さて、この僕はどうだったろう。
片仮名に「行い」という憧れを懸けては来たが、それはマーラーの五線譜の流れより
も些細で在るように思われた。
些細で在る事は「出来事」と日常生活とが近い位置で噛み合っていたという事に繋が
るのではあるまいか。
「出来事」と日常生活との位置とは、過去と現在とに跨がっているメフィストの事で
ある。確かに二十歳の苦痛の先に立っていたのは「ダビテ像」の代わりに、メフィスト
の馬の蹄と人の足だった。僕はファウスト博士の呈示した「行い」という憧れを、マー
ラーのSymphonieの背後に感じては居たが実はそれが僕と契約を結んだメフィストか
も知れぬ。
何時の間に僕はそんな契約を結んだのだろう。
メフィストは理想の代わりに片仮名を肉体の代わりに「行い」という憧れを僕の肖像
画の中に飾り付けたのだった。
僕は今、自分の部屋に一人居るけれども何だかそのデコレーションが恐ろしくてなら
ぬ。二十歳当時の僕の片仮名に対する情熱的な心の高ぶりが今では却って厄介なのであ
る。否、余りにも輝かし過ぎて眩しくてならぬ。それが人生においての自然な快楽であ
るまいか。自分の過去の光が眩しい程に体験し得た「出来事」が美しい。僕はふとそん
な事を考えてみたが果たしてそういう結論が正しいのだろうか。
人生には何の出来事も本当は起こってはいないのだろう。人間には本能的に己の過去
に在った出来事をいとおしむセンチメンタリズムが有りそのフィルターを通った過去と
いう煙は懐かしさを含み乍ら僕等の喉へ流れる。
幻想なのだろう。
僕等が体験したと考えて居る「出来事」は凡て僕等が振り返った時に見える夢の後姿
に過ぎず、僕等は夢の顔を知らぬ。その美しいであろう筈の顔を僕等は想像する。顔は
ヘレナに成りパリスに成り永遠の空間に存在するのである。
したがって「行い」という憧れとはそれを想像しようとする意志である。意志は自力
で在って他力ではない。
マーラーのーSymphonieが含んでいるのはファウストの観た「行い」という憧れの切
れ端だった。だとすればそれはマーラーが人生を顧みた時の小宇宙の歌声に思われる。
その度に彼の観た一輪の華は稀に見る程美しい過去であった。
マーラーの愛したのは体験でも無く「出来事」でも無かった。Symphonieの限界、
或いはオーケストレーションの限界からのエネルギーの響きであった。
僕がこのエネルギーを見たのは彼の、第九ーSymphonieの弦の強烈なアダージョだっ
たと言える。
二十二歳の時に僕はこの音楽を聴き乍ら、涙を感じた。頬に凄まじい熱さを痛みに似
た重たさで流して、僕はマーラーの肉体を受け止めて居た。彼の肉体は僕の頭の上に浮
かんで、第九ーSymphonieを振っていた。白い指揮棒が僕の目の前で唸るのが実に美し
かった。
美とはそれぞれの日常生活を愛すると同時にそこから或る種のエネルギーを見出す意
志の事ではあるまいか。僕がマーラーを美しいと感じたのも彼の、第九ーSymphonieの
アダージョを滑って行く表現というエネルギーを映し見たからである。
表現、その飽くまでも遥かな生への哀しみがマーラーを通して二十二歳の僕の心臓に
しんしんと響いて居た。
胸と喉との緊張は少し和らいだけれども僕は益々、生への哀しみを知るように成った
。初恋の経験もそういう哀しみの中に在ったと言えるだろう。初恋かどうか、今でも判
らぬが相手に対して恋人という呼び名が当て嵌るのはそれが最初であった。
相手は当時十九歳に成ったばかりの光絵という華頂短期大学生だったが無論片恋であ
る。僕は彼女が、この部屋を訪れる度に異性の匂いを経験した。
しかし何故か彼女の匂いは性欲を掻き立てはしなかった。寧ろ彼女の笑顔は性欲を静
める効果が有るらしく思われた。
僕が詩を書いて居る事を彼女は僕の友人から聞き始めはその友人に付いて来たが、次
第に一人で来るように成ったのである。
当時少し流行っていた[知的]という言葉に惹かれたのだか憧れていたのだか知らぬ
が、僕の話を彼女は食い入るように聞いた。
言語障害の酷い僕は机の上に片仮名を書いた布を広げ右手に握った指示棒で字を一つ
宛指して行くといった方法に喋らねばならず時間は人の三倍は係った。
そんな僕に彼女は何でも尋ねて来た。その度に彼女の記憶の中に、僕の言葉が記録さ
れて行くのを快く思って居た。
しかし恋人とは僕にとって常に断章的な色彩の花に過ぎず、マーラーのあの壮烈な第
九ーSymphonieのアダージョに何時も流れている弦の響きとは程遠いものであった。そ
して二十二歳の恋愛経験が残したものは僕の人生での「出来事」の口火だった気がする
。
口火というよりはそこに転がっていた薄桃色の貝殻なのである。コクトーの唄った通
り僕は、時折「出来事」という貝殻を耳に当て乍ら彼女を思い出しては居るけれどもそ
れは青春の中のたった一つの「出来事」に過ぎなかったのだろうか。
恋人という名の「出来事」はやはりマーラーの最も美しい音楽の下に眠って仕舞うの
だろう。二十二歳で出会った初恋の女よ、僕は今お前に問い掛けねばならぬ。お前は一
体何だったのだ。
第二章その2おわり