第三章(その3) 机上の事 夏
F=ディスカウの歌ったシューベルトの「別れ」は僕に、数字の哀しみを思い出させ
てくれた。
<星達よ、さらば>「別れ」の最後の箇所をF=ディスカウは、何とも哀愁を込めて
歌い乍らあたかも僕の生と死を見据えるように思われる。それから一刻比喩と解釈と幻
想とをF=ディスカウのバリトンに委ねてみる。F=ディスカウと言えば僕は一年前の
或る「出来事」を思い出す。
昨年の十月の事である。F=ディスカウが九度目の来日のニュースを知ったのはその
年の四月だったから、僕にしてみれば半年掛かりの計画と成った。
もう六十三歳のF=ディスカウの事だからこれが最後のリサイタルに成るだろうと云
う噂もあって僕は何が何でも行かねばと思った。リサイタルは東京でのみドイツ歌曲の
夕べと題され四夜に渉って開かれたので、僕もかなりの勇気が必要だった。
他人の力を借りないではどうにも行動出来ぬと分かって居乍ら、僕はそれでも老いた
る人の歌が聴きたいと願って居た。老いたる人の最後の歌声を如何なる状態であろうと
、この記憶に納めて置こうと思った。僕は母に内緒で計画を進めた。リサイタルのプロ
グラムはシューベルト、シューマン、マーラー、そしてヴォルフというドイツ歌曲の歴
史を辿るものだったが、僕はその内の二夜を選んだ。シューマンとマーラーである。無
論四夜全てを聴きたかったが、日程が跳び跳びで体力にも自信が無かったので仕方なく
シューベルトとヴォルフを諦めたのである。(「冬の旅」はすでにチケット発売後三時
間で満席だった)僕はまず六日間介助出来る人間を探すのに苦労した。
最も期待して居たYという彫刻家の友人は2回目の個展の為に忙しいと云い、ボラン
ティアとして僕の世話を十年余りやいて来た友達は身体が小さいからとても無理だと云
う。僕は非常に困ったけれども、一人のプロボランティアを知って居た。
プロボランティア等という言葉が実際に有るかどうかは知らぬが、この男に金を幾らか
払うと所謂肉体を提供してくれるのである。俗な言い方をすればフリーアルバイターと
でもいうのだろう。僕はこの男に巧く話を付けた。
何だかだとして居る内に、母と弟が僕の行動に気付いたらしかった。結局の所、母の
強い反対を押し切って上京する事に成った。前半の三日間をプロボランティアの男に頼
み、後半は弟が介助を引き受けてくれたのだった。
上京する前夜、僕は自分の肉体に付いて考えてみた。僕の肉体は果たしてこの世のも
のなのだろうか。確かにこの世に生を受けて存在しては居るが本当は幻ではあるまいか
。他人の肉体を借りねば何も出来ぬ僕には元より肉体という罰が欠落して居るとしたら
どうだろう。日常生活も又、その欠落した部分の為に過ぎて行くのだろうか。欠落した
未知の肉体への憧れが多分幻のように日常生活を過ぎて行く。
僕の肉体の存在とはシューベルトにおける<星達>に値するのかも知れぬ。それでは
僕もあの「出来事」来、肉体への憧れに別れを告げた事に成ろう。
僕にとってこの六日間の上京が紛れもなく無形にして広大な言葉への旅立ちだったと
言えよう。或る「出来事」が無数の星々のように輝いて僕の記憶の風景を流れた後に、
言葉がさらさらとした細かな砂金の如く残ったのである。それが正しくF=ディスカウ
との出会いであった。
僕が会場(サントリーホール)に着くと後から女の声が僕の名前を呼んでいた。彼女
はどうやら会場のベテランコンパニオンらしく思われた。演奏会終了後にF=ディスカ
ウが楽屋にて、僕に会うという事をはっきりした口調で伝えて彼女は立ち去った。僕は
一瞬、躊躇ったが頭を回転させる前に嬉しかった。落ち着いてから考えてみるとやはり
母が僕の出掛けた直後、会場に電話をして頼んでくれていたのだった。
当日のリサイタルはシューマンの「ケルナーの詩による十二の歌曲」と「リーダーク
ライスop39」であった。僕は特にその「リーダークライスop39」の冒頭を聴く度に目の
前に美しい風景を感じるのである。シューマンの如何にもロマンティックな甘美さを僅
か一分五十秒程の中に凝縮したこの第一曲だが何だかそれが青春の最後の形に思えて成
らなかった。F=ディスカウのバリトンとクリストフ・エッシェンバッハのピアノで、
確か七五年頃、録音されたレコードを僕は何度聴いた事だろう。その「リーダークライ
スop39」が今僕の前でF=ディスカウによって歌われようとしている。僕はそう思うと
、身体中の血が透明に成って仕舞いそうであった。
透明に成った僕の血は、何処までも清らかなライン川に見えた。
欠落した未知の肉体への憧れが僕には何故か、これから演奏される「リーダークライ
スop39」に在るように想われたのである。
F=ディスカウが歌い出した瞬間、僕は僕の欠落した肉体を完全に理解し、それと惜
別する事が出来たのだった。青春が限りない風景を広げて僕の記憶の中を流れた。何と
いう立体的な音楽の風景だろう。僕の青春の何という鮮やかな色彩だろう。記憶の中の
色とりどりの風景にその時始めて包まれたという気がした。すでにハルトムート・ヘル
のピアノ伴奏で歌うF=ディスカウの真実が僕の青春という風景に「出来事」を与えて
いたと言えるだろう。
「出来事」とはロベルト・シューマンが体験し、見詰めた青春の真実で在り乍らそれ
を伝える為の作品の神秘に他なるまい。そういう作品の神秘を僕は歴史の真実だと断言
する。飽くまでもシューマンは自らの固有の過去を「リーダークライスop39」に遺した
に過ぎぬけれども、F=ディスカウの歌声によってそれは又新たな人間の青春と成り風
景と成るのである。
僕は何時の間にか右の太腿の筋肉を右手で掴み乍ら、すでに与えられていた固有の青
春を眺めて居た。上京して未だ幾時間も過ぎては居ないのに僕の疲労はピークに近く視
力も段々衰え始めた時盛大な拍手が僕を取り巻いた。
年老いて声がかなり落ちたと、新聞や雑誌に書かれはしたが少なくともこの拍手をし
た人の一人一人の心の中にはF=ディスカウの歌った歴史の真実が固有のそれぞれの過
去として残されると僕は信じたいのである。更にF=ディスカウは決して老いても居な
ければそのバリトンも衰えて居ないと僕は確信した。彼は声の調子が余程良かったのか
、アンコール曲を六曲歌ったが声は最後まで新鮮な青春に満ちていたと言えるだろう。
僕は感動して涙さえ感じたけれども、その涙も又青春の真実であった。
拍手が治まり客席が明るく成ると、例のコンパニオンが僕等をF=ディスカウの楽屋
まで案内しようと立っていた。
僕は透明に成った僕の血をまざまざと背骨の辺りに感じ乍ら車椅子のブレーキを片方
だけ外した。プロボランティアの男が慌てて車椅子を押し、コンパニオンの後を就いて
行った。僕は未だピアノの周りの花束の美しさに魅せられて居た。
コンパニオンの奇麗な手が楽屋の白いドアをノックした。
僕の頭には突然、「リーダークライスop39」の冒頭「見知らぬ国で」が響き始めたの
である。どういう訳だか解らぬが多分疲労と緊張の所為で心の或る一部が夢を見て居た
のだろう。
ドアが開くとそこにF=ディスカウが、ヴォータンのように立っていた。大きな人だ
った。そして何よりも明るい眼を持った優しい人だった。
彼は直ぐに僕の名前を呼び、両の耳朶辺りにキスをした。想像を絶する迫力であった
。しかし想像を絶するような暖かい笑顔でもあった。彼の声は以外に高く跳ねるような
喋り方だった。僕は生まれて初めて外界からのエクスタシーをこの肉体で受け止めたの
である。
F=ディスカウの優しい笑顔、何だか彼のイメージとは全くアンバランスな表現では
あるが、僕には一つの大切な体験である。
「ミスタータクミ」と何度も繰り返した彼の素朴な声も笑顔もそうして僕の肩を三回
叩いた大きな掌も僕の体験し得た、ただ一度のエクスタシーだと言える。
彼は僕のハンカチーフにサインをして、そのハンカチーフを僕の胸のポケットに入れ
ると「サヨナラ」とゆっくり云った。その時気付いたのだが彼の後方に大きな鏡が有っ
て僕とF=ディスカウだけを映していたのを僕は覚えて居る。
鏡の中の彼の背中の寂しさに、僕はやはり老いという美を見て仕舞った。老いという
美しい告白であった。すると又、僕の頭の中で「リーダークライスop39」の第一曲が聴
こえたような気がした。それは先程僕が初めてこの肉体で受け止めたエクスタシーを含
んで、僕の青春の真実と成った。鏡の中のF=ディスカウの背中が何よりも、深い僕の
「出来事」だったと言えるだろう。
老いという美しい告白、魂が魂のまま輪郭のみを遺して壮大な歴史の一部として僕の
目の前に姿を現した、何だかそんな気もした。
ふと気付くと、僕の眼前のF=ディスカウが段々遠ざかって行く。彼の大きな影の中
から僕の車椅子が取り出される。寂しいと思った。
その咄嗟の寂しさが、美しい老いを理解したのだった。
人は老いて行く。
事実である。
しかし人はその老いという寂しい事実から青春を見出さねばならぬ。そうして青春の
真実は思い出すという行為だと気付いた時、人は青春なのだろう。
第三章 その3終了