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美しきもの (不相変の冬)  

日比  工

窓一つ                         

愛する友達へ寄すリーダーアーベント

プロローグ

 私は自らの青春の内にこれらの華たちを見た。それらは恰も私が歩いて行こうとする路の全る所で静かに挨拶をしながら、私を見詰めていた。

 未だ若く足下のおぼつかぬ私にはそれが何よりも美しく思われた。

 それら出来事という小さな華たちに今ここに言葉を与える。

 私の盛んな青春を飾った美しきもの、あの頃私に哀しく愉しく歌ったように共通する言葉として様々な人の記憶に響くが良い。

 私はこの「美しきもの」を読み、共感の意を伝えてくれた五十嵐まみにこの花束を改めて捧げたい。(1999/1/1)

第一部

「マリア」

 テレビを今オフにした所だが、僕は今日も君に会おうと考えて居る。君に会って君の正体を何とか、言葉として此処に書き記して置こうと今決意したのだ。夜毎に僕は此の決意を以て座っては居るが、此の脱稿によって新しい決意となる。(1998/12/08 更新)

「クリスタ・ルードヴィヒ」

 今日、僕はクリスタ・ルードヴィヒの歌うマーラーの『大地の歌』の最終楽章「告別」をテレビに見て涙したが、果たしてその涙はどうして溢れたのだろう。ルードヴィヒと言えば一昔前のキャスリン・フェリアーに匹敵する名アルト歌手だが、『大地の歌』は彼女の為に創られた最良の音楽にさえ思われた。 イスラエル・フィルハーモニーの神秘的な弦の上を嫋やかに滑りながら、彼女の深いアルトは人の哀しみを歌った。(1998/12/16 更新)

「裕仁天皇」

 君、大変だ。今FMにニュースを流している。天皇陛下の亡くなった様だ。六時三十三分に亡くなったと報道されている。

 今七時五十一分だが母は急いでテレビをオンにし見入っている。君一先ず別れよう。昭和は終った。

 八十九年一月七日午前七時五十二分だ。・・・(1998/12/22 更新)

「赤い薔薇と氷針」

 僕は先程僕の夢の段々解って来たと書いたが、友よ夢という奴は赤い薔薇の匂いに似ているね。それは鼻腔を刺し貫いた一本の氷針だった。

 氷針、僕は此の言葉の気に入った。

 マラルメ、ランボー、ボードレール、コクトー、更にヴァレリー、彼等の書いた一行はまさしく赤い薔薇の匂いである。 ・・・(1998/12/30 更新)

「若い女」

 [寒い]そういう言葉の僕の口から零れると、母は慌てて窓を閉めてくれた。

 にも拘らず僕は僕の口に含まれていた芥川の言葉の腹立たしかった。そしてレーバンの眼鏡の急に曇ったことも僕の気に触った。けれども僕の気を直したことは、オレンジ色のプリンセス・ミチコの増えていたことだった。・・・(1999/1/11 更新)

「描く」              

 親愛なる友よ、君は今何かを描こうとしている。

 何かを描こうとする君の直向きな気迫は此の僕にも、細かく書き記された文字を通じて痛い程感じられたのだった。僕は君に描けば良いと一言書き送れば少なくとも君への深刻な返事に成るかも知れぬが、しかし友よ聞いてくれ。

 僕は今日君に書き送るべき一言を持ち合わせては居ない。・・・(1999/1/19 更新)

「形の無くなったもの」

 どうもこんなふうにして君に手紙を書いて居るとふと何かに気付いた様だ。

 それは恐らく無色無音のテストパターンに僕の、形の無くなったものへの好奇心は始まったのではあるまいかということだ。

 そうだ友よ僕は、君と同じく形の無いものを形にしようとして居る人間なのだろう。そして又君と同じく今有形なる物等信じぬ故に、無形なる色彩と音とに敏感なのである。僕は己の身体の不自由故に有形なる物から逃れて無形なるものの価値を云々する積もりはない。・・・(1999/1/31 更新)

「散歩」           

 今日の昼間僕は今年始めて散歩する積もりだった。しかし晴れていたにも拘らず、今日の冷え込みは此の京都でも稀だと云うことであった。のみならず、散歩と言っても僕は自分の足では歩けぬから、道路の凍結することは電動車椅子のスリップに繋がる。だからやむを得ず散歩を延期したのだった。・・・(1999/2/10 更新)

「『フィデリオ』の感想」              

 昨夜此の日記を書き終えて眠る所であった。窓の際に有る大きなベッドに僕は顔を半分枕に埋め浅い眠りに入ろうとして居た。すると隣の部屋に電話の鳴ったのを聞いた。眠りの襞を心地好く滑り下りる僕には電話のベルは気違い染みた人の声に聞こえた。・・・(1999/3/9 更新)

「夜の風景」

 冬の夜は永く静かだ。

 しかしそんな静かな夜に、僕は昨日久しぶりに己の中に在る熱い何かに触れたのだった。それはもう三十一歳になった僕には、すこぶる新鮮に思われたのだ。友よまだ左側の肺に、大きな瘤の残っている風だが今夜は良い気分だよ。・・・(1999/3/19 更新)

「日記」

 澄み切った気持ちの良い夜だから、恐らく此の日記に書かれた文字も感度の良い言葉を発するだろう。果たして言葉の意味とは正確な形に弾き出て来るものだったろうか。こう言う澄み切った冬の夜になら、此の下らぬ疑問符も何処かに届いてくれそうだ。確かに下らぬ疑問符だが、僕には僕の人生そのものなのである。・・・(1999/4/1 更新)

「ダ・ヴィンチ」

 さて今日も又此の部屋の真中に落ち着いて何も映らぬブラウン管を眺めて居る。

 僕は昨日日本語にとって最も大切なのはメロディーだと書いたけれども、ブラウン管の中の君はどう解釈してくれただろうか。僕の言うメロディーとは視覚的にも聴覚的にも美しい言葉のことである。 例えばダ・ヴィンチの描いた水のデッサンに在る雄大な流れを常に、言葉は含んでいなければならぬ。雄大にして美しい水の神秘、今突然僕の頭を取り巻いたのはあの断片的な水のデッサンだ。・・・(1999/4/11 更新)

「中原中也」

   私の上に降る雪は

   真綿のやうでありました

 中原中也の名詩の一節だが、丁度今真綿のような雪は降り止んだ。昨夜から降り続いた雪は一体、僕の窓辺に何を描いたのだろう。僕は中原中也の命にそんな雪の在るのを思い出した。・・・(1999/4/18 更新)

「マルテ」

 [此れを書かねば僕は死んで了う]マルテ・ラウリッツブリケはそう独白しながら、巳里の一室に幾つかの静かな夜を過ごしたのだ。マルテも又詩人の覚悟をそんな風に会得し貫いた詩人であった。友よやはり、詩人という一言は不相変美しいよ。・・・(1999/4/26 更新)

「日常生活」              

 昨日僕は言葉に就いて少し書いたが、今日も又それに就いてずっと考えて居た。

 恐らく人間の理知的なものは先ず言葉によって生活に繋がらねばならぬのだろう。成程行動は言葉では無いがその意志を起こすのは日常生活という言葉ではあるまいか。

 そんなことを書けば如何にも名の知れた物書きの様だけれども、物を書くということは通常の日常生活と何ら変わらぬのである。

・・・(1999/5/4 更新)

屡の歌

「T嬢」

 今日僕の部屋に訪れたのは、僕の出来事の一編となっている昔馴染みの一人の友達であった。あのプリンセス・ミチコの陰に僕を何時しか冷笑していた女よりも以前から、僕は彼女を知って居た。・・・(1999/5/4 更新)

「冬の旅」              

 昨日僕はT嬢と或る約束をした。

 それはドイツの大歌手ディートリヒ・フィッシャー=ディスカウのリート・リサイタルに、東京迄出掛けようということだった。僕は可成り以前から彼女を説得する口実を考えて居たが、彼女を目の前に言った言葉は[君と行きたい]という有り触れた一言だった。

 彼女は僕の左の目に入り掛けた汗を拭って意外に簡単な返事をしてくれた。・・・(1999/5/13 更新)

「貴方の内にお入りなさい」

 僕の三冊目の本を読んだと云って早速手紙を下さったのはW先生だった。

 W先生とはもう久しく会っては居ないが、その独特の字体は以前よりも字らしくなっていた。手紙の内容は僕の本を真に理解してくれた人としての感想。非常に満足だったけれども、僕は先ずW先生の長い睫を思い出して居た。

 長い睫と深い大きな瞳とを持ったW先生に僕は十九歳の頃、リルケとニーチェとバルザックとを學んだのだった・・・(1999/5/20 更新)

「人間の肉体の真実」

 僕は今日少し風邪気味だがまだ熱は無い。

 『ファウスト』を封印したゲーテは風邪を引き長椅子に横たわって八十三歳の生涯を閉じたけれども、さて僕はそんなに人生を愉しんでは居ない。即ち人生とはゲーテにとって哀しみという道草意外に多い一夜の夢に過ぎなかったのだろう。

 一夜の夢にゲーテの観た美しきものは今、僕の本棚に眠っている・・・(1999/5/30 更新)

第一部了

第二部

 「肩の痛み」          

 此れを書き出してから僕は始めて昨日一日書き物を休んだ。別段驚く程の高熱も、例の咳の発作も出た訳ではなく、左の肩に突然電流のような痛みを感じたのだった。たったそれだけのことたった。

 それは左の肩の皮膚の裏側に時限爆弾でも、爆発したかと思う程の痛みであった。皮膚と筋肉との間に、今でも熱い玉を打ち込まれたような痛みに戸惑いつつ此れを書いて居る所だ・・・・(1999/6/9 更新)

 「眼鏡」

 風邪は意外に早く治りそうだ。

 熱も今朝平熱に戻ったけれども何かの膜の目の前に被さっている気分である。母に眼鏡を幾度か拭いては貰ったが、やはりその膜の原因は僕の眼に在るのだろう。

 此処十年程僕はレーバンの眼鏡を愛用して居るが、最近掛けたり外したりでは物足りなくなって仕舞った・・・・(1999/6/20 更新)

「僕は何時も死と共に眠って居る」

 今朝僕はベッドから落ちる夢を見た。
 実際目を覚ましてみると、僕の上半身はセミダブルのベッドからはみ出して仕舞う所だった。大声に母を呼び辛うじて危機を逃れたけれども、ベッドから落ちる等は随分長い間体験して居なかったから少し不思議な気分であった。
 あれは確か五歳の頃だったか、おでこから転がるようにして落ちたのを覚えて居る。無論当時はベッドも低く僕の体重も軽かった為に大した怪我もしなかったが、今は全く条件の異なることは言う迄もない・・・・(1999/7/4 更新)

「ソーラン節と古典」

 僕は今日気持ちの良いショックを受けて居る。
 夕飯の終った後、気を楽にしてテレビを観て居たら親しみ深い笑顔に一人の、青年の唄が聴こえて来たのだった。それは紛れもなく民謡だったけれども、僕の耳には懐かしい地響きに思われた。
 懐かしい地響きは段々と心臓に迄上って始めて、言葉とメロディーとに別れ、僕に身奮いさえ感じさせた。何時か僕は雑誌にその青年の名を知っては居たが、どうせマスコミの空騒ぎだと判断して居たのである・・・・(1999/7/16 更新)

「分かちあった夢」

 先日きみと相談した名古屋行きのことだが、今名古屋の親友木村から電話にてオーケーを貰ったよ。

 木村は二日間休みを取って僕の面倒を看てくれるそうだから、楽しい名古屋博見物になりそうだ。親友というにも様々だが、木村という男は僕の始めての親友だと言える。

 僕と同じ歳ながら彼はもう二児の父親なのだから苦笑するしかなかろうね。無論彼とは学生時代に知り会ったのだけれども、当時H大のキャンパスには木村スタイルという一種のファッション迄広めた人気者だった。・・・・(1999/7/31 更新)

『「意味」を僕は追い掛ける。』
 此の冬の寒さにも果たして意味は在るのだろうか。
 今日、僕の考えたいことは「意味」という言葉の価値に就いてである。例えば友よ、僕は何の目的の為に此の書き物を書き何を得る為に書くという行為を続けるのか。それは「意味」を具体化することだった・・・・(1999/8/13 更新)

  形という淋しみ

 「手」                                 
 今日少し、寒さは和らいだが夜になって又気温の下がりつつある様だ。
 僕は昼間、T嬢の来るのを待って居たらばふと彼女の手を机の上に感じた。それ迄にも彼女の小さな手は僕の眼の前に様々な表情を見せていた筈だったが、その時机の上に奇麗に揃えられた両手は何と無く寂しげだった。 僕は以前から人間の手に興味を持って居たが、それもやはり僕の興味を誘うものであった。寂しく白い女の手は常に僕の中に屡、表れ一瞬にして消えて仕舞うのである。しかしそれは何時も、T嬢の手ではなかった・・・・(1999/9/4 更新)

「僕に必要なのは無形にして静かなものだ」

 僕は久しく外出して居なかったが、今日は気温も可成り高くなったので弟と映画観賞に出向くことにした。
 僕の映画観賞歴は約二十年に成ろうが、劇場に通ったのはほんの数える程である。けれども最近此の弟の演劇や映画に対する熱心に肖って僕も度々劇場に通う機会の多くなりそうである。
 「愛は静けさの中に」と題されたアメリカの作品は、テレビのムービー・ガイドに少からず僕の気を引いて居た・・・・(1999/9/19 更新)

「書いてはならぬ真実」 
 冬の夜は永く静かだ。
 友よ、僕は夕べ君という或る固有のかたちに暫くの間会って居たのかも知れぬ。
 暫くの間、それは実に平凡な言葉だけれども、曖昧さを越えた安心感溢れた一言である。
 さて僕は君に何時会って居たのだろう・・・・(1999/9/29 更新)

「樹霊」

 冬の夜は永く静かだ。
 友よ、僕はその森の中に暫く眠って居た。樹霊は僕の身体を形として理解せずに一つの霊として認識しようとしているのではあるまいか。確かに此処洛西は竹林の可成り多く生き付いてはいるが、夕べ僕の周りを取り巻いた樹霊は超大な過去の言葉を伝えに来たように思えてならぬ。
 つまり形の存在は却って樹霊には有害だったのだろう。手に触れる形、眼に見える形、言葉に詰め込まれた形、一切の形に包まれて仕舞った或るものに挨拶を交わそうとしていたのだろう・・・・(1999/10/25 更新)

「友達」

 冬の夜は永く静かだ。
 友よ、僕は此の一冬に闘った形という理念に今哀れみを覚えて居る。それにしても先程から僕の背中に浮かんでいるルートヴィヒの微笑の、何と優しく穏やかなことだろう。
 此れは比喩でも蜃気楼でもない。僕の人生の真実である。今も僕は人生という口実に独りきりの森の中を散歩して居るのかも知れぬ。人生という口実とは何だか奇妙な言葉だが、人は皆その口実の上に己の城を幻として建てているのだろう。しかし僕は違う・・・・(1999/11/6 更新)

「モルト・モデラート」

 『ピアノソナタ二十一番』とは死を夢見ながら生をも同時に見据えるという様なアンバランスな音楽ではあるけれども、シューベルトその儘の表情の浮かび上がった最高傑作である・・・・(1999/11/13 更新)

「黒い猫」

 冬の夜は永く静かだ。
 しかし今夜は何時もとは少し違う様である。僕の机の端にまだ産まれて間もない黒猫は、大きな息をして眠っている。
 先程迄此の猫は僕の部屋をあちこち歩いていたから、可成り疲れたと見える。
 夕方母と弟は新聞の広告欄に[猫あげます]を見て、貰って来てくれた此の黒猫は果たしてどんな名を持つのだろう・・・・(1999/12/2 更新)

「黒」

 寒い夜である。
 窓硝子は白く曇って夜の暗さもよく解らぬけれども却って、記憶の中の闇は恐ろしく澄み切っている。そういう澄み切った夜から僕は何かを見出したいと願い、且つ信じては居た。
 数え切れぬ程の書物の或る一頁に、全てのレコードに聴いた或る一小節に僕は生涯忘れ得ぬ思い出を持って居る。それ等僕の数多の思い出は、此の記憶の澄み切った闇の裏側に重なり合って眠っている。それにしても記憶とは何と暗いのだろう。何と澄み切っているのだろう。
 今日僕は始めて自らの記憶の暗さに気付いたのだった・・・・(1999/12/12 更新)

「Maria」(最終回)

 或る冬の夜僕は此の書き物を書き始めたのだった。
 以来冬は数多の比喩と限りなく透き通ったかたちとを僕の周りに繰り広げながら、燃焼しつつある。
 今僕の眼の前に冬の燃焼して行くのを眺めて居ると部屋の隅から隅の何と遠いことだろう。冬は燃焼して行く・・・・(1999/12/21 更新)

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