美しきもの (不相変の冬)      第一部       

日比  工

窓一つ                         

愛する友達へ寄すリーダーアーベント

「『フィデリオ』の感想」              

 昨夜此の日記を書き終えて眠る所であった。窓の際に有る大きなベッドに僕は顔を半分枕に埋め浅い眠りに入ろうとして居た。すると隣の部屋に電話の鳴ったのを聞いた。眠りの襞を心地好く滑り下りる僕には電話のベルは気違い染みた人の声に聞こえた。

 母は急いで電話に出たが、僕はこんなに朝早く僕に用の有る友達を知らなかった。YかMかSかHか、しかし彼等は皆僕の仕事を、生活を知っている筈である。僕はそれ等の友達の顔を思い浮かべては夢の端に苦笑して居た。

 突然母の手の左肩に触れるのに僕は目を覚ました。電話は友達には違いなかったけれどもそれは或る出版社の編集部長のA氏からだった。

 A氏には一昔前から随分世話になって居て、今月早々にも一冊出版の決まったばかりだった。

 [Aさんがベートーヴェンのフィガロの感想文を書いてくれだって]

 僕は一瞬自分の記憶の頁を慌てて繰た。自分の眠りを恥じた。イヤーゴとピツァロ、更にパパゲーノ、僕の記憶の焚き火を囲んでそれ等の三人は手を繋いでぐるぐる回った。しかし直ぐ後になってそれは母の聞き間違いであるか若しくは片仮名に対する組違いだった。

 A氏はベートーヴェンの『フィデリオ』の感想を僕に依頼して来たのだった。

 [書くよ]此の一言に僕の青春の委ねたことを覚悟して僕は深い眠りに就いた。

 音楽批評というものを最も軽蔑し最も愛して居た僕にとって、それは大きなチャンスに思われた。嘗てこんな身体の為に僕は音楽を聴くということに関しては読書よりも楽しみだった。A氏に厄介になった三冊目の著作もその音楽批評的内容のものだったが、正式に音楽に関する原稿を依頼されるのは始めてである。通常の音楽批評の下らなさを痛感して以来僕の中に在る正義感は、音楽という素晴らしい人類の遺産に対して人道的な熱を帯びていた。

 音楽とはつまり人間の想像し得た遠い過去からの生命への愛に他ならぬ。

 命在り意志在りそこに主張の生まれた時から、音は次第に願いを含み伝達を目的とした音楽となって時間を逆流する。此の僕の部屋には逆流した音楽の一刻の溜息も残っていそうだ。

 著名な哲学者(恐らく生涯唯一人の師)のU先生は余りに僕の音楽の熱心を見て[音楽哲学だと云うんだろうがね]と原稿を返され、或る声楽家(バス歌手)のO氏には[個人の音楽評論家を叩き過ぎているので]と又返されるという種類の僕の短文ではあったが、しかし僕は此れを以て音楽の何たるかを世に問う積もりだった。

 梶井基次郎に檸檬は爆弾に見えたように、ボードレールに少女は皆骸骨と化したように、僕には音は言葉であったのだ。したがって音楽批評は僕の為に存在せねばならぬ文芸ジャンルに思われる。

 夢の中に僕は全ゆる音楽家の握手を受けた。

 バッハにモーツァルトに、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、マーラー、ヴォルフ、特にシューマンには熱い歓迎のキスだった。

 何時ものように夕方目を覚ますと、胸の真中に鉄パイプでも通した風な息苦しさを感じた。夕べの夢の絢欄豪華な舞踏会の所為だとばかり思って僕は仰向けの儘一つ咳をした。

 僕の視覚の両端に赤い斑点の浮かぶのを不気味に観察しながら、眠気を払った。二つの赤い斑点は僕の咳のする度に魚の心臓の如く小刻みに動いた。咳は段々酷くなる一方であった。

 何時か僕の鼻腔を突いた氷針は今日、僕の喉に在るらしかった。母は急いで僕の上半身を抱き起こしたがその母の顔には赤い斑点の被さっていた。

 斑点は益々僕の頭に食い込んで脳髄を掻き乱し視覚の殆どを支配した。唾液の冷たくなって喉に流れ込むと、氷針の敏感に震えるのを感じ咳は続いた。

 僕は幾度かこういう体験の在るのを覚えて居るけれども、赤い斑点を見ることは始めてだった。そうして胸の真中の鉄パイプも僕は知らなかった。

 ふと僕は怒りを鉄パイプの下辺りに激しく感じた。

 U先生に、或る声楽家に、更に僕自身の中の句読点となった一度だけの眠りにさえ、怒りと嫉妬とを覚えて居た。

 二つの赤い斑点はもはや完全に一つになって動いている。

 唯一夜の眠りの為に僕は永い間見続けた夢、無形なる音楽に人道主義というかたちを与えそれを音楽哲学だと言い切る願望は消え失せて了うのだろうか。

 何時の間にか左腕の細い血管に点滴の針は打たれて居た。僕の前に眼光鋭いインド人らしいインターンと、縁無し眼鏡を掛けた少し歳を食った医者とは僕の肺を診察していた。

 クリーム色のカーテンの向こうに研究生の声の聞こえるのに、僕は時代の作り出した余り者のさびしい影を見た。

 点滴の一滴一滴の音に僕は僕の夢の映るのも眺めて居た。

 医者は僕に入院を勧めたがそれは僕の咳の余りの酷さに可成りの疑惑と、医学という広大な知識を拾い直したくなかったからである。

 無論僕は入院を断り今此れを書いて居るが明日から暫く僕の青春を振り返って見る。

 僕の青春とは紛れもなく意志によって造られた言葉にどれ程の音楽を語らしめるかの自己への問いだった。

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