ベズレー/Vezelayのタンパン彫刻
その3: 辺境にいる異教の人々ー左部分
2003/5/14-18 iida 記
ベズレーのタンパンの魅力はキリストとその使徒という主題に律儀に応えているだけでなく、当時の世界観そのままに図像化された以下の未文明の人々、これから福音で教化されるべき人々、が描かれていることにある。
これらの画像も彼らの詩的言語でデザインされており現代までプレゼンテーションし続けてきた。これらの図像のなんと現代的なことであろう。個性的であろうとし、様式から絶えず逃れようとしたロマネスク様式は地域のデザインの昇華でもあり旅団の石工によるインターナショナルな技術導入の成果であり、我々に個性的であれと、せまる現代の美術に負けず劣らない。
エミール・マール先生が写本の世界の図像化を述べていたが、これらの文献学的根拠はあるのか?専門文献を見たいところだが、あいにく著者は生物の研究者でそのつてもない。以下、池田健二先生執筆のパンフレットの図像の同定を参考にさせていただいた。
インド人−ギリシアのクテシアスが記したインドの犬頭人キュノケパロイ
先日の主張のように、彼らのデッサン力はすばらしいものがある。ポーズはいきいきとしている。これは手や足の動き、体のひねりなどが詳細に観察され再現されているからである。犬頭もそうだが左の小さな頭にぷつぷつ穴のあいた女性(?)は怪しさ抜群である。右から3人目の首をかしげている男性の絶妙なひざなどはいかがでしょうか?
カッパドキア人−カッパドキア出身のシャムの双生児
シャムの双生児は文献をもとに想像して描かれたのか、あるいは実際に目撃したものを描いたのか、ということも答えられないのは残念である。左の人物は悪魔の風貌そっくりである。ベズレーの柱頭彫刻にはいくつかあらわされている。悪魔は髪が逆立ち、額が狭いとされていた。オータンの悪魔も同様である。
ユダヤ人−不信仰の罪で手が萎えたユダヤの王ヤロブアム
萎えた手を指差す指や対面している女性の手などしっかりできている。そしてこの枠にこの角度で人間が置かれているためにヤロブアムは足をふんばり体をしならせて立っている。このことがこちらに力を想像させ、結果としてダイナミックに見える。
福音書記者−福音を書き取る人物たち
タンパン中央の使徒と同じである。