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2003年10月25日

MP3の音質

MP3ごときで現代曲を再現できるか!?

Author: iida

2001/2/24 記

 最近のパソコンの驚くべきスピードの上昇によってマルチメディアデータの取扱いができるようになってきた。音楽関係ではCDからMP3データに圧縮してパソコン上で聴くことができるようになっている。ここではMP3の設定について述べておきたい。
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 私のライフスタイルではいつもパソコンが起動している。家にかえると明かりの次にパソコンを起動するくらいである。したがって以前からパソコン上で音楽データを扱うMP3は気になっていた。最近気に入ったMP3ソフトを利用しはじめて、CD30枚程エンコードしパソコン上から、これまでCDプレイヤーやビデオにつながっているアナログアンプ(Yamaha AVX-200 DSP)にデータを送り、オーディオ用スピーカー(B&W CDM#1SE)で聴いている。これまでメインで利用してきたCDプレイヤーはYamaha CDX993であるが、ここしばらく使わなくなってしまった。

 聴いている曲はシェーンベルク、ベルク、ウェーベルン、ベルクをはじめシュトックハウゼン、ブーレーズ、クセナキス、カーゲルなどの現代音楽やショパン、ブルックナー、マーラーといったロマン派、それに古典派やさらにルネッサンス、中世とならべてごちゃで聴いている。現在はウェーベルンの交響曲(ブーレーズ指揮)がきれいに鳴っている。

 MP3フォーマットではオリジナルの音楽ファイルを十分の一くらいまで圧縮してしまう。音楽ファイルはCD一枚約640MBだが、60-100MBくらいにしてしまうのである。そのメリットとデメリットについてまとめておこう。

 メリット

1.すきな順序で曲を聴ける。 パソコンでデータ管理ができる。このためCDの曲のならびをかえることができる。CDに複数の曲が含まれている場合に演奏順をコンピュータ画面で操作できる。しかもインタネットのデータベースからCDの曲名をひろってくるのでパソコン上で曲名も確認できてしまう。

2.長時間続けて聴ける。 複数のCDをハードディスクに格納できるので数時間続けて演奏ができ、いちいちCDプレイヤーに足を運ぶ必要がない。これで長時間のオペラもとぎれることなく続けて聴ける。またBGMにもぴったりである。

3.ネットワーク 自分用ネットサーバにデータをおいておけば、すきなところで聴くことができる。ただしパスワードをかけて個人できかないと著作権違反になる。

4.MP3プレイヤー 最近は携帯MP3プレイヤーがやすくなってきた。

5.パソコンもっていくなら旅行先で聴ける。

 メリットは私のようにパソコンの前にずっと座っている人間にはとてもメリットになる。しかもハードディスクは大容量で安い。しかも通常のワープロファイルやデジカメデータくらいではハードディスクは大量にあまっているはずである。

 デメリット

1.音質劣化 もちろん圧縮による音質劣化がおこる。

2.ファイルが煩雑 ゲンブツ(CD)をラックに並べておいた方が管理が楽。

3.パソコンのメンテナンスに巻き込まれる。たとえば再起動、重いアプリの起動で音楽が途切れる。システムの音が鳴る。 

4.パソコン自身のD/Aやプリアンプがたよりない。

 ではデメリットをどう防ぐか、ということになるが、ここでコメントできるのは1くらいしかない。2.のファイルについては私は作曲者別に並べかえてむしろ便利になっている。

おすすめ設定

 そこで1.について。高音質のものを下げるのは解像度を要求される現代音楽では慎重に対応したい。そこで音質についていくつかチェックしてみた。

 まず、MP3で標準といわれる、120 bitではクラシックはまるでダメである。良音質といわれる160 bitでもまだオーケストラが薄くて物足りない。音は大きく鳴っているのだが、なんかすかすかの音である。

 私の設定は高音質の192ビットを利用し、VBRという可変ビットアルゴリズムの「最高」を利用している。これはデジタルデータを解析して複雑なところはあまりデータを間引かないようにしてあるそうである。

 またステレオをジョイントステレオではなく独立した2つのチャネルとしたほうがよいようである。ジョイントステレオは左か右のどちらかのチャネルに対して差分を提供するデータ形式である。

 この設定でMahler No. 9/Boulez1枚が120 bitでは60Mくらいだが100 Mくらいになる。この曲はかなり複雑なオーケストラなので音質チェックにぴったりである。音質チェックおすすめCDには諸兄それぞれだと思いますが。

ハードディスクは20Gくらいから

 みなさんもはじめにデータをコンバータする時にあれこれ、設定をいじって好みの設定をさがすとよいと思う。音質重視でデータを圧縮せずにそのままaiff ファイルでとりこんでも、今ではハードディスク60Gが3-4万円でかえるようなので問題ないかもしれない。私は今の設定で所有する600枚以上のCDをそのうち全部MP3にしようかと思っているくらいである。また、1年くらい前にMP3を検討したがまだハードディスクが10 Gくらいしかなかったのであまりよい環境とは思えなかった。諸兄のような音楽好きにはハードディスクが20Gくらいからが妥当ではないでしょうか。

 後はデジタル/アナログ変換部分である。所詮パソコンについているのはしれているかもしない。USBでつながるYamahaのUSBデジタルアンプにも興味があるが、たぶんそれほど音質が優れてないにも関わらず、まだ5万円もしてしまう。5万円あればアナログアンプのかなりいいのが買えると思う。

Napster

 最近Napsterによるmp3フォーマットの消費者同士の音楽の交換は違法との結論がでた。もちろん、Napster社は上告するとのことだが、私もこれは著作権侵害だと思う。くれぐれもMP3データを一般公開しないように。

パソコン環境

 最後になるが私のパソコン環境も書いておこう。

 パソコン:Apple macintosh G4 AGP Graphic 400 MHz, HDD 20 + 10 G

 MP3ソフト:iTunes

 iTunesはApple純正ソフトで無償。Mac, Windows版がある(2003年10月25日現在 まだ英語版のみ。日本語版は近日中に公開予定とのこと)。G4 400でCD一枚10分くらい(6倍速くらい)でMP3化してくれる。Mac OS9.1以上が推奨。8.6ではフリーズするらしい。

 またこのソフトにはビジュアライゼーション機能が搭載されており、なかなか曲にあった映像を合成してくれる。現代曲やちょっとやばめの曲はトリップしたようなドぎつい映像がでてくるし古典ロマンでは安心できる映像を合成してくれる。実は私はこのビジュアライゼーションにはまっているのかもしれない。クセナキスは音楽が酔歩理論などの確立方程式を解いて作曲された曲だからだろうか合成画面が実に解析的な画面になり画面合成アルゴリズムを想像させてしまうくらいである。先入観かもしれないがマーラーの9番ではバーンスタイン/ベルリンフィルではこわれたようなこわい画面がでてきたが、ブーレーズのものは実にスッキリした映像が合成されていた。このようなことは客観的なことはいいにくいが家人と意見が一致した。

 このビジュアライゼーションはリアルプレイヤーにもあるようなのでソフトごとに比較するとおもしろいかもしれない。

 というわけで今回は設定次第で複雑な現代曲でもMP3で十分いけるという話でした。試したことのない方は是非一度どうぞ。お持ちのCDなら気に入らなければデータ捨てるだけでいいわけですので。

投稿者 iida : 00:34 | コメント (0) | トラックバック

ラファエル・クーベリック、ドボルザークについて語る。

著者:iida  最終更新日 2000/8/26

 NHK BSで1997年頃放映された番組で、クーベリックは「新世界より」のレクチャーとオケ(プラハでの記念演奏)のリハーサルを映像に遺した。 私にとって、この番組を聞いたことはドボルザークに対する考え方が180度変わってしまう出来事だった。彼の解説を聴く以前はドボルザークは美しく懐古的で泥臭い民族性の旋律をもつだけの作曲家だった。以下はクーベリックの解説の後半のすべてである。  
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 これは夢のような世界でもあります。ドヴォルザークの見た幻想だ。とてつもない世界が突然開けてくる。神のように偉大な終楽章です。ここまでの演奏がなんだったかというと、踊り、追想そしてメランコリー。だが決して感傷的ではない。彼は涙っぽい感傷とはとは無縁だった。虚飾や偽りのない人物だった。節度を持ってこの偉大な曲を書いたのです。これは真の喜びの音楽だ。賛歌なのです。だから歌ってください。

 ドヴォルザークが何を考えていたのか分析する気はありません。ただこの作品が交響曲として驚異的なのは多彩なテーマを見事に統合した点にあります。いくつもの満たされない主題が対位法の中でみたされたものとなる。その対位法は名人芸的でありながら、実に劇的です。特に終楽章の展開部コーダでは主題が力強く発展し変容します。それぞれの人間の力。個人の持っている力。内面的な真実はすべての上に立ちすべての中に存在します。ドヴォルザークがそれをいかに曲に注ぎ込んだか。聞き取ってみましょう。

 今の演奏で充分聞き取れました。音の長さを縮小した形で終楽章の主題と第二楽章のラルゴの主題、第三楽章のモチーフが混じりあっています。しかもただの無味乾燥な対位法ではない。これは遥か遠く地平線にまで届くような、時間を超越した表現です。時間の観念は消え去り突然我々の前に宇宙が現れるのです。

 主題を拡大縮小しながら対位法的に並べることで見事なクライマックスが築かれています。ロマン派の音楽としてはまさに奇跡です。繰り返し言いますが、内面的な真実をこれほど力強く語った曲は他にないでしょう。音楽的な高まりとともに魂も最高潮に達するのです。およそこの世の美しいものや力強いものは二つの異なる生命を持っています。すなわち素材と精神で精神は内側に素材は外側にあります。素材だけでは決して十分とはいえません。外面的な美しさをどれだけ持っていても、美や愛を訴える力強さが無いからです。だがここでは終楽章の主題が賛美歌のように響きます。さらに第二楽章の旋律と第一楽章の情熱が加わり彼の帰郷の決意が伝わってきます。

 クライマックスの後に訪れるのは、思索でも悲しみでもなくいわば哲学的な内面の祈りです。これまでの数々の主題が彼の心に祈りをもたらし彼の抱えるあらゆる問題に働きかけたのです。ドヴォルザーク自身の問題にです。彼ははっきりと悟りました。善なる意志こそすべてである。心に平和を持って歩み続けるというその信念こそがすべてだと。我々は平和を求めますが平和は素材や自然の中には存在しない。”内なる自分”の中にあります。”内なる自分”は理性や感性を越えて素材を支配します。人間として経験することのすべてに働きかけていきます。そうなったときにはじめて我々は生の実感を得るのです。曲の最後はとても前向きです。人生への期待をこめて交響曲はポジティヴに締めくくられます。この結末によって導かれるのは美と愛という偉大な思想にほかなりません。

 彼は何も望まず与えました。我々は皆与えねばなりません。与える喜びこそ”愛”なのです。
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ここから飯田。
 こうして書いてみるとなんだか、大げさな気がするが、彼の語る姿とリハの姿を見ながらだと、納得してしまうし、感動してしまった。この出来事だけでドヴォルザークとクーベリックに興味が出てしまった。はじめに書いていたドボルザークへの印象は見事にかわり、もっと音と音の関係を聴き音楽について知りたくなった。

 かれはこの番組の放映された8月(1997年?)に亡くなったそうである。80歳をこえていた。クーベリックは保守的な指揮者だと思っていたが、考えてみれば、シェーンベルクのヴァイオリンとピアノのそれぞれのコンチェルトの録音とベルクのヴァイオリンコンチェルトを残している。たしか1970の録音だ。マーラーがやっと演奏されはじめた頃だから、かなり前衛的なコンサートも行っていたと思われる。
 この感動の3ヵ月後、私の手元にはドイツグラモフォンの録音によるマーラー、ベートーベン、ドボルザークのCD全集、ソニーによるシューマン、モーツアルト、ブルックナーが存在している。

 クーベリックの指揮は当時としてはロマン派の正統的な表現で力強いものだったと思う。モーツアルトも今の古楽器による様式を加味して演奏したものと聴きくらべるとモーツアルトがロマン派的に演奏されていたと古楽器の方が批判する共通するベースを聴くことができ、そういう意味では古臭さがいなめない。しかしロマン派の曲ならばそういう心配無しできける。クーベリックはリズム感や楽器の響かせ方が透明であるが、だからといって、ことさら音色を強調することはないので音楽の細部がよくできているので音楽の中心テーマにフォーカスできる演奏である。

 クーベリックがおこなっていることで注目すべきことは多くのレコーディングで第ニバイオリンを向かって右側に出していることである。第二バイオリンが右側に出て低音が中央にくることで音のバランスもよくなるし隠れていたメロディもでてきて曲の理解にも非常に効果的だ。マーラーの9番などはこの効果が大きい。

 シェーンベルクの彼のバイオリン協奏曲は、バイオリン声部をシェーンベルクが望むように私に口笛で吹くようにさせた演奏。シェーンベルクのややもすると四角ばった音触がとても滑らかになり、聴いていると力強く、シェーンベルクから直接メッセージをうけとることができるような歌心のある演奏になっている。シェーンベルクは12音でいたずらに音の組み合わせを追求したのではなくあくまでも音楽の流れに内面的な規範をいれておいて自分にとっても作曲の全体を見晴らしよくできるように工夫していたことが理解できる。シェーンベルクにとってはロマン派の延長の音響を古典的な音楽構造にいれこむための手法を開発したにすぎないのだ。

 クーベリックはこのように作曲家の本質を明らかにしつつ曲をもりあげる素晴らしい演奏家だった。CDではシェーンベルクの「バイオリン協奏曲」と上のドボルザークの「新世界より」を特にお勧めする。

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投稿者 iida : 00:27 | コメント (0) | トラックバック

Michael Nymanの弦楽四重奏を聴く

author: iida

 私がシェーンベルクにはまったのはこの作曲家のせいである。

この作曲家は1990年代のはじめまでピーター・グリーナウエイというこれまた私の好きな映画監督とコラボレーションで映画音楽を担当していた。過去の芸術家においては全体を統御することと、細部への異常なこだわりが完成品をつくらせていたが今日それをするとやや異常にもみえるがグリーナウエイは、気にせずグロテスクな映画をとっていた。

 ナイマンは「コックと泥棒、その妻と愛人」か「プロスペローの本」でクレジットを見て知った。

 そしてCD屋でナイマンの弦楽四重奏をみつけてなんの気なしにかった。

 ここに私が新ウィーン楽派のWebを開設しているのもこれがはじまりである。

 このあとここにおさめられた弦楽四重奏は華麗でヒステリックでナチュラルハイで慰めに満ち、音楽的時間が悦楽的な時間でもあることを私にすりこませた。もはや私は音楽無しでは生きていけないような気がしてきた。

 解説書をよむ。弦楽四重奏の1番のところを読むとシェーンベルクの弦楽四重奏2番とブルのキーボード曲からインスピレーションをえたという。

 ではシェーンベルクやブルの曲もこういう曲なんだろうとおもいこむ(あ、今わらったな?)。

 で、ラサールの全集をかった。これはCD評を読むと推薦されていたからであった。とりあえず期待していた音楽とはまるで異なった。

 それでもシェーンベルクは私を引き付けた。飲み込まれるのはあっという間だった。彼の内面的な感情が音楽としてあらわれているように感じたからだった。ナイマンにインスピレーションを与えたように私にもインスピレーションや様々なことを与えてくれた。音楽は時間発展の物語でもあること。音の進行には決まりがあったり音と感情が結びついていたり、感情と音の動きがあわない時にシェーンベルクはどうしたのかとか。全体的なまとめが物語りとしての音楽は必要としていること、超越の次元を覗き込むにはどのような作業をしなければいけないか。ほとんど私が化学の研究者として研究を組み立てたりプレゼンテーションをするのにも影響を及ぼした。よく考える。真理を表現する。それが私にとってのシェーンベルクだった。

 さてそうなってしまうとナイマンはきかなくなってしまった。しかも彼は映画音楽をさらにいろいろ書いていたし、ゲーム音楽までやっていて、シリアス指向を強めていった私には物足りなく感じた時もある。

 だがときどきはCD を聴く。

 今日はふとバラネスクカルテットの弦楽四重奏のCDをかけたら、とても彼について書きたくなった。そういう時は書いてしまえ!とばかり書いてみました。下は弦楽四重奏のなかでも特に好きな2番についてCDの時間をひろいながら書いてみましょう。

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弦楽四重奏 第2番

1楽章 はじめは妙にそろってでだすのだが徐々に分岐。テーマが一斉に噴出。体位法といっていいのか単にミニマルというのは0:50-ごろから旋律は一つになる。1:45からもとにもどる。バイオリンがきつい感じ。強固なリズム感がチェロで供され、それぞれの演奏家が自在に曲想を展開しているように聴こえる2:50まで。ここらからまたまとまる。

2楽章 ようすを伺うようにオスティナートをくり返し、0:35からのビオラ(チェロ?)の語りが独特。どんどん声が大きくなっていき、1:35秒から展開。2声部にわかれたのち、2:00ごろからビオラがまた割り込み。バイオリン2ほんのオスティナートは実に細かい。アラビアの装飾模様を思い出す。チェロが実に雄弁3:00ごろ。

3楽章 なぐさめににた感情が私をとりまく。低弦の通奏低音に0:40からバイオリンが低い声で歌いだす。この歌が僕はすきだ。1:50ごろまで優しい感情に包まれる。2:00からのとても美しいメロディとハーモニーは我を忘れる。2:40からの一区切りおいてもう一度、ていねいに歌うところもいい。3: 10からのバイオリンの謡方。3:23からのビオラ。3:33の全体の響き。

4楽章 痛切な雰囲気のもとかりたてるようにオスティナート。ナイマンののりのよさが抜群に発揮される。この楽章の終わりにかけて加速感がすごい。

5楽章 ふわふわした音の進行の後、主題が強固にくり返されそこにはじめにでてきた音が絡む。1:00から低弦はピッチカートでリズムをとっているだけだが3声部はミニマル的に歌い続ける。これもざっと聴くとヒステリックに聞こえるがそれぞれの声部を聴くようにするとそれぞれがリズムがことなりだんだんずれていくミニマルの手法をおもいきりメロディーミュージックに適用していることがわかる。万華鏡のようにずれていき華やかにもりあがったのち、3分ごろからそれらの結論ともいうべきもりあがりがある。

6楽章 つばさをひろげて空に飛び出したような気がする出だし。0:30くらいからビオラの主導するメロディがからみ曲想を展開させていく。1:00からまたビオラが注入する。バイオリンのオスティナートはかなり強烈。1:28からのリズム的な曲想はこれまでのテーマをのせていき、さらにハイテンションに加速しながら、こちらもハイにさせる。2:20からも基本的には前の2:40からのコーダはややあっけない。

第3番がおわって第1番がはじまりました。

 どこがどうシェーンベルクの弦楽四重奏の2番の第4楽章が関係あるかどうかわかりませんが、のびやかなメロディーミニマル的な音の進行、ロック的なリズムがとてもいいですね。

Fig Eの進行がすごく好きです。0:34から0:44の推移はいつも鳥肌がたちます。

Fig.Fのオルガン的な音の響きも実にのびやかで優しい。

Fig.Gはかっこいい楽章です。

Fig.Hは泣かせてくれます。たっぷりとためて内面へのエネルギーを溜め込みます。0:35からの歌はまるで映画「ゴースト」です。このメロディは1:55から急に暗闇に雰囲気を変えますが、そのコントラストで、

Fig.Iのヒステリックな進行へとつなげて行きます。

Fig.KではFig. Fの曲想を振り返っているのかな。

Fig. Lでは音をのびやかにオルガン的につくるとこところとこれまでの綺麗なメロディをあつめて盛り上げます。1:40からの部分はすかっとして爽快。どれにリズムをあわせていいのかよくわからなくなりますが(汗)3:00ごろに音に広がりをもたせて3:27いかにもコーダ、3:30-35吹っ切れるようにしておわり。

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 さてマイケルナイマン。私は以前音楽CD雑誌として、「レコード芸術」を買っていました。その中の評者がナイマンのなにかの音楽(CD)を「今のゲーム音楽の方が面白い」と書いていました。もともとレコード芸術は音楽家が述べた文章(これはとてもためになった)以外は読むべきところは宣伝くらいという、私にとっては日本の評論家ってレベル大丈夫か?と思っていたのですが、それを決定付けました。

 芸術というのは面白いかどうかではないだろ(怒)。「ゲーム音楽の方がよほど面白い」ということばに暗黙のうちにゲーム音楽はレベルが低いと見るポストモダン以前の芸術感とスノビズムといわば芸術というものに寄り掛かれば自分も高みにいるというアドルノが指摘したうさんくささを感じ、レコ芸は買うの止めさせていただきました。それ以来、レコ芸にはさわっていません。

 最後は怒りになってしまいましたが、ふだんはそんなことすっかり忘れて、サイト運営を楽しんでおります。チャオ!

2000/4/23 (日)

投稿者 iida : 00:19 | コメント (0) | トラックバック

2003年10月24日

新ウィーン楽派weblog

新ウィーン楽派のコンテンツをweblogエンジンを用いてコメント・トラックバックをつけられるようにしてみました。

皆様の情報交換がうまくいくようにと願っています。

手始めにWebernの(4)主要曲の感想、(5)CDについてを作成しました。それぞれのコンテンツにコメントをつけることができるようになりました。ご利用下さい。

MM ウェーベルンをかたる

コメント一覧はこちらを御覧下さい。
weblog

これまでの編集者の日記などのコンテンツはこちらです。引き続き、ここでも同様のコンテンツを書くつもりです。

投稿者 iida : 00:44 | コメント (0) | トラックバック

5−4.【全集】

・「ウェーベルン全集」(SONY SRCR 8711-3)

OP1-OP31,《J・S・バッハ 6声のリチェルカーレ 編曲》,《シューベルト ドイツ舞曲 D620 編曲》

ブーレーズ/ロンドンSO、ジュリアードQ、スターン(Vn)他

ウェーベルン/フランクフルトRSO

 このセットはCBSが新ウィーン楽派の中でもただでさえ録音の少なかったウェーベルンの作品をそれもまとめて録音したもので、DGGのラサールQの「新ウィーン楽派の弦楽四重奏曲全集」、カラヤンの「新ウィーン楽派の管弦楽曲集」と並んで、新ウィーン楽派が見直されるきっかけとなった記念碑的な意味を持っている。それまでは新ウィーン楽派の作品については同時期にこれほど体系的に録音されたことはなかった。

 このセットだけで作品番号付きの作品は全て揃う。しかも番号順であることが嬉しい。ウェーベルンは調性音楽から無調を経て十二音音楽へと後戻りすることなく進んできた作曲家であるため、番号順に入っていることの意味はことのほか重い。それだけでも買いである。

 ブーレーズに限ればバラになるがDGGよりベルリンPO他を振ったものが90年代に入って3枚出ている。それを核に例えばDGGでこのセットと同じ内容を揃えることも可能であるが、室内楽や声楽曲、ピアノのための変奏曲が各1枚であるので計3枚を別に購入する必要がある。もっとも、このセットに入っていない作品も幾つか手に入れることは出来るが番号順に聴くことは出来ない。

 価格はこのセットはミッド・プライスであるのに対し、バラ物はレギュラー・プライス中心となるため倍あるいはそれ以上の差になってくる。ウェーベルンは初めてでとりあえず全集を揃えたいということであればまずこのセットが頭に浮かぶ。ただ注意したいのはウェーベルンの作品には思いのほか歌曲が多く歌詞が重要な役割を果たす場合が多いので、英語がよほど堪能なら別であるが、歌詞及び解説書の翻訳を考えれば40−50%高くても日本盤を買った方が正解だと思う。

 ブーレーズのこのセットにおける演奏と新盤との比較であるが、シャープかつアグレッシブな感じはこのセットの方が際立っており、いわば現代音楽の延長線上にあるのに対し、新盤はオケのうまさ、ゆとり、流れの良さで勝っており、古典派、ロマン派の流れの延長線上にあるように思えないこともない。

 以上の印象は全ての曲に共通して感じられるが、テンポに関してはOP6までは新盤の方が速く、それ以降については旧盤の方が速いという現象が見られるのはどうしてだろうか?ブーレーズが過去の解釈を反省し録音し直した理由は知っていてもよくわからない。それはさておき、スタイルの違いは結構大きいのだが、いずれも高い水準でまとめているということで優劣は付け難く好みの問題としか言いようがない。

 ジュリアードがらみの室内楽に関しては、LP初期から既にこれらの作品を得意としていただけあってストレートな表現が目立ちブーレーズの演奏と一脈通じるものがある。細かいニュアンスの表出では他に優れたものもあるが、ジュリアードQのメンバーだけで演奏している作品の水準は高い。他の奏者が加わったりしている場合でもあまり違和感はない。

 独唱曲に関しては他にもっと良いものがあるようにも思うが表現主義的な歌唱ということであればこれもなかなか捨て難いと思う。

 シェーンベルクに関しての著書もあるローゼンの弾く《ピアノのための変奏曲》に関しては残念ながら他に面白いものがたくさんあるように思う。所属アーティストにグールドがいたのに何故?

そして忘れてならないのはこのCDの最後に入っているウェーベルンの自作(編曲)自演のシューベルトのドイツ舞曲である。これ以外に自作を振ったものはないという意味でも貴重である。シューベルトに敬意を表してか穏やかな原曲のイメージを色濃く残した編曲であり、本人の指揮について把握するまでは至らないが感慨深いものがある。

 最後の曲は別として、セット物ということで編成によって音場の違いが出るのはやむをえないがSBMでリマスタリングしてあり音自体は悪くない。

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5−3.【声楽曲&協奏曲】

これはCDを見つけるのが大変。

出ている数が圧倒的に少ないことが原因であるが、やはりそれは魅力のある作品が少ないからだと思う。

前にも書いたように声楽曲は苦手なので、差障りのないことしか書いてない。

・「ブーレーズ・コンダクツ・ウェーベルン」(DG POCG 1944)

《ピアノ五重奏曲 (1907)》,OP2,OP8,OP10,OP13,OP14,OP15,OP16,OP17,OP18,OP19,OP22,OP24

ブーレーズ/E・I・C

エルツェ(Sp),ポレ(Sop)

これはどこのジャンル的に入れるべきか迷った。結局声楽曲が一番多かったのでここに入れたが、ピアノ伴奏以外の中期を中心とした声楽曲とロマン派の影響が残る《ピアノ五重奏曲 (1907)》、《四重奏曲 OP22》、《協奏曲 OP24》が収録されており、これらの演奏の水準も高い。

・「ウェーベルン歌曲集」(輸入盤 DG 447103-2)

《3つの歌曲 (1899-1903)》,《初期の8つの歌曲(1901-1904)》,《5つの歌曲(1906-1908)》,OP3,OP4,《4つの歌曲(1908-1909)》,OP12,OP23,OP25,

クリスティーナ・エルツェ(Sp)

ウェーベルンの作品番号のついたピアノ伴奏付独唱曲はこれ1枚で全部揃う。エルツェは、上記のブーレーズ・コンダクツ盤で歌っているので、そのシリーズを補完するものとして企画されたと考えられる。国内盤があるかどうかはわからないが、輸入盤でも手に入れ易い部類だと思う。演奏については曲が良くわからないのでなんともいえないが、ブーレーズのお眼鏡にかなった人だけに間違いないと思う。

あとピアノ伴奏付歌曲集ではドロシー・ドロウ、ウルズラ・レッセル他があったと思うが、マイナーレーベルであり、大手のCDショップでも置いていないところが多いと思う。

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投稿者 iida : 00:01 | コメント (0) | トラックバック

2003年10月23日

5−2.【室内楽曲&器楽曲】

・「弦楽四重奏のための作品全集」(DG POCG 1865)

《弦楽四重奏のための緩叙楽章 (1905)》,OP5,《弦楽四重奏曲(1905)》,OP9,《弦楽四重奏のためのロンド (1906)》,《弦楽三重奏のための楽章 (1925)》,《弦楽四重奏のための3つの小品 (1913)》,OP20,OP28

エマーソンSQ他

選曲は弦楽のための室内楽の1枚物としては100点満点である。録音も非常に良い。曲の収録順は作品番号のあるものは年代順であるが、間に入ってる作品番号のない曲は必ずしもそうではない点が惜しいと思う。しかし収録順に聴いていくと聴き疲れしない。

演奏については、シャープかつダイナミック、それでいて細かなニュアンスにも欠けていない血の通った演奏である。1曲目の《弦楽四重奏のための緩叙楽章》の後期ロマン派の世界から、最後の《弦楽四重奏曲 OP28》の十二音の世界までたっぷりと味わえる。Buy it ! Buy it !

・「弦楽四重奏作品全集」(MONTAIGNE IDC 6110)

OP5,OP9,OP20,OP28,《弦楽四重奏のための緩叙楽章 (1905)》,《弦楽四重奏曲(1905)》,《弦楽四重奏のためのロンド (1906)》,《弦楽三重奏のための楽章 (1925)》

アルディッティSQ

エマーソンSQと比べると《弦楽三重奏のための3つの小品》が1曲少ないが、主要曲は全部入っている。

演奏については、前衛から見たウェーベルンというか、極めて歯切れのいい演奏である。細かなニュアンスを求める向きにはちょっとキツイかもしれないが、これが最も現代的な解釈だと思う。

・「新ウィーン楽派の弦楽四重奏曲全集」(DG POCG 3146-3149)

OP5,OP9,《弦楽四重奏曲(1905)》,OP28

ラサールQ

新ウィーン楽派の弦楽四重奏曲が4枚のCDに集録されており、そのいずれもが極めて高い水準で演奏されている。彼らは、演奏する前に楽譜を自ら写し、徹底的に練習して録音に臨んだという。新ウィーン楽派に対する共感という面では筆頭に挙げべきもの。

演奏については、今となってはダイナミック、シャープさはエマーソンSQに一歩譲る。しかし、やや細みであるがアンサンブルは完璧、また各声部のバランスが良いため、各声部の動きが非常によくわかる。この手の音楽を聴くには絶好のCDである。新ウィーン楽派の室内楽に興味を持ったら、是非とも手元に置きたい。

なお、このCDに未収録の《弦楽四重奏のためのロンド》、OP20等4曲を収めた別のCD(DG POCG-3151)もある。

・「20世紀の弦楽四重奏曲集」(TELDEC WPCS 4895)

OP6,OP9,OP28

アルバン・ベルクQ

旧メンバーによる20年以上前の録音であるが、今も輝きを失っていない。それだけに収録曲が少ないことが残念である。

演奏については、ラサール弦楽四重奏団と比べると、こちらの方がやや線が太く、音色も豊かである。欲を言えば、未収録曲も含めて新録音を期待したい。

その他に弦楽四重奏の作品が数曲収められているCDとして、イタリアQ、ゲウァントハウスQ、ウィーン・アルティスQ等があるが、上記のCDで十分だと思う。

弦楽以外の室内楽として、

・「新ウィーン楽派の室内楽作品集」(DG POCG 1954)

OP7,《チェロとピアノのための2つの小品 (1899)》,OP11,《チェロ・ソナタ (1914)》

クラメラータ・ムジカ(クレーメル(Vn),マイヤー(Cl),マイセンベルク(Pf)他)

これには弦楽三重奏、四重奏以外の室内楽曲が4曲収められているが、これでしか聴けないものもあり貴重である。クレーメルの意外性のある選曲にはいつも感心する。マーラー、シェーンベルク、ベルクのあまり聴く機会のない曲も併録されており、そういった面でもお推めの1枚。

演奏については、後述のタッシ盤との比較になるが《ヴァイオリンとピアノのための4つの小品 OP7》、《チェロとピアノのための3つの小品 OP11》については、ピアノに関してはタッシ盤の方がいいと思うが、弦楽器に関してはクラメラータ盤の方がニュアンスの表出で1枚上手のように思う。録音はクレメラータ盤の方がいい。

・「タッシ プレイズ メシアン・タケミツ・ウェーベルン・ストラヴィンスキー」(BMG BVCC8899-8900)

OP27,OP7,OP11,OP22

タッシ(P・ゼルキン(Pf),ストルツマン(Cl),カヴァフィアン(Vn)他)

2曲が上記CDとダブッている。こちらは室内楽だけでなく《ピアノ変奏曲 OP27》も入っている。2枚組でメシアン《世の終わりのための四重奏曲》、武満《ピアノ作品集》、ストラヴィンスキー《兵士の物語》他が収録されており、これらもいい。

演奏については、室内楽はクラメタータ盤を参照されたいが、《変奏曲 OP27》については、後述のポリーニ盤と比べるとやや神経質な感じを受けるが、間の扱いは絶妙である。

・「ストラウィンスキー 《ペトルーシュカ》他」(ポリドール POCG3593)

OP27

ポリーニ(Pf)

これはカップリングされた曲がすごい!

タイトル曲の他に、プロコフィエフ《戦争ソナタ》、ブーレーズ《第2ソナタ》。

今世紀のピアノのCDを選べといわれたら、このCDは欠かせない。

演奏については、確信に満ちており音も美しい。

これ以外にも、グールドで2種(SONY 54年、64年)、セット物で「新ウィーン楽派のピアノ曲集」高橋悠治盤(DENON)がある。後者は同曲以外に番号の付いていない曲が4曲収録されており、2枚組で新ウィーン楽派のピアノ作品が揃ってしまうので、新ウィーン楽派のピアノが好きな人には一番いいかもしれない。演奏については未聴であるが、まず間違いないと思う。

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4−5.【声楽曲】

作品番号のついた作品は半分以上が声楽曲である。特に中期の作品は全て声楽曲、そのほとんどが独唱曲、それもソプラノ用が特に多く、また無調から十二音への移行はこの時期におこなわれている。。また、彼はシェーンベルクとは異なりシュプレヒスティーメは採用しなかったし、オペラにも全く手を出さなかった。

歌詞については、初期はゲオルゲなど著明な詩人の手によるものであったが、後期には女流詩人ヨーネの叙情詩だけになっていった。余談だが、ヨーネの書いたウェーベルンの肖像画が残されている。

私は声楽曲は苦手である。おまけに持っているCDは輸入盤である。たとえ、英訳が付いていても、詩となるとそのまま訳しただけでは用をなさない。そういったハンディがあるので、声楽曲について語る資格はない。だから以下はあまり参考にはならないと思う。

独唱曲

ウェーベルンは独唱曲を結構たくさん作っているが、旋律は無調、十二音となるにつれてわかりにくくなってくる。

初期の美しいメロディーのものはドイツ歌曲らしからぬ明るさと軽さを備えているが、無調以降の曲になると、ピアノ伴奏付のものは特に、モノクロームの世界にいるようである。このギャップはかなり大きい。

合唱曲

独唱曲とまったく印象が変わる。これは結構イケる。何といっても響きが多彩である。これは、ウェーベルンが合唱指揮者をしていたことと関係があるかもしれない。

幻想的な響きを持った無伴奏の《軽舟にのってのがれよ OP2》、伴奏のアクセントが面白い《2つの歌曲 OP19》、官能性すら感じさせる《眼の光 OP26》、そしてウェーベルンの器楽と声楽と集大成と思わせる《カンタータ第1番 OP29》、《カンタータ第2番 OP31》のすべてがそれぞれ個性的な音響空間を形成している。

声楽曲には

最後に余談ではあるが、ウェーベルンの作品番号の付いている曲の中で一番演奏時間が短いものは《チェロとピアノのための3つの小品 OP11》で演奏時間が2分半から3分、最も長い曲でも《カンタータ第2番 OP31で15分前後である。番号のないものでは初期の《夏風の中で》が14分から16分が一番長い。

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4−4.【器楽曲】

《ピアノのための変奏曲 OP27》

時に《ゴールドベルク変奏曲》に匹敵すると評される曲。最初それを頭に置いて聴いたが、ポツン、ポツンとした音に拍子抜けした覚えがある。しかし美しい曲である。まるで透明な結晶体の1辺1辺をたどっているような印象を受ける。

これも一筋縄ではいかない変奏曲であるので、頭で聴くことも出来るが、頭をカラッポにして聴いても鎮静剤がわりになる。

作品番号の付いている曲は1曲だけである。他に番号のないものが数曲ある。

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4−3.【室内楽曲】

《弦楽四重奏のための5楽章 OP5》

圧縮様式が始まった曲で、緊張感が強い。色々な奏法が駆使されており、まるで弦楽器奏法のカタログである。過去にこれだけ多くの音色がこれほど短い曲の中に聴こえたことがあったろうか?室内楽で最初に聴くべき曲だと思う。個人的には今までで聴いた回数が一番多い曲であり、ウェーベルンのイメージはこれで形成された。管弦楽編曲版もあり、また違ったよさがある。

《ヴァイオリンとピアノのための4つの小品 OP7》

圧縮様式、弦楽器奏法のカタログである点は前曲と同じである。時代が逆なので例えるにはちょっと気が引けるが、1曲目と4曲目の入りがメシアンを思わせる。また、注意していないと聴き落とすが、1曲目の最後にピアノの意外な音が聴こえる。2曲目は前の《弦楽四重奏のための5楽章 OP5》との関連が極めて強いように思えう。ここで聴けるピアノはウェーベルンでは最もダイナミックではないだろうか?

《弦楽四重奏のための6つのバガテル OP9》

圧縮様式のピークにある作品。まさに「瞬間芸の世界」。アレッと思っているうちに終わってしまう。《弦楽四重奏のための5楽章 OP5》の方が迫力があるが、全体的に一段と洗練され、細かいニュアンスが感じられる音楽となっている。

「ほんの一つの身ぶりで一編の長編小説を、ほんの一息の吐息で或る幸運を表現すること、かかる凝縮は、節制に応じて悲哀に溺れぬところでのみ起こるのである。」(シェーンベルク《6つのバガテル》への序文より)

《チェロとピアノのための3つの小品 OP11》

これは圧縮様式の最後の作品。1曲1曲は《弦楽四重奏のための6つのバガテル OP9》より長いが、作品全体の演奏時間は最も短い。作品7もそうであるが、ピアニッシモの音が消えていく時、無限の暗い闇が訪れる。

《弦楽三重奏曲 OP20》

この曲は集中的に声楽曲が書かれた後に、再び器楽曲に戻った最初の曲であると共に、十二音技法の最初の作品である。そして完成度という点では最上位に置かれるべき曲である。筋金入りの強靭さとスキのないこの曲が好きである。バルトークの中期の弦楽四重奏曲等が好きな人ならきっと気に入ると思う。

「弦楽三重奏曲は、最後の音まで構成されていると同時に、ここでは構成されたものなど一つもないのである。以下略」(アドルノ「ウェーベルン論」)

《四重奏曲 OP22》

ヴァイオリン、クラリネット、テノール・サクソフォーン、ピアノといった特異な組合せであり、だれが聴いても点描主義の音?が理解できる作品である。

普段聴き慣れていない分、妙にサクソフォーンが艶めかしく、全体の音色を支配している。ウェーベルンの作品の中ではこの曲はなぜか気楽に聴くことが出来る。

《弦楽四重奏曲 OP28》

室内楽では最後の作品であり、BACHの4音をもとにした音列を使用している。ウェーベルンのライヒへの手紙によれば、ウェーベルンはこの作品、特に第3楽章に相当自信を持っていた様子である。

前期の弦楽四重奏のための作品とは一線を画しており、音が自発的に流れていくような印象がある。好きな曲だが、第2楽章のカノンが印象的ということ以外特徴がとうも説明しにくい。ただあるがままに弦の響きを楽しんでいる。

この他に番号のない弦楽四重奏曲は初期を中心にいくつかあるが、どれも聴き易いと思う。

声楽曲の次に多く作曲しているのは室内楽曲であり、習作や、未完のものを含めると弦楽四重奏のための作品は20曲以上あるという。また、作品番号のない弦楽三重奏曲が中期の後半に2曲、チェロとピアノのための作品が2曲ある。

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4−2.【協奏曲】

《協奏曲 OP24》

シェーンベルクの還暦祝いとして作曲された9つの楽器のための協奏曲であるが、最初は《ディヴェルティメント》として構想された。

点描的な曲であり、各楽章に3音の音型が基本形、反行形、反行形の逆行形で繰返し出てくることが印象的である。そういう意味ではわかり易いかもしれない。

協奏曲には、射殺されたことで未完に終わったものがある。

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5−1.【管弦楽曲】

・「ウェーベルン管弦楽曲集」(LONDON POCL 1349 輸入盤 DECCA 444593-2)

OP1,OP6,OP10,OP21,OP30,《J・S・バッハ 6声のリチェルカーレ 編曲》,《夏風の中で》

ドホナーニ/クリーウランドO

選曲は、管弦楽の1枚物としては最もいいし、録音も優秀である。

演奏は、知と情のバランスがとれており、メリハリもあって明快である。ドホナーニは細部から全体を組み上げていくタイプの指揮者であると考えているので、ウェーベルンはこの指揮者向きだと思う。加えて、このオーケストラの硬質で清澄な響きはウェーベルンに相応しい。このオケはかつて厳格なるセルのもとで世界一のアンサンブルを誇った。私はセル、そしてこのオケが今でも大好きである。セル亡き後、指揮者が変わるたびにオケの水準が落ちていくようで残念だった。しかし、ドホナーニになってからは「室内楽的なまとまり」が確実に戻ってきている。ということで、管弦楽曲の最初の1枚としてはこれしかない。Buy it ! Buy it !

・「ブーレーズ・コンダクツ・ウェーベルン 2」(DG POCG 1837)

OP1,OP5,OP6,《J・S・バッハ 6声のリチェルカーレ 編曲》,《シューベルト 6つのドイツ舞曲 D620 編曲》,《夏風の中で》

ブーレース/ベルリンPO

DGのブーレーズのシリーズでは、唯一これだけが管弦楽曲だけで占められ、次の第3集と合わせて管弦楽曲が揃う。

演奏については、ブーレーズが名手揃いのベルリン・フィルを振っているが、予想どおり繊細かつ緻密な音を出している。特に弱音の美しさはさすがベルリン・フィルである。同じオケを振ったカラヤン盤と比べて各パートがよく聴き取れる。これは録音の新旧だけの問題ではないと思う。分析用?としてはこれが一番である。

実は私はブーレーズが振るドイツ.オーストリア系音楽はあまり好きではない。これはどのオケを振ったものでも同じである。なにか足らないものを感じる。しかし、新ウィーン楽派となると話は別である。果たしてブーレーズほど新ウィーン楽派のスコアを綿密に検討した指揮者がいるだろうか?多分いないだろう。また、中でもウェーベルンの作品の一番の理解者でもある。そう思っているので絶対的なものを感じてしまう。

・「ブーレーズ・コンダクツ・ウェーベルン 3」(DG POCG 10004)

OP21,op26,op29,OP30,OP31

ブーレース/ベルリンPO

エルツェ(Sop),コンフィレイ(Bs)

BBCシンガーズ

このCDには後期の重要な声楽曲が3曲入っていたが、重要作《交響曲 OP21》、《変奏曲 OP30》が収録されているのでここに入れた。

演奏については、管弦楽については前と同様である。変奏部分についてもこれが一番わかり易いので、特に後期の管弦楽曲が聴きたければ最適な1枚だと思う。

3曲入っている合唱曲は全て好きな曲である。これを聴いていて、弱音での声の扱いにドビュッシーの録音を思い出し、ブーレーズはフランス人だったと妙に納得してしまった。

・「ウェーベルン管弦楽曲集」(輸入盤 DG 423254-2)

OP1,OP5,OP6,OP21

カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー

曲数が少ないことが残念である。録音も少し古い。ロマン派の延長として聴くならこれ。普通の?クラシック音楽を聴いてきた人には一番抵抗が少ないと思う。

演奏については、カラヤンらしく聴かせどころをしっかりおさえ、よく歌わせており、時に凄味を感じさせる。最も官能性が強く奥行きも感じられるが、切れ味には不足する。何も考えずに音楽に浸るならこれが一番いいかもしれない。入っている順に聴いていけば作品の変遷がよくわかる。

以下未聴ではあるが、まず間違いない物として

・「シェーンベルク《ワルシャワの生き残り》他」(DG POCG 4183)

OP1,OP6,OP10,OP30,《J・S・バッハ 6声のリチェルカーレ 編曲》

アバド/ウィ−ンPO

カタログを見ていて冷汗が出て来た1枚。

購入リストに入れていたが、繰り越していくうちに漏れてしまっていた。これを聴かずにこの文章を書いていること自体恥ずかしい。現代音楽を得意とするアバドと、新ウィーン楽派とアイデンティティを同じくするウィーン・フィル、それだけでも必聴であるが持っていない。きっと金管がいいだろうな。シェーンベルクも期待出来そうだし・・・

・「ウェーベルン管弦楽の為の作品集」(DEUTSCHE SCHALLPLATTEN TKCC 70425)

OP1,OP5,OP6,OP10,OP21

ケーゲル/ライプツィッヒ・ゲウァントハウスO

同一曲を聴きくらべると、大抵の場合一番不気味なのがケーゲルの演奏である。特にOP5、OP6あたりがケーゲルには合っていると思うので、コワイ演奏が聴きたければいいかもしれない。但し2枚目のCDとして。

その他にもシャイー、インバル、ドラティ、ベーム!他も一部の曲を入れているが未聴である。

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投稿者 iida : 23:07 | コメント (1) | トラックバック

4−1.【管弦楽曲】

《夏風の中で》

題名はウェーベルンの作品の中で一番いい(笑)。夏のそれも午前中のイメージが浮ぶが、ワーグナーの《ジークフリート牧歌》の二番煎じに聴こえてしまう。シェーンベルクに師事する前のウェーベルンの作品であり、まったく別人の作といってもいい。やはり管弦楽では次作《パッサカリア OP1》以降を聴くべきである。言っちゃ悪いが、この曲はなくても特に支障のない曲である。もし買うにしても最後でいい。但し、同じ年に書かれた弦楽四重奏のための作品は面白いと思う。

《パッサカリア ニ短調 OP1》

作品番号のついた管弦楽曲では唯一の調性音楽であり、後期ロマン派、中でもブラームスやワーグナーの影響が感じられる曲である。シェーンベルクに師事した最後の年に書かれたものであり、前記の《夏風の中で》と比べるとシェーンベルクの影響の大きさがわかるであろう。主題に同一音の反復がなく、冷やかな感触などにウェーベルンらしさもみられる。入門用としては一番抵抗がないと思う。

《管弦楽のための6つの小品 OP6》

緊張感の強い音楽である。まず、何をおいてもお聴きなさいということになるが、暗い森の中の不気味な生き物の生態を見ているような音楽である。この曲と《弦楽四重奏のための5楽章 OP5》とは目指しているものが同じような気がする。大管弦楽のための作品ということもあるが、ウェーベルンの音楽の中では、最も衝撃的、暴力的な面が目立つ作品である。家族のいないときにヴォリュームを上げて聴くともう最高!《幻想交響曲》の断頭台への行進のイメージがダブる。

《管弦楽のための5つの小品 OP10》

圧縮様式の管弦楽の傑作。前の曲と同じ書き方になってしまうが、この曲と《弦楽四重奏のための6つのバガテル OP9》とは目指しているものが同じような気がする。また、これは前作《管弦楽のための6つの小品 OP6》の延長線上にあるが、管弦楽の編成が小さくなっている分、すっきりして見透しがいい。完全に視線は未来を見ており、後期につながるものが感じられる。

《交響曲 OP21》

技法上の重要作として戦後の現代音楽家達が注目した傑作であるが、一般に人気のある曲ではない。初演はアメリカでおこなわれたが、爆笑の渦に巻き込まれ、音楽をかき消すほどであったそうだ。交響曲としては確かに短い(10分強)が、もっと短い交響曲だって存在するし、別にコミカルな曲には思えない。強いてあげれば第2楽章のホルンの音型くらいか?この爆笑の原因は私には大きな謎である。

管弦楽の編成は小さく、室内交響曲といった方がいい。また、前期の管弦楽曲に見られた衝撃的、凝縮的な面は完全に影を潜めている。その半面、音数が減ることで透明度は増し、弱音が一段と目立つようになってくる。第一楽章 ソナタ、第二楽章 変奏曲ということであるが、十二音技法の音楽では変奏曲でもどのように変奏しているかがわかりにくい。それを繰返し聴くことで、謎解きをする楽しみが出てくる曲である。

ホルンとクラリネットとハープ、そして引きずるような弦が目立つ。ところどころで逆行形、反行形と思わせるところがあるが、この曲が本当に面白いと思うまで結構時間がかかった。それは、深夜ボリュームを絞って聴いているときに突然やってきた。そしてしばらく中毒になった。

《J・S・バッハ 6声のリチュルカーレ 編曲》

これを編曲した時期は既に後期に入っているので、点描の中に断片がと期待したが、それは最後まで報われなかった。BGMとして聴いていると、バッハで通ってしまうほどである。これは僕の耳に問題ありか?とはいえ、原曲(基準はセオンのレオンハルト、クイケン兄弟達の演奏)に比べ、繊細かつ色彩感も増している。

さる高名な指揮者が編曲した管弦楽編曲版《トッカータとフーガ》を厚化粧の大年増とすると、こちらは若い修道女が初めて化粧をして、鏡を見て少し恥じらいの表情を浮かべているといったところか。

編曲物ではこれが一番成功していると思う。ウェーベルンが他の作曲家の作品を編曲した物はこれ以外にもあるが、自作を編曲したものと比べると、意外と手を入れる範囲が少なく予想外に原曲を尊重していると思う。

《管弦楽のための変奏曲 OP30》

この曲も技法上の重要作として戦後の現代音楽家達が注目した傑作であるが、ウェーベルンはこの曲で音列のみならず、音価(音符や休止符の長さ)にもセリーを使い出した。 繰り返して聴いた。実に主題が短い。こんなに短いの? これだとするとたった2小節、音符もたった4つである。それがわかっても一筋縄ではいかないのが変奏曲である。あれこれ思いを巡らせながら聴くことになる。そういう面があるから飽きない。

管弦楽曲には《弦楽四重奏のための5楽章 OP5》を管弦楽用に編曲したものがあるほか、他の作曲家の作品を編曲したものが10曲以上ある。

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投稿者 iida : 22:54 | コメント (0) | トラックバック

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新ウィーン楽派をはじめましょう

投稿者 iida : 21:16