シェーンベルクの歌曲創作の概観

 シェーンベルクは様々な新しい概念に基づく作品を作曲したので、「シェーンベルクの歌曲」という概念は実は非常に曖昧である。したがってまず、「歌曲」という言葉の私なりの定義をしたい。この章において、「歌曲」とは一人の声と一つまたは複数の器楽による音楽であると定義する。この定義によると、シューベルトの《冬の旅》のような一般的な意味での「歌曲」(独唱とピアノのための音楽)はもちろん、マーラーの《さすらう若人の歌 Lieder eines fahrenden Gesellen 》のような「オーケストラ歌曲」(独唱とオーケストラのための音楽)と呼ばれているジャンルの作品も含まれる。また、一般的には歌曲として認識されていなくてもこの定義によって「歌曲」と分類できる作品もある。

 この定義をもとにシェーンベルクの歌曲作品について述べていく。

 シェーンベルクの歌曲は、器楽の楽器編成と声の取扱いという2つの要素から分類することができる。

 器楽の楽器編成は次の3種類に分けられる。

   ・ピアノ独奏     P

   ・室内楽      C

   ・オーケストラ   O

 声の取扱い方によって2種類に分けられる。

   ・伝統的な歌唱方法  t

   ・新しい歌唱方法(注1) n

 それぞれの分類の右側に記した略号を組み合わせることによってそれぞれの作品の様式を表す。例えばピアノ独奏を伴った伝統的な歌唱方法による歌曲はPt、室内楽を伴った新しい歌唱方法による歌曲はCn といったように表す。

 以下にシェーンベルクの歌曲作品をこの分類法によって示す(注2)。

 ・Pt(一般的に歌曲と呼ばれている様式)

  《2つの歌曲、Op.1》(1897あるいは1898)

  《4つの歌曲、Op.2》(1899)

  《6つの歌曲、Op.3》(1899〜1903)

  《8つの歌曲、Op.6》(1903〜1905)

  《2つのバラード、Op.12 》(1907)

  《2つの歌曲、Op.14 》(1907〜1908)

  《ゲオルゲ歌曲集、Op.15 》(1908〜1909)

  《3つの歌曲、Op.48 》(1933)

  その他、《キャバレーソング》などの作品番号のない多くの作品

 ・Ct

  *《弦楽四重奏曲第2番、Op.10 》第3、4楽章(1907〜1908)

  《心のしげみ Herzgewächse, Op. 20 》(1911)

  *《セレナード Serenade, Op. 24 》第4楽章(1920〜1923)

 ・Ot(オーケストラ歌曲)

  *《グレの歌 Gurrelieder 》(1900〜1911)

  《6つの歌曲、Op.8》(1904)

  *《期待 Erwartung, Op.17 》(1909)

  *《幸福な手 Glückliche Hand, Op.18 》(1913)

  《4つの歌曲、Op.22 》(1913〜16)

 ・Pn

   なし

 ・Cn

  《月に憑かれたピエロ Pierrot lunaire, Op. 21 》(1912)

  《ナポレオンへの頌歌 Ode an Napoleon, Op. 41 》(1942)

 ・On

  *《コール・ニドレ Kol Nidre, Op. 39 》(1938)

  *《ワルシャワの生き残り A Survivor from Warsaw, Op. 46 》(1947)

 *印を付けた作品は、この、拡大された歌曲の概念が、更に拡大された作品であることを示す。

 《グレの歌》(注3)《コール・ニドレ》《ワルシャワの生き残り》は合唱を伴う。《弦楽四重奏曲第2番》第3、4楽章、《セレナード》第4楽章は多楽章の器楽曲に含まれる独唱付きの楽章である。《期待》《幸福な手》は舞台のための音楽であるが(注4)、音楽の様式の点から見て《期待》はソプラノ独唱、《幸福な手》はバリトン独唱のためのOt様式による歌曲と分類できる(《幸福な手》では12人からなる声楽アンサンブルが曲の始めと最後の部分のみに現れる)。

 シェーンベルクの創作時期はその作風から3つの時期に分けられる。すなわち、「調性期」(〜1908)、「無調期」(1908〜1921)、「12音技法期」(1921〜)の3つである。

 調性期の歌曲作品はほとんどPt様式によるものである。無調期の出発点にあたる《ゲオルゲ歌曲集》以降Pt様式による歌曲は殆ど作曲されなくなる。無調期においてはOtあるいはCn様式による作品が、12音技法期ではCnあるいはOn様式による作品がそれぞれ重要である。整理して言えば、歌曲の器楽部分は、調性期においてはピアノ独奏が、無調期以後においては様々な編成による器楽合奏がそれぞれ優勢である。

 ここでシェーンベルクの発明した「新しい歌唱方法」について簡単に説明しておかなくてはならない。シェーンベルクは《幸福な手》や《月に憑かれたピエロ》において語りと歌の中間のような新しい歌唱方法を発明し、この歌唱方法はシュプレヒ・シュティンメ Sprechstimme と呼ばれている。《月に憑かれたピエロ》の楽譜のはしがきには、この歌唱技法について、「いったん書かれたピッチに当たったのち、ただちにそのピッチをはなれて自由な音高をとる。」注5と説明している。記譜上ではシュプレヒ・シュティンメで歌われる音は、符尾に×印が付されている(譜例1)(注6)。

 《コール・ニドレ、Op.39》《ナポレオンへの頌歌、Op.41》《ワルシャワの生き残り、Op.46》ではより語りに近いスタイルが取られる。これらの曲においては歌唱と言うよりは語りと言う方がふさわしいが、この語り手のパートは1線譜で記譜されリズムは厳格に指定されているが、語りの音程に関しては相対的な関係のみが記されている(譜例2)(注7)。

 歌唱方法に関して言えば、調性期の歌曲においては伝統的な歌唱方法、無調期においてはシュプレヒ・シュティンメ、12音技法期においては「語り」というように、時期が経つにつれて音程の取扱いが自由になっていることが分かる。

 以上を総括すると、シェーンベルクの歌曲創作の変遷は次の様に述べることができる。

 シェーンベルクの歌曲作品においては、始めピアノ独奏による伴奏であったものが、次第にその役割を拡大し、無調による作曲様式を確立した《ゲオルゲ歌曲集》以後は、様々な編成による器楽合奏がピアノに取って変わるようになる。無調様式の確立により音楽が調性から解放されたことに呼応するように、歌唱声部は伝統的な歌唱方法から解放され、語りに近い歌唱方法を採用することによって、「声」は平均律から解放された。つまり、シェーンベルクの歌曲創作の変遷は彼の声楽曲に対する概念の解放の歴史である、と言うことができる。

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