全く珍しいことではないが、歌曲の作曲においてこうした技法が使われることは異例であると言って良い。ここでは驚くべきことに、歌詞を伴った声楽のフレーズが歌詞のない器楽のフレーズになると同時に、器楽のフレーズが、歌詞を伴って声楽のフレーズへと変化しているのである。この技法は歌唱声部とピアノ声部を全く対等なものとして捉えることではじめて可能となるのである。この曲の楽譜から歌詞を取り除けば、何らかの器楽合奏による3声のインヴェンションと間違われても不思議ではないであろう。あるいは、この曲は一つの声帯と2本の腕のための3声のインヴェンションであると言えるかもしれない。
〈道端にて、 Op.6-6〉にも同じようなパッセージが見られる(譜例26、27)。
冒頭でピアノの上声部に表れる旋律(Dモチーフとする)はそのまま歌い出しの旋律となっているが、この下では3音の半音階下行の伴奏音形のモチーフ(Eモチーフとする)が常に鳴っている。このモチーフは22小節目においてリズムの変形を施されて歌唱声部に表れ(E1モチーフとする)、同時にDモチーフがピアノのバス声部に表れる。27小節目ではDモチーフが再び歌唱声部で表れるが、同時にE1モチーフがピアノの上声部に、バス声部では、22小節目におけるものとはまた違った変形を受けたEモチーフ(E2モチーフとする)がそれぞれ表れている(譜例28)。
36小節目から始まるピアノによる後奏の冒頭では譜例27を要約した形でEモチーフが上声部に、Dモチーフがバス声部にそれぞれ表れる。
このように、この曲での転回対位法は〈すべてのもの〉におけるそれと較べて、より多様なモチーフの組み合わせが試みられていることが分かる。
〈ジェイン・グレイ、Op.12-1〉では、さらに複雑な転回対位法が見られる(譜例29、30共に次頁)。
ここではピアノのバス声部はほとんど変化せず、25小節目からピアノの上声部と歌唱声部が入れ替わっているだけであるが、5小節目で和声的に呈示されていたピアノの上声部が25小節目では、歌唱声部が分散和音の様に和音の構成音が分解された形で表れるところが注目される。63小節目からも25小節目の場合と同じ原理で変奏されたパッセージが表れるが、ここでは音域やリズムが極端に変形され、楽想が大きく変化している(譜例31次頁)。
ここまでいくつかの例を挙げたが、これらすべてに共通するのは、一つ、あるいは数個の数少ないモチーフから最大限の変化を求めようとする傾向である。モチーフは様々な高さに移調され、そのリズムは拡大や縮小といった変化を受け、対位法的に色々な組み合わせで表れることによって、音楽は植物の成長の様に不断に変化し続ける。Op.14の2つの歌曲では、こうした現象がかつてない程複雑な形で見られる。
〈私が感謝することは許されていない、Op.14-1〉では前節で述べた4度和声(4hと示す)と共に冒頭のピアノのバス声部に表れるモチーフ(Fモチーフとする)が全曲にわたって展開される。この曲におけるモチーフ展開の密度の濃厚さは、シェーンベルクの歌曲の中においても際立っている。まずこの曲の冒頭を見てみよう(譜例32)。
冒頭のFモチーフは、音程的あるいはリズム的に様々な変形を施されて幾重にも重なって表れている。ここと同じような楽節が曲の後半に表れるが、ここではより緊密なモチーフ展開が見られる(譜例33)。
6小節目からは副次的なモチーフ(Gモチーフとする)が表れるがこの呈示の仕方も非常に手が込んでいる(譜例34)。
Gモチーフは、ピアノの上声部〜歌唱声部〜ピアノのバス声部の順で半音おきに呈示されるが、特にピアノ声部においてこのモチーフの音域が極端に(2オクターヴと4度!)拡大されているところが注目される。また、バス声部で呈示される時のみ半音低く移調されているところは同じことを何度も繰り返すのを嫌うシェーンベルクの心理が表れている。ちなみに20小節にこれと同じような楽節が表れるが、ここでは逆にバス声部のみ半音高く始まっている。
〈この冬の日々に、Op.14-2〉では全体的には〈私が感謝することは許されていない〉と較べると対位法的なテクスチュアは薄いが、部分的にはかなり集中的な展開が見られる。この曲では冒頭のピアノのバス声部に表れるモチーフ(Hモチーフとする)と歌い出しのモチーフ(Jモチーフとする)の2つが主要な構成要素となっている(譜例35)。
この冒頭部はモノフォニックな要素が強く様々な4度和声の展開に主眼が置かれているが24小節目からの部分ではH、Jの両モチーフがリズム的に圧縮され非常に密度の濃い動機展開が行われている(譜例36)この急速な動機展開に伴って和声も次々と変化していき調性感は極めて曖昧になっている。
51小節からの部分(譜例37前頁)は一見すると変形されたHモチーフが発展しているように見えるが、実はこの部分は冒頭の部分(譜例35前々頁)の変奏である。(冒頭の部分に由来する音符に+印を付けてある。)
すぐ分かるようにピアノの上声部の旋律線はそのまま残されているが、そこに付随する和音の構成音が旋律線に分解され、歌唱声部とピアノの中声部に展開される。ピアノの中声部では倚音が付け加えられることによってHモチーフとの関連付けが行われている。ピアノのバス声部では本来の旋律線にHモチーフによる注釈が付けられている。中声部とバス声部はリズム的に補い合いながら展開しているが、ここに表れるHモチーフの変形は極めて多様であり、少数の例外を除いて常に違う形で表れている。
ここまでの分析によって、シェーンベルクの歌曲が年を重ねるごとに対位法的な性格を増していき、それと同時にいわゆる伴奏的な要素が殆ど無くなって、すべての音符が「本質的」なものとなっていく過程が良く分かるであろう。