美しきもの (不相変の冬) 第一部
日比 工
窓一つ
愛する友達へ寄すリーダーアーベント
「冬の旅」
昨日僕はT嬢と或る約束をした。
それはドイツの大歌手ディートリヒ・フィッシャー=ディスカウのリート・リサイタルに、東京迄出掛けようということだった。僕は可成り以前から彼女を説得する口実を考えて居たが、彼女を目の前に言った言葉は[君と行きたい]という有り触れた一言だった。
彼女は僕の左の目に入り掛けた汗を拭って意外に簡単な返事をしてくれた。
[行きましょう]彼女は大阪生まれの大阪育ちだけれども、何時もそんな小気味の良い発音であった。その為に彼女の優しさは無表情を装い更に冷たささえ感じさせたが、僕には適度な温度だった。のみならずその体温は僕に女の優しい気遣いを教えてくれたのだった。女の気遣いとはその優しさの底に男の足を就かせぬ為の女のカタルシスなのだろう。
僕はT嬢に出会う迄、そんなカタルシスのバランスの無い女にばかり会って来た。言い方を換えれば僕は女の優しい行為は知って居たが、女の暖かい体温を知らぬ儘にそれの恋愛だと考えて居たのである。
[この前観せて頂いたビデオで、わたしもフィッシャー=ディスカウさんの冬の旅が好きになりました」T嬢はそう云って嬉しそうに微笑み、又僕の睫の汗を器用に拭いた。
僕は随分以前彼女にF=ディスカウの『冬の旅』を解説付に観せたのを思い出した。
確かに一九八七年十月二十二日、東京サントリー・ホールに歌われたF=ディスカウの『冬の旅』のビデオは彼女を魅了したのだろう。
T嬢は可成り重度の言語障害を持つ僕の言葉を一つ宛繋ぎながら、F=ディスカウの『冬の旅』を理解していた。
僕は僕の友達の中にこんなに熱心に、僕の『冬の旅』の解説を聞いてくれる人のいるのを何だか不思議に思った。しかし友達の感化を受けぬ友達の多いのも何か不自然だった。
此のサントリー・ホールに収録されたF=ディスカウの『冬の旅』は数多くの彼の演奏に於いてもすこぶる充実した名演に違いなかったが、それはF=ディスカウの表情の豊かさの所為も在るのかも知れぬ。
表情とは歳老いたF=ディスカウの仮面だと或る音楽関係誌に書いてあったが、無論僕はそれ程の阿呆では無い。此の『冬の旅』には表情そのものにも尊い歌の溢れていそうである。
F=ディスカウは歳老いた。ビロードのハイ・バリトンの明快な表現力にも、ゆっくりと黄昏の霧の立ち昇っては来ている。けれどもF=ディスカウの歌に対する消化の力は寧ろ、己の老いに連れて凄まじい熱を帯びている。黄昏の美しい霧を足元に絡ませつつ、彼は人という仮面を脱ぎ捨てる為に唱うのである。F=ディスカウの表情は、まさしくその苦悩と歓喜とに満ちた『冬の旅』の絶唱なのである。
人間の表情とは何かを会得する度に剥がれて行く理性というマスクではあるまいか。
マスクを剥ぐということは、シューベルトの人生から顔をその儘持ち出して来る試みもある。そして顔は出来事に直面し、そこにシューベルトの個々の表情は浮かび上がる。表情はもはやF=ディスカウのものではなく、更には又シューベルトのものでもない。
表情はひとりでに僕等の前に浮かび旅を続けようとする。美しい黄昏への旅である。
友よ、僕にとって此のビデオカセットは己の表情の離脱を要求する鏡だとすればどうだろう。
離脱する表情、僕は何度もそんな己の顔を体験して居る。僕の顔は段々に表情を遠ざけて、出来事を忘れ唯そこに浮かんで居る。一つ浮かんだ顔の何と安らかなことだろう。何と自然なことだろう。シューベルトは恐らくそういうことに日常生活の大半を過ごしていたのではあるまいか。
僕は何時もF=ディスカウの『冬の旅』の表情に、シューベルトの淡々たる人生への離脱を感じるのである。シューベルトはそして音楽に個々の表情を与えながら己の顔を捨てて仕舞った。F=ディスカウの歌唱はその捨てられた顔のインデックスに満ち溢れていた。それは僕等の記憶の中に育まれていた顔かも知れぬ。
此の書き物の為にF=ディスカウの『冬の旅』のビデオテープの中の表情を思い出して居るがその思い出すという行為こそあの『冬の旅』の意図であった。
人の記憶に眠って新たに好意を以て呼び返されたもの程美しいものは無い。
記憶とは美しいものを無形化し、永遠化せしめようとする僕等人間の美的欲求である。人生も又僕等の記憶の中の美を僕等に理解させる為の時間に過ぎぬ。
つまり『冬の旅』に観せたF=ディスカウの歌唱と表情とは、紛れもなく表現という苦悩から離脱する無限のシューベルトの顔であり、僕等の人生だったのだろう。
冬の夜は永く静かだ。
僕のT嬢と約束したことは一六五センチ四一キロのT嬢には、それにしても至難の業では無いのだろうか。一七六センチ七十キロの僕の身体を支え、或いは持ち上げるということは。
彼女はそういうことに既に気付いている筈だった。
[ヨイショっと。じゃ、おやすみなさい]何時かの夏のテントの中に、寝返りの出来ぬ僕の身体を簡単に返したT嬢の笑顔に冬の夜は寒く静かにほうほうと鳴っている。
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