美しきもの (不相変の冬)      第一部       

日比  工

窓一つ                         

愛する友達へ寄すリーダーアーベント

「裕仁天皇」

 君、大変だ。今FMにニュースを流している。天皇陛下の亡くなった様だ。六時三十三分に亡くなったと報道されている。

 今七時五十一分だが母は急いでテレビをオンにし見入っている。君一先ず別れよう。昭和は終った。

 八十九年一月七日午前七時五十二分だ。

 ・・・                   ・・・・・・・・

 暫く君に逢えなかったのは天皇の亡くなったことによって、一日中テレビをオンにして居た所為だ。しかし君は一昨日の天皇の死とは全く無関係な所から、僕の前に時々現れては何か悪戯をした。

 昭和という一つの日本の喜怒哀楽の時代は終り、平成という新たな元号の発表された時に君はその平成の二つの文字の黒い部分に微かな笑みを浮かべていた。その二文字の画面一杯に映し出されると[平]の中に手招きをして見せたのだったね。

 何時も書き物をして居る時に嫌悪感を感じ、成るべく使わぬようにして居るのは[平]であった。君はそれを充分承知しながらも、[平]の陰に手招きをしていたのだろう。

 しかし友よ、裕仁天皇という人物は実に美しき人であった。

 裕仁天皇の亡くなる迄僕は自分には拘り無く昭和の終るものとばかり考えて居たが、それは明らかに間違いだった。此れを書きながら天皇の死のニュースを聞いたのだけれども、その時僕の頭の上には小さい筈の日本の国は大きく赤く突然浮かび上がったのである。

 大きく赤い日本はそれからゆっくりと積乱雲の如く僕の頭の後方へ動いて、窓に吸い込まれて仕舞った。

 以来窓硝子の面にその生きている雲を感じるのは何故だろう。成程此の部屋は社会とは縁を切り得たが、国家にはまだ繋がっていそうである。今更縁を切る必要はない。否切りたくないのである。

 寧ろ僕は僕の後に張り付いた大きく赤い日本という雲を何時迄も感じて居たいと願う。

 此処は日本だよ、君。そして僕は歴史的喜怒哀楽の死を見取ったのだ。

 民族の歴史とは個々の血の祈りに応じて永続すべき国家の知恵ではあるまいか。君はどう考えているだろう。そういう国家の知恵は此の国にはもう暫く必要な気もする。もう暫く、ではどれ位なのだろう。

 多くの右翼知識層の今僕の感じて居る大きく赤い日本という積乱雲の嘆きに耳を傾けた時、逆に天皇制の階段は崩れ始めるだろう。厳かに清らかに誇り高い光を放しながら、歴史の墓標の裏に隠れるのである。

 しかし僕等はその匂いの在る内に昭和の火花の無数に散ったことを記憶に留めて置かねばならぬ。

 火花の散った後の時代の名残灯は美しい。

 僕は何も右だの左だのと言って居るのではない。遥かに遠い未来の理想の赤い星よりも、僕等の歩いて来た此の道の傾いた道標の方を好きだと言って居るのである。裕仁天皇の亡くなって時代は変わるのではなく、一つの時代の真の歴史と成る瞬間に僕等は未知の地を素早く見極めねばならぬ。君もそう言いたいのだろう。だから君は[平成]の二文字の陰に、僕を揶揄っていた。僕はそう解釈しよう。

 [平成元年]雪から雨になって始まった京都の元年を僕はどう会得しよう。

 依然として窓硝子に、不相変日本は震えている。

 窓硝子の震えているのかそこに張り付いた日本の震えているのかそれとも僕の涙なのか解らぬが、ブラウン管の中に兎にも角にも我が国は震えている。

 友よ、僕の国を抱き締め慰めてくれまいか。万象はまだ寝静まった儘君を支えてくれている。

 今日は可成り書き物は進んで居るが、何だか憂欝な気分である。僕の憂欝は何処から来るのだ。

 哀しみは、寂しみは、僕の故郷から来るのだろうか。

 確かに僕の肉体は哀しいが精神は悦しく透き通って居る筈だ。明日も此処に、君と一夜を共にしよう。

 八十九年一月九日午前六時十七分である。

 ・・・                   ・・・・・・・・

 君は今何処に隠れているのだろう。

 帝王カラヤンのポスターの真白い髪の中に

 テレビの上の煩い置時計の長針の陰に

 先程聴いたブラームスを鳴らしたスピーカーのレフト側に君は隠れているのだろう。

 そうだ友よ実に鬼ごっこは僕等の間では面白い遊びである。

 此の世には真実の名を持った鬼共の何匹も隠れているが、それを追い詰めて行くことによって僕等の歴史と呼んで来たものは若しかしたらば歴史の姿を借りた影かも知れぬ。僕等の長くなった影坊師が踊っている。世紀末の影坊師の僕の周りに何匹うろついているのだろう。何匹もの或いは一匹の悪鬼ののんびり住んでいる此の僕の部屋にはしかし、その悪鬼の隠れるだけの沢山の花も有る。

 母の作った造花の色とりどりの匂いは何時も追想を語るのである。

 追想は鮮やかに僕の眼に匂って万象を片付けて仕舞う。片付いた万象は例の如く僕の周りの全ゆる影に眠っている。僕は多分そういう万象と鬼ごっこを幾度も楽しんで様々な過去と対話して居たのだろう。

 テレビの上を、ステレオの上を本棚の角を、部屋の隅々をそして僕の最も憎んで居るカレンダーの平凡な風景写真の上を、椿や紫陽花の匂いは上って行く。

 記憶の匂いの無数の色を巻き込んで、白い天井に或る顔となって微笑んでいる。君、又逢えたね。

 僕の幼い頃から君はそうやって僕の真上に何かを話していてくれていた。どうだろう、君。此の書き物は応えになっているだろうか。あの三好達治の笛の如き応えになっているだろうか。

 友よ僕は夕べ奇妙な夢を観たのだ。

 空を飛んで居たのだか地面を駆けて居たのだか判らなかったけれども、兎に角僕の見て居る風景はもの凄い速さに後方へ流れて行った。僕は一瞬の間に総てのものを見たのだった。

 古びた赤と青と黄色に出来た遊園地の乗り物を、吐く息の冷たくなった鰐や狼の鉄格子を白ずくめの時代の貧血病の顔を。

 しかし総てを見たという満足感は一刻だった。僕の顔は突然何かに追突したと思うと、鼻の頭にふと紫陽花の匂いを感じた。それから暫く、気の遠くなるエクスタシーの中に僕は顔を埋めて居た。無様だろう。けれども僕の顔に追突したものは何なのか段々解って来たのだった。それは恐らく此の書き物の最後に表れるだろう。

 僕の中にその何かの解明される迄、友よ此の原稿をじっと見ていてくれ。

 平成元年、こんなにも美しい冬の終る迄には書き了える積もりだ。鬼ごっこはもう暫くお預けにしてくれ。それは兎も角も、僕のその夢には後も先もなく唯己の眼球は生暖かい風を切って行くばかりだった。二つの眼球は既に皮も肉も骨も疾くに捨て去って、有形なる物の中を潜り抜けた後確かにぶつかったのである。

 何に、僕は己の夢の此処に終っているのに感謝して居た。

 にも拘らず夕方目を覚ました僕の右掌には胡桃の二つ、眼球のように在った。胡桃は一つ、勝手に転がってクリーム色のベッドの柵に甲高い透明な音を残した。そんな胡桃の甲高い音に、言い知れぬ哀しみを感じるのは常であった。

 ベッドの柵のクリーム色は何時しか僕の後頭部に張り付いて離れなくなっていた。以来何時間も否今も僕の後頭部にクリーム色の鉄格子は僅かな残響音を発てている。

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