第3章 <<ファサード彫刻の図象学的諸問題>>

前提

 サン・ジルのファサードの図象学的配置(特にフリーズ/まぐさ連続体)に説話的不規則性が認められ、しばしば伝統的な型にあてはまらない特殊な表現が認められることは第一章三節で概観した。これらの図像には主題の同定が未解決のものもいくらかあり、問題は複雑な様相を呈している。先述したようにJ. F. スコットはフリーズの不規則性を主として転用物の挿入によるものと見なした。すなわち、現在のサン・ジルのファサードとは本来無関係な図像プログラムの断片が再利用され、これらの要素を補完する形で新しい要素が調整された過程を想定するのである。しかしながら、これを理由としてファサードの図像プログラムを恣意的な寄せ集めと見なすことはできない。スコット自身、留意を促しているように転用物は意図的に選択・合成されたのであり、ファサード全体の図像プログラムは最終的に最終的に確固としたある神学思想の表明を意図していた。[52]

 ファサードの図像プログラムは一部を除いてほとんどが聖書を典拠とするものであり、この教会の守護聖人である聖ジル(アエギディウス)はまったく表されていない。当時この聖人崇拝が非常に盛んであったことを考えればいささか不思議ともいえるが、ファサードの図像プログラムは聖人伝といった逸話的(anecdote)な主題よりもむしろ教養的(dogmatic)な内容を志向する。図像プログラムの基調をなすテーマはキリスト教神学の核心ともいえる『キリストの受難伝』である。

 次項に続く受難伝フリーズ・ゾーンの図像学的考察では記述の便宜をはかるため、フリーズ・ゾーンの位置を記号で示す。中央扉口はWM(Wは西正面ファサードを、Mは中央を意味する)とし、北扉口はWN、南扉口はWSとする。個々のフリーズブロックを表すのには、まぐさを中心として右から一つ目のブロックをr-1、左はl-1とする。したがって中央扉口右から三つ目のブロックはWMr-3と表記されるわけである。この表記法はR. Harmann-Maclean "system einer Topographischen Orientierung in Bauwerken" Jahrbuch des Marburger Universitatsbundes (Sonderdruck), Marburg 1965, 1-32に準拠している。尚、J. F. スコットの製作したフリーズの断面図(figs. 5, 6, 7)と筆者の手になる図像出典対観表(figs. 8, 9, 10)を適宜参照されたい。

fig. 5fig. 6

fig.7

 

論文目次にもどる