第2章 作曲様式の特徴 アルバン・ベルク Alban Berg は1924年に「シェーンベルクの音楽はなぜ分かりにくいか?」(注6)という文章を書き、彼の師であるシェーンベルクの音楽の作曲様式について分析している。
この文章では、シェーンベルクの《弦楽四重奏曲第1番》の分析をとおして、彼の音楽の理解の難しさが、無調性に起因するのではなく、様々な面での音楽的な「豊かさ」にある事が述べられている。
この「豊かさ」とは、不均衡な小節構造、動機やリズムの不断の変奏、豊かで急速な和声展開、徹底した対位法的構造などであり、これらすべてはシェーンベルク以前の作曲家の作品にも見られることであるが、シェーンベルクの場合はこれらの傾向、つまり、「数世紀にわたる音楽によって与えられた作曲上のあらゆる可能性の活用」(注7)がすべてにおいて徹底しているところに、他の作曲家との大きな違いがある。
この傾向が、調性、無調に関わらず存在するのと同じく、器楽曲、声楽曲の間においても様式上の大きな違いは存在しない。
そして、この事実はシェーンベルクの歌曲を理解する上でとても重要である。
シューベルトは歌曲の作曲において、それまで通奏低音とあまり変わらない扱いをされていたピアノ声部を、歌詞の表現における重要な担い手として充実させ、シューマン、ブラームス、ヴォルフなどの後継者達もこの方向を押し進めていった。
その延長線上にシェーンベルクの歌曲が存在するのであるが、ここではピアノが反復音形によって歌唱声部の伴奏をしたり、レチタチーヴォ風の単純な歌唱声部を色彩的なピアノが取り囲むというような単純な図式はもはや存在しない。
声とピアノは完全に同格であり、歌詞なしでも十分に自立できる豊かな音楽構造を持っている。特に、歌曲における「徹底した」対位法的手法はシェーンベルク以前の作曲家において殆どみることの出来なかったものであり、ベルクによる《弦楽四重奏曲第1番》に対する以下の言葉は、歌曲作品にも同じようにあてはまる。
極めて含蓄のある諸声部の性格を聴きわけ、[中略]まちまちの地点で終わり始まる様々な長さの部分を聴きわけ、そのうえその経過を追いかつ同時的な響きの中で理解する能力が必要であるばかりか[中略]ここでは、またシェーンベルクの音楽では一般的に、かつて例のない多様性をもって現れるリズムを聴きわけるという、極めて困難な課題に取り組む事のできる聴取力が必要なのである(注8)。
[この論文の中では]バッハ以来もはや聴かれる事のなかった[中略]対位法的な出来事の豊かさについて、ただ暗示的にその概念を与える事ができるのみであり、[中略]いかなる微小な変化も、またいかなる伴奏音形すら4つの声部の旋律的発展とそのリズム的変化にとって重要であり、一言でいえば主題的なのである(注9)。
こうした作曲技法上の特徴がシェーンベルクの歌曲の理解を難しくしているのだが、こうした特徴を聴き取る事ができれば、歌曲だけでなく、彼のその他の作品に対する理解を深める事もできる。
彼の弦楽四重奏曲などの器楽曲を分析しようとすると、曲が大規模なのでかなり大変であるが、歌曲ならば楽譜で4ページ位のものが多いので分析もそれほど難しくはない。
また様々な時期に歌曲が作曲されているので、1903年から1908年にわたる作風の変化を見通す事もできる。
ここから先において、より具体的にこの時期の歌曲について述べるが、作品ごとの分析ではなく、旋律、和声、対位法といった作曲技法がそれぞれの作品でどのように使われているかという観点から論じていきたい。