美しきもの (不相変の冬) 第一部
日比 工
窓一つ
愛する友達へ寄すリーダーアーベント
「ダ・ヴィンチ」
さて今日も又此の部屋の真中に落ち着いて何も映らぬブラウン管を眺めて居る。
僕は昨日日本語にとって最も大切なのはメロディーだと書いたけれども、ブラウン管の中の君はどう解釈してくれただろうか。僕の言うメロディーとは視覚的にも聴覚的にも美しい言葉のことである。 例えばダ・ヴィンチの描いた水のデッサンに在る雄大な流れを常に、言葉は含んでいなければならぬ。雄大にして美しい水の神秘、今突然僕の頭を取り巻いたのはあの断片的な水のデッサンだ。
そして手、そして顔、そして馬の後足だ。
それ等は皆僕の愛するレオナルド・ダ・ヴィンチのデッサンだが、取り分け水は幾度も僕の頭を飲み込もうとしては消えて仕舞った。そう言えば僕は何時も夢の中に海を見て居た。
遠いのだか近いのだか判らぬ癖に、僕は寄せて来る波を待ち受けて居た。誰も居なかった。波は僕独りの為に次から次に寄せては帰って行く。しかし海は白と黒だった。僕には長い間そんな海の真実しか無かったのである。君、信じられるね。
ほら又、君の姿はブラウン管の端に見えている。雄大にして美しい水の神秘は、まだ僕の周りに音を発てている。
冬の夜は永く静かだ。
そして手、そして顔、そして馬の後足はそれぞれの音を持っている。
僕はそれ等の言葉を聞いて居る。
友よ、言葉は実に何処にでも転がっている霊魂なのだろう。数多の記憶からこっそりと抜け出した歴史のメッセージの秘密を僕は知って居る。それは何時の間にか此の部屋に、夜毎集まるようになったのである。声なのだか言葉なのだか判らぬ響きはもう幾度か僕の頭を支配してはいるが、僕はそれを快感にさえ感じて居る。白と黒と海からそんな響きの生まれるのを発見した僕は時折、鳴咽に近い虚無に苛まれるのだった。
ダ・ヴィンチの描き出した不思議な水の襲って来るのを感じて居た。
ヨハネの手、ソクラテスの顔、メフィストの片足に僕は今も悩まされて居る。
水の美しい神秘に就いて僕も暫く考えた時期は有った。しかし水は何時もダ・ヴィンチの描いたデッサンにしか観えなかった。
水はそれ自体である前に僕には色彩であった。色彩とは或る形の中に固定している物では無く、僕には別個の生き物だった。したがって言葉は声と文字とに憧れていたように色も又僕の周りにかたちを要求していた。
それはダ・ヴィンチの遺した水の美しいかたちだったと言える。
但し水そのものの正体は形と色彩とを否定して流れる美の化身かも知れぬ。
ダ・ヴィンチの追い掛けた謎とは恐らく、かたちと色とに司られぬ美の形式だったのではあるまいか。水の流れる状態からダ・ヴィンチは人類の過去と未来とを繋ぎ合わせつつ、その思い出だけを愛したのである。
形と色とから逃れ得た水という最後の美は今日も僕の思い出を旅している。言葉にも君よ、そんな夢を許してはくれまいか。そして僕にも、観せてはくれまいか。
冬の夜は永く静かだ。けれども僕の夜は短い。短過ぎる。
ダ・ヴィンチも恐らくこう言うペシミズムに耽りながら、短過ぎる夜に美しい水を描いていたのだろう。
僕は生まれて三十年余りの歳月の総てを此の窓の前に生きて来たが、窓その物は一向に変わらず僕だけの変わったように思われるのは何故だ。
多分此の窓は僕の脊髄の辺りから僕の熱い血を吸っている吸血鬼だ。
だとすれば疾くの昔に僕も吸血鬼である。ブラウン管の中にチューインガムを噛んで居るリルケのような男は、僕の姿の吸血鬼。何ということだ。何という可笑しな、或いは悦しい比喩だろう。
若しかしたらばダ・ヴィンチも、己をヨハネとして見詰めた時間の永かった人かも知れぬ。さも無くばあの大洪水の光景をヨハネの背後に描き、又塗り潰して仕舞う程の勇気等無かった筈である。
夢想で在ろうと有るまいと聖ヨハネの背後には、レオナルド・ダ・ヴィンチの想い描いた不変なる美の隠れていそうである。
形も色も過去も未来もそして悲しい比喩も別の次元へ追いやって了って、そこにはもう天と地との巨大な力の存在しているだけだろう。
形も色も過去も未来も無い所に存在する力とは、夜であり混沌であり静寂であり夢である。
ダ・ヴィンチの願ったのは此の力の中に在る言葉の響きではあるまいか。
僕にはそう思えてならぬ。
僕の周りをぐるぐる回る美しい水の神秘は今日、僕にこんな幻想を紹介してくれたよ。けれども夜は短い。
僕の夜は短過ぎる。友よ何と比喩の虚しいことだろう。
僕のダ・ヴィンチに対する敬愛はその美しい水の小さなデッサンに始まり、大洪水に於いて恐怖となってヨハネの手に落ち着いている。
形も色も過去も未来も既に何の価値も無くなり静寂のみ存在すると、僕等は意外に自らの生活を愉しむかも知れぬ。
今窓に粉雪の舞うに気付いた。窓硝子からハイネの小唄の聴こえるのは不思議なことでは無い。少なくともシューマンのop二十四の場合には極自然である。
冬の夜は永く静かだ。
けれども、僕の夜はもう一先ず終った。
短過ぎる。余りにも僕には。雪の夜である。
・・・・ ・・・・・・・・