[100] Lassalle, op.cit.p.70.

[101] Ibid., pp. 73-74.

[102] Ibid., p.74.

[103] Ibid., p. 78.

[104] Ibid., p. 78.

[105] Ibid., p. 77.

[106] Ibid., p. 100. ラサールはモニュメンタルな彫像についても同様の考え方をしている。すなわち、凱旋門の側面に配される等身大の将軍や捕虜の彫像がサン・ジルの使徒像に影響を与えたとするのである。造形的に見てもこの比較はかなり恣意的なものといわなければならない。

Cf., ibid., p. 94, 97.

[107] この手法に言及している文献は筆者の知る限り以下の二つのみである。

Ibid, p. 94.

Ade(')mar, op. cit., p. 235.

[108] W. ケーラーはカロリング朝の写本画についてこのことを指摘している。Cf. W. Koehler, Die karolingischen Miniaturen, I (Die Schule von Tours), Berlin, 1933

尚、邦語文献は以下のものを参照。

越 宏一 ”『ハインリヒ三世の典礼用福音書抄本』-初期中世写本画の表現原理の問題について-”季刊みずゑ 1987 春 pp. 12-17

『挿絵の芸術-古代末期写本画の世界へ-』 朝日新聞社 1989

[109] Lassalle, op. cit., pp. 97-98.

[110] Ibid. p. 120.

[111] Stoddard, op.cit. 筆者はこの文献を直接入手することができなかったため、ゾディアック叢書における紹介とL. プルシィールによる書評を参照した。

Cf., R. Saint-Jean, "la Sculpture a Saint-Gilles-du-Gard" Zodiaque, la nuit des temps, languedoc Roman, pp. 298-345.

Cf., L. Pressouyre, book review, "Whitney S Stodard: The facade of Saint-Golles-du-Gard" Zeitschrift fur Kunstgeschichte 36, 1976, pp. 74-82.

[112] 多くの研究者が指摘するように、この彫刻家に特徴的な線状の衣褶の起源はトゥールーズにある。この事実は、アングレーム説を取るR. ハーマンにも確認されている。

 Cf., Haman, Reconstruction., p. 26.

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