第2章

4度和声

 全音音階の場合と同じように、シェーンベルクはドビュッシーらによる4度和声を使った音楽を知らないまま、4度和声を独自に発見した。先にも述べた通り、《ペレアスとメリザンド》の中でこの完全4度堆積による和音を初めて使用した(譜例6)(注26)。この和音を特に「完全4度和音」と呼ぶこととする。

 この和音は《室内交響曲第1番》で効果的に使用され、それ以来この和音はシェーンベルクの定番的和声となった。Op.12やOp.14の歌曲ではこの和音が多用されているが、実はかなり早い時期から完全4度和音をほのめかすようなパッセージを見つけることができる。こうした例としては1899年に作曲された〈期待Erwartung, Op. 2-1 〉の冒頭の部分が挙げられる(譜例7)。

 この和音には完全4度だけでなく増4度や減4度も混じっているので、シェーンベルクが後に使うようになる完全4度和音とは厳密には異なるが、それでもこの、4度音程を積み重ねた和音には、従来の3度音程の積み重ねを中心とした和声では聴かれなかったような新しい感覚が感じられる。レイホヴィッツはこの和音を「3度体系に従って分析できない」「調性体系の和音型ではない」(注27)などと述べていてこの和音の斬新さを強調している。当時の聴衆の耳にも未知の和音として捉えられたことが想像される。しかし、この和音を従来の和声からの拡大として捉えることも可能なのである。ここにシューベルトの歌曲〈海辺にて Am Meer 〉からの冒頭部分を示す(譜例8)。

 実はこのシューベルトの歌曲冒頭の和音(譜例9a)に一つの音(譜例9b)を付け加え(譜例9c)、構成音の配置を入れ替えて(譜例9d)移調するだけで、先程の〈期待〉の冒頭の和音(譜例9e)を作ることが出来るのである。

 こうした事実は次のシェーンベルクの言葉がそれほど大袈裟なものでないことを証明するだろう。

 私の生徒達の作品による音楽会の時に、ある特に耳のよろしい批評家氏はある弦楽四重奏曲の作品を- その和声は、証拠を見せてもよいが、シューベルトの和声よりもほんの少しだけ複雑なのだが- 私の悪い影響の産物だと述べたのである。(注28)

 この〈期待〉の冒頭の和音は以上のように伝統的な和声の発展したものと捉えることができるが、《ペレアスとメリザンド》にでてくる完全4度和音は、全く新しい概念に基づく和声であると言わざるを得ない。〈期待〉の冒頭の和声は、すべての構成音が半音動くことによってこの曲の主和音に解決する倚和音なので、この和音のみで存在することはできない。しかし、《ペレアスとメリザンド》以降に出てくる完全4度和音は協和音として扱われそれ自体で独立して存在している。《室内交響曲第一番》では、この完全4度和音の構成音がそれぞれ半音ずつ動いて、普通の3度体系の和声に変化しているため、この完全4度和音は〈期待〉の時のような倚和音のように取り扱われている(譜例10次頁)。

 しかしこれは、あくまでもシェーンベルクがこの「調性体系を破壊する傾向を持っている」和声を「調性の法則に従うように強制している」(注29)のであって、現実にはシェーンベルクの意志とは裏腹に、完全4度和音が独立した和声として存在しているのである。実際シェーンベルクは、この《室内交響曲第一番》における完全4度和音の機能における矛盾に気付いてか、それ以後の作品においては完全4度和音を、独立した和声としてより積極的に取り扱うようになる。歌曲作品では、この傾向が《2つのバラード、Op.12 》の一部に見られ、《2つの歌曲、Op.14 》では完全4度和音が楽曲の中心的要素となるに至る。〈ジェイン・グレイ、Op.12-1〉の最後の部分では倚音を伴った完全4度和音を見ることができるが(譜例11)、〈私が感謝することは許されていない、Op.14-1〉では2重の倚音を伴った完全4度和音が全曲の中心的役割を果たしている(譜例12)。

 

 

 《室内交響曲第一番》の中ではあくまでも特別な和声として認識されていた完全4度和音(注30)がこの曲では、あたかも長3和音などの協和音のように使われている。また、この曲の中では3和音が全曲中に5回しか表れないので、むしろ完全4度和音が従来の3和音に替わってこの曲を支配していると言える。このことはつまり、この曲において調性感が極めて希薄になっていることを示している。

 この曲の冒頭の、完全4度和音に解決する和音もまた4度堆積で構成されているが、ここでは増4度と完全4度の組み合わせになっている。この和音を「増4度和音」と呼ぶこととする。この冒頭部分は増4度和音と完全4度和音の連結で出来ていて、この和声進行がこの歌曲の至る所に表れるが、これはドミナント-トニックという調性音楽に典型的な和声進行の代役を果たしているような格好になっている。24小節目から25小節目にかけてはこの和声進行が連続して表れるが(譜例13)、こうした部分がどの調性に属しているかを判定するのは無理であろう。従って、この曲は限り無く無調に近付いていると言えるが、最後の小節の増4度和音からロ短調の主和音への進行(譜例14)は、無理矢理にこの曲を調性音楽の枠に閉じ込めようとするシェーンベルクの複雑な心境を表しているかのように見える。

 この後に作曲された〈この冬の日々に、Op.14-2〉では、前作とはまた違った文脈での増4度和音の多用や、緊張度の高い完全4度和音への倚和音の使用が注目される(譜例15)。


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