山本君和寛君が私に送ってくれたはがきから

1986年5月10日

 東京国立博物館日本美術館特2室という部屋があります。僕はそこで感銘を受ける作品群に出会いました。桜蒔絵十種香道具をはじめとする桜を意匠にした漆器の数々です。金の桜紋が光の角度によりほんのりと赤く染まる様子はたとえようもなく美しい・・・。僕は蒔絵を専攻したいと思います。

 さて近況報告とのことですが何を書けばよいのか見当がつかない。芸大はとにかく本物が一杯ある所といえばよいのかスバラシイ所である。音楽はパイプオルガンから尺八まで流れているし、雅楽を専攻している方などは笙まで吹いている。学内の芸術資料館には6万点に及ぶ美術品、古楽器が我々を待っている。中には国宝、重文も少なくない。学校のすぐ隣は都立美術館、国立博物館(動物園もあるよ)とまあ、芸術をやるにはもうしぶんない環境だ。毎日赤レンガの門をくぐる私は20に及ぶ銅像群の前を通りながらつくづく幸せを感じているのである。(いいだろう)芸術学科の連中はスゴイやつらである。立教大学総代のチェンバロ弾きやら、ポルトガル帰りの令嬢やら、リーウーハン先生の娘など才気に満ちあふれんばかりだ!東大の美学美術史を目指していた者などザラである。こんな中でドジで田舎者(本音)の私がどんな生活を送っているかはおのずと察しがつくでしょう。

 

1988年11月6日

芸術のあきですねえ。風に落ち葉が舞う上野公園の今日このごろであります。博物館のだだっぴろい庭のベンチに腰かけて上をボケーと見上げたると青い空に羊雲が泳いでおります。西武が優勝したので西武百貨店へいったらけっこう安く服が買えた。ついでにレオナルドの素描展を見てきました。池袋西部へはアール・ビヴァン(美術専門業店)があるのでよく行きます。最近美学が面白い。哲学の一分野としてよりも芸術史の基礎概念としてよりも芸術史の基礎概念として美学はかかせませんです。アンディ・ウォーホールがこんなことをいっています。

「画家にとっての美学は鳥にとっての鳥類学のようなものさ」

確かにねえ、一面鋭いところついていますがそうばっかりとはいえません。ヴォリンガーの「抽象と感情移入」がカンディンスキーに影響を与えたことは事実だし、芸術家の中にも理論家の方はいますし、農家の人が問屋さんを通じて野菜を売るように美学者や美学史家、批評家の存在意義だってあるのだから。あっ、「海と毒薬」読みました。暗かったけど考えることのできる作品ですね。映画はイメージがくずれるから見ない方がいいよ。

 DNA音楽って知ってますか?遺伝子構造の組み合わせにC(ツェー)だのDだのといった音をあてはめていくとバッハとかベートーベンに似た曲ができてしまうんだそうな。でもモーツアルトだけはできないらしい。やっぱり一代限りの天才なのか?


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