ヒエロニムス・ボッシュ「最後の審判」

iida 著

 ウィーンの造型美術アカデミーにはヒエロニムス・ボッシュ「最後の審判」がおいてある。祭壇画になっているが、これは観音扉になっていて、我々のみなれている仏壇のようなものだ(ほんとか?)。

 ここに描かれている絵はほんとにユニークで有名なのでみなさんもよく御存じだろう。ロマネスクやゴシックの表現方法を見てくるとほとんど違和感無しに見ることができる。

 私は彼の絵はロマネスク・リバイバルの一種ではないかと思っていたが、J. バルトルシャイデス「幻想の中世I」(平凡社ライブラリー1998年、原著1981年)を読むとそうではないようだ。当初私が思っていたのは、彼の絵はゴシックではなくてロマネスクであるのは、ゴシックでは集中して地獄絵や怪物がかかれるわけではなく、それらのモチーフは教会のといだとか塔にのっていたりして拡散して配置される。一方、ボッシュの怪物達はつねに画面を構成するように置かれ人間が容易に認識できるサイズに配置されそれぞれが機能をもっているからだった。結論をここで考える前にともかく見ていこう。(写真はクリックで大きくなります)

 祭壇画は室内にこのように置かれている。両開きの扉がついていて、中心の上には栄光のキリスト、下には地獄(練獄?)が描かれる。

 向かってひだりは天国だ。右が地獄である。

  中央から見てみよう。上方にはキリストが光につつまれて浮いている。背景は青。この部分は画面の上1/4を占めているために全体にうすぐらい雰囲気。

 その下に広がるのは雑多な地獄図である。

 はじめに地獄図に近付こう。

 これらの悪魔なり怪物は非常にユニークである。画面の左上にはリュートを頭の上にかかげならしている黒い悪魔がいる。その下にはたるで酒を飲まさせられている男がいる。後ろから悪魔に羽交い締めにされている。鎧から足が生えている怪物が魚にまたがっている。この魚も足が生えている。画面中央やや上には男が青い巨大なポットにいれられつつかれている。その下には木に男がくくりつけられて怪物に腕をナイフで切られようとしている。その右側には男達が木に串刺しにされている。卵から足が生えて歩いているのだが矢もささっている。なんなんだ。

 視線をもう少し右によせると巨大なナイフがある。すみずみまでみると実に細かに描いてあることにおどろく。

 J. バルトルシャイデス「幻想の中世I」によれば、この頭部に直接足が生えたような生き物達はロマネスクにはほとんどかえりみられずに13世紀ごろから徐々にあらわれてきたそうだ。彼の主張によればメッスの天井画では1220年にあらわれ、以降13,14世紀を通じて写本や浮き彫りにひろまっていったようだ。となるとこの起源はどこにあるのだろうか?ギリシア・ローマやシュメール・イラン・スキタイなどの玉石、古代貨幣に彼は起源をみている。中世は古代の貴石を蒐集しそこに描かれたグリロス(怪物)だけではなく神話も収集・変型・摂取していったそうだ。写本の表紙が宝石で飾られているのはこういう石もかなり用いられていたようだ。なにしろ奇跡をおこすからなのだ。コンクのサントフォワにもちりばめられているのを思い出してほしい。

 さらに視線を右によせよう。

 上の方に噴火する火山。中段右に緑の鬼が口から火を吹いている。

 赤いテントの下には悪魔の大王がいる。まるでねずみ大王のようだ。

 

 悪魔の大王をもうこし見よう。

 ここにはあまり頭+足のグリロスはあらわれないし、思ったよりも人間が罰せられているシーンが少ない。左に2人、右に4人で画面をうめ尽くしているというよりはむしろ少ない。

 大王の後ろの建物の開口部にかえるがくるりと這い回っているのに注意。

 比較のためにロマネスクの地獄を見てみよう。

 先日はなしにだしたコンクだが、私はこの地獄図をつい思い出してしまう。

 地獄に人間と悪魔がぎっしりとえがかれている。しかし悪魔はまだ人の形をしている。

 ここではよってたかって人間の罰を罰する悪魔が描かれているのである。コミカルでユーモラスでさえある。

 これはコンクの地獄の大王である。まさに地獄の家から出てきたようにみえる。このように中世では描いていたのだ。ボッシュのねずみ大王とくらべてみてみれば

 ボッシュが上のような絵をかいていた時はもうゴシックも終わりに近付き冷徹非常なルネッサンス理性が自らが真実だとうなり声をあげはじめていたころではなかったか。ルネッサンスでは怪物のようなものはもはや描かれないのだ。

 ボッシュは理性的な世界よりも土着的な歴史の意識の中に居続けた。彼の絵が不穏だとか無気味だとかいうのだが、そんなことはない。彼はごくごくオーソドックスなことをしていただけのように思われる。ただし完成度のたかさというか作品の存在感は抜群である。

 次回は中央のキリストと左の天国をみてみよう。

2000/02/12 作成

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