<クリュニー中世博物館・前編>

 サン・ジェルマン・デ・プレ教会から通りを東に、私がお世話になった研究所のあるパリ第5大学の方に歩いて行くとその途中に位置するのがクリュニー中世博物館である。

 この付近は近くにカルチェ・ラタンをひかえ、中世においてはヨーロッパ中から学者を集めた文教地区である。当時は唯一ラテン語が共通語であったことからこの名称が今でも使われている。

 50年代には実存主義とジャズを語るパリの知識人がたむろしていたと語られている。

 かってこの通りのカフェでサルトルやカミューが語られていたのであろうか? 

 今はその面影はない。通りを歩くとアラブ系、アフリカ系それにアジア系などエスニックな雰囲気が漂う。

 フランス全体の人口からすれば彼らは僅かなものであろうがそこは大都市、人種の坩堝といった感じである。

 さて中世博物館はそれほど大きな建物ではないが中世の資料をまとめて展示してる博物館としては屈指の存在らしい。かってはクリュニー派のパリにおける拠点基地だったとのこと(画像上)。 

 現在中世博物館として、古代からカロリングルネッサンス、ロマネスクそしてゴシック期までを納めてるようだ。まず最初に戸惑ったことはここでもまだ英語の解説ガイドが無いこと。

 ルーブルとかは別にして多くの場所では以前としてこの有り様である。

 唯一、このBBSで話題になったタピスリーのところだけは申し訳そうにわずかな英語の表示があったのみ。なんとかして貰いたい。

 中に入るとまずサン・ドニ像が目に付く、切り取られた自分の頭を手に持つ奇妙な聖人像である(画像4)。

 それから宮廷生活を描いたと思われるタピスリーが美しい。ここでも人物像上部にはお約束の名前が記されている。しかし描かれた人物にはやや個性が認められる(画像25)。

 ルネッサンスへの移行期に描かれたののではないかと思う。それから次に、葡萄の栽培とワインの醸造といった庶民の日常生活を描いたタピスリーにははっきりとした個性が感じられる。

 しかも描かれた人物には名前が記載されてない(画像23)。

 ここに中世における意識のターニングポイントを感じるというのは言い過ぎであろうか?

 

「1角獣と少女」のタピスリーについては、、、もういいだろう。


中世博物館には当時の建物の内部を模した構造になっている部分がある(画像6、下左)狭い階段が上に伸びている所に佇むと、修道僧がそこから現れてくるような幻覚におそわれる(画像20、下右)。

   

前編 終わり

1999/7/22 by Hiroshi