« 今話題のTimedomain mini(スピーカー) | メイン | iTMSカード »

2005年12月14日

ブゾーニとラバンに関する資料集

という新たなブログが始まっています。
文献の翻訳などの貴重な研究資料を公開してくださってます。

ブゾーニとラバンに関する資料集

ボーモント著『Busoni, the Composer』より「序文」を読むと当時の音楽界の雰囲気をかいま見れるでしょう。

投稿者 iida : 2005年12月14日 23:59

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.greengrape.net/cgi-bin/MT/mt-tb.cgi/1188

コメント

H.H.シュトゥッケンシュミットによれば、ブゾーニは5つの言語を流暢に使いこなし、ドイツ語・イタリア語・フランス語できちんとした手紙を書くことが出来たそうです。父親はイタリア人のクラリネット奏者であり、母親はドイツ・イタリア混血のピアニストでした。19世紀後半から20世紀初頭にかけてベルリンやウィーンを中心に八面六臂のの活躍を続けたブゾーニは、単なる音楽家とは言えないほど多彩な才能を見せています。美術に造詣の深い或る人が、ブゾーニの描いたスケッチはユーゲントシュティールであると言っていました。また、彼はエッセイストでもあります。もちろん、音楽家としても、ピアニスト、作曲家、編曲家、指揮者、教育者、著述家など様々な面を見せています。ブゾーニがゲーテの名作『ファウスト』に対抗して作ったオペラ《ドクトル・ファウスト》は、絶世の美女ヘレナには歌手でなく舞踊家を使おうとしたり、グレートヒェンの兄が殺されるという奇想天外な部分では、モダン・ジャズの先駈けとも言えるメロディを使ったりしています。オペラ《アルレッキーノ》では、主役の二人がダンサー(または踊りの嗜みがある俳優)であり、昔ダンサーの端くれであった私にとっては非常に面白い作品です。そういう部分をこれから紹介しながら最終的には、ブゾーニが「20世紀の『レオナルド・ダヴィンチであった」と言っても過言でないことを証明したいと思っています。ただし、彼は数学教育を受けなかったのか、奇妙なところで数学の初歩的なミスをしていたりして、完璧ではないところが余計に興味をそそられます。或る本の著者から許可が下り次第、ブゾーニの一番ハンサムな写真をトップに掲載したいと思っています。元々、その写真を掲載したくてブログを作ったようなものですので、その写真が掲載された暁には、ぜひご笑覧頂きたく、よろしくお願いします。――筆者

投稿者 Yamada : 2005年12月16日 07:28

コメントしてください




保存しますか?