3.光合成はどのようにおこなわれているのでしょうか?
3−4.1+1は∞?
光合成タンパク質中のバクテリオクロロフィルの2量体と光機能
バクテリオクロロフィル分子が光をうけとりエネルギー移動と電子移動の両方の反応を起こしうることを前回述べました。このように同じ光エネルギーで励起状態になってもその後、エネルギー移動したり電子伝達したりして振る舞いがなぜ異なるかということをバクテリオクロロフィルの光合成タンパク質中でのデザインとその光に対する現象論で簡単に紹介します。
今回はタンパク質をとりさったバクテリオクロロフィル分子の配置とその光化学的挙動をごく簡単にのべましょう。タンパク質によるタンパク質中での色素の配置については次回取り上げたいと思います。紅色光合成細菌中でのバクテリオクロロフィル(BChl)という化合物で話をすすめます。この化合物は環状の化合物です。この環状の骨格の上を電子がぐるぐると飛び回っていることは以前書きました。(バクテリオクロロフィルの図、前出)
前回までのことを簡単におさらいしましょう。光合成タンパク質中では前回述べたように機能がことなります。
光収穫系タンパク質・・・光を集める機能=エネルギー移動
光反応中心・・・集めた光による電荷分離、電子移動の機能
このように異なった機能をもつにもかかわらずどちらも同じバクテリオクロロフィルを持つことは驚くべきことなのですが、そのバクテリオクロロフィルの配置もまた同様の形をしていることがわかったのです。
驚くべきことに、光収穫系タンパク質も光反応中心でも光合成タンパク質の心臓部とも言えるバクテリオクロロフィルは2量体を形成しているのです。模式図を書きましょう。中心金属のMg(マグネシウム)同士の距離は1 ナノメートルよりすこし短いくらいです(ナノメートルは10のマイナス9乗メートル。ミリのミリのミリ)。
ニ量体を形成することでどのようなことがおこるのでしょうか?バクテリオクロロフィルが1つのときとは何が変わるのでしょうか?
色素分子がニ量体を形成することによって色素分子中の電子の軌道が大きく影響を受けるのです。特に吸収スペクトルが長波長シフトし、励起状態へのエネルギーが小さくなっていることが知られています。これは面同士の電子軌道の重なりによっておこったと考えられています。その結果、エネルギー移動や電子移動を起こしやすくなっているのです。
また、電子が動き回ることにより作り出される双極子モーメントはこの図で水平になっていることが知られています。
ではこれらの2量体がどのようにタンパク質中に配置して機能しているのか色素だけで見てみましょう。
紅色光合成細菌の光収穫系タンパク質の2量体
紅色光合成細菌の光収穫系タンパク質のBChlaの2量体を化学式で書いてみましょう(右図)。
[R. acidophilaのLH2の図をもとに描いた。図は厳密なものではありません。G. McDermott, S. M. Prince, A. A. Freer, A. M. Hawthornthwaite-Lawless, M. Z. Papiz, R. J. Cogdell, and N. W. Isaacs, Nature, 374, 517-521 (1995).]
色素間の角度は19.7度で、マグネシウム間の距離は0.89 nmである。
光収穫系タンパク質ではこのクロロフィル2量体がさらにリング状に集まっていて、前回述べたエネルギー移動がこの2量体を単位として起こっていると解釈されています(下図)。
このことは後日詳しく説明するつもりですが、このニ量体は吸収スペクトルや円ニ色性や磁気円ニ色性のデータが大きく単量体とは異なっています
光があたったバクテリオクロロフィルのニ量体を単位として励起し、となりのニ量体光エネルギーを流していると考えられています。 色素間のエネルギー移動速度は0.2ピコ秒といわれていて、非常にはやいエネルギー移動が実現しています。このニ量体を形成していることがエネルギー移動に効率的な役割をしていると考えられているのですが、そのメカニズムも含めて不明なことが多く詳しいことはよくわかっていません。
この系でエネルギー移動が起きなぜ電子移動が起きていないかということについては、これらのニ量体間は電子のエネルギー準位が対等であるために電子のやりとりというものが少ないと考えられます。このため電子が放出され電子移動ということになっても非常にはやい電子の交換だけで、電子の伝達にもとづく電荷分離は起こりにくいと考えられます。このため分子間を光エネルギーのみが流れていくと考えられています。
現在ではエネルギー移動のメカニズムについては従来提唱されている双極子間の弱い相互作用(フェルスター型)にもとづく理論では説明しきれず、光エネルギーにかかわる電子の交換(デクスター型)についてもはっきりとはわかっていません。
エネルギー移動の機構についてさらに興味あるかたは以下の文献を御参照下さい。3はニ量体の中での電荷分離を提案しておりフェムトセカンドの解析と解釈が詳しく書いてあると共に、リファレンスが100もありおすすめ。
1:化学 vol.52 No.7 (1997) pp68-69 垣谷 俊昭
2:Laible PD, Knox RS, Owens TG. Detailed Balance in Forrster-Dexter Excitation Transfer and Its Application to Photosynthesis. J. Phys. Chem. B 1998;102:1641-1648.
3:Diffey WM, Homoelle BJ, Edington MD, Beck WF. Excited-State Vibrational Coherence and Anisotoropy Decay in the Bacteriochlorophyll a Dimer Protein B820. J. Phys. Chem. B 1998;102:2776-2786.光反応中心の2量体を右に示しました。これが反応中心で電子のプールとなっており、光を受け取ったこの2量体は電子を放出するのです。
光反応中心ではこの2量体の他にバクテリオクロロフィルの中心金属であるマグネシウムのないバクテリオフェオフィチンという化合物とキノンという化合物がはいっていて、この2量体から飛び出た電子は下の図の矢印のように流れていきます。
光を受け取り励起した2量体上の電子はバクテリオクロロフィルにいるよりもキノンに移っていった方が安定なので移ってしまうわけです。
上にものべたように通常はこのような電子移動は分子にプラスとマイナスが生じるのでマイナスの電子はすぐに元に戻ってしまうのですがここにあるような色素の配列では逆電子移動が起こらないようになっています。なんとこの電子伝達速度は真空中での速度より1000倍も速いのです。
また、この電子伝達経路向かって右側だけで起こり左側は起こらないのです。
このことは色素間のエネルギー差だけでなく空間的な配置やタンパク質の効果も重要なためと考えられています。これらのことは後日あらためて述べることとしましょう。
この光反応中心を模して人工光合成分子がたくさん作られました。以前紹介した人工光合成分子はこのタンパク質の分子デザインをもとにしています。
このようにバクテリオクロロフィル分子はニ量体を形成しこのニ量体に光があたりニ量体ごと励起することによってエネルギー移動や電荷分離といったことが可能になっているのです。このようにニ量体は光合成の心臓部となっているのです。
この光合成細菌のバクテリオクロロフィルニ量体の形はラン藻へ引き継がれ太古に地球環境を二酸化炭素を酸素に変えたと考えられています。そして、高等植物に進化しても類似の2量体はその反応中心に残され活躍していると考えられています。この光合成色素の2量体により地球上の生命が利用できるエネルギーを作り出していることから、
1+1=∞ といっても過言ではないと思います。
ここではタンパク質については述べませんでしたが、これらの色素の配置デザインはタンパク質と色素が相互作用して構造形成がおこなわれ、機能を発現しているのです。タンパク質の大きさは5~10ナノメートル四方におさまる非常に小さいものです。
そしてこのナノサイズと機能は、現代の科学の目から見ると我々がようやくシリコン半導体を加工して作成できるようになった量子素子そのものです。我々は自然が35億年まえから量子素子の機能をタンパク質として持っていたことを知り驚いているのです。
次回はこのような色素の配列を可能にしているタンパク質とはどのようなものかアミノ酸から簡単に説明していきます。
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第11回おわり
1998/05/21