サン=ジル=デュ=ガール ー12世紀プロヴァンス派ロマネスク彫刻の諸相ー 序文 ロマネスク美術は、様々な諸地域の相互的影響が織りなす緊密な編み目をもった複合体といえる。そのしなやかな生命力と緊張感みなぎる精神性は豊富な地方色に彩られ、多様な形態を見せている。H・フォションの導入する独立した文化圏としての「西欧」の概念もこうした地方の相互間交流を基盤としたものであり、その交流の社会的背景には、修道院制度の普及と興隆、聖遺物崇拝による聖地巡礼、十字軍遠征といった全西欧的な諸活動があった。美術史の上で画期的な意義をもつ、11世紀から12世紀にかけてのモニュメンタルな彫刻芸術の復興も同時代の諸地域の相関性のなかに見い出されるのであり、極地的な現象の直線的発展としてとらえることは不可能である。ロマネスク彫刻の諸問題は、独自のヴァリエーションをもった地方様式の相関関係において考察されねばならない。こうした考察を通じてこそ、様々な地方を舞台としたこの驚嘆すべき歴史的現象が「極めて複雑な組み合わせを示しつつ繋がりあった、いわば一種の符牒からなる言葉」(フォション)を共有していることが理解されるのである。この言葉は地方によって実に多様なイントネーションをもって語られている。
南プロバンスを訪れる者はこの地に残る数々の古代ローマ遺跡の偉容に強い印象を受ける。12世紀の人々もおそらく同じ思いを抱いたことであろう。この古代ローマ領「プロヴィンキア・ロマーナ」の地に育まれたロマネスク彫刻が文字通り「ローマ風」の様相を呈していることは否定できない。H・ハスキンズにより「12世紀ルネサンス」と名付けられ、E・パノフスキーの著名な研究において論考された12世紀の古代志向はプロヴァンス地方に特徴的なロマネスク美術を生み出した。近年のV・ラサール(Victor Lassalle)による研究は、古代建築や初期キリスト教時代の石棺彫刻との比較から同地のロマネスク美術における古代の影響を精緻に立証している。[1]
しかしながら、プロヴァンス派ロマネスク彫刻に関して、従来こうした古代美術の影響のみが強調されすぎたきらいがあった。フランス・ロマネスクの包括的見解においてはしばしばプロヴァンス派は古代美術の模倣者として言及されるにとどまり、ブルゴーニュ、オーヴェルニュ、ラングドックの諸派を中心とした記述の中ではいわば「ロマネスクの継子」的扱を受けてきたといってよい。しかし、中世美術における古代の影響とは古代美術の中世的解釈というべきものであり、プロヴァンス派ロマネスク彫刻についてもこのことは当てはまるといわねばならない。
本論はロマネスク彫刻の地方様式たるプロヴァンス派に注目し、そのロマネスク美術としての諸相を再検討することを意図している。ここでは特に、同派の代表的作例であるサン・ジル・デュ・ガール(Saint-Gilles-du-Gard)の地にある同名の修道院付属教会西正面ファサードを考察対象とし、プロヴァンス派ロマネスク彫刻全体を考える上での視座を形成することを第一義的な課題としたい。[2]
サン・ジルのファサードはアルルのサン・トロフィームの回廊(Saint-Trophime 1180年頃)に先行する年代に位置付けられ、様式的にもプロヴァンス派を規定するうえで重要な作例となっている。第一章ではこのファサードの歴史的変遷を見るとともに建築構造及び図像配置を概観する。第二章においては、サン・ジルの彫刻を考える上で不可欠なファサードの成立過程に関する考察を学説史を追う形でまとめる。ただし、この問題については建築構造の分析が多岐にわたって複雑を極めるため、本論では要点を簡潔に指摘するにとどめたい。続く第三章では、未解決のまま残されているファサードの図像学的諸問題を考察する。独自のプラン変更説に基づくR・ハーマン(Richard Haamann)の理論、M・コーリッシュ(Maria Colish)に代表される反異端教説としての図像プログラム説、さらに、C・ファーガスン(Carra Ferguson)による十字軍顕彰プログラム説を批判的に検討しつつ、W・ザウアーレンダー(Wiliiibald Sauerlander), J・F・スコット(Judy F Scott)による最新の見解を参考にして図像の不規則性及び特殊性を分析する。従来の学説はタンパン及びまぐさを含めたフリーズの解釈に偏しており、ハーマンの研究を除いてファサード基部の使徒像を含めた包括的な図像解釈はなされていない。本論では使徒像の解釈の前提を明確化すると共に、今後の研究課題についての指標を提示する。第四章ではファサード彫刻の様式的諸相を古代美術の影響と作者の個性の分析から明らかにし、特殊問題として彫像の衣褶表現を取り上げる。第五章では第三章で見た図像プログラムが造形的な課題といかに結び付いているかという問題を初期ゴシック彫刻成立の文脈において考え、最終的にサン・ジルの造形的発展史的位置付けを試みる。
本論では考察範囲外とされるが、サン・ジルをめぐる影響関係はロマネスク美術の全体的見取図において近年注目されつつある問題である。プロヴァンスのロマネスク彫刻が北イタリアの諸工房に与えた影響はかなり前から知られていたが、1973年のW・S・ストダードの研究は西欧各地におけるサン・ジルの様式伝播をさらに広範囲にわたって跡付けた。また、1982、’85年のZ・ジャコビィ(Zehava Jacoby)の論文は12世紀にエルサレムで活躍した工房が同時代のプロヴァンスの工房と密接なつながりがあったことを立証している。サン・ジル、そしてプロヴァンス派ロマネスク彫刻は12世紀の諸地域を考える上で無視できない重要性を有しているのである。