美しきもの (不相変の冬)      第一部       

日比  工

窓一つ                         

愛する友達へ寄すリーダーアーベント

「夜の風景」

 冬の夜は永く静かだ。

 しかしそんな静かな夜に、僕は昨日久しぶりに己の中に在る熱い何かに触れたのだった。それはもう三十一歳になった僕には、すこぶる新鮮に思われたのだ。友よまだ左側の肺に、大きな瘤の残っている風だが今夜は良い気分だよ。

 僕に新鮮だったのは、僕の青春のまだ瑞々しいことだった。嘗て僕の歩いて来た心の散歩道は常に音楽という風景に溢れていた。音楽という風景はその美しさの徒然にデッサンすることを要求した。

 僕は言葉にて音楽をデッサンしてやろうと考えた。十七歳であった。

 音楽という風景は以来、僕に物書きとしての日々を与えてくれた儘なのである。そういうデッサンから僕は僕の自画像を発見した。

 つまり音楽という風景には、必ず僕の顔の在ることを発見したのだった。顔は音楽に囲まれては居たけれども表情に乏しかった。青白く冷たい僕の顔に音楽は常に語り掛けていた。何を語り掛けていたかは今は思い出せぬが恐らくは、僕の幼い匂いのする絵模様だったろう。

 君も知っているように当時は詩を書いて居た僕だから、本を一冊出版したいと思った。一日一つは詩を日記のように書いた。

 母は僕の詩に形容詞の多いのを見て文句を云った。しかしその形容詞は音楽という風景から、生まれて来る数少ない出来事の儚さだった。出来事は僕の過去に、ほんの数滴の零を落としたに過ぎなかった。僕の数少ない出来事は些細である程に風景の如く散らばり、形容詞と化して行った様である。

 音楽という風景はこうして何時の間にか一つの顔を浮かび上がらせて居た。やがて一冊の本の表紙に僕らしい顔は他人の目を湛えていた。それは名も知らぬイラストレーターの想像した紅顔の美少年だった。腹を立てる訳には行かなかったが、兎にも角にも自分の名を持つ一冊の本であった。たった三日間に生立ちを書きその周りに体裁良く詩を配置した一冊の本は到底僕には気に食わぬ物だった。

 [世界人類が平和であるように]此の一言のみ信じていた編者は僕の始めての著作の後書きに、芸術的情操教育の賜物だと僕のことを書いているが此れも上品な誤解に過ぎぬ。芸術的情操教育とは確かに僕の本に叶ってはいるが、余りにも俗な言葉だった。

 しかし母にはその編者であるI氏の一言の気に入った様である。出版後暫く母は夜寝る前等にその本を読んでいたと思われる。

 否若しかしたらば母は此の僕らしい顔と対話を交わしていたのかも知れぬ。もの言わぬ僕の顔との対話に母は又僕の形容詞の多さを叱っていたのだろう。

 音楽をデッサンしようとして出来なかった僕の最初の著作は、しかし僕に多少の自信を与えたことは事実である。母は今でも此の本ばかり人に勧める。此れは僕には少し気に入らぬが他人も他人、感動したとばかり云うのである。

 何れにせよ僕は今も音楽という風景の中に、音楽を模倣したいと願いながら本当の自分の顔を探して居る。それには先ず音楽を評せねばならなかった。

 僕にとって音楽を評することは自分の顔を砂の上に浮かび上がらせることだった。時のかたちをした砂の下に一つの顔はもう直ぐ呼吸困難を訴えるだろう。

 冬の夜は永く静かだ。

 そうだ友よ、僕は時の砂漠に居るのかも知れぬ。僕は僕の知らぬ僕の過去から顔にぶつかって来る時に気付かずに歩いて来た。だからシューベルトの哀しみと、ベートーヴェンのイデアとに身を重ねつつ記憶を遡って行こう。あの他人の目を讃えた僕の顔は偽物で有りながらまだ記憶の裏に焼き付いている。音楽という風景よ、もっと此の机に集まって来い。死んだ神のように集まるが善い。

 冬の夜は永く静かだ。

 そうして僕は君等を何よりも愛して居る。数少ない出来事から僕は君達に言葉という生命を与えたいのだ。しかも此の冬の間に生命を膨らませたいと考えて居る。何故なら物書きとしての自己確認を一刻も早く済ませたいからだ。

 自己認識とは僕の場合自分を知ることよりも、自分の周りの風景に自分の姿の映り方を知ることだった。更にその映り見た自分の姿と、今此処に居る僕との距離を正確に計ることでもある。その為に僕は西洋音楽からの木霊を聞かねばならなかった。

 地球の青さを知るには地球を離れねばならぬように僕は西洋音楽という宇宙に憧れた。批評はそういう憧れから生まれた独り言に在るのではなかろうか。だとすれば批評文も、立派な詩であり散文である。

 友よ僕は君達への数多い誤診を解こうとして、人道的な正義感に震えて居る。それはチャイコフスキーの『悲愴』を聴く度に、シューベルトの『未完成』を聴く毎に激しい痙攣を残した。

 やがて痙攣は批評の言葉を書いた。批評はチャイコフスキーにもシューベルトにも向けられずそれ等の音楽に対する誤診を許した得体の知れぬ或るものへ向けられた。

 得体の知れぬ或るもの、時代かも知れぬ。社会かも知れぬ。人の心の中の騒がしい知識という悪魔の戯れかも知れぬ。僕はそんな得体の知れぬものに君達の真実を打ち込んでやる。音楽批評は僕の自己認識への遥かな旅路だったと言える。

 ・・・・                  ・・・・・・・・

              

 もう此処京都の寒さには飽き飽きしたとテレビキャスターは云っていた程今日は冷え込んでいる。此の部屋も小さな電気ストーブでは暖かくはならぬ様である。

 さて此の寒さという奴は僕には可成り厄介なのである。僕の身体は常に何処かの筋肉に力の入って居る為に、温度や湿度の具合に痛みは突然発生する。発生した痛みは蒼い痣のように動悸を打ちつつ僕の身体の或る一部に集まり、一日中僕を苦しめる。今日は左肩甲骨に蒼い痣は呼吸している。何という不気味な心持ちだろう。例え此の部屋をどんなに暖かくしようとも肩甲骨の辺りは寒い。

 マリアよ君にはその僕の痛みのかたちの見えているのだろうか。

 果たして形は有るのだろうか。何時か教えてくれ。痛みとはどう言うかたちをして僕の肩甲骨に張り付いているのだ。

 一個の寒さに形を問わねばならぬ程僕はかたちというものを気に懸けて居る。一体かたちとは人間の何に値するのだろう。

 物質主義は何も物を重んじることではない。かたちを知りたいと願う或る種の要求のことである。

 そんなぼんやりとした考えを抱きながら僕はやはり音楽を聴いて居た。一個の寒さを身体に張り付けた儘、僕はモーツァルトの最後のピアノ協奏曲を聴いたのである。

 イングリット・ヘブラーの弾く「変ロ長調」のコンチェルトは実にスリムな哀しみに溢れていた。スリムな哀しみはヘブラーのあの美しい手に、モーツァルトの主張を伝えながら僕の身体を暖めた。

 モーツァルトという人の遺したのは、かたちの定まらぬ美の信仰である。

 定められることを本質的に拒否する美の運命は紛れもなくモーツァルトの内に在る。音楽が音楽を愛する表情に僕は今迄気付かなかった。

 元来僕の頭は重量の在るものにしか興味を示さなかったからである。しかし彼の音楽にも確かに重量は在ったのである。唯彼の音楽は何時も、彼自身の人生の上を翔び跳ねてその表情を容易に見せぬ。 僕の若い頭は翔び跳ねるモーツァルトの表情よりも、人生を信じて踏み絞めていた人の方を向いて居たと言える。けれども今は違う。

 第二十七番のピアノコンチェルトはその「ラルゲット」を以て僕の経験し得た人生の不思議な距離を示してくれたのだった。僕は今日モーツァルトの哀しい涙の一雫を、はっきりと見たのである。

 モーツァルトの所有した重量とは、人の生の中にぽっと浮かんだ小さな痛みに似ている。

 先程聴いたヘブラーのピアノは、そういうスリムな痛みに溢れていた。つまり、彼の所有していたのは人生という痛みだった。

 友よどうだろう。僕の肩甲骨は或いは僕よりも深く、その人生という痛みを知って居たのではあるまいか。此の寒波によって引き起こされた僕の肩甲骨の寒さは又僕の人生の痛みでもあった。形の無い小さな蒼い痣は、動悸を打って今も張り付いている。

 恐らく形は全て幻想なのだろう。

 あの赤々と燃えている電気ストーブも僕を映し続ける古いブラウン管も、更に僕の手から生まれて来る数多の文字も人間の視覚の曖昧さに通じた幻想だとすればモーツァルトの解した美の運命は自然になり立つだろう。

 全て幻覚に過ぎぬ此の世をモーツァルトは己の純粋音楽に映し観たのである。しかし幻覚は彼に人生を与え快楽と苦悩とを提供した。天才モーツァルトには運命さえも美しい音楽だった。

 人生の何処にでも彼のミューズは彼を待ち受けていた。まさしく音楽と人生とは一体となる。時間の流れを無視しながら、翔び跳ねて行った人こそモーツァルトだと言える。今日僕の聴いたピアノコンチェルトのカデンツァにも生の為に乾杯する彼の表情は在った。

 哀しい命と悦しい人生とをたっぷり味わった表情は気味の悪い程淋しそうであった。表情は僕の顔の右前方に現れて段々左後方へと動いて行ったが、次第にそれは左の肩甲骨に染み込んで仕舞った。輪郭等無いモーツァルトの表情の何と優美だったことだろう。

 ジョヴァンニとザラストロ、そしてオクタヴィアンの同居したその表情を、嘗て僕は一度も見て居なかった。それから暫く僕の左肩甲骨の寒さにはモーツァルトの表情の在るきりだった。

 輪郭を拒否し全ゆる顔であろうとする表情の浮かんでいるだけだった。多分最も欲の深い謎の音楽はヴォルクガンク・アマデゥス・モーツァルトである。

 彼は人生を信じ切れぬ幼年期に音楽を信じて仕舞ったのではあるまいか。それは永い間僕のモーツァルトに対する疑問符だったけれども、どうやら僕の生涯もそんな風になりそうだ。

 僕の少年時代も人生は信じ難い形に僕の前に横たわっていた。しかし僕は先ず音楽ではなく本を信じた。ハードカバーの少しくすんだブルーに背文字の片仮名の金色の本は僕の信頼を一度も裏切らなかった。充分理解して居たとは到底言えぬが僕はその活字を此の上なく愛した。くすんだブルーの部厚い幾つかの本は以来僕の保護を務めてくれた。

 友よもう朝は来た。

 今日はモーツァルトと仲直りの出来た良い日だった。肩甲骨はまだまだ寒い。此の寒波は何時僕の部屋を去る積もりだろうね。

 ・・・                   ・・・・・・・・              

 昨日に続いて依然寒さは衰えぬけれども、幾分湿気は少ない様である。

 僕は此の部屋に、何千冊という本を愛した。それ等の書物は今、此の部屋の渇いた寒さに静かな唄声を眠らせている。

 眠っている文字に僕は僕の過去の在るのに気付いた頃、既に僕は人生を愛しては居なかった。

 自分の人生よりも夜毎に出会う物語を愛して居た。

 僕は夜毎に体験する動乱の物語の中のそれぞれの人生に、言い知れぬ共感を抱いて居た。それは掛け替えの無い僕の未来に待ち受けている出来事に思われたのである。しかし友よ、今の僕の周りの何と静かなことだろう。にも拘らず、僕はまだ当時信じて居た物語を愛して居る。文字とは掛け替えの無い僕の出来事なのだろう。

 僕はその出来事に憧れて居たのかも知れぬ。そうだ文字は僕の人生に繋がる信号ではあるまいか。若しそうだとしたら文字に人生を嵌てみるのも面白い。

 冬の夜は永く静かだ。

 友よ此の一冬に文字の形をした人生を確信出来るだろうか。君の応えを聞く迄もなく、僕は文字の意味と人生とに繋がる僕という人間の秘密を探らねばならぬ。今夜はそんな疑問符のトーンの良く響く程空気の渇いた寒い夜である。

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