オータン−サンラザール<フランス・ロマネスク

オータンのサン・ラザールの紹介

author: iida

アウトライン

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 かつてはアウグストゥスの街とよばれ、カエサルのガリア征服後、ローマ人の示威的な都市として発展したという。城壁は全長6 km、54の塔、4つの城門がそびえていたそうです。4世紀のゲルマン人侵入で規模は減少したものの、その後も発展を続け、中世にはサン・マルタン修道院、司教座はサン・ナゼール(現在残存しない)におかれていた。

 サンラザール大聖堂ができたのは12世紀前半。ロマネスクが地方にあるのに対しゴシックが都市型の教会という一般的な説明とは異なる。ロマネスク時代にある程度大きく建てられたために、ゴシック時代以降の取り崩しや大規模な建て替えをまぬがれたのだろう。

 1079年にマルセイユから持ってきたという聖ラザロのために、大司教エティエンヌ・ド・バジェによって1120-1146年にかけて建設された教会。地元の砂岩が使われているそうである。

 1469年には火災で鐘楼を失い、15世紀には鐘楼はゴシック様式で再建、内陣の天井も高く改築、16世紀には側廊も拡張されたとのこと。

 18世紀にはタンパンは塗り込められ、内陣主祭壇奥の「聖ラザロの墓」も破壊された。

 19世紀の修復はかのヴィオレル・ル・デュック。

 外観

 はじめに教会を一周まわるところからスタート。

 有名なタンパン

 古代風な建造物にとりかこまれている。タンパンより外側は後世の再建だったと思う。

(post: 2001/8/11)

 ここにきてタンパンの向かって右側に注目しない人はいない。

 以前の記述はこちらです。

 教会内陣 ロマネスク様式がのこされているといってよいでしょうか。

 ステンドグラスは後世のものでしょう。

(post: 2001/8/18)

 そしてイヴ

 彼女は樹木の中を泳ぎ続けます。セイレーンを思い出させます。ロラン美術館で彼女に会えます。写真とる時は別にお金がいります。

(post: 2001/8/25)

 美術館の続き その2

(post: 2001/9/30)

 柱頭室ではまじかに彫刻を見ることができます。

 その1 マギ他 (post:
      2001/10/13)

 その2 エジプト逃避など
   (post: 2001/10/27)

1988年の山本君の旅行日記

2001年5月19日作成開始

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