
正面右手の塔はよく見ると時計がついています。その下のアーチ型の開口部は鐘をならすところです。右の写真では灯ろうのすぐ上に開口部が空いています。
この鐘楼は17世紀に建てられたといわれています。このサン・ジール教会はアルビジョワ十字軍の影響を受け工事が中断し、15世紀でもまだ未完成な上に、16世紀の宗教戦争により新教徒は図書館を含む大修道院を焼き払い、教会堂身廊の穹窿を倒壊させたといいます。
前々回見たファサードの彫刻の多くの頭部が毀損されたのもこのときです。しかし、幸いにもファサードは大規模な組織的破壊を免れているといいます。(山本氏の卒業論文による)
また、フランス革命時にも彫刻は損傷をうけたといいます。
正面の玄関下の階段は19世紀のものといわれています。
このように正面1つとってもいつ作られたのか、いつこわされたのか、そのときどのような補修をしようとしてどこまでやったのかというのが複雑にからみ合っていて簡単に〜様式に流し込んで論じられる問題ではないことがわかります。
さて、このサン・ジールには地下があります。正面の右手に回ると地下にいく道があります。ちょっとおりましょう。
入り口に係の人にチケットを渡しながらBon jour(ボンジュール)!チケットをもぎってもらったら、Merci (メルシ)!と元気よくいって下さいね。
いよいよ地下におります。薄暗いので足元に気をつけてね。もともとお墓でもあったわけだからこわいかもしれません。
さて、このお墓。サン・ジールという名前がついているぐらいですので聖ジールさんが祀られているようです。
そのとおりで、サンジールというのは守護聖人の名前で、この地で篤く敬われたギリシア出身の隠聖者アエギディウス(Aegidius, フランス名ジル、725年歿)のことなのですね。12世紀ころに教会がバシリカにかわって建立されはじめたのです。
この教会のことを詳しく知りたい場合は故山本和寛氏の卒業論文をこれからも順次掲載していくので見ていただくと幸いです。