ヒエロニムス・ボッシュ(2)

前回に引き続いて「最後の審判」の続きを見よう。中央のキリストの部分、天国の部分と表扉のモノクロの絵である。この絵はボッシュのレプリカだという説もあるそうだが、ここではひとまずながめることを主眼とする。写真はクリックで拡大できるのでお楽しみ下さい。

 祭壇3枚パネルの中央上部にはキリストが、向き合って2群に分かれた使徒にはさまれて手を上向きと下向きをさして座っている。

 手の上向きと下向きは最後の審判で分別されるそれぞれ天国と地獄をさしているのだろうか。

 このようなキリストのポーズはコンクで見ることができるが、オータンのキリストは両手を下げている。また、ベルゼ・ラ・ヴィルでは両手をあげて片手からは巻き物をひらひらさせて福音書を使徒に見せているようだ。

 キリストの向かって右上には神が心配そうに様子を伺うようにキリストをみている。左上にはマリアがシックな紺色の衣をつけ両手をキリストにあわせている。

 キリストの背景は光り輝きまさに光背を形作っている。その外周には天使がいる。

 キリストは二本のパイプに腰と足をおいてすわっている。キリストは赤い衣をつけ金髪のようである。キリストの右わきには十字架での受難の時の傷を示し人類の救済を示している。

 祭壇画の左は天国であるが、人があまりいない。

 光って見にくいが一番上には神もしくは精霊がいてその周りは鳥が飛んでいる?

 まん中には天使が左から右へと飛ばずにかけている手には剣をもっていて森にすむ魔物を退治しているように見えるので大天使ミカエルだろうか。

 その下の木には今まさに原罪をおかさんとするアダムとイヴで、彼等さえたべなければ我々は天国で労働もせずに暮らすことができたし、腰に布をまかなかったし、というなかば諦めににた感情を引き起こすイコノグラフィーが描かれている。

 その下の3人組は不明。その左にはうさぎがなにかかじっているようだ。

 こうしてみると天国らしさが全然ないような気がするがどうなっているのだろうか?

ちなみにコンクの天国の例をあげよう。 

 天国の家でやすらかにすごす人々が描かれている。

ボッシュがいかにマニアックに怪物を書き続けたしても彼の真価はそのデッサン力や構図力にあると断言できるのがこれとその下のモノクロで描かれた祭壇の扉の絵。

 見事である。

 

 こちらは水墨画を思い出すのがどうだろうか。パリには1000年頃には中国の絵がつたわっておりボッシュの描いた木の化け物は中国由来ではないかと、かのバルトルシャイデス氏も書いている。

 そう思ってみるとこれも水墨画の中を行き交う人々のクローズアップに見えてくる。

というわけでざっくりとボッシュの「最後の審判」を見た。

このボッシュの祭壇の右手にこんな絵がある。

デリダ/ニーチェ/女=真理とキーワードをならべればピンとくるあなたは現代思想がかなりすきなはず。

ではまた。次はウィーンの中世・ゴシック美術館のゴシック美術でまたあいましょう。

2000/04/20 作成

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