第一章 <<サンジル西正面ファサードの概観>>

1 修道院付属協会の変遷とその歴史的背景

12世紀にかかれた『サンティアーゴ巡礼案内』[]が記す四つの旅路のうちアルル、サン・ジル、モンペリエ、トゥールーズ、ソンポールを経るいわゆるトロサナ街道は当時「サン・ジルの道」とも呼ばれた。今日のひなびた様子からは到底うかがい知ることはできないが、サン・ジル・デュ・ガールの地はかつてサンティアーゴ巡礼の群衆をひきつけた一大宿泊地であった。7世紀に遡るこの地のベネディクト会修道院はもともと使徒ペテロとパウロに献じられていたのだが、9世紀頃からその守護聖人はこの地で篤く敬われたギリシア出身の隠聖者アエギディウス(Aegidius, フランス名ジル、725年歿)へと変わっていった。修道院付属教会に安置された聖人の遺体は当時多くの人々の信心を集め、巡礼者が西欧各地から訪れた。これらの巡礼者による喜捨と教皇庁から与えられた免税特権はサン・ジルの地を繁栄へと導く。修道院の修道院の周囲には商業都市が発達し、当時九つの小教区を数えた。ローヌ河畔のサン・ジルの外港には飛躍的に発展する経済の利権を求めてジェノバやピサの商人が足繁く訪れ、町は商品物資の集結点となり分岐点となっていた。また、12世紀を通じてサン・ジルにはテンプル騎士団とホスピタル騎士団のヨーロッパ本部が置かれ、十字軍の往来もあって町は非常な賑いを呈していた。

 経済的隆盛に加えてサン・ジルの修道院の地位を確定的にしたのは1066年のクリュニー派への加盟である。クリュニーへの従属関係は修道士達の意思に反して封建領土の寄進によって生じたものであるが、結果的には世俗権力からの独立をもたらした。クリュニー派の中でもサン・ジルはモワサックやヴェズレーと並んで自分たちの修道院長を選挙する特権を保持した有力修道院の一つであった。

 『サンティアーゴ巡礼案内』の記述は多くの霊場のうちでもこのサン・ジルが特別に詳しい。『案内』の筆者は聖人の功徳を説くとともに、現在は失われてしまった黄金づくりの聖遺物匣について麗筆をふるって記述している。しかしながら、当時の教会堂については「いとも聖なる御堂」と記すにとどまり、はっきりしたことは誌していない。[

 1096年に教皇ウルバヌス2世が祭壇を献じたバシリカに代わってクリプトを持った二層構造の教会建築が12世紀に計画されていた。工事は封建領主との抗争によりたびたび中断されながらも数期にわたって断続的に進められる。12世記末までにクリプト、西正面ファサード、聖歌隊席、交差リブ・ヴォールトをそなえた身廊の大部分が完成していたとみられる。しかし、13世紀初頭に起こったカタリ派異端撲滅のためのアルビジョワ戦争は新会堂に決定的な打撃を与え、工事は長きにわたって中断される。アルビジョワ十字軍の発端となったトゥールーズ伯の小姓による教皇特使の暗殺は、まさにサン・ジルの城門で起きた事件であった。その後、聖ルイ9世の時代に工事は再開されるが、エーグ・モルト港の開設による経済的利点の喪失と巡礼の減少により修道院の財政は逼迫し、身廊と袖廊の接合の実現は14世紀初めにまで持ち越される。14世紀初めにまで持ち越される。1417年において鐘楼はいまだ未完成のままであり、1506年に、サン・ジルの元修道院長だった教皇ユリウス2世は建物の完成に寄進した巡礼者に対する贖宥を認めなければならなかった。

 16世紀の宗教戦争はサン・ジルに致命的な破壊をもたらした。新教徒は図書館を含む大修道院を焼き払い、教会堂身廊の穹窿を倒壊させた。ファサードの彫刻の多くが頭部を毀損されたのもこのときである。しかし、幸いにもファサードは大規模な組織的破壊を免れた。現在の教会堂はファサードとクリプトを除き、17世紀の小じんまりとした再建である。今日中央タンパンにある図像は、同じころの略式による後補であるが、フランス革命のときに再び損傷を受けている。17世紀の再建ではこのほか側面の玄関が塗り込められ、控え目な鐘楼が南西の角に立てられた。ファサードに接続する階段は19世紀のものである。

 サン・ジルの原プランは、プロヴァンス地方にはめずらしい三分割された身廊と突き出した翼廊をそなえていた。この地方に一般的なロマネスク建築は単一の広い身廊を持ち、厚い扶壁で側面を固められている。ブルゴーニュ地方の影響の浸透を示す内陣には五つの放射状祭室を持つ周歩廊があったと推察されるが、現在は打ち棄てられたまま廃虚と化している。翼廊については有名な「サン・ジルの螺旋階段」が残存し、12世紀の精巧な石工技術をうかがわせる。[

 今日のサン・ジルにかつての雄大な構想はしのぶべくもない。しかし、部分的な損傷を除いて組織的に現状をとどめた西正面ファサードは、12世紀プロヴァンス派のロマネスク美術を知るうえで重要な遺構として残されている。


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