第3章 <<ファサード彫刻の図象学的諸問題>>
3 ハーマン理論
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R・ハーマンの図像解釈は彼独自のプラン変更説と不可分の関係にある。この解釈によれば図像プログラムの不規則性は建築プランの変更に帰せられる。つまり、世俗的な古代凱旋門形式から中世的な扉口形式への建築プランの移行に応じて図像プログラムの修正があったとみなすわけである。[第二章二節参照] ハーマンはサンジルの最終的な図像プログラムを『最後の審判』と考えている。彼はその根拠としてプラン変更後と推定する図像に終末論的内容を見てとった。例えば、ファサード両端の天使像は龍や悪魔を踏みつけ、槍で突き刺しているが、これは『最後の審判』に附随する終末論的主題として解釈される。[61] [Pls. 44, 45] ハーマンはさらに、現在WM・タンパンに配されている『栄光のキリスト』はオリジナルの図像を踏襲するものではないとし、17世紀の修復以前には『最後の審判』に関連した図像がここに配されていたと推定する。その根拠として彼は、聖歌隊席の廃虚に放置されたままになっていた彫刻の断片[Pls. 46, 47]を取り上げ、これを本来のタンパン図像の一部として提示した。彼によればこれらの断片は玉座についた審判者キリストと彼に取りなしをする聖母および使徒像をあらわしている。[62] イコノグラフィーの不規則性を説明するために、ハーマンはプラン変更以前の図像プログラムとして『人間的なキリストの苦悩』(das menschliche leiden Christi)と『文字通りの意味での受難』(Eigentliche passion)という二つのテーマを措定する。これらのテーマを内包する形で新たに『最後の審判』図像が成立したとみるのである。[63] かくして中央扉口のフリーズの多くはプラン変更以前の図像プログラムの断片とされる。ハーマンによると、これらのフリーズは本来ニームの青銅のようにファサードの上部壁面を飾っていたものであった。すなわちプラン変更により扉口をつなぐフリーズ・ゾーンが設置された際に、現在の位置に再編成されたと考えるわけである。[64] 二つのテーマのいずれにも当てはまらない『ラザロの復活』のニ場面については脇扉口のフリーズと同時期の挿入とみなされる。これに関連してハーマンは『ラザロの復活』および南扉口のマグダラのマリアの諸場面が取り上げられた理由をプロヴァンス地方の伝説に帰している。[65](伝説によるとマグダラのマリアは兄弟のラザロ、マルタと共にマルセーユにいたり、プロヴァンス地方の洞窟で懺悔の苦行をおこなった。ラザロはマルセーユの司教になったと言われる) 以上がハーマンの図像解釈の大雑把な概略であるが、プランの変更を疑問視する立場上筆者にとってこの解釈は基本的に受け入れ難い。ハーマンが主張するように天使像を付加的な要素と仮定しても、これを『最後の審判』図像に特定することはできない。龍や悪魔を退治する大天使ミカエルはファサードの守護者として一般的に表現されていた図像であり、終末論的テーマに限定して解釈する必然性はないのである。また、ザウアーレンダーが指摘するように17世紀のWMタンパン修復の際、当時もはや一般的ではなかった主題(栄光のキリスト)が選ばれたのはオリジナル図像の踏襲を考慮した結果とみなして然るべきである。[66]仮にオリジナルのタンパンが『最後の審判』であったとしても、まぐさの『最後の晩餐』との関係を説明することはできない。ハーマンの提示した断片について筆者は詳しいデータを得てはいないが、かつて身廊脇にも扉口があったことを考えれば、これを中央扉口タンパンに関連付ける必然性は乏しいように思われる。なお、アルルのサン・トロフィームのファサードは『最後の審判』をテーマとするにもかかわらず、タンパンの図像は『栄光のキリスト』である。[Pl. 48] WMタンパンの図像は先述したように、まぐさに位置する『最後の審判』(ユダの裏切りの予言)との説話的関連を有するものとみなすべきである。ここに表わされているのは終末論的テオファネイアではなく、受難と復活をテーマとした史伝的テオファネイアなのである。 |
2000/1/4 山本和寛君の命日に
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