美しきもの (不相変の冬)      第一部       

日比  工

窓一つ                         

愛する友達へ寄すリーダーアーベント

「僕は何時も死と共に眠って居る」

 今朝僕はベッドから落ちる夢を見た。
 実際目を覚ましてみると、僕の上半身はセミダブルのベッドからはみ出して仕舞う所だった。大声に母を呼び辛うじて危機を逃れたけれども、ベッドから落ちる等は随分長い間体験して居なかったから少し不思議な気分であった。
 あれは確か五歳の頃だったか、おでこから転がるようにして落ちたのを覚えて居る。無論当時はベッドも低く僕の体重も軽かった為に大した怪我もしなかったが、今は全く条件の異なることは言う迄もない。
 僕の体重は重く身体も大きい。ベッドの高さは然程変わらぬとは言うもののそれでも五十センチは有る。
 普通の人の五十センチと、僕の五十センチは違う。普通の人のベッドから落ちる姿は滑稽だが、僕のそれは滑稽とは言い難い。つまり気障な言い方をすれば僕は何時も死と共に眠って居るのである。言わば僕は死という野獣と一緒に此の部屋に生きて居ると言える。
 例えば今朝僕の目の覚めるのにもう少し時間を要すれば、或いは母の手の遅れていれば僕の生涯はそこに断ち切れたかも知れぬ。友よ、解ってくれたろうね。
 僕の人生は人の偶然を必然に押し込む力の領域は狭いが、その必然の力は僕には充分に美しい。人生の価値とはつまり偶然でも必然でもなく、それぞれの偶然と必然との歯車がどれ程正確かによって決められるのではあるまいか。
 冬の夜は永く静かだ。
 友よ、しかし人生も又比喩だ。最も感動的な比喩だ。感動的な比喩とは僕等の周りに、何時も転がっている日常という美しい歯車かも知れぬ。偶然も必然もその歯車の一つに過ぎぬのだけれども僕の今日体験したのは、余りにも劇的ではない人生の一齣でありながら僕には途方もなく深刻な出来事だったと言えるだろう。無論そんな歯車等見えよう筈はないが、僕はそういうものにのみ美の理念を求めたいのだ。若し時の形を想像してみれば、無数の歯車を眼前に見ることは可能だろうか。比喩は日常生活の為の無数の歯車ではなかろうか。そうだ友よ、僕の人生は多分、意外に必然の歯車の多いのかも知れぬ。
 何だか乱文を書いて居る様だが僕の生きて居ること自体に、僕の内に在る必然的エネルギーを感じざるを得ない。此の狭い部屋には、僕の行動を奪った代わりに神は人生から偶然という歯車を取り除いて仕舞ったのである。しかし全く無いとは言えぬ。それは風邪のウィルスのように屡此の部屋に入り込む。
 友よ、世間に平等は既に信仰的な諦念になったが、どうやら此処ではまだ平等を大声に叫んでも誰も考え込みはしないよ。
 誰も、此の部屋には勿論君以外に誰も居ないが、僕は敢えてそんな言葉を使いたかったのだ。
 だれも!果たして君以外に誰も居ないのだろうか。けれども此処はものに埋もれそうだ、それは全て歯車になって見えて来る。
 皆生きている。皆動いている。皆声を出す。そうして皆愉しんでくれ。友達だ。僕の君の友達。物は比喩だ。比喩は道標だ。
 今僕の頭を歯車の取り巻くのを感じながら神の与えし平等を心地良く見詰めて居る所だ。
 皆生きている。皆動いている。皆声を出す。そうして皆愉しんでくれ。友よ、偶然も必然も僕のものである。人生は比喩だ。
 しかし此の美しい比喩は何時か言葉となって羽撃くだろう。
 冬の夜は永く静かだ。
 つい先程此れを書く迄僕は今日、通信販売に届いたばかりのコンパクトディスクに美しい比喩を見出して居た。それはカルロ・マリア・ジュリーニというイタリアの老巨匠のヴィーン・フィルハーモニーを振ったブルックナーの最後の『交響曲第九』だった。
 僕は一二年程前迄ブルックナーと言えば何か近寄り難い巨大な建物のイメージを捨て切れず、その安定した音楽性と深々とした精神の中に入ることは出来なかった。
 強がりを言えば宗教の匂いも何処かにしていた。けれども僕の歳を取る毎に、人生への祈りを重ねる毎にブルックナーという巨大な建物に興味を持ち始めたのだった。
 確かにブルックナーの交響曲は宗教的でありマクロコスモスに近い響きであったがそこには、僕の探して居た或るものの光るのを見付けたのである。のみならずジュリーニの演奏する『第九交響曲』には、人類に寄せるブルックナーの最後の祈りの在る様だった。
 ベームよりも切なく弦は鳴りマタチッチよりも快活な管は応え、カラヤンよりも美しく音楽の昇天する様をジュリーニは何と鮮明に聴かせたことだろう。
 未完でありながらもそれに続く筈の楽章を、決して許さぬであろうアダージョに僕は人間の孤独な命の言葉を想って居たのだ。それにしてもジュリーニの振った真白のタクトに、アントン・ブルックナーの最後の比喩は宿っていた。
 比喩は人生を紛れもなく表現する。此れは僕の幻覚でも夢想でもないよ。人生は比喩だ。間違いあるまい。言葉はそして僕の人生だと確信しよう。
 友よ、朝の匂いが僕の鼻を突いたから又危ない五十センチに挑戦する。
 冬の夜は永く静かだ。
 君、僕の歯車よ。
 皆、生きている。皆此処に愉しんでくれ。
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