山本和寛著
永遠の賜より
”知識という言葉について”
知および識はそれぞれ動詞化することができる。
フランス語ならばsavoirが知る、connaitreが識る(しる)にそれぞれが対応しているといえよう。
辞書を引くと<<savoirが多く抽象的知識の獲得を示すのに対し、connaitreはむしろ体験的知識について用いる>>と出ている。このニュアンスの違いは二つの言葉の語源を分析することによって納得できる。
savoirは元来、s'avoirという、主語と同一のものを表わす再帰代名詞<se>を伴う代名動詞だったのであり、すなわち、”自らのものにする”という所有的、主体的な知なのである。
これに対し、connaitreはcon-naitreなのであり、con[共に、相互に]という接頭辞がnaitre[生まれる、生ずる]という動詞と結びついた言葉、すなわち”共に生まれる”もしくは”共に生きはじめる”ということを意味している。connaitreとは生の体験(experience)を通じて識ることなのである。
savoir-知が自己形成的、自己充足的であるのに対し、connaitreは常に対象との緊張感をもった関わりの中に晒されているがゆえに相互作用的なものである。
experienceとはすなわち[ex-peril]、危険[peril]の中に突き進む[ex]ことである。体験とは対象と調和的であることを意味するのではない。生き生きとした体験、特に世界に対する新たな認識を切り開く芸術作品に対する体験が、ある種の戦慄を伴っているのはそのためであろうか。
対象を愛でることがすなわち美的体験なのでは-ない
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