ロマネスク教会の建築と彫刻 シュテファン大聖堂 その3 シュテファン大聖堂の内部 最も美しい内部空間、シュテファン大聖堂。何度言っても過言ではないが、世界で最も荘厳な教会空間を我々は有しているのである。 アドルフ・ロース (司教座聖堂 ウィーン聖シュテファン大聖堂 R. H. グルーバー著) さてリーゼン門をくぐって中にはいろう。でかい。これはいくつゴシック教会をみてもそう思う。長くて高いたてものは他にはあまりないせいだろうか。 身廊の高さは28 m。大聖堂外部全長は107 mだという。 中は当然静かで写真をとっちゃまずいかな、とかおもってるとフラッシュ撮影している欧米人もいて(爆)、あまり気にしずに、というかどうどうと撮影した。 しかし、私がいうのものなんだが神の家なんだからしずかにしなくちゃいけないのだよ。 左の写真では中央祭室と天井をみてほしい。祭室は聖ステパノの殉教(石をなげられたそうだ)の絵でエルサレムの城壁の外で行われた処刑をあらわしているそうだ。 天井はしっくい?がぬられ石は見えない。 またかかっているシャンデリアがなかなか豪華だ。 身廊はイエス・キリストをあらわしているという。 ゴシックの柱、柱、柱・・・・ ゴシックの柱はロマネスクにくらべるとずいぶん可愛げがない。 とにかく太くて高い。技術的な完成度がたかい。 柱はまさに積み木細工でつまれている。木の柱では垂直なのだが、実は細かい水平が垂直をつくっているという感じ。 しかし、今見るとリブ・ボールトはなかなか華奢にみえてキュートだ。 北側の祭室。奥に見える祭壇画のふるいものは中世・ゴシック博物館においてある。 こちらは神の母マリアに関係しているという。 南側の祭室。ここは次の日曜日のミサに演奏席となっていた。椅子が見えるのでわかるとおもう。右手にパイプオルガンが見えます。 こちらは使徒に関連しているという。 逆光でCCDがまともにデータをひろってないので拡大してもよくわからん写真だと思います。 右側で扉をあけてこちらに微笑んでいるのはこの大聖堂をつくった建築家(アントン・ピルグラム)ではないかといわれていましたが近年否定されたそうです(結局だれなんだ)。15世紀後半1480年までにつくられたものだそうです。 この一角は手すりで囲まれています。非常に精巧な彫刻なのです。建築家の左の柱を見て下さい! この上部を撮影したのが下の写真。 ゴシックゴシックしているのがわかりますね。 説教段として使われていた様です。どうでしょうか?とても精巧ですよね。いたるところに細やかに彫刻がほられています。すかし模様というかレースのようになっているのは、これはフィッシュブラーゼ(魚の浮き袋)模様というそうである。たしかに小さいものと大きいものがくっついて一つの形になっています。 石材は砂岩で3つのブロックからなっている。 顔を乗り出してこちらを見ているのはローマカトリック教父4人で、右に見えるのは右から聖アンブロジオ、聖ヒエロニムス。 3つの石材と4人の聖人で3x4=12なのだそうだ。ちょっとまて、<かける>である必要はどこにあるのか。マイナスやプラスはなぜ採用されなっかったのだろうか? この説教壇は由緒正しいもので、1522年1月12日にはプロテスタントの説教師パウルス・スペラトゥスがゲオルク・フォン・スラトコニア司教から説教壇をうばい、修道生活から抜けるよう修道士・修道女にむかって説教がおこなわれたという。 有名な「虫歯のキリスト」。ゴシック様式。このキリストが虫歯でいたそうな顔をしているとかいうのですがそういうオチャラケたこともいえるんですねぇ。 これは伝説である酔っぱらった男がそのようにこの像にからん後帰宅すると猛烈に歯が痛くなり、許しを乞いに再度お参りしたら痛みがとれたそう(爆)。 *写真はクリックで大きくなります。 1999/12/19 作成 ウィーンのページへもどる ロマネスクのページへもどる
ロマネスク教会の建築と彫刻 シュテファン大聖堂 その3 シュテファン大聖堂の内部 最も美しい内部空間、シュテファン大聖堂。何度言っても過言ではないが、世界で最も荘厳な教会空間を我々は有しているのである。 アドルフ・ロース (司教座聖堂 ウィーン聖シュテファン大聖堂 R. H. グルーバー著) さてリーゼン門をくぐって中にはいろう。でかい。これはいくつゴシック教会をみてもそう思う。長くて高いたてものは他にはあまりないせいだろうか。 身廊の高さは28 m。大聖堂外部全長は107 mだという。 中は当然静かで写真をとっちゃまずいかな、とかおもってるとフラッシュ撮影している欧米人もいて(爆)、あまり気にしずに、というかどうどうと撮影した。 しかし、私がいうのものなんだが神の家なんだからしずかにしなくちゃいけないのだよ。 左の写真では中央祭室と天井をみてほしい。祭室は聖ステパノの殉教(石をなげられたそうだ)の絵でエルサレムの城壁の外で行われた処刑をあらわしているそうだ。 天井はしっくい?がぬられ石は見えない。 またかかっているシャンデリアがなかなか豪華だ。 身廊はイエス・キリストをあらわしているという。 ゴシックの柱、柱、柱・・・・ ゴシックの柱はロマネスクにくらべるとずいぶん可愛げがない。 とにかく太くて高い。技術的な完成度がたかい。 柱はまさに積み木細工でつまれている。木の柱では垂直なのだが、実は細かい水平が垂直をつくっているという感じ。 しかし、今見るとリブ・ボールトはなかなか華奢にみえてキュートだ。 北側の祭室。奥に見える祭壇画のふるいものは中世・ゴシック博物館においてある。 こちらは神の母マリアに関係しているという。 南側の祭室。ここは次の日曜日のミサに演奏席となっていた。椅子が見えるのでわかるとおもう。右手にパイプオルガンが見えます。 こちらは使徒に関連しているという。 逆光でCCDがまともにデータをひろってないので拡大してもよくわからん写真だと思います。 右側で扉をあけてこちらに微笑んでいるのはこの大聖堂をつくった建築家(アントン・ピルグラム)ではないかといわれていましたが近年否定されたそうです(結局だれなんだ)。15世紀後半1480年までにつくられたものだそうです。 この一角は手すりで囲まれています。非常に精巧な彫刻なのです。建築家の左の柱を見て下さい! この上部を撮影したのが下の写真。 ゴシックゴシックしているのがわかりますね。 説教段として使われていた様です。どうでしょうか?とても精巧ですよね。いたるところに細やかに彫刻がほられています。すかし模様というかレースのようになっているのは、これはフィッシュブラーゼ(魚の浮き袋)模様というそうである。たしかに小さいものと大きいものがくっついて一つの形になっています。 石材は砂岩で3つのブロックからなっている。 顔を乗り出してこちらを見ているのはローマカトリック教父4人で、右に見えるのは右から聖アンブロジオ、聖ヒエロニムス。 3つの石材と4人の聖人で3x4=12なのだそうだ。ちょっとまて、<かける>である必要はどこにあるのか。マイナスやプラスはなぜ採用されなっかったのだろうか? この説教壇は由緒正しいもので、1522年1月12日にはプロテスタントの説教師パウルス・スペラトゥスがゲオルク・フォン・スラトコニア司教から説教壇をうばい、修道生活から抜けるよう修道士・修道女にむかって説教がおこなわれたという。 有名な「虫歯のキリスト」。ゴシック様式。このキリストが虫歯でいたそうな顔をしているとかいうのですがそういうオチャラケたこともいえるんですねぇ。 これは伝説である酔っぱらった男がそのようにこの像にからん後帰宅すると猛烈に歯が痛くなり、許しを乞いに再度お参りしたら痛みがとれたそう(爆)。 *写真はクリックで大きくなります。
最も美しい内部空間、シュテファン大聖堂。何度言っても過言ではないが、世界で最も荘厳な教会空間を我々は有しているのである。
アドルフ・ロース
(司教座聖堂 ウィーン聖シュテファン大聖堂 R. H. グルーバー著)
さてリーゼン門をくぐって中にはいろう。でかい。これはいくつゴシック教会をみてもそう思う。長くて高いたてものは他にはあまりないせいだろうか。
身廊の高さは28 m。大聖堂外部全長は107 mだという。
中は当然静かで写真をとっちゃまずいかな、とかおもってるとフラッシュ撮影している欧米人もいて(爆)、あまり気にしずに、というかどうどうと撮影した。
しかし、私がいうのものなんだが神の家なんだからしずかにしなくちゃいけないのだよ。
左の写真では中央祭室と天井をみてほしい。祭室は聖ステパノの殉教(石をなげられたそうだ)の絵でエルサレムの城壁の外で行われた処刑をあらわしているそうだ。
天井はしっくい?がぬられ石は見えない。
またかかっているシャンデリアがなかなか豪華だ。
身廊はイエス・キリストをあらわしているという。
ゴシックの柱、柱、柱・・・・
ゴシックの柱はロマネスクにくらべるとずいぶん可愛げがない。
とにかく太くて高い。技術的な完成度がたかい。
柱はまさに積み木細工でつまれている。木の柱では垂直なのだが、実は細かい水平が垂直をつくっているという感じ。
しかし、今見るとリブ・ボールトはなかなか華奢にみえてキュートだ。
北側の祭室。奥に見える祭壇画のふるいものは中世・ゴシック博物館においてある。
こちらは神の母マリアに関係しているという。
南側の祭室。ここは次の日曜日のミサに演奏席となっていた。椅子が見えるのでわかるとおもう。右手にパイプオルガンが見えます。
こちらは使徒に関連しているという。
逆光でCCDがまともにデータをひろってないので拡大してもよくわからん写真だと思います。
右側で扉をあけてこちらに微笑んでいるのはこの大聖堂をつくった建築家(アントン・ピルグラム)ではないかといわれていましたが近年否定されたそうです(結局だれなんだ)。15世紀後半1480年までにつくられたものだそうです。
この一角は手すりで囲まれています。非常に精巧な彫刻なのです。建築家の左の柱を見て下さい!
この上部を撮影したのが下の写真。
ゴシックゴシックしているのがわかりますね。
説教段として使われていた様です。どうでしょうか?とても精巧ですよね。いたるところに細やかに彫刻がほられています。すかし模様というかレースのようになっているのは、これはフィッシュブラーゼ(魚の浮き袋)模様というそうである。たしかに小さいものと大きいものがくっついて一つの形になっています。
石材は砂岩で3つのブロックからなっている。
顔を乗り出してこちらを見ているのはローマカトリック教父4人で、右に見えるのは右から聖アンブロジオ、聖ヒエロニムス。
3つの石材と4人の聖人で3x4=12なのだそうだ。ちょっとまて、<かける>である必要はどこにあるのか。マイナスやプラスはなぜ採用されなっかったのだろうか?
この説教壇は由緒正しいもので、1522年1月12日にはプロテスタントの説教師パウルス・スペラトゥスがゲオルク・フォン・スラトコニア司教から説教壇をうばい、修道生活から抜けるよう修道士・修道女にむかって説教がおこなわれたという。
有名な「虫歯のキリスト」。ゴシック様式。このキリストが虫歯でいたそうな顔をしているとかいうのですがそういうオチャラケたこともいえるんですねぇ。
これは伝説である酔っぱらった男がそのようにこの像にからん後帰宅すると猛烈に歯が痛くなり、許しを乞いに再度お参りしたら痛みがとれたそう(爆)。
*写真はクリックで大きくなります。
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