第4章 <<ファサード彫刻の様式的諸相>>
1 古代美術の影響(後編)
植物文様については中世的な簡略化の精神がみてとれる。たとえば、サン・ジルの柱廊の格天井に施された花弁文は、メゾン・カレが典型的な例をなす古代のプロト・タイプと比べると構成と配置がかなり単純化されている。[Pls. 62. 29] また、古代建築の装飾に顕著な唐草の束は、サン・ジルにおいては、柱頭の頂坂を装飾するために部分的に転用されるにすぎない。[103] こうした観点からみれば、サン・ジルのファサードを横切る巻葉装飾フリーズは、古代建築におけるコーニス下部の装飾帯の層を簡略化したものといえる。[104] しかし、フリーズそれ自体は規模と精密さにおいて古代のタイプに匹敵するものである。[Pls. 64, 65 参照] このフリーズは中央扉口においては付け柱にも施されているが、このような配置の例としてはカヴェロン(cavaillon)やオランジュの凱旋門装飾を挙げることができる。[105][Pls. 66, 67 参照]
人物フリーズに関してラサールは石棺彫刻の影響を強調している。サン・ジルの人物像に一貫してみられるトーガやテュニカといった古代ローマの衣服は確かに石棺彫刻に由来するものであろう。しかし、衣褶にみられる様式的な差異は古代とロマネスクの単純な影響関係を示唆するものではない。ラサール自身認めるように、初期キリスト教時代の石棺彫刻にみられる形式化の進んだ衣褶[Pls. 69, 70 参照]と比べて、サン・ジルの人物フリーズの衣褶は、はるかに写実的な様式を示している。[Pls. 71, 72 参照] 人体の曲線をはっきりと浮かび上がらせるこの「密着した衣褶」(la draperie collante)はロマネスク彫刻全体においてもきわめて異例なものである。ラサールはこの洗練された衣褶のモデルを古代末期以前の古典様式を示す石棺[Pl. 68 参照] にもとめているが、異教的主題を扱うこうした石棺がロマネスクの彫刻家に影響を与えたとは考えにくい。[106]
石棺彫刻との影響関係をさらに複雑にしているのは空間意識についての問題である。サン・ジルの人物フリーズにいくつか見られる群衆表現は人物像を一列に並べるのではなく前後二列に分けて層的に重ねたものである。すなわち、前列の人物が高浮彫りであるのに対して後列は浅浮彫りで表わされ、二つの異なる面の対比が遠近効果を生み出している。[107][Pls. 19, 24, 25, 74 参照] こうした表現は他の諸地域のロマネスク彫刻にはみられないものであり、注目に値する。ラサールが指摘するように、背景の人物像を浅浮彫りで表わす手法自体は古代のレリーフに由来している。[Pl. 73 参照] しかし、空間をはっきりと区分できる層の重なりとしてとらえる表現原理は初期中世美術に特徴的なものといえる。[108] 石棺彫刻の発展を追うならば、古代末期から初期中世にかけてこうした空間意識がしだいに強くなっていく過程がうかがわれよう。[Pls. 68, 69, 70 参照] ラサールの説にもとづいてサン・ジルの「密着する衣褶」が古代の異教的彫刻に由来するとしても、人物を配置する彫刻家の空間意識そのものは中世的と言わねばならない。しかも、12世紀には異質とも言える初期中世の「層空間-Schichtenraum」の意識がここには見て取れるのある。これに加えてロマネスク彫刻家のオリジナリティーも見逃せない。初期キリスト教時代の石棺や初期中世の写本における人物像がほぼ一定方向に規制されているのに対し、サン・ジルの人物像は頭部の方向を多様化させることにより、集団の動感を巧みに表現している。[Pls. 19, 24, 25 参照]
サン・ジルの人物レリーフでさらに注目すべき特色は、解剖学的写実性をそなえた人体表現である。プロヴァンス地方のロマネスク彫刻では短身で頭の大きいずんぐりとした体型の人物像が一般的であるが、サン・ジルの場合こうした要素に加えて人体のモデリングの正確さが認められる。[Pls. 28, 36参照] ラサールはここにおいても古典的様式を示す石棺彫刻の影響を主張しているが、プロポーションの点でいささか疑問の余地のある比較である。[Pl. 68 参照] [109]
いずれにせよ、ロマネスクの彫刻家は古代美術を単純に”模倣”したのではないことは明らかである。彼らは先人達の遺産を主体的に”学び”、複合的に”取り入れた”のである。ラサールに最終的に認めるようにサン・ジルにおける古代美術の影響とは「ロマネスク独自の文法による古代美術の語彙の使用」にほかならない。[110]
2001/1/6 作成
論文目次にもどる